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プラトニクス  作者: coach
266/281

第266話:宏人の修学旅行4

 二日目の夜は三人部屋だった。

 メンバーは班員だけなので、昨日よりも気を使わなくていい分、楽である。

「明日帰るのか……まだ帰りたくないなあ」

 宏人(ヒロト)は布団の上で、ごろごろしながら言った。

「あと一週間くらい泊まったって構わないよ」

「オレはそれには賛成できないな。一週間も家を空けたら妹が卒倒する」

 一哉(カズヤ)が答えた。

「大変だな。チビちゃんたちの面倒は」

「いや、大変ぶっているだけさ。将来の予行演習をしていると思うこともできるしな」

「結婚した後ってこと?」

「そう」

「カズヤならいいイクメンになるだろうな」

「イクメンなんていう言葉、男女差別だぞ」

「えっ、どこが?」

「育児っていうのは、本来夫婦の共同作業だろ。育児をしている父親が偉いなんていう話はおかしい」

 宏人は、なんなんだこいつは、と思わざるを得なかった。本当に同い年か。本当に14歳か。41歳じゃないのか?

「なあ?」

 もう一人の班員に訊くと、

「別におれもカズヤの言う通りだと思うけど……」

 田沢くんは、ボソリと言った。

「ちょ、ちょっとタイム!」

「なに?」

「いつからカズヤのことを呼び捨てにするようにしたんだよ」

「今日の昼からだけど……」

「オレのことは?」

「えっ?」

「オレだけ『倉木くん』なんて仲間外れにしないでくれよ。ひどいじゃないか、カズヤ」

 一哉は苦笑すると、

「じゃあ、今から交渉すればいいだろ。ちょっとトイレ」

 と言って部屋を出た。

 宏人は田沢くんと交渉して、無事互いのことを名前で呼び合うことと、生涯のマイメンになることを約束することに成功した。

 随分、長めのトイレの後に、一哉は帰って来た。

「大丈夫か、カズヤ?」

「ん、ああ、大丈夫だよ」

「もう少しで迎えに行くところだったぞ」

「おいおい」

「あーあ……」

 宏人はため息をついた。

「何だよ、どうした?」

「どうしたもこうしたもないよ。修学旅行最終日の夜って言ったら、普通イベントがあるだろ」

「どんな?」

「告白だよ、こ・く・は・く」

「いいよ。ヒロトがオレのことを愛していることはもう知っているから」

「おい! オレはそんなことは聞きたくない。『倉木、お前に話があるっていう女子が来ているけど』っていうセリフを聞きたいんだよ」

「言ってやってもいいけど」

「セリフだけ聞いてどうすんだよ!」

「ヒロトって結構うっとうしいヤツだな」

「よかったよ。二人の仲が縮まったことが分かって。そういうことが言えるっていうことは、仲良くなった証拠だもんな」

「告白されないなら、こっちからしたらいいんじゃないか」

「誰に?」

「適当な誰かに。学年の女子全員にすれば、誰かは受けてくれるだろう、きっと」

「スマホの契約取りたいわけじゃないんだから」

「じゃあ、藤沢にして来いよ」

「なぜ、ここであいつが出てくるんだ」

「もういいよ、そういうの」

「そういうのってなんだよ」

「お前たちはお似合いだよ」

 なにやら、田沢くんも、うんうんうなずいている。

「嫌だあああ、オレにも理想があるんだ!」

「理想なんて捨てて楽になれよ」

「理想を捨てたら人間は生きてはいけないんだ!」

「それはちょっと藤沢に失礼じゃないか。藤沢の何が不満なんだ」

「別に不満なんて無いよ。藤沢はいいやつだよ、うん」

「だったら、何も問題はないじゃないか」

「カズヤくん、キミ、妹ちゃんを勧めてくれていたのはいったいどうなったんだい?」

「今だってお勧めはしているさ。でも、今この場に妹はいないからな。告白っていうのは、面と向かってするもんだろ」

「ビデオ通話でも面と向かえるけどな。してみようかな」

「いや、そんなことはオレが許さない。リアルじゃないと」

 宏人は布団の上に身を起こして耳を澄ました。

 しかし、何も聞こえてこない。

 どうやら自分を呼ぶ声は無いようである。

 宏人は、しみじみとした思いにとらわれた。こういう時、マンガなんかで何かが起こるのは主人公だけなのである。逆に言えば、何かが起これば主人公なのだと言っていい。それが起こらないということは、残念ながら自分はモブなのだった。

 宏人は悲しい真理を再認識した。そうして、真理というものは認識できない方が幸せなのではないかと思った。そんな諺があった。知らぬが仏。知らなければ仏のような落ち着いた心持ちで生きていけるのだ。なまじ知ってしまったばかりに、このような苦しみを受けなくてはならないのである。

「大丈夫か、ヒロト?」

「大丈夫じゃない。なんでオレは告白されないんだ!」

「ただ単に時季じゃないのかもな」

「時季っていつだよ。2年の修学旅行の夜以上に素晴らしいタイミングあるのか?」

「三年になってから出会うかもしれない」

「遅いよ。もう受験だよ!」

「受験をきっかけに、あと腐れなく別れられていいだろう」

「いや、別れられていいってどういう理屈だよ。運命の子だったらどうする!」

「運命の子だったら、また巡り合うだろう。運命なんだから」

「ああ言えば、こう言う!」

「まあ、そんなに急ぐことはないさ。いざとなれば、サナでいいわけだから」

「ちょくちょくサナちゃんの話を出してくるけど、本当にそれ、本気で本気なのか?」

「妹のことで冗談をやるはずがないだろう」

「そうかなあ」

「ただオレもそこそこシスコンだから、妹を泣かすヤツは絶対に許さない、地の果てまで追いかけて後悔させてやる、くらいの気持ちではいるからな。そこんとこは、覚悟しておいてくれよ」

