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プラトニクス  作者: coach
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第74話:眠れぬ夜は誰のせい

前回の続きになります。

いつも読んでくださってる方、たまに読んでくださってる方、今日初めて読んでくださった方、本当にありがとうございます。

「今日も部活を休みますので待たなくていいです。二瓶さんの件は首尾を報告してください」

 全く飾り気の無いメールを確認して、宏人は気が滅入った。良い立場である。こちらは眠れぬ夜を過ごし、幼馴染みと友人の力を借りてどうにかこうにか目的を達成したというのに、一方あちらは、部活を休み悠々と使いパシリからの報告を待てば良い。

 それでも電話をかける自分の律儀さにはもはや笑うしかない。対姉との関係で培われてしまった悲しい下僕根性。せめて鞭を振るい自分を使役するのが美しい少女ででもあれば救いもあるが、現実はそう甘くない。

 何回かけてみても志保は電話に出なかった。電話に出るべき相手が出ないというのはイライラするものである。事実の報告だけであれば、留守電に入れても良いし、メールで知らせても良いが、ちょっとくらいはこちらの苦労を伝えたいという気持ちがある。宏人はまたあとからかけ直すことにした。

 家までの夕暮れの途上、雅紀からメールが来た。日曜日のグループデートの件である。宏人は大きく目を見開いた。一緒に行くメンバーの名が記載されていたのだが、何と男子が雅紀を含めて五人、女子が三人、という随分な大所帯であった。

――二瓶と話す機会なんかできるのか?

 数に阻まれて近づくこともできなそうである。とはいえ、こちらから頼んだ手前、まさか雅紀に人数を減らしてくれとも言えない。

 瑛子のことに思い至ると、

――でも、どうして二瓶はOKしてくれたんだろう?

 という疑問が頭に浮かんできた。一番簡単な解釈は、瑛子が雅紀のことを好きで、宏人の誘いが渡りに船だったというものだが、それにしては、先ほど誘ったときに、雅紀の名前を出しても全く反応がなかったのが気にかかる。他に好きな男がいるのに、デートの誘いを受けるとは思われないし。 

――皆で遊びに行くって感じだから、デートでもないのか。

 だから気軽に受けてくれたということで納得しておいた。どんな理由にせよ、邪心の無い瑛子のことである。それは適切なものに違いない。別れ際の瑛子の恥ずかしそうな素振りを思い出した宏人は心洗われる気分だった。

「二瓶さんは見た目どおりの子じゃない」

 不意に耳の奥で鳴った声に宏人ははっとした。全く忌々しい。目の前にいてもいなくても他人の心をかき乱そうとするとは大した子である。

「いろいろかぶってるわ」

 一週間前の盟約の日に志保が瑛子に関して言った言葉である。上等である。瑛子ならば仮に何かをかぶっていたとしても、その仮面を脱いだときに下から現れる素顔はもっと魅力的なものだろう。そういうことにしておいた。まさか、瑛子まで女の子の皮をかぶったモンスターなどという想像をするには、宏人には想像力が、いや心の耐性が不足していた。

 家に帰ると、今朝置き去りにされた姉がいつものように言葉の暴力を浴びせてくるかと構えていたが、予期に反し姉は平静な様子だった。宏人は賢に感謝した。彼がうまく取りはからってくれたに違いない。

 夕食を取っているときに隣から、

「そう言えばさ、二日連続でシホちゃん部活休んでんだけど、あんた何か知らない?」

 と姉が心配するような声をかけてきた。

「ただのサボりだろ」

 宏人は冷淡に答えた。夕食を取る前に再度かけた電話に出ないこと、及び着信履歴が残ってるはずなのにあちらから電話をかけてこないことがどうにも気に入らなかった。姉が、賢が電話に出ない、と言って激高している様を何度も目撃したことがあるが、その気持ちが少し分かった気がする。

「シホちゃん、部活をサボったことなんかないのよ。具合悪いのかな?」

「オレはあいつのマネージャーじゃない」

 志保の体の具合など分かるはずもない。分かっているのは今日の放課後まではぴんぴんしていたということである。

「あれで具合悪いんだったら、調子良いときを見てみたいよ」

 宏人はそっけなく言うと、

「ヒロト、あんた、シホちゃんと喧嘩でもしたんでしょ」

 姉は、からかうような笑みを向けてきた。宏人は夕食の席を立った。喧嘩などという色気のあることはしていなかった。ただ単に一方的にムカついているだけのことである。

 部屋に入ってベッドに腰掛けると、宏人は極力いらいらを静めて携帯に向かった。制服のポケットからメモ用紙を取り出して、メールアドレスを入力する。

「メールありがとう、倉木くん。日曜日楽しみにしてるね。場所が決まったらまた教えてください」

 瑛子にグループデートの件を報告すると、すぐさまメールが返ってきた。瑛子への好感はますます高まった。少し幸せな気分になった宏人は、大きく息を吸い込んで、数秒息を止めたのち、それを細く長く吐き出した。心を落ち着ける呼吸法である。

 そのあと、携帯電話の番号を呼び出した宏人は、これで出なかったら、今夜はもうかけないことに決めた。報告なら明日でもできる。期待しなかった宏人だったが、意に反して、何度目かの正直になった。 

「それで、結果は?」

 愛想のかけらもないその言い方に、何で電話に出なかったのかと、憮然と色をなして宏人は尋ねた。

「こっちもいろいろ忙しかったのよ。なにを怒ってるの?」

「怒ってる? オレが? 違うな。正確には、メチャメチャ怒ってる。壁を殴りたい気分だ」

「あなたの部屋よ。ただ、壁を殴るのは報告の後にして。今それをすると、一階からあなたのお父さんだかお母さんだかが上がってきて親子喧嘩になるでしょ。携帯電話越しにそんなのを聞きたくない」

