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プラトニクス  作者: coach
242/280

第242話:修学旅行前小旅行の計画

「懇親会をしよう!」

 給食を食べ終わって睡魔と戦った5時間目のその後、6時間目の「総合」の時間に友人が声を上げるのを宏人(ヒロト)は聞いた。そうして、訊き返した。

「懇親会?」

「そう」

 宏人は自分のすぐそば近くを見回した。発言した友人の他に一人の少年、三人の少女の姿がある。宏人を含めてみんなが机に着いており、それぞれの机が合体して大きなテーブルになっていた。班テーブルである。「総合」の時間は来たる修学旅行のプランニングに当てられており、教室のそちこちから楽しげな声が聞こえてきていた。

 宏人の友人であり、班リーダーでもある一哉(カズヤ)は続けた。

「オレたちは互いのことをよく知らないだろ。そんな中で修学旅行に行っても有意義なものになりようがない。だから、お互いをよく知るために旅行前に懇親会を開くことを提案する」

 宏人は、しばらく呆気に取られたあとに、

「そこまで修学旅行のことを本気で考えているとは思わなかったよ」

 と感動の声を漏らした。

「中学校生活で一回しか無いイベントなんだぞ。もっと真面目に考えてくれよ、ヒロト。それに、みんなも!」

 班長が班員たちを見回すと、反応は少々鈍かったけれど、確かにあった。

 宏人はみんなを代表した。

「それで懇親会っていうのは何をするんだ?」

「カラオケでもボーリングでもいいかもしれないけど、どうせだったら、ちょっとした旅行に行ってみないか。その方が修学旅行のシミュレーションにもなっていいだろ」

「そこまで本気なのか?」

「最高のイベントにするつもりしかない!」

 一哉は大見得を切った。

 宏人は自分の他の班員たち四人の顔を見回した。その四人のうちで二人は、これまでそれほど接点が無かった子たちである。そこでピンと来た。一哉の提案はこの二人のためのものなのだ。彼ら二人は、いわば新参であって、その彼らをグループに馴染ませるために、みんなでどこかに行こうなどと言い出したのである。宏人は腹の底から感心した。宏人も二人のことは気にかけるつもりだったけれど、早急に具体的な方策を採ることができるのが一哉の凄みだった。

「でも、カズヤ、大丈夫なのか? チビちゃんたちの面倒は」

「そのときはあいつに任せるさ」

「サナちゃんなー」

「また相手してやってくれ。ヒロトに会いたがっている」

「ウソつけ」

「本当だよ。お前の話になるといつも目を輝かしているぞ。その様子が気持ち悪いから、あんまりお前の話をしないようにしているんだ」

「いくらカズヤでもサナちゃんの悪口はオレが許さない」

「オレとサナのどっちが大事なんだよ」

「聞くまでもないだろ」

「ありがたいな、男の友情は」

 こほん、という咳払いのあとに、班員の一人である二甁瑛子(エーコ)が口を出した。

「あの、その『サナちゃん』っていうのはどなたですか?」

「オレの妹。すぐ下の一年なんだ。ヒロトのことが好きらしい」と一哉。

「へー、倉木くん、モテるんだ」

 宏人は首を横に振った。

「オレがモテるわけないことはこのクラスの誰もが知っている。多分、サナちゃんはカズヤと仲がいいオレのことを気に入ってくれているんだよ。お兄ちゃん思いなんだ。オレもそういう妹が欲しいよ」

