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プラトニクス  作者: coach
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第72話:オペレーション始動

読んでくださってる方に心からの感謝を。

今回は、宏人と志保のお話です。

「二年二組支配下計画」のスタート。

第64話の続きになります。

 闇をわずかに押しのけるアンティークランプの灯りの下で、ケーキと紅茶の犠牲を天に捧げ血の盟約を交わしてから、一週間が経とうとしていた。宏人は我が身と心に特段の変化が認められないことを喜んだ。どうやら契約を交わした相手は人であったようである。

「わたしは色々と調べたいことがある。あなたはできるだけ二瓶さんと仲良くして、二瓶さんのことを知るようにして」

 それが血を(すす)りあった少女からのとりあえずの依頼だった。

 『二組支配計画』を聞いた直後は、それが現実離れしたものであったにせよ、まだやる気があった。しかし、あれから特に何もせず一週間が過ぎようとしている現在となっては、だんだんやる気も殺がれて来た。そもそも具体的に何をするのかという行動計画が不明である。

 とはいえ、盟を結んだ限りは協力して事に向かわなければならず、相棒の言葉に従い、クラスメートの二瓶瑛子にはできるだけ愛想よくしておいた。つまりは普段どおりにしていただけであるが。また、瑛子のことをよりよく知るために彼女のことを改めて調べてみたりもした。

 学年で十番以内の成績、卓球部で汗を流していること、二年生の中で五指に入る人気、ピアノが弾けること、字が綺麗なこと、塾に通っていること、などなど。調べた結果分かったことは、調べる前から分かっていたことだけであった。

「付き合ってるヤツとか、好きなヤツとかいるのかなあ」

 これは調査の一環であって別にやましい気持ちではない、と自分に言い訳しながら、宏人はつぶやいてみた。宏人のクラスでではない。お隣の三組である。昼休みを利用して、友人の所に遊びに来ていたのである。

「直接本人に訊いてみたらいいだろ」

 友人がにやにやしながら言った。

「そんなこと訊けるかよ。気があるって言ってるようなもんだろ」

「あるんだろ?」

「ないヤツなんかいるか?」

 と答えた宏人ではあるが、瑛子と付き合いたいという気持ちがはっきりとあるわけではない。宏人にとって瑛子は淡い憧れの中にある存在である。高嶺の花であって、しかも、それを下から仰ぎ見ているだけで満足してしまうところが宏人にはあるのだった。

「二瓶はまだ誰とも付き合ってない。そして、二瓶が気があるのはこの五人のうちの誰かだ。オレの調査によるとな」

 唐突に友人との会話の中に入ってきたひょろりとした男に宏人は面食らった。伸ばした前髪の下から宏人を見下ろしていた彼は、声をかけると同時にルーズリーフを一枚差し出してきた。宏人と友人が座って挟み込むようにしていた机に一葉の紙が置かれると、現れたときと同様に不気味な少年は去っていった。

「お、おい、誰だよ、あれ?」

 あからさまに怪しい少年の正体を訊くと、友人の方は大して驚いた様子もなく、二年生の目立つ女子の情報を集めている男だということを教えてくれた。

「え? なに? 何でそんなことしてんだよ?」

「さあ。趣味らしいけど」

「趣味? おかしいだろ、ソレ」

「お前だって大して人のこと言えないだろ」

 宏人は言葉に詰まった。言われてみれば、この一週間あれこれ瑛子のことを探っていたりしたのでやっていることは同じだった。

「何かお前が二瓶のこと気になってるみたいだから、オレが池田――さっきのヤツな――に聞いておいてやったんだよ。要らなかったか?」

 宏人は一応友人の心遣いに礼を言って立ち上がった。廊下に出て、しげしげとルーズリーフを見てみると、驚いたことに知っている名前があった。昨年同じクラスで今も付き合いのある友人である。他の男子も知り合いではなかったが、各クラスで人気のある男子ばかりだった。どの男子と付き合ったとしてもお似合いのカップルになりそうである。面白いことに、宏人のいる二組の男子の名前はなかった。よほどツマラン男しかいないということだろう。

「……倉木くん」

 二組に帰ろうとしているところで、宏人は静かに呼び止められた。プリントを手にした癖毛頭の少女がこちらを見ている。

「何を見てるの?」

 志保が宏人の手にある『瑛子が好きそうな男子リスト』を覗き込んできた。彼女は自分が持っていたプリントを小脇に挟むと、秘密情報の書かれたルーズリーフを宏人の手から抜き取り、やおら音高く破り始めた。

「くだらない」

 呆然とする宏人に一言志保は小さく吐き捨てると、ゴミになったルーズリーフを押し付けてきた。

「わたしは仲良くするようにって言ったはずよ」

「それもやってる」

 宏人は憮然と答えた。この居丈高な所がどうにも鼻につく。それでも今はまだ校内であるからマシである。校外では一層ひどいことになる。本性を隠す必要がなくなって傍若無人の限りを尽くすことになるのである。

 廊下で人の目があるので、志保はそれ以上は詰らず、

「わたし今日部活休むから」

 と話題を変えた。そんなことは勝手にしろ、という話だがところがそうでもない。裏人格の志保に出会った先週の水曜日、その翌日から、宏人は、別れ道までではあるが志保と一緒に下校しているのである。姉の命だった。

