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プラトニクス  作者: coach
271/281

第271話:意志よりも上等なもの

 (レイ)の目の前に、スマホのマップアプリがある。

 これを見ながら、来たるべき旅行のプランを作っているのである。

 午前9時頃に集合して、おおよそ、その日の午後5時くらいまで、8時間をどのように過ごすか。

 どこを観光して、どこで食事をするか。

 まずは食事である。

 花より団子。

 初めは、牧場でバーベキューでもと思っていたのだけれど、まあ、晴れたらそれでいいかもしれないが、雨だったら、そういうわけにもいかないだろう。と思っていたら、店の中でもバーベキューができることが分かった。

 しかし、バーベキューといったら、やはり外でやるべきではなかろうか、と再度思い、雨の日のプランを練ることにした。ビュッフェスタイルでもいいかもしれないし、カフェの個室を借りてもいいかもしれない。

 観光地はどこがいいか。

 これは、一周回って、自分たちが住んでいる町のスポットでもいいのではないかと思った。近くだと返っていかないものだし、行ったことがあるとしても、おそらく行ったのは小学校の遠足などだろうから、あまり覚えていないのではないか。それはそれで興味深いかもしれない。

――いや……でも、それじゃ、「旅行」っぽくないな。

 せめて、隣市に行くべきではなかろうか。

 バスや電車に適度に揺られる時間が無いと旅行とは言えないだろう。

 隣市の観光地をピックアウトして、それから、食べるところを調べて、移動時間とかかる金額をチェックする。すると、計画はいくつかまとまったのだが、それなりの金額になってしまった。一日のお遊び代として出してもらうためには、ちょっと気が引ける額である。

――うーん……。

 「修学旅行」なのだから、このくらいは出してもらわないと、というのは、怜の趣味ではない。一方で、この旅行はまずは楽しめるかどうかが大切なことであって、節約などというのは、二の次三の次の話であるとも言える。

――どうするか……。

 しばらく、うんうん考えていても、灰色の脳細胞から何もいい感じの答えが出てこないので、とりあえず、仮にこれで作ることにした。

 もしもうまくなければ、ブレーンに頼んで、いい感じにしてもらうことにしよう。なにせ、相談役の彼女は、今回旅行に連れていく子を「もう一人の自分」と思いみなしているわけだから、アドバイスをもらうのにこれほどふさわしい人はいない。というか、最初から、彼女に頼んでもよかったのかもしれない。丸投げである。

 しかし、これも怜の趣味ではなかった。「主義」ではない。「趣味」である。例は、「趣味」の方が、「主義」などというご大層なものよりもよほど大事なのではないかと思っていた。「主義」は硬直しているけれど、「趣味」はいざとなれば捨てることができる。あっちの主義の方がいいな、とはならないけれど、あっちの趣味の方がいいな、とすることはできる。そういう軽やかさの方が大事なのではないか。後生大事に持たなければいけないものなど、少なければ少ないほどよいはずである。

 怜は、晴れの日用と雨の日用、さらに、それを2種類ずつ作ってみた。これでいいかどうか。本来ならば、そのコースをそれぞれテストプレイしてみたいけれど、もちろん、そんな時間もお金も無いのだった。頭の中だけでシミュレーションするしかない。そのシミュレーションは中々に素晴らしかったけれど、本当にそんなことになるのかどうか。もしも、シミュレーション通りに行かなかったら、どうするか。いやしくも、「修学旅行」と銘打つのであれば、それなりのクオリティを担保できなければならないが、自信は無い。

 怜は、プランをにらんでいたが、所詮は自分が作ったものなのだから、失敗してもやむを得ないのだと開き直らせてもらうことにした。これまで何かをうまくやり遂げたことがない。水泳も辞めたし、剣道も辞めた。家族ともうまくない。幸いにしてカノジョができて、友だちもいるけれど、これは彼らの度量が広いおかげであって、別に自分の功績でも何でもない。無いない尽くしの自分が作ったものなのだから、これ以上は、望まれてもしょうがないだろう。