「ふうん。倉木くんはそう言っているけど、そうなの? 富永くん」と瑛子。

「いや、妹はそんなブラコンじゃない。ただシンプルにヒロトのことが気に入っているだけだと思う」

「今度わたしもお宅にお邪魔していい?」

「保育園児が二人いる。もみくちゃにされるぞ」

「言ってなかったかな、わたし小さい子が大好きなの」

 そう言って瑛子は微笑んだ。

 その微笑みは一点の曇りも無いもので、それがために返って作り物っぽさを感じさせた。

「二甁が来てくれたら泣くほど喜ぶだろうな、あいつら」

 一哉は答えた。

「時間も限られていることだし、話を元に戻した方がいいんじゃない?」

 発言したのは藤沢志保(シホ)である。

「そうだな。じゃあ、言い出しっぺの藤沢に聞こう、行きたいところはあるか?」

「どこかに行こうっていうのは、わたしが言い出したわけじゃないでしょう」

「まあ、いいだろ。何か案をくれよ」

 志保は少し考えたあとに、

「修学旅行のシミュレーションにするんだとしたら、お寺とか神社とかにしたら」

 言った。

 満座は静まりかえった。そりゃそうだろう。なにゆえせっかくの休日に中学生が寺社になど行かなくてはならないのか。意味が分からない。とはいえ、ベタに遊園地というのも宏人的には問題があるのだった。このあたりの遊園地と言えば県境をまたいだところに一つあるのだけれど、そこは宏人にとってはちょっとしたトラウマの場である。できれば行きたくない。

 遊園地以外で遠出できるところを考えていた宏人は、

「寺に神社か、それもいいかもな」

 班長の声を聞いた。

 ウソだろと思った宏人だったが、一哉の言葉に皆うなずいているではないか。どこかおかしいんじゃないか、こいつら、とメンバーの正気を疑ったが宏人だったが、衆寡敵せず、

「いいね、神社!」

 と賛成するしかなかった。そのあと、

「それじゃあ、寺ガールの藤沢に聞くけど、どこがお勧めなんだ?」

 と訊くと、

「誰が寺ガールよ。そんなの知っているわけないでしょ」

 つれない答えが返ってきた。そのとき、

「あ、あの!」

 と発言したのは、「新規メンバー」の一人である花山さんだった。彼女は、どもるようにしながら、行きたい神社を告げてきた。

「他には?」

 希望する者はいないようであるので、あっさりとそこに行くことに決まった。

「あ、あの、いいんですか、わたしの行きたいところで」

「いいんじゃない、別に」と志保。

「いいよ」と瑛子。

「別に……」ともう一人の新規メンバーである田沢くん。

「いいよ、いいよ」と宏人が言うと、花山さんはホッとしたようである。

 そこで総合の時間は終わりを告げた。

「じゃあ、みんな、スマホでそのあたりのことを調べて、近くに行きたいところがあったら、各人一つずつ出してくれないか。それでスケジュールを組むから」

 一哉がそう締めて会議を終えると、その日はそれで解放となって、清掃をしたあと宏人は部活動に顔を出した。そうして、いい汗を流してから帰路を取ろうとすると、たまたま校門で瑛子と一緒になった。

「今帰りなの、倉木くん?」

「あ、ああ」

「キグウだね。そこまで一緒に帰りましょうって誘ったら、『モチロン』って言って受けてくれる?」

 宏人は、きょろきょろと辺りを見回した。ないとは思うけれど、万が一にでも女の子と親しげに話しているところを姉に見られたら大変なことになってしまう。

「どうかした?」

「実は狙われてて」

「誰に?」

「モンスターだよ。猪タイプの。オレの姿を見ると突進してくるんだ」

「ポケモンには詳しくないんだ」

「種類的にはポケモンのモンスターじゃなくて、モンハンの方だな」

「さらに分からないよ」

「とにかく恐ろしい怪物だっていうことだけ分かればいいよ。大丈夫そうだから、行こう」

「いいの?」

「もちろん」

 宏人はこの頃、常に誰かと帰っているのではないかと思われた。大方は志保と。今日は、瑛子。帰り道を女の子と同じくすることは中学生男子の夢だったが、夢が叶ってしまうと、それほどいいことでもないような気がしていた。いや、いいはいい。しかし、一人でいるときと比べて緊張してしまう。その緊張を楽しめるような人はいいだろうが、宏人はただ緊張するだけで、その緊張が楽しいなどとは思えないのだった。

