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プラトニクス  作者: coach
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第220話:崩れたバランスと男の道

 教室の空気に、まるでピンと張ったロープのような緊張感があるのを、宏人(ヒロト)は認めていた。緊張感は、中学校の教室にはお馴染みのものだ。少なくとも、宏人はそう思っている。緊張感なく楽しくリラックスできていたのは小学校までのことで、中学校に入るとみな自意識を濃厚に身にまとうようになり、クラス内の人間が、自分の自意識を傷つける人間、すなわち敵なのか、そうではなく、自意識に触れてこない、あるいは守ってくれるような人間、すなわち中立的立場、もしくは味方なのかということを、各人が常に気を配るようになる。それが緊張感へとつながるのである。

 そういうわけで、お馴染みのものではあるのだけれど、この頃クラスのそれがちょっと……いや、大分強くなったように、宏人には思われたのである。その原因は、一人の少女だった。彼女は、自分自身では、クラスの中心にいるようには見せなかったけれど、実質は中心に存在したのだった。中心が動けば、全体が傾く道理であり、彼女の動きによって、クラスのバランスが変化したのである。

「藤沢さんは、どんな音楽聴くの?」

 宏人の目に、二甁瑛子(エーコ)が藤沢志保(シホ)に親しげに話しかけている姿が映っている。話しかけられた志保は、まるで親友に対しているかのような心からの笑顔で、

「洋楽が好きなんだ」

 と答えた。

「洋楽って、たとえば?」

「セレーナ・ゴメスとか、ケイティ・ペリーとか」

「名前だけは聞いたことあるけど、ちゃんと曲は聴いたことないなあ。聴いてみようかな。お勧めの曲とかある?」

「あるよ」

「教えて」

「じゃあ、メモするね」

「ありがとう」

 傍から見れば、二人の女の子が歓談しているようにしか見えないけれど、そうして事実、歓談はしているわけだが、腹の中で何を考えていることやら、宏人はハラハラしていた。外見はどちらも可愛い女の子だが、中身はいったいどうなのかと考えれば、どちらの子もある程度知っているので、そちらに関してはあんまり期待はできない。

 今どちらも外見は可愛いと言ったが、瑛子が可愛いことは、以前から周知の事実であったけれど、志保のそれが周知されたのは、つい最近、夏休みが始まったときのことである。髪をすっきりと切って瞳をあらわにした彼女は、衆目を浴びてしかるべき、美少女になっていた。いったいこれは何のおとぎばなしなんだと言わんばかりの変身ぶりである。もしも、このクラスに王子がいたら、見初められてもいいような愛らしさだった。二甁瑛子が話を終えて、自分の席に戻ったあと、

「今度、オレとダンスしてくれないか、藤沢?」

 それと入れ替わるようにして、宏人が近づいて、小声で言ってみた。

「ダンス?」

「そう。文化祭があるだろ。そこで、フォークダンス」

「フォークダンスなんかやらないと思うけど」

「体育館裏で二人でこっそりやるんだよ。カーリー・レイ・ジェプセンの曲でもかけて」

「熱でもあるの?」

「熱い男だから」

「暑苦しい男子って嫌いなんだ。クールになってくれない?」

「昔から、物語の主人公は熱いってことになっているんだ。オレの人生の主人公はオレだろ」

「じゃあ、その中で、わたしの配役ってなに?」

「ヒロインじゃないか?」

「ゲー」

「安心しろ。今時のヒロインはゲロも吐く」

「美しい話じゃなさそうだね、倉木くんの物語は」

「書いているのはオレじゃないから文句は言えない」

「ダンスの話はパスした方がよさそう。倉木くんの足を踏みつけそうだから」

「大丈夫だ」

「どうして? 倉木くん、ダンスうまいの?」

「いや全然。オレはお前の足を踏みそうになる。お前はオレの足を踏みそうになるっていうことで、でも、どちらも正しい位置に足がないわけだから、うまいこと、どっちも踏まれないで済むようになるよ」

「それ、傍から見たら、なんか二人で奇妙な儀式でもやっているような様子に見えるんじゃない?」

「二人きりって言ったろ。誰も見ているやつはいない」

「考えておくよ」

「即断即決しろよ」

「じゃ、やめる」

「ゆっくり考えればいいさ」

 宏人が自分の席に戻ると、友人の富永一哉(カズヤ)がやってきて、楽しそうな顔をしていた。

 そりゃ見ている分には楽しいだろうと思った宏人は、

「おい、クールキャラ」

 彼に話しかけた。

「オレのことか?」

「他に誰がいるんだよ」

「オレ、クールじゃないけどなあ。結構、簡単にブチ切れるし」

「……え、そうなの?」

「ああ」

 宏人は、口調を改めた。「調子はどうだい、カズヤくん? あ、ここ座る?」

「そこ、ヒロトの席だろ」

「座りたかったら、いつでも言ってくれていいんだよ」

「媚を売るならさ、また家に来てくれよ」

「どういうこと?」

「妹がお前に会いたがってる」

「妹ちゃん? 二人いるよな。可愛い方、それとも、もっと可愛い方?」

「オレにとっちゃ、どっちも可愛くて、どっちも憎たらしいんだけどな」

「で?」

「どっちもだよ」

「マジか……やっぱりカズヤのことお兄さんって呼ばせてもらうしかないな」

「藤沢にも会いたがっているし。お前ら、今度二人で来てくれよ」

「えっ……藤沢に会いたがってるって、どっちが?」

「どっちも」

「うおい! ようやくオレにも春が来たと思ってたのに!」

「今、秋だから、これから冬だぞ」

「嫌なこと言うなよ。もういいよ、冬は。スキーとスノボと温泉とコタツとみかんと鍋と、女の子の冷えた手を握るくらいしか、楽しいことがないじゃないか」

「そんだけあれば十分だろ」

「今度行かせてもらうよ」

「次の日曜日は? ダンスパーティの予約でも入っているか?」

「いや、次の日曜日には入っていない」

「なら決まりだ」

 宏人は、ふと志保の姿を追った。彼女の姿は自分の席にはなく、そこからちょっと離れたところにあった。これまであまり話しかけていなかった子に自分から話しかけている。しかし、あまりしつこくはしないで、ちょっと話しかけて、あちらの話を聞いたあとに、自分の席に戻ったようだった。話している最中の彼女は、特に緊張している風でもなくて、社交性の高さを窺わせた。

