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プラトニクス  作者: coach
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第34話:プレイボーイは二度フラレる

 鈴音の言葉はズバリ核心を衝くものであった。男友達が女の子だったらという有り得ない仮定の下で何を論じても、それは空しい想像に過ぎない。その空想の上で述べることは、ことごとく虚偽である。そう鈴音は断じたのだった。

 さて、あることが真実であるという事実から、その真実を述べるべきだという義務は必ずしも導かれない。言わずもがなというものがある。怜は横目で太一の顔をうかがった。常に軽快な笑みを乗せているその顔が引き締められていた。その顔つきからは、彼が真実の刃に傷を負わされたかどうかは分からなかったが、少なくとも鈴音の言葉をまじめに受け止めたようだ。

――それにしても……

 と怜は、今度は鈴音に目を向けた。太一には悪いが、怜にしてみれば、彼の傷の具合よりも、鈴音の方が気になった。二週間強の付き合いでしかないが、彼女が他人の心情を察するに鈍でないことは分かっていた。自分の行動がどういう結果を導くかという可能性についてよくよく考えることができる子である。とすると、今の太一に対する言葉には、何らかの意図があると結論づけざるを得ない。太一の気持ちを考えず思ったことをつい口にしたということでないとすれば……

 他者に対する行動理由を大きく二つに分けるとする。一つは悪意である。だが、鈴音の言葉には悪意は感じなかった。彼女の声には皮肉の軽みや詰問の鋭さはない。その言葉にはすっきりとした澄みがあり、真夏の冷水のように腑に落ちる響きがある。悪意でないとすれば、それは善意であるということになる。そうしてそれが善意であるならば、やはり鈴音は変わったと考えざるを得ない。短い付き合いであるとはいえ、これまでの所、彼女が積極的に善意を送る人間だとは思っていなかったのである。昼休みに怜の職員室への精神的負担を軽減してくれたのと同様のことをしようとしている少女を、怜は不思議な目で見つめた。何が彼女を変えたのだろう。

「ていうことは、つまり怜が女の子だったら、オレは好きにならないってことか?」

 奇妙なことを真剣な声で問う太一に、鈴音は首を横に振った。

「じゃなくて、そういう仮定自体に意味がないってことだよ」

 太一はため息をついた。

「意味が無くたって、したっていいだろ」

「もちろん。でも、それはけっして現実にならないということを理解してればね」

「現実にする必要がなかったとしたら?」

「ずっと夢の中で過ごす気なの?」

 太一の真剣さはそこまでしか継続しなかった。彼は、にやりと笑うと、怜を見て、

「オレにとっての怜はそれだけの価値があるヤツなんだよな」

 気持ちの悪いことを言った。

 鈴音の両手が打ち合わされる。彼女は得心のいったような顔をすると、

「瀬良くんに特定のカノジョがいないのがどうしてか今分かった。加藤くんが原因だったんだ」

 と難解なクロスワードを解いたときのような誇らしげな声で言った。

「そう言われればそうかもな」

 などと悪ノリする太一。

「でしょ。加藤くんと比較した時にさあ、多分物足りなくなるんじゃない」

「それはある。言っちゃ悪いけど、怜といるより楽しい女の子っていないんだよな」

「どこが魅力なんでしょう?」

「オレのこと、理解してくれるとこだな。あの目に見られると、まるでオレの心の全てがさらけ出される感じになるのさ」

「もう男同士でもいいから、告白したらどうですか?」

「ところが悲しいかな、オレには勝ち目がない」

「勝ち目?」

「タマキだよ。川名環。あれには勝てる気がしない」

「なるほど」

 鈴音は深く納得したようにうなずいた。

 怜は、化学反応を起こして盛り上がっている二人を、冷徹な科学者の目で観察することはできなかった。ここは研究室ではないし、怜は単なる中学生にすぎない。他の時ならまだ我慢もできるが、隣に円がいるときに、このようなノーマルでない話をするとは。太一と鈴音から悪意さえ感じるというものである。太一はもとからそんな風であるので期待はしていないが、鈴音はもう少し考えてくれてもよいのではなかろうか。

 先の鈴音に関する評価を取り消そうかどうか迷っていたときに、

「あの、皆さんにとって、姉はどういう人ですか?」

 横から静かだがよく通る声がした。

 怜に関する思いを述べることをストップした太一が、円に目を向けた。

「学校での姉ってどんななのか、興味がありまして」

 補足する彼女の言葉が終わらないうちに、太一は即答した。

「スゴい子」

「スゴい?」

 続きを聞きたそうにしている彼女の瞳の光には、適当なことを許さないようなかたい煌きがあった。太一は、

「そんな真面目な顔されると言いにくいな」

 とちょっとひるみつつも、

「タマキの……お姉さんのスゴみっていうのは……何ていうかな、とにかく変わってるんだよ。普通の子とは全然共通点がないって感じで。少なくともオレとは全然ない。そうして変わってるのにそう見せないで済ませてるってとこかな」

