第278話:鈴音の修学旅行4
ビュッフェを後にした怜たちは、食後の満足感に浸りながら、次なる目的地へと足を進めていた。腹ごしらえも済ませ、残りの修学旅行(と銘打たれた一日旅行)の時間をどう過ごすか。怜は既に次の行程を決めていた。それは、最近この地域にオープンしたばかりの大型ショッピングモールだ。
バスに乗り込み、車窓から流れる見慣れない景色を眺める。士朗と賢はマンガの話で盛り上がり、日向と鈴音はスマホで何か調べて、成果を見せ合っている。綾と七海は静かに外を眺め、巧は時折、環と話しているようだった。
20分ほどバスに揺られ、目的地のモールが見えてきた。真新しいガラス張りの外観は、青空を反射して眩しく輝いている。地方都市にしては異例の規模を誇るその巨大な建物は、まるで未来都市のようだった。
「うわー、すごい!」
日向の感嘆の声がバスの中に響く。他のメンバーも、初めて見るその大きさに目を見張っているようだった。怜も素直に驚いた。事前にリサーチしておいたものの、やはり見ると聞くとでは印象が違う。
バスを降りると、ひんやりとした自動ドアの風が一行を迎え入れた。モールの中は、外観に負けず劣らず洗練された空間が広がっている。高い天井、磨き上げられた床、そして至るところに配置された緑が、都会的ながらも落ち着いた雰囲気を作り出している。
「最近できたって聞いてたけど」
鈴音がきょろきょろとあたりを見回しながら尋ねる。
「オープンしてまだ半年くらいだったかな」
怜は簡潔に答える。
「ちょっと家から離れてるから、いつか来たいなって思ってたの。なんか感動する」
「まさにそれを狙ったんだ」
「じゃあ、狙い通りだよ」
集合場所を決めてから、各々自由に見て回ることにした。広いモールの中で迷子にならないよう、怜はいくつかの注意点を伝えた。
「1時間後に集合。何かあったらスマホに連絡しろ。あと、必要以上にお金を使うなよ。無駄遣い禁止」
怜の言葉に、男子たちは、「イエッサー!」と敬礼して、女子たちは、「へーい……」とどこか気のない返事をした。
女子たちは早速、最新のファッションセクションへと吸い込まれていった。おしゃれにそれほどの興味が無い男子連中たちは、ゲームコーナーや漫画本売り場、スマホショップへと行くようである。怜は、サービスセンターへと行って、お姉さんに、大型モールの全体像を説明してもらって、モールを楽しんだことにした後に、待ち合わせ場所へといち早く戻ることにした。
最新の家電製品が並ぶフロア、香ばしいパンの匂いが漂う食品フロア、お洒落な雑貨店。どこもかしこも人で賑わっている。あまり人が多いところは好ましくないけれど、広々としているので窮屈な感じは受けなかった。
ふと、ガチャガチャのコーナーが目に入った。子供たちが目を輝かせながらハンドルを回している。自分は興味が無いけれど、知り合いの女の子に一つ買っていこうかと、何にしようか見ていると、じっと順番を待っていると思われたのか、
「やる?」
と今まさにガチャを回していた小学二年生くらいの男の子に気を使われてしまった。せっかくなので、怜はそのガチャを回してみることにした。コインを入れてグルグルすると、出てきたカプセルの中には、何をモチーフにしたのかイマイチよく分からない、妖精のようなモンスターのようなキャラがいた。
「あっ!?」
男の子が目を瞠った。どうやら彼が求めていたキャラだったらしい。怜は少年の小さな手にカプセルを渡した。
「えっ!?」
「きみのだよ」
「いいの!?」
怜はうなずいた。彼が順番を譲ってくれたから出たカプセルなのだ。すると、男の子は、
「ありがとう!」
と元気よく言ったかと思うと、身に着けていた小さなボディバッグの中を探って、カプセルを一つ取り出した。
「代わりにコレあげる! 今持っているヤツの中で一番レアなヤツ!」