「先に答えろよ。何で電話かけてこなかったんだよ。着信履歴にオレの番号が残ってたはずだろ」

 電話越しに志保の聞こえよがしなため息が聞こえてきた。

「お前、感じ悪いぞ」

「付き合い始めて一週間でそれを察してくれて良かったわ。いい子の振りは疲れるからね。以後そのつもりで」

「答えになってない」

「男のクセにうだうだ、うだうだ。うっとうしいなあ」

 瞬間、宏人は携帯電話をどこかに投げつけたい衝動に駆られた。が、意志の力を総動員して、どうにか思いとどまった。そんなことをしても宏人が一方的に損をするだけである。

「ふざけんなっ! こっちは唐突に昨日の夜言われたことをこなしたってのに。お前は何だよ? 報告、報告って。お前は女王様で、オレはその家来か?」

「こなした? こなしたってことはうまく――」

 宏人は電話を切ると、強ばった手から机の上に携帯を解放してやった。

――なんてヤツだ。

 やり切れない思いに胸が悪くなった。別に褒められたかったわけではない。志保は姉ではないし、姉に対してだってそんな感情を持っていたのははるか昔のことである。ただ、同じ目的を持った――半ば無理矢理持たされた感はあるが――仲間であるなら、もう少し和気藹々(あいあい)とした空気があっても良いではないかと思う。

 一縷(いちる)の期待を込めていた宏人だったが、それから眠りにつくまでの間、志保から電話はかかってこなかった。二夜連続で宏人は寝苦しい夜を過ごした。今度眠れぬ夜を過ごすときは、せめて恋の悩みにとらわれたいものだ、と祈りつつ何とか眠りにつくと、すぐに朝がやってきたようだった。

 いつもより少し遅く起きた宏人は、朝の光が満ちるダイニングに異様な光景を見た。

「おはよう、ヒロト」

 朝日に負けぬほど輝くような笑顔を向けてきたのは姉だった。一瞬、宏人はパラレルワールドにでも来てしまったのだろうか、と本気で考えた。昨夜あまりにストレスを受けすぎたせいで、別世界に迷い込んでしまったのである。ここは、元の世界と違って優しい姉のいる世界……。

 何だかそれもそれで気持ちが悪いような気がする宏人は、自分の席につきながら、自分よりも早く起きている姉を怪しむように見た。

「何で今日は早いの、姉貴?」

「あんたが遅いんでしょ」

「それにしたって早いじゃん。いつもギリギリなのに」

「失礼ね。起きようと思えば起きられるのよ、わたしは」

「じゃあ、いつも何で寝坊するんだよ?」

「受験生の本分を果たして、夜遅くまで勉強してるからでしょ」

 受験生になったのは、二カ月前のことである。対して、寝坊しているのはそれ以前からなのであるから理屈に合わない。やけに笑顔でいるのも不気味である。賢がいればその不思議を解いてくれるのだろうが、あいにくまだ彼は迎えに来ていなかった。

 宏人は疑問に思いつつも、それ以上は問わず、朝食を取り始めた。

 一晩寝ることで昨夜志保に感じた不快についてはおおかた拭われていたが、これからどうすべきか、それが不分明である。一時の不快はこうして我慢できても、この先、それが積み重なるのに耐えられるだろうか。女の子にキツイ言葉を浴びせられてそれを喜ぶなどという倒錯した性癖がない宏人には、そんな自信はなかった。

 もともと、宏人としてはクラスの実権を握りたいという気持ちは希薄である。志保と手を握ったのは、宏人の意志というよりはその場の雰囲気に流されたという方が正確である。瑛子を仲間にするという一事を取っても、本当のところではあまり納得していなかった。宏人や志保が接触すれば彼女の迷惑になるのではないか、という思いが今もやはりあるのである。

 流れ流され一体自分はどこに向かっているのだろうかと、宏人は暗澹(あんたん)たる気持ちになった。行く先は見えず、かと言って後戻りもできない。こういう時、人は休みを取りたくなるのであろう。休みを取ってじっくりと考えるのである。

 ハムとレタスのサンドイッチをついばみながら、宏人は母に休ませてもらうよう言おうか半ば本気で考えた。学校に行ったところでクラスからは無視され、唯一口を利く少女からは罵声を浴びせられるだけのことである。そんなところに好んで行く人間がいれば見てみたい。人生を達観した者か、でなければよほどのマゾヒストであろう。

 頭が重くなってきた宏人だったが、やはり学校には行くことに決めた。自分が行かないことによってひとりぼっちになる子がいると思うと、多少は奮い立つものがある。そこで、宏人は、自分が底抜けのお人よしだということに気がついた。まさにその子のせいでストレスを受けているのに、その子のために学校に行こうとは!

 始まりも終わりもないメビウスの輪にはまってしまった宏人は、適当に食事を切り上げた。制服に着替え、朝のニュースで天気予報だけ確認して家を出ようとしていたときに、呼び鈴が来客を告げた。

「いいよ、オレ出てくる」

 玄関に出ようとする母を、宏人は止めた。朝一で一体誰だ、と怪しみながら玄関を開けると、宏人は驚きに思わず立ちすくんだ。

 朝の光の下に少女がいた。たよりなげな体つきの上に、元気のよいくせ毛の髪。その中のややつりあがり気味の目が静かに宏人を見つめていた。

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