 先週の水曜日に志保と別れたあと、ブラコン呼ばわりされた姉が悪鬼の形相で家で待ち受けていたが、おみやげに持たされた喫茶『シルビア』のケーキを捧げると、機嫌が直ったようで、しかし、今度は話題が告白の顛末にシフトした。

「友だちからお願いしますって言われたよ」

 と宏人は無難な所を選択した。OKしてくれたと言えばこれから姉にからかわれ続ける事態となり、断られたと言えば志保と会うのを見られたときに未練たらしく言い寄っていると見られる可能性がある。

「仲良くしてあげなとは言ったけど、告白しろとまでは言ってないわよ……まあ、いいけどさ、朝夕の荷物持ちぐらいしてあげなさいよ。あんたなんかの告白を保留してくれたんだからさ」

 反論したい部分はあったが面倒だったのでぞんざいにうなずいておいた。翌日から、部活動後に志保を待つことにしたのである。偽装告白の件について志保に話すと、志保は一瞬迷惑そうな顔をしたが、

「いや、その方が都合がいいかもしれないわ」

 と何を思いついたのか、人の悪い笑みを作って、偽装カノジョになることを承諾してくれたのだった。ただし朝は迎えに来なくていいということは念を押された。言われるまでもなくそんなことをする気まではなかった。

「部活休むって何でだよ?」 

「用事があるから」

 志保は簡単に答えると、やや吊り上がった目に鋭い光を溜めた。

「そろそろ行動を起こすわ。あなたにもやってもらいたいことがある」

「どんな?」

「あとでメールする」

「あとでするくらいなら今言えよ」

「こっちにも事情があるのよ」

 そう素っ気無く言って志保は教室へ戻った。宏人はため息をついてその後に続いた。二人が教室に戻ると、室内の温度が五度くらい下がったように感じた。二人に向けられる視線が冷ややかである。この状態になって、十日くらいになるが、慣れるものでもない。そのうち、学校に行きたくなくなるのではないか、と宏人は危ぶんでいた。この空気の中をよく志保は一年耐えたものである。とても真似できそうにない。

 午後の授業をやり過ごし、部活を終え、家に帰り、 

「志保ちゃんと関係進んだの?」

 という姉の無意味な冷やかしをかわして、自分の部屋でゆっくりしている時のことだった。

「二瓶さんをデートに誘ってください」

 メールの着信音に応えて、開いたメールにはその一文だけ書かれていた。志保からである。

 即、宏人が抗議の電話をしたことは言うまでもない。既に九時だったが、メールの送受信ではらちが明かない。

「メールしたのに、どうして電話してくるの? 二度手間でしょ」

 志保は疲れたような声で電話に出た。

「それどころかお前の家まで行って直接訊きたいくらいだ。どういうことだよ?」

「メール通りよ。二瓶さんをデートに誘って。仲良くなってもらいたいの」

「何で?」

「もしもーし、目は覚めてる? 一週間前に言ったこともう忘れたの? 二瓶さんはキーパーソンなの。グループに入ってもらう必要がある。いきなりグループにっていうのが無理なら、まずは仲良くなってからでしょ」

「別にデートまでする必要ないだろ」

「必要があるかないかはわたしが決める。議論はなしよ」

 宏人は目を瞑って歯を食いしばってみた。

「お前は自分が女の子であることに感謝した方がいいぞ」

「もしわたしが男の子だったら、つべこべ言わずにすべきことをするけどね」

「……で、どうやればいいんだよ?」

「そんなの自分で考えてよ。あなたの首から上にあるものは何かの飾りなの? 帽子を載せるための台?」

「……例え申し込んでも断られるに決まってる。二瓶は、好きなヤツがいるのに他の男とデートするようなヤツじゃない」

「ねえ、お願いだから、ぐずぐず言うのは実際に行動を起こしてからにしてよ。やる前から自分の頭の中だけで答えを出して自己完結するのはやめて」

 切れた携帯電話をじっと見つめながら、宏人は世界の広さを知った。まさか、姉以上にいらいらさせられる女の子がいるとは思ってもみなかった。ちゃんと話すようになって一週間しか経っていないのにこの物言いだとすれば、今後付き合いを重ねるとどこまでエスカレートするのか考えると冷や汗が出る。とはいえ、彼女の側に立とうと決心したことに未だ後悔はないようであって、それはそれで救われない話である。

 宏人は寝苦しい夜を過ごした。瑛子をどうやってデートに誘えばよいか。どういうタイミングで、どういう言葉で、どこに? 女の子をデートに誘った経験がない宏人としては皆目見当もつかなかった。よほど、やっぱりやめた、とメールしてやろうかと思ったが、一方であの高慢な女の子に事の成就を報告して、感心させてやりたいという気持ちもある。

 さて、人は自分に分からない問題を抱えたとき、どうするのか。他人に訊くのである。

「賢(にい)。今日はオレと登校してくれ」

 翌朝、姉を迎えにダイニングに現れた一歳年上の少年に、登校準備を万端整えた宏人は切り口上でそう言った。

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