怜は、ありがたく受け取った。
カプセルの中には、やはり動物なのか植物なのか、何をモデルにしたのか、よく分からないキャラがいた。
気持ちのいい取引を終えた怜が、待ち合わせ場所へと歩を進めると、我がカノジョの姿を見た。
「レイくん、何してるの?」
「カプセルをゲットした」
「ガチャガチャが好きだったんだ」
「プレゼントだよ」
環は中身を見ると、眉をひそめたけれど、
「レイくんがくれるものだったら、何でもありがたくいただくわ。モチロン」
と言った。
「アサちゃんにだよ」
「あら、残念」
「もう一回やってきてもいい」
「大丈夫。一個もらうと全部集めたくなっちゃうかもしれないから」
「本当は?」
「本当よ。可能性は何にでもあるでしょ」
「みんなと一緒じゃなかったのか?」
「レイくんこそ」
「幹事が迷子になったり、待ち合わせ時間に遅れたらカッコ悪いだろ」
「そういう責任感ある幹事さんを一人きりにするのが忍びなくて」
「じゃあ、二人で、みんなを待つか」
「うん」
集合場所の待合ブースにあるビニールソファに二人して座ると、しばらく沈黙を落としたあとに、怜は口を開いた。
「感謝の言葉なら、いらないからな」
「えっ!?」
「言われそうだから、先手を打ってみた」
「別にいいじゃない」
「タマキはオレに感謝しすぎなんだよ」
「そんなことないでしょう」
「いや、ある」
「でも、本当にありがたいなあって、思うことばかりしてくれるから」
「そんなに大したことはしてない」
「でも、これは大したことでしょう」
「オレは計画の素案を作っただけだ。それにみんなが来てくれたから、今こうなってるだけだよ」
「みんなが来てくれること自体が、レイくんのおかげだと思う」
「いや、それはみんなのおかげさ。みんながいいヤツだからだよ」
「いいヤツはいい人の周りに集まるもの」
そう言うと、環は改めて礼を言ってきた。
怜はやむを得ずそれを受けた。
「今日スズちゃんに、うちにお泊りしてもらうことになっているの。あと、アヤちゃんも」
「修学旅行っぽいな」
「そう。ちゃんと枕投げもするよ。レイくんも来る?」
「時々、お前の神経を疑いたくなるよ」
「勝手に疑っててください。わたしは正気です」
「とてもそうは思えない」
「レイくんが女の子だったらね」
「夢の中ではそうだったこともある」
「わたしもそういう夢を見たことがある気がする。それとも、現実だったのかな」
「夢でも現実でも、タマキは変わらない」
「そう?」
「ああ」
集合時間に近づいてきて、パーティが集まり出した。
みな、何かを買ったようで、それぞれがそれぞれの店のロゴが入った、小さなショッピングバッグを抱えている。
怜は点呼を取った。
「それ、まだやるのか?」
士朗が呆れた顔で訊いてきた。
「最後までやる」
「別れる時まで?」
「別れてから家に帰ったあとも、ちゃんと帰ったか一人ずつチェックする。家に帰るまでが旅行だからな」
日向が大げさな声を上げた。
「あー、もう足が棒になっちゃった!」
「そんなに歩いたのか?」と怜。
「ここではそんなに歩いていない。今日一日の疲れがドッと押し寄せてるの。このスケジューリングを考えた加藤くんにクレームをつけたい!」
怜は賢に目で助けを求めた。すると、彼は、
「クレーム処理係はオレなんだ。オレに言え」
と答えた。
「じゃあ、これ持ってよ!」
「自分で買ったものくらい自分で持てよ」
「クレーム処理係より荷物係がほしい!」
怜は、鈴音の手元に目を向けた。
「何か買ったのか?」
「Tシャツを一枚ね。アヤちゃんとお揃いで」
「お揃い?」
「そう」
「一緒に着る機会がある?」
「どうして一緒に着る必要があるの?」
「しかし、そうじゃないと、お揃いのものを買う意味が分からない」