 志保の外見と行動の変化によって、彼女を見る目は、少しずつ変わってきているようだった。これまで彼女がどのように見られてきたのか。いや、見るのは、見る側の勝手だけれど、勝手に見て、見たそれに従って、彼女に対して行動してきたわけだが、それが変わろうとしていたわけである。現金なものだと思う一方で、その同じ現金さが、自分にもあるのではないかと考えられるのが、倉木宏人という少年の美点だった。

「どうかしたか?」と一哉。

「いや、何でもないよ。お前と会えてよかった、カズヤ」

「それ、前も言ってなかったか?」

「言ってくれたのはお前だよ」

「だったかな」

「ああ」

「二人してそう思えるならよかった」

 そう、二人してそう思えるならこれほどよいことはないが……。宏人は、志保を見た。そうして、ちょっと考えを巡らせたあとに、首を横に振った。これは考えてもしょうがない類のことではあるのだ。

 6時限のお勤めを終えて、そのあと、宏人は陸上部に顔を出した。トラックを走って、いい汗を掻かせてもらったあとに、いざ帰ろうとすると、同じようにいい汗を掻いてきた部活動後らしき男子が三人ほど、校門前にいた。遠目に見て、何だか見たことがありそうな雰囲気だと思っていたら、それもそのはず、近づいてみると同じクラスの子であることが分かった。その顔を見て、宏人はドキリとした。彼らは、宏人が以前入っていたグループの男子たちだった。

 志保の一件以来、彼らとは一言も話していない。以前は仲良く話していて、友人と言っても良かったけれど、今では全くそんなことは思わなくなっていた。それに、彼らと話さなくなったことに関して、特に名残惜しくも無いようだった。自分は情が薄いのだろうかと思わないのでもないけれど、現に心動かされないものはどうしようもない。

 宏人は、誰かを待っている風の三人のそばを通り抜けようとした。すると、そのうちの一人が、

「倉木」

 と話しかけてくるではないか。

「ちょっとそこまでいいか」

 宏人は、帰り道の半ばまで三人についてこられることになった。いったい何を話してくるのかと怪訝に思っていたが、特に何をと言うこともなかった。部活のこととか、夏休みのこととか、今はまっているゲームのことなど、他愛ないことばかりである。宏人は拍子抜けした。

「この頃、倉木と話してなかったからさ」

 と彼らは言った。話してなかったからも何も、交わりを断ったのは、彼らの方だった。しばらく、歩いたのち、別れ道で、

「それじゃあ、また明日な」

 と言って彼らは離れていった。本当に、ただ話をしに来ただけの風情だったけれど、魂胆は見え透いていた。

 宏人は家に戻ると、志保に電話した。今日のことについて報告しておかないといけないと思ったのである。コール音を聞きながら、宏人は、何だか自分が彼女の忠実な部下にでもなってしまったかのような気持ちになった。

「はい、藤沢です」

「わたしです、ボス、ヒロトです」

「それは分かってるよ。ディスプレイに名前が表示されるから」

「『部下A』って表示しているんだろ」

「『ダーリン』って表示しているよ。あれ……ノータリン、だったかな」

「要チェックだ。大分違うぞ」

「で、どうかしたの? グッナイコールにはまだちょっと早いけど」

「なんだよ、グッナイコールって」

「モーニングコールの夜バージョン」

「そんなのあるのか?」

「あるんじゃない。電話するくらいのこと、朝がOKで、夜がダメってこともないでしょ」

「悪いけど、そんな電話じゃない」

 そう言って、宏人は、先ほど起こったことを、志保に説明した。

「もう何回か言ったことかもしれないけどさ、倉木くん」

「その先は言わなくていい。向こうに戻りたければ、そうしてもいいとか言うんだろ」

「……うん」

「向こうに戻ってどうするんだよ。一緒になって、誰かの上靴を隠したり、机に花瓶を置いたり、それらを撮影した動画をSNSに上げたりするのか?」

「そんなことまでされたことはないけど」

「男の道は一本道なんだ。後戻りなんかしない」

「――――うん、リオ、分かった、今行くから…………えーっと、今なんて言ったの?」

「聞いてなかったのか?」

「ごめん、ごめん」

「愛してるぞ、藤沢」

「はいはい、わたしも愛してるわよ。それで?」

「……お前ってさ、昔、絶対モテたよな」

「今もモテてるけど」

「誰に?」

「倉木くんに。だって、倉木くん、わたしのこと、絶対に好きでしょ」

「ノーコメント」

「また接触してきたら教えて。じゃあね」

 志保は一方的に電話を切った。宏人は、通話が終わったスマホを机に置いた。志保に言った通り、もう一度彼らのグループに入り直す気などなかったし、そもそもが、彼らのグループにいたときの自分が信じられない気持ちだった。なぜ彼らと付き合っていたのか。若気の至りと言うほかないようだった。

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