「楽しみだね、修学旅行前旅行」

 隣を歩きながら瑛子が言った。

「神社好きなの?」

「将来は、神社で結婚したいと思っているわ」

「本当に?」

「それか普通に結婚式場」

「その二択おかしくない?」

「倉木くんは?」

「オレはあんまり神社には興味が無いかなあ。いつもお賽銭(さいせん)でいくらあげればいいのか迷うし」

「いくらでもいいんじゃないかな。気持ちだから」

「気持ちだとするとさ、10円しか入れなかったら、『お前の気持ちはたった10円ぽっちか!』って、神様に怒られるような気がする。だからって大金の持ち合わせはないし」

「大丈夫だよ。神様はそんなこと気にしないよ。だって、お金の使い道が無いんだから」

「でもなあ、世の中にはただお金を貯めるだけで喜ぶ人もいるからなあ。神様がそういうタイプだったらどうする?」

「だったらもう相当貯め込んでいて、総額で増える分が10円でも10万円でもあんまり変わらないくらいになっているんじゃない?」

「二甁って頭いいなあ。救われた気分だよ」

「神様から救うっていうのも、何だか変な感じだけどね」

 瑛子は微笑んだ。

 宏人は微笑みを返しながら、微笑の交換をする二人の甘酸っぱさを感じた。甘酸っぱいとそう思えるところに瑛子との距離感がある。これは彼女との間に決定的にできてしまった隔たりというものであって、果たして今後これが埋まるのかどうか、そもそも埋めたいと思っているのかどうかも微妙な話だった。

 瑛子がこちらを窺うようにしている。

 宏人は自らの想念から立ち返って、

「それにしても、カズヤは考えることが違うなあ」

 と声を大きくした。

「富永くんは、何を言っても何をしても、倉木くんにフォローしてもらえると思っているから言い出すんじゃないかな」

「どういうこと?」

「信頼しているってことでしょう」

「信頼ねえ」

 宏人はほわほわと考えてみたけれど、自分が何をしようがしまいが、一哉は勝手に自分で何でもやりそうな気がした。

「そんなことないと思う。以前の富永くんは自分には関係ないっていう感じで、クラスメートと関わろうとしなかったもん。それが倉木くんと友だちになったことで変わった。人は変わるのよ」

「そんなもんかなあ。でも、それっていいこと?」

「いいことだと思うよ。少なくともわたしは以前の富永くんよりも今の富永くんの方がいいな」

「ならよかった。オレのせいで変わったとして、悪い方に変わってたら大変だからなあ」

「倉木くんと仲良くなって、悪い方に変わるっていうことは無いと思う」

「それ買いかぶりじゃない?」

「わたしには分かるの」

「じゃあ、そういうことにしておいてもらうよ。『オレはそんなに大したヤツじゃない!』って言い張るのも何かバカらしいし」

 しかし、瑛子の言い分が本当だとすると、もっとも身近にいる姉がいい感じの方向に変わらないのはなぜだろうか。

――あ、分かった! 「仲良く」ないからだ! 納得。

「今度、わたしも本当に富永くんのところに遊びに行こうかな。どう思う?」

「それはカズヤに直接訊いた方がいいんじゃないの?」

「でも、富永くんは倉木くんの親友なわけだから、まずは倉木くんに許可を取らないと」

「そんなシステム無いと思うけど」

「いいかな?」

「いいと思うよ」

「そのとき、一緒に行ってもらってもいい?」

「オレが?」

「わたし一人じゃ恥ずかしいから」

「恥ずかしいって何が?」

「何か失敗するんじゃないかと思って」

「行ったら、やらされるのはベビーシッターだよ。それで失敗することなんて無いと思うけどなあ」

「そんなこと分からないよ。たとえば……」

「たとえば?」

「その子たちがいたずら好きで、わたしのことを押し入れに閉じ込めちゃうとか」

「サナちゃんがいるからそこは大丈夫だと思うけど」

「そのサナさんという方なんですけど、倉木くん、その子のこと好きなの?」

「ぐはっ!?」

「どうしたの?」

「いや、ストレートすぎると思ってさ。もっとこう変化球を混ぜてカウントを取ろうよ」

「野球には詳しくないし、もうすぐで別れ道だから」

「たぶん嫌いな人はいないと思う。二甁も気に入ると思うよ」

「ふうん」

「いい子だよ」

「へえ」

「女の子にしておくのが惜しいくらい」

「どういうこと?」

「アネキと同じ性別だっていうことで、どうしてもちょっとはマイナスになるってこと」

「性差別はダメよ!」

「これって差別かなあ」

「そうだね」

「じゃあ、改めるようにするよ。女の子であるっていう理由で、サナちゃんの評価は下げない」

「よかった」

「二甁って、差別に敏感なんだな」

「そこまでじゃないけど、わたしも女の子だから」

「二甁の評価も下げないようにするよ」

「よかった」

 別れ道まで来ると、宏人は瑛子にさよならと言った。

 瑛子は、また明日ね、と返して自らの帰り道に向かった。

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