「なにがそこそこだよ。重度じゃないか」

「そうかなあ。ヒロトだって、お姉さんについてはそう思っているだろう?」

「オレはシスコンじゃない。なんだったら、早くアネキと離れ離れになりたいと思っている。そもそも、アネキにはもうちゃんと相手がいるから、何も心配していない」

 宏人はそんなことを話しながら、眠りについた。

 夢は見なかった。

 目覚めると、朝である。

「しまった!?」

「何が?」

 すでに起きていた一哉が訊いてきた。

「昨日はオールする予定だったのに!?」

「どうやって?」

「え、なに?」

「一晩中トランプするってわけにもいかないだろう。それでも、将来の夢でも語り合うつもりだったのか?」

「……ゲーム持ってくればよかったよ」

「いつでもうち泊まりに来いよ」

 宏人は、チビちゃん二人にいつまでも寝かせてもらえない図を想像して、一哉にねぎらいの言葉をかけたあと、

「温泉って、いつでも入れるんだっけ?」

 尋ねた。

「いや、いつでもじゃない」

「朝は?」

「無理」

「何でだよ」

「オレたちが気ままに入ってたら、普通の客が迷惑するだろう」

「貸し切りにしてくれればいいのに」

「そういうわけにはいかないだろう。部屋があるのに、客を泊めないんじゃ、商売あがったりじゃないか」

「とにかく、温泉に入れないってことか、やれやれ」

「朝湯したかったのか?」

「朝から温泉に入ったことないからさ」

「まあ、しょうがない」

「人生はままならないことばかりだなあ」

「朝湯できないくらいで、そこまで悲観することないだろう」

「朝湯は色々なことの一つに過ぎない。その一つがオレにクリティカルヒットを与えたんだ」

「ホームシックになっているんじゃないだろうな?」

「その逆だよ。家に帰るのが憂鬱なんだ。カズヤは?」

「それ、昨日も訊いたぞ」

「大事なことなんだ」

「オレがいないと、サナが大変だ」

「訊くべきじゃなかったよ。罪悪感を覚えてきた」

「色々忙しいな、ヒロトは」

「貧乏性なんだ。もっとゆったり暮らしたいと思ってはいる」

 温泉に入れないならしょうがない。宏人はさっさと着替えることにした。制服に袖を通すと、いよいよ帰らなくてはならないことが意識されて残念である。しかし、残念でもなんでも帰らなくてはならないことに違いはない。

 宏人は同じく制服に着替えた二人を伴って、朝食会場へと行った。

 また点呼が予定されていて、それが終わってから朝食である。

 男子三人でいるところに、

「おはよう」

「おはよー」

「おはようございます」

 女子三人が合流した。

「みんなおはよう。今日もとびきり可愛いね!」

 宏人は制服姿の少女たちに向かって、愛想のいい声を投げた。

 三人はドン引いたようである。

「熱でもあるの?」と志保(シホ)

「キミたちの美しさにクラクラしているだけさ」

 キラッと白い歯を見せて笑う少年を尻目にして瑛子(エーコ)は、一哉に向かった。

「倉木くん、どうしたの?」

「告白してもらうためのアピールじゃないか」

「どういうこと?」

「昨日誰からも告白されなかったから、今日告白されたいんだな、多分」

「ああ、そういうの」

 瑛子は、宏人に向かった。

「倉木くん」

「はい!」

「誰でもいいからアピールするっていうのは、逆効果だと思う」

「……はい」

 宏人はがっくりと肩を落とした。こうして自分は寂しく生きていくのだろうと思うと、胸に迫るものがある。まさしく、一瞬のうちに一生を見通したような錯覚を宏人は抱いた。

「今オレは悟りを開いたよ」

「あとで聞かせてくれ」

「カズヤ、ちょっとオレに冷たくないか」

「いや、もうメシだから」

「一緒に過ごしてみて分かる本性」

「嫌な言い方するなよ」

 朝食を食べた後は、一つだけ観光スポットを巡ってから帰ることになった。

 そこもやはり寺だった。

 どこまでも寺巡りが好きな人種である。

 しかし、宏人も悪い気分では無かった。

 何かしら自分の中から邪な思いが浄化されていくようなそんな気持ちを味わっていた。

 寺で暮らすことができたら、学校のこととも世間のこととも隔絶されて、修行だけしていることができたら、どんなに心穏やかに暮らしていくことができるだろうか。テレビもなし、ゲームもなし、漫画もなし。考えると身が凍る思いがするが、そんな何も無い環境にもいずれは慣れるに違いない。そう思って、厳粛な気分に浸りながら、ふと本堂を見ると、その屋根にテレビのアンテナがあった。

 まあ、今時、坊主でもニュースくらい知っていなければならないだろう。

 檀家と話すのに仏法のことだけというわけにもいくまい。

 宏人は深く考えないことにした。

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