 慎重な風で言った。

「共通点がない? それは趣味とか話題とかのことですか?」

「いや、そーいうんでなくて……何て言うんだろうな、考え方かな」

「何について?」

「大げさに言えば、人生……」

 そこまで言うと太一は言葉を止めた。照れたような顔で、

「やっぱ今のなしね、マドカちゃん。よく分からないからさ、オレも。その辺のことはカレシくんに訊いてよ。なあ、レイ」

 と怜に話を振った。円の視線を感じた怜は、

「オレにはお前の言ってることの方がよく分からないな。タマキは別に変わったところなんかない普通のイイ子だと思う」

 言った。太一はあからさまに軽蔑したような振りで、

「おい、いくら何でもロコツだぞ、レイ」

 たしなめるように言ったが、怜は知らぬ顔で受け流した。

 確かに今の発言は太一の指摘通り多分に円を意識したものではあったが、でなかったとしても答えはそれほどは変わらない。怜には、太一が環のことをどういう意味で変わっていると言ってるのか、よく分からなかった。

「姉とはいつもどんなことを話してるんですか?」

 円の問いに、怜は少し考えてから、

「大した話はしてないけど……というか話さないことの方が多いよ」

 正直に言った。一緒に帰るときは、環の家を通るルートで帰るのだが、彼女の家に着くまで一言も話さない時さえある。

「それで、よく間が持つよな」

 太一が心から感心したような声を出したが、怜としては間を持たせなければいけないということがよく分からない。いや、実は、この頃、円の相手をするようになって分かって来たのだが、少なくとも環との間では間が持たないということを心配したことはなかった。

「じゃあ、話すときはどんなことを?」

 再びの円の問いに、怜は首を傾げると、

「うーん。多分、特別大した話はしてないんじゃないかな、覚えてないから。あ……そうだ。家族の愚痴はよく話すよ」

 思いついたことを言うと、

「姉は何を? 姉も愚痴ですか?」

「いや、お姉さんはさ、好きな詩歌(しいか)のこととかかな」

 怜が慎重に答えると、

「おい、またそれかよ、レイ。お前がそんなにあざとい奴だとは思わなかったぞ」

 太一が非難がましく言った。そんな気はない……こともないが、それにしても環から、何であれ何かの愚痴を聞いたことがないのは事実であった。

「加藤先輩は姉のことどう思いますか?」

 まっすぐな目で尋ねてくる円の耳に、鈴音がひそやかに何ごとかを囁くと、

「レイ先輩は姉のことどう思いますか?」

 と表情を変えずに質問の一部を変えた。怜は鈴音を睨もうかと思ったが、円から視線を外すわけにもいかず、

「お姉さんのこと?」

 考える振りを見せた。が、うまいこと思いつかず、

「ステキな子だと思うよ」

 可もなく不可もないことを言った。怜の内心の苦慮が分かったのだろう。その面白みの無いコメントに返って吹き出しそうな顔をしている鈴音。

「それだけですか?」

「や……もちろん……好きだよ」 

 そのセリフに今度は太一が後ろを向いて顔を背けた。ばんばん、と笑いに耐えるために机に手の平を打ちつけている。

「それだけですか?」

 これ以上何を言えばいいのだろうか。というより、円が何を聞きたいと思っているのかということであろう。そう訊きなおすこともできない怜としてはどう答えれば良いのか分からない。これが円でなければ、遠慮する気など起こらない。答えたくないことには答えないし、答えるのが難しいことを考えなどしない。どうも彼女に対しては、なかなか、我を通すというか自分の態度を貫くのが難しいのだった。考えてみれば、家族や親戚を除いて、年下の女の子と親しく話すという経験はなかったのである。そのゆえであろう。

「そこまでにしておいてあげたら、マドカちゃん。加藤くんが可愛そうだからさ」

 緊張ばかりしてあまり楽しくない経験をしている少年に、助けの手を差し伸べる鈴音。既に甚大な精神的ダメージを受けている怜は、どうせならもう少し早めに助けて欲しかったものだと思った。とはいえ、素直に鈴音の命に従う円を見て心中で鈴音に小さく感謝をする怜。その前で、

「スズ……」

 太一が真剣な光を瞳に溜めてつぶやいていた。

 訝しげな顔をした鈴音が次の言葉を待っていると、

「オレと付き合ってくれ」

 何の脈絡も無くいきなり太一は告白した。

「オレのこと分かってくれるのはレイだけかと思ってたけど、さっきからのお前の言葉で、スズもオレのこと分かってくれる子だってことが……」

「ごめんなさい」

「速いな、オイ!」

 太一の告白が全うされるのを待たずに間髪入れずに頭を下げた鈴音に、太一は悲鳴を上げた。

「もうちょっと考えろよ。ていうか、最後まで言わせろ」

「考えるまでもないな。自分の理解者が欲しいだけの人には()かれないもの」

 自分の心情を読み取ったかのような発言をする少女に、太一はあとじさった。

「理解者が欲しいだけだって?」

「孤独を和らげるためって言い替えてもいいよ」

 太一は視線を鈴音から怜へと向けると、

「お、おい、レイ……なんなんだよ、この子は?」

 声を震わせた。太一の気持ちはよく分かった。彼が感じているであろう戸惑いは、鈴音の読心の能力に由るものではなく、鈴音の言葉に反発を感じないことに由るのである。内容は辛辣なものでありながら、彼女の言葉の調子には抗いがたい確信が潜んでいる。

「お前に似てると思ってたら、似てるのはタマキにだったみたいだ」

 そうぼそりと怜に言うと、太一はがっくりと椅子に座り込み顔を俯かせた。

「一日に二回フラレるって、今日はなんて日だよ」

 記念日だなと軽口を叩いた怜が、ハートブレークの少年に軽く睨まれて少ししたあと、廊下を歩く足音が近づき、この部室の主が舞台へと登場した。

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