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プラトニクス  作者: coach
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第264話:宏人の修学旅行2

 京都駅からバスに乗って向かった先は奈良だった。

「素朴に疑問なんだけど、どうして京都に着いたのに、その京都をスルーして、先に奈良に行くんだろうか」

 宏人(ヒロト)は今さらなことを口にした。

 旅程では一日目に奈良を散策して、二日目・三日目に京都を楽しむことになっていた。

 しかし、これは別に逆でもいいのではないかと宏人は個人的には考えていた。

 一日目が京都で、二日目・三日目が奈良。

 ていうか、別に移動しなくても、三日間京都でもいいし、三日間奈良でもいい。

 なぜセットにするのか。

 これに対する回答は、一行の歴史アドバイザーである花山さんが、与えてくれた。

「京都と奈良はどちらも昔、日本の都だったからじゃないかな。平安京と平城京だね。実は、これ以外にも日本の都っていうのは色々あったんだけど、平城京までは天皇が代替わりするごとに、都を移していたの。平城京が初めて天皇が代替わりしても別のところに移さなかった都なんだよ。その意味で平城京は記念すべきものだし、平安京は言うまでもなく、古代から近代に至るまで1000年以上続いてきた都だから、こっちもこっちで意義深くて、それでどっちも大切ってことなんじゃないかな」

「京都の方が一日多いのは歴史の差ってこと?」

「そうじゃないかな、多分」

「さすが、クイーンオブ歴女」

「ええっ!? そんな、わたしなんか全然詳しくないよ」

「だとしたら、オレはどうなる? できるヤツが謙遜すると、できないヤツは迷惑するんだ。なあ、藤沢?」

 近くにいた志保(シホ)は嫌な顔をした。

「わたしを巻き込まないでくれる。そっちの話はそっちで完結して」

「いいじゃないか。みんなで楽しく会話して何が悪いんだよ」

「それ自体はいいんだけど、自分をさげすむ話の中にわたしを巻き込まないでよ。謙遜するなら一人でして」

「お前には謙遜の気持ちが無いのか?」

「あるよ、もちろん。でも、強制はされたくない」

「言いたいことは分かったけど、どの話を振ってどの話を振らないかなんて考える頭がオレにあると思うか?」

「期待はしてない」

「なら、よかった」

 宏人たちは、阿修羅像を見たり、鹿に甘えられたり、大仏を拝んだりして、奈良を十二分に堪能した。その後、京都に戻って宿に入る。辺りは、すっかりと暗くなっていた。

 割り当てられた部屋に荷物を置いてから夕食を取り、温泉に入ることになる。

 夕食は、お上品な京料理などではなくて、すき焼きだった。

 初めは喜んでいたが、肉は次から次へと運ばれてきて、いくらでも出てくるようだった。

 しまいには食べられなくなった。

 そうして、どうして京都にまで来て、肉を食べなくてはいけないのだろうとも思って、周囲に訊いてみたが、皆いっぱいのお腹を抱えて苦しむばかりで答えてくれる者はいなかった。

 それから温泉に入る。

 宏人は、他人と一緒に風呂に入ることが苦手であり、中学生特有――であろうと信じたい例のノリ――も苦手だったが、もちろん、入らないわけにはいかない。仮に今日を免れても明日がある。えいやっと服を脱いで広々とした浴室に入ったわけだけれど、宏人の裸に興味を持つものは誰もいないようだった。

 温泉でホッと一息ついたあと、あとはもう寝るだけといった時、始まるのは恒例の枕投げに、ウノに、家でやればいいのに持ち込んだ携帯ゲーム機に、最後は恋バナだった。

「一人ずつ好きな女子の名前挙げて行こうぜ!」

 消灯されたあとに、一人の男子が言い出した。

 班員ではない。部屋は6人部屋で、当然に男女は別であるので、宏人の班は別の班と一緒になっていた。その別の班の男子の一人が言い出したのである。

 なんだその罰ゲームはと思った宏人だったが、もしかしたら彼にとっては自分の好きな人とここにいる人間のそれがかぶっていないことを確かめておきたいという切実さがあるのかもしれないと考えてみた。しかし、もちろん気乗りしないし、残りの4人も宏人と同意見のようだった。

「なんだよ、好きな女子教えるくらいいいだろ?」

 と言い出しっぺが必死になって水を向けてみても、誰も反応しない。

 普通に考えれば、それはそうだろう。なんで自分の秘密を他人に話さないといけないのか、意味が分からない。それが修学旅行のノリだと言えば言えなくもないのだけれど、ノリで話すようなことであれば、そもそもそれほどの気持ちではないと言うこともできる。だとしたら、そんなものを聞いても意味が無いことにならないか。

「じゃあ、二年生の中で誰が可愛いか、それだけでも言い合おうぜ」

 と彼は言ったが、それでも誰も反応しないので、

「よし、おれが挙げていくよ!」

 とまずはクラスの女子の名前から挙げていった。

「やっぱり、まずは二瓶だよな」

 瑛子(エーコ)の名前が挙がったので、宏人はひそかにうなずいた。まずは、彼女の名前を挙げなくてはならないだろう。確かに、彼女は「クラスに一人」だった。そのあとに、志保の名前が挙がるのではないかと宏人は思ったが、クラスの女子はそれで終了になった。別のクラスの美少女に行く彼によっぽど、「まだいるよ、うちのクラスには!」と言いたくなったが、それこそ、

