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プラトニクス  作者: coach
223/281

第223話:戦いの終わり

 完全にクラス内の風向きが変わってきたことに、宏人(ヒロト)は気がついた。宏人のグループと話をする子が多くなってきたのである。宏人のクラスには、メジャーグループの他に、宏人のグループと、そのどちらにも属さないマイナーグループがある。志保(シホ)は、そのマイナーグループに積極的に声をかけ始めた。マイナーグループは、宏人のグループに入るという明確な意思表示をしたわけではなく、宏人のグループ自体が膨張したわけではないものの、言わば、連合を組むような形となり、そうなると、メジャーグループをしのぐ勢力となるのだった。

 二甁瑛子(エーコ)が抜けたメジャーグループは勢いを失った。やはり彼女が扇の要だったのである。その瑛子の事が、宏人は少し心配だった。グループを抜けた彼女に対して、嫌がらせがなされているのではないか、あるいは、今後そういう可能性があるのではないか、と。心配しても始まらないし、一度、心配はよそうと思ったわけだったけれど、どうにも思い切れないのである。その思いが顔に表れているのかどうか、

「二甁さんのことが心配なの?」

 下校途中に、志保が隣から訊いてきた。

「どうして、そう思うんだよ」

「愛しい人の気持ちって何となく分かるものなのよ」

「じゃあ、どうして、オレは、お前の気持ちが分からないんだ?」

「わたしのこと、愛しているの?」

「この前そう言っただろ」

「あんな適当なのじゃ嫌、ちゃんと目を見て言ってくれなきゃ」

「また今度な。それで、お前、どう思う?」

「別にどうも思わないよ。前も言ったけど、二甁さんはそういう子じゃないって」

「そういうことも、お前には分かるんだな」

「分からないのは、倉木くんだけなんじゃないの? 恋は盲目って言うからね」

「オレは二甁に恋なんてしていない」

「否定するところが怪しい」

「肯定したらどうするんだよ」

「納得する」

「だったら、どっちにしても同じじゃないか」

「当たり前でしょ。わたしは自分で判断するんだから」

「そのお前の判断を聞きたいんだよ」

「以前、二甁さんならうまくやるから、心配してもしょうがないぜって言ったのは、倉木くんでしょ」

「『ぜ』なんていう語尾は使っていないはずだ」

「使ってたよ。それ言ったとき、前歯も光ってた」

「じゃあ、まあ言ったとしてだ。それでも心配だとすると、どうすればいい?」

「どうしようもないね。いざ、二甁さんがいじめられたら、守ってあげればいいんじゃないの? 身をていしてかばうのよ。王女を守る騎士みたいに」

「オレは騎士なんていうガラじゃない」

「じゃあ、一般兵だね。すぐ死んじゃうの」

「騎士でお願いします」

「まあ、騎士でも何でもいいけど、でも、もうそんなことにはならないと思うよ」

「そんなことってどんなことだよ」

「だから、二甁さんを守って、二人は幸せに暮らしました的なやつよ」

「ていうと?」

「削っていない鉛筆の先みたいに鈍い人だなあ」

「いや、そのたとえはどうだろうか。削ってなけりゃ大体何だって鈍いだろうから、あえて、鉛筆にする意味が無い」

「理屈っぽい男の子ってステキ」

「ありがとう、それで?」

「戦いはもう終わりに近づいているってことよ」

「何だって?」

「終わりよ、終わり。ジエンド」

「終わりって……終わってどうなるんだよ」

「さあね」

 志保の言っていることが、宏人にはよく分からなかった。クラス内抗争は、何も終わってなどいないし、どちらかと言えば、まだ始まったばかりであるような気がしたのである。

「あれから、またグループに戻るように、勧誘を受けた?」

 志保は微妙に話題を変えた。

「いいや」

「そう」

 志保はその話題に執着を見せなかった。

「また、シルビアで叔母さんにご馳走してもらおうと思っているんだけど、どう?」

「えっ!? ……いや、そんなに頻繁に訪ねたら、いくらなんでも迷惑だろう」

「倉木くんって、本当に割と常識人だよね」

「オレの心の半分は常識でできているから」

「もう半分が何でできているのかは訊かないよ」

「いや、そこは訊けよ。突っ込めよ」

「叔母さん、倉木くんに会いたがっているのよ」

「なんでまた…………悪いけど、お前の叔母さん、オレにとっては年上過ぎるんだけど」

「どういう勘違いよ。倉木くんが来ると、なんでか店が繁盛するんだって」

「はあ?」

「わたしも知らないわよ。でも、叔母さんがそう言っているの。だから、ちょくちょく連れてきなさいって」

「オレは福の神ってことか?」

「そういうことらしいね」

「信じられないなあ。そんなこと言われたことないよ」

「信じているのは叔母さんの方だよ」

「お前は?」

「わたしは経営者じゃないよ」

「経営者じゃなくても、オレを知っている」

「知っているかな」

「知っているだろ。オレのことは、お前が一番よく知っている」

「何でそう言い切れるの?」

「何でって、事実そうだろ」

「そうかもしれない。この世の中では、知りたくないことも色々と知ってしまうものね」

 結局そのまま宏人は、志保と一緒にシルビアに入って、また志保の叔母の歓待を受けた。宏人は、自分が店に入ってからの客足を確認しようかと思ったが、店内は薄暗く、静かな雰囲気なので、そもそも、入店したときにどのくらいの客がいたのか、そうして、入店後にどのくらいの来客があったのか、よく分からなかった。そのうちに、特製のチーズケーキが運ばれてきたので、宏人は、まあ客足が伸びていようがいまいがどちらでもいいだろう、オレが経営しているわけでもないしと適当をやって、ケーキを堪能した。