「お互い同じものを気に入ったから、じゃあ、それぞれ買いましょう、ってことだけど」
「なるほど」
「でも、そういう機会があったら、アヤちゃんを誘ってペアルックをしてみてもいいけど」
鈴音が微笑みながら言うと、近くで会話を聞いていたらしい綾は、軽く頭を横に振って見せた。
「ねぇ、このモール、カラオケボックスもあるみたいだよ! 行かない?」
日向の提案に、怜はむうっと内心で唸り声を上げた。
この後は同じモール内にあるボーリングに行こうと思っていたのである。
しかし、どうやら、おおむねみんな賛成しているようだった。
カラオケは個人的にはそんなに好みではないが、個人の好みを通す機会ではないわけだから、それでもって「ダメだ」と言うわけにもいかず、みんなの期待に満ちた顔を見ると、なおさらだった。
モールの一角にあるカラオケボックスまで、ぞろぞろ歩いていく。受付で、果たしてもう一度使うことがあるのかどうか分からない会員証を作って、総勢9名で、一部屋を取る。1人1曲歌ったら、それだけで小一時間くらい経ちそうだけれど、別に歌うことそれ自体が主目的では無いのだから、それはそれでいいのだろう。最新の設備が整った部屋には、真新しいソファと、壁一面に並んだモニター、そして煌びやかな照明が目に飛び込んできた。ドリンクバーも完備されており、各自が好きな飲み物を手に取る。
「じゃあ、まずは誰から歌う?」
日向がマイクを手に、キラキラした目でみんなを見回した。
「それ訊く必要あるか?」
賢が突っ込むと、男子はみな、確かに、とうなずいた。
「念のためだよ! 『石橋は叩き割れ』って言うでしょ!」
誰からも異論が出なかったのでトップバッターを買って出た日向が選んだのは、最近流行りのアイドルソングだった。日向は身振り手振りを交えながら、ステージ上のアイドルのように歌い上げた。サビでは七海も加わり、二人で楽しそうに踊る。その姿は、まるで本物のライブを見ているようだった。
次にマイクを握ったのは、意外にも綾だった。普段はクールな彼女がどんな曲を選ぶのかと、怜は少し興味を持った。綾が選んだのは、青春を歌い上げるパンクロックだった。透き通るような歌声で激しめの歌詞を歌われたみなは、圧倒されたようである。歌い終えた綾に、拍手が送られる。
士朗はアニソン、賢はバラードと、それぞれが個性を発揮する。巧は、懐かしいJ-POPを選曲し、安定した歌声を聞かせた。みんながそれぞれ楽しそうに歌い、その場にいる全員が自然と笑顔になる。
怜はといえば、ドリンク片手に、彼らの様子を眺めていた。カラオケは随分久しぶりだったけれど、今後のデートプランなり、カノジョの妹ちゃんに対するおもてなしプランなりに、加えてもいいかもしれないと思った。
「ほら、加藤くん、歌入れなよ。『カラハラ』を主張するなら、もう勧めないけど」
七海がそう言ってタブレット端末を渡してきた。
「カラハラって?」
「カラオケハラスメント。歌いたくない人に無理やり歌わせる」
「いや、入れるよ。あんまり、歌知らないけど」
「何にも思いつかなかったら、童謡を入れるといいよ。この子が一緒に歌ってくれるから」
そう言って、七海が環の方に手を向けるので、これは是が非でも何か知っている歌を思い出さなければいけないと思って、従妹から勧められたことがある、J-ROCKの一曲を入れた。口ずさんでいたこともあるので、何となく歌えるはず。
しかし、実際に歌い始めてみて、すぐに後悔した。難しい。口ずさむのとマイクで歌うのでは全然違う。苦戦していると、美声が割って入ってきて、鈴音である。怜の歌を引き取りながら、間奏で、
「次のわたしの番、譲るから」
と言った。
怜がありがたく断って、順番を環に回すと、彼女は、オルタナティブロックというのか何というのかよく分からないジャンルの歌を、情感たっぷりに歌い上げた。