「よし!」

 怜は、うん、とうなずくと、時計を見た。

 時刻は0時30分を回っていた。

 明日も学校がある。

 怜にとっては、とっくに寝ていなければいけない時間である。

 この計画を練り上げていたせいで今日は勉強ができなかったが、全く悔いは無いどころか、明日も続けたいくらいの気分だった。

 怜は心地よい眠りについた。

 翌朝、怜はプランをもう一度見直してからファイルにしたものを、スマホでカノジョに送っておいた。

 すぐに返信があって、

「確認しました」

 とのこと。確認しただけではなくて、こっちはその評価を聞きたかったわけだけれど、それはどうやら通学中にしてくれるみたいだった。

 通学路をカノジョの家経由にすると、案の定、(タマキ)が待ち構えていた。

 彼女を隣にして歩き出すと、

「プランについて意見を言わせてもらってもいい?」

 と切り出された。

「そのためにファイルを送ったんだよ」

「批判しても、傷つかない?」

「言い方によるな」

「晴れの日のプランの方だけど、ミックスしたらどうかな」

「ミックス?」

「うん。紅葉を見てから、お昼はビュッフェにするの」

「バーベキューより、ビュッフェの方がいい?」

「バスや電車で移動するから、その方がいいかなと思って」

「なるほど、確かにな」

 と怜は、BBQと公共交通機関にどのような関連性があるか分からないものの、分かった振りをしてみた。

「それに、修学旅行のときはビュッフェだったからっていうのもあるかな」と環。

「そうだったか?」

「覚えてない?」

「何を食べたかまでは」

「それ以外のことは覚えている?」

「モチロン」

「本当かなあ。じゃあさ――」

「タイム。昔の偉い人はこう言った。『試すなかれ、信じるべし』」

「それ、どのくらい偉い人が言ったの?」

「どのくらい、とは?」

「大して偉くない人が言ったんだとしたら、その人の言葉の方を自分の考えより優先すべき理由が弱くなるでしょ」

「かなり偉い人だな」

「と言うと?」

「救世主の言葉だから」

「わたしは救ってもらった覚え無いかな」

「そりゃそうだ。知らない間に人を救うのが救世主なんだから」

「でも、それって、詐欺じゃないかな」

「詐欺?」

「だってさ、あなたが知らないうちに、あなたの知らない借金を払っておいてあげました。だから、あなたは、実はわたしに借りがあるんですよ、感謝してくださいねなんていうのはさ」

「キリストを詐欺師扱いするって、どういうことだよ」

「だって、どうしてもそう思っちゃうんだもの」

「信心が足りないからだ。『信じる者は救われる』と信じる者は救われる」

「不合理ゆえに我信ず、ってこと?」

「どうもその言い方は、信じるということの価値を逆に低めるような気がするんだよなあ」

「『信じる』っていうのは、不思議な言葉だね。『わたしの隣にレイくんがいる』とは言っても、『わたしの隣にレイくんがいると信じる』とは言わない。これはどういうことなんだろう?」

「言ったって構わない。オレはもしかしたら、タマキの妄想の産物かもしれない」

「うーん……だとしたら、もっとわたしに優しくしてくれるように作り上げると思う」

「オレが優しくないって?」

「まあ、ごくたまにね」

「タマキには最大限敬意を払っているつもりだけどなあ」

「まあ、ごくたまに思うだけだから」

「これからもっと気を付けるようにしよう」

「そのままでいいよ」

「なんで? 悔い改めた方がいいと思うけど」

「レイくんにクレームをつける楽しみがなくなっちゃう」

「もっと別の楽しみを見つけた方がいいんじゃないか?」

「目下一番の楽しみなんです」

 だとしたら、そのまま楽しませてやった方が吉だろう。なにこっちは、どんなクレームをつけられたところで、「善処します」と言っておけばいいのだから、簡単な話である。

「去年の修学旅行の話に戻ってもいい、レイくん」

「どうぞ」

「本当は覚えてないんでしょ?」

「本当のことを言えば、覚えているところもあれば、覚えていないところもある。記憶力の無さに関してはクレームをつけても無駄だぞ、自覚しているからな」

「じゃあ、レイくんが覚えてなさそうな思い出は、わたしの胸に秘めておきます」

「教えてくれたっていいだろ」

「いいかもしれないし、よくないかもしれない」

「どっちにも可能性はあるな」

「それで、今日のわたしは『よくない方にしたい』気分なの。明日はまた変わるかもしれないけど」

「気分っていうのは大事だよな。意志よりもずっと上等だ」

「わたしもそう思うな。そういう気分」

 二人は、学校までやって来ると、いつもと同じように校門に立つ教師に挨拶してから、生徒用玄関へと入った。

「今日は部活あるの、レイくん」

「あるもないも、自分次第さ」

「今の気分は?」

「行かない気分だな。ただ、もしかしたら、いつかみたいに部長に捕まるかもしれない」

「そうなったら」

「諦めるしかない。取っ組み合いなんてしたくないし、しても、多分オレが負ける」

「部長さんは、レイくんのこと、大切な人だと思っているんだと思うよ」

「もちろん、そうだ。そうして、彼女は、部員の頭数としてカウントできる人間は等しくみんな大事だと思っているよ」

 教室に入ると、怜は、鈴音(スズネ)におはようと声をかけたあと、

「バーベキューによくないところってあるか?」

 と訊いた。

「肉をめぐって、血みどろの争いを繰りひろげることかな」

「他には?」

「服に臭いがつくことなんじゃない」

「それだ」

「どれ?」

「いや、スズと話していると、自分がバカなんじゃないかっていう気持ちになってくる」

「そんなことはないと思うけど、でも、自分の無知を知ることができるっていうのはいいことなんじゃない?」

「いいことかなあ。それで落ち込んでいくのに?」

「どんどんと落ち込んでいけば地球の反対側に出ることができる。そこで、新しい世界を知るのよ」

「ありがとう。これから、いくらでも落ち込んでいける道理だ」

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[良い点] あぁ、環ちゃんいい子や そんな見事な提案なんて出来ないって 苦労して考えてくれたことに気付いて、自分のワガママ風により良いものに提案するなんて出来ないって 怜くんも違和感に気付くのも素晴…
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