 美味しくケーキをいただいたあと、宏人は、志保の叔母に礼を言って、店を出た。初秋の空はまだ暗くならない。

「そんなに気になるなら、二甁さんに直接訊いてみればいいんじゃないの?」

 歩きながら志保が言った。

「オレ、また、そんな顔してた?」

「してた、してた」

 宏人は彼女の隣に並んで歩きながら、

「余計なお節介じゃないか?」

 と答えた。

「人はみんな余計なことをして生きていくのよ。余計じゃないことなんてないの」

「それ、哲学か?」

「ただ事実を述べているだけよ」

「事実ね」

「またデートに誘ってみたらいいんじゃないの?」

「なんで?」

「そうすればさ、もしも落ち込んでたら慰めることができるし、落ち込んでなかったらそれはそれでいいし、どちらに転んでもいいことずくめでしょ?」

「……お前さ、女の子をデートに誘うときの、男子の緊張感を、なめてないか?」

「わたし男の子じゃないから、分かりません」

「お前を誘うのは簡単なんだけどなあ」

「ありがとう、自分が女の子扱いされていないってことが分かって、なかなか気分が悪くなったわ」

「お前のことは女の子だと思っているよ、ちゃんと。その証拠に、これから、志保ちゃんって呼ぶか?」

「ちゃん付けすることが、女の子扱いすることだって思っているなんて、大分、おめでたいね」

「じゃあ、どうすればいいんだよ?」

「レディファーストって言葉知らないの?」

「知っているよ。何でも女の子を先にするんだろ。レストランにも先に入れるし、今にも落ちそうな吊り橋も先に渡らせる」

「落ちそうな吊り橋があるところには、倉木くんとは行かないようにするわ」

「そういうところが、いいデートスポットだったらどうする?」

「倉木くんとデートしたら、そんなところに連れて行かれるの?」

「可能性はあるな」

「じゃあ、倉木くんとはデートしないほうがよさそう。誘わないでね」

「吊り橋が怖いってわけじゃないだろ?」

「吊り橋が怖くないのは、そういうセンサーが壊れている人だけでしょ」

「繊細なんだな」

「見た目よりずっとね」

 その見た目は今では可憐な女の子のそれなので、全く見た目ともズレはない。

「吊り橋じゃなかったら、どこに行きたいんだよ?」

「別にどこにも行きたい所なんてないわ」

「それはつまり、オレと一緒に居られるだけで十分ってことか?」

「倉木くんと一緒にいるのは10分くらいでいいよ」

「もう10分以上経ってるじゃないか」

「限界を超えているのよ」

「じゃあ、カズヤのところに行かないか?」

「富永くんのところ? 二人で行ったら、迷惑でしょ」

「ところが、カズヤから、二人で来るように言われてるんだ」

「どうして?」

「弟と妹の面倒を二人がかりで見させたいんだろ」

「なるほど」

「ところで、オレはすぐ下の妹さんの面倒を見るから、お前は、チビたちを頼む」

「それはフェアじゃないわね」

「たまには可愛い女の子と一緒にいたいっていう男心分からないのか?」

「わたし、可愛くない?」

 そう言って、すっきりとした瞳を向けてくる彼女のことを、宏人は、可愛いと思わざるを得なかったが、そう思うのは何だか癪だったし、言葉にするのは余計に癪だったので、黙っていたところ、その沈黙を肯定と解釈したらしい彼女は、

「ふふん」

 と笑った。

「なんで笑うんだよ」

「おかしいから」

「なにが?」

「何でもないよ」

「何でもないのに笑うなんて、感じ悪いじゃないか」

「わたし、倉木くんに対して、感じ良くした方がいい?」

 宏人は少しの間、考えてみた。そうして、別にそんなことをしてもらう必要は無いという結論に至った。それを伝える前に、また志保は、

「ふふん」

 と笑った。

「今週の週末に、カズヤのところに行く。決まりな」

強引(ごういん)

「ゴーイングマイウェイなのは、お前だろ」

「人は自分の道しか歩けないものでしょ」

「オレの歩いている道に、お前が来たような気がするけど」

「気のせいよ」

「そうか?」

「そうよ」

「とにかく、週末な」

「了解」

 別れ道まで来たけれど、宏人は、そのまま、志保と同じ道を取った。

「どうして付いて来るの?」

「お前のことは、叔母さんに頼まれただろ。店から出るときに、『志保ちゃんのことよろしくね』って」

「じゃあ、明日の朝も迎えに来てくれるわけ?」

「お望みとあらば」

「絶対やめて」

 宏人は、志保の家まで彼女を送ってから帰路を取った。一人になった帰り道でも、なんとはなし瑛子のことを考えた。この気持ちは、志保が言うように恋心などではないと思うが、特に確証のある話ではなかった。

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