「お前、藤沢のことが好きなんだろ」

 と言われるような案件となって、うまくなかった。しかし、もしもそんな風に言われたら、胸を張って、

「悪いか!?」

 と返してやろうと思っていた。好きな女子の名前に志保をストックしておけば、万事解決である。ただし、どんな解決かは分からない。

「ヒロト、本当に佐奈サナでよかったら、いつでもやるからな」

「サナちゃんは物じゃないぞ、カズヤ」

「そりゃそうだ」

「なんでそう何度も言ってくるんだよ。自慢の妹の相手がオレでいいのか?」

「自慢の妹だから変な奴につかまってほしくない」

「サナちゃんなら大丈夫だと思うけど」

「そんなことはそうなってみないと分からない」

「お兄ちゃんは苦労するなあ」

「まあ、考えておいてくれ」

 宏人は、佐奈がカノジョであるところをもやもや想像してみた。それは控え目に言っても最高だった。しかし、あんないい子が自分のカノジョであるというところは、自分にとっては最高でも、はたから見ると醜悪な図ではないかという気がどうしてもする。世には、何でこの二人がくっついているんだろうかという風に見られるカップルがあって、自分もそうなってみれば、あるいは違和感も無くなるかもしれないが、今のところは、どうしてもそれは不自然であるような気がした。そうして、不自然なことをあえて行うには宏人は常識人であるのだった。

 なおも何かをしゃべり続ける恋バナの彼の声を子守唄代わりにして眠りにつくと、夢は見なかったようである。起きると5時だった。これを、デフォルトでできれば、学校に行くときも苦労が無くなるのだけれど、これはおそらくは、学校に行かなくてもいい時しか発動しない特殊能力なのだろう。

「よお」

 一哉(カズヤ)はすでに起きているようだった。

「いつもこの時間に起きているとか言わないよな?」

「いや、起きている。子どもが朝早いからな。それに付き合わないといけないし、朝食も妹と代わりばんこに作っているから」

「キミには何か『隙』というものが無いのかい」

「隙だらけだよ。顔洗ってきたらどうだ?」

「目ヤニついている?」

「バッチリ」

「じゃあ、行って来よう」

 宏人はまだ寝ている四人の体を踏まないようにして、部屋の隅に行くと洗面台があったので、自分の顔を確かめた。確かに、目やにがついている。これでは百年の恋も冷めるだろう。相手もいないにも関わらず入念に洗顔していると、もう一人起きた者がいて、一哉と話しているのが聞こえた。

 こういう宿泊体験を一週間もやれば、クラスでは話さない人間も、それぞれ話すようになるのではないかと宏人は思った。しかし、それはそれでげんなりする気持ちにもなった。一週間他人と一緒とか。慣れるかもしれないけれど、もしも慣れなければ端的に言って地獄である。

 自分で思いついた名案を自分で却下した宏人は、洗面して帰ってくると、一哉がスマホを操作しているのを見た。

「妹に家の状況を聞いているんだ」

「サナちゃん、もう起きているの?」

「多分な。お、返信来た。『みんな、元気だよ。お兄ちゃんがいないから二人とも寂しがってます』だと」

「愛されてるな。オレも姉貴に連絡してみようかな」

「してみれば」

「いや、やめておこう。旅行先から連絡なんてしたら、つけ上がらせるからな。その代わりに、(ケン)にいにメールしよう」

「アニキもいたのか?」

「アニキだと勝手に思っている人で、アネキの婚約者という重い十字架を背負わされた悲しい人なんだ」

「婚約者?」

「そう。そして、婚約者という響きから感じられるなんかこう華やかで浮ついたイメージとは真逆な人だな。『アネキとの婚約』と書いて『のろい』と読む」

「大変だな」

「まあ、オレのことじゃないから。『賢にい、おはよう。今日もアネキのことをよろしくお願いします』と」

 返信はすぐに来た。

「ヒナタのことは任せてくれ。何も心配しなくていいから、修旅楽しめよ」

 宏人は感動した。

 天は姉という災難とともに、賢という幸いも一緒に与えてくれたのだった。なかなか粋な計らいをしてくれるものである。

「前にお土産に欲しいもの聞いたけど、何か追加で欲しいものがあったら言って」

「土産は八つ橋だけでいいよ。あとは無事帰ってきて、土産話を聞かせてくれ」

 宏人はまたまた感動した。本当にどうしてこんなに素晴らしい人が姉と出会ってしまったのだろう。自分のことではないからこそ、いっそう申し訳ない気持ちになった。とはいえ、彼の立場を代わってあげることができないのであれば、そういう気持ちになってもどうしようもないのだった。ありがとう、賢にい。いいって言われたけど、八つ橋以外に何か買っていくよ。

 朝食の時間までにみな起きると、ホールに行って、バイキング形式の食事を取った。シミュレーションと同じだったので、宏人は嬉しくなったが、あるいは、バイキング形式の食事だということが分かっていて、一哉はシミュレーションしたのかもしれなかった。

「そうなんだろ?」

「さあ、何のことかな」

「好きなものをプレートに乗せて、交換ごっこやるか?」

「やらない」

「ノリが悪いぞ」

「オレはノリでは何もしないことにしているんだ。以前、それでひどい目に遭った」

「どんな?」

「とても言えない。想像に任せるよ」

 宏人は、重々しくうなずいたが、特に何も想像することもなく、バイキングの列に加わった。

 たっぷりと好きなものだけ食べるシステムとはすばらしいものである。

「給食もこういう風にできないのかな。どう思う、藤沢?」

「用意と片付けが大変だと思う」と志保。

「3時間くらい給食に取ればいいんじゃないか?」

「何しに学校に来ているのよって感じになるじゃん」

「でも、食事っていうのは、生活する中で一番大事だろ」

「人はパンのみにて生きるにあらず」

「パンだけじゃ食べられないよな。ジャムがないと」

「もう一個パン食べなさい、バターつけて」

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