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プラトニクス  作者: coach
204/281

第204話:恐竜に会いに行く日

 夏が過ぎる。

 あと一週間もしたら、夏休みも終わりを迎える。あっという間だった。しかし、それを言えば、人生自体があっという間に過ぎ去ってしまうものなのかもしれない。しかし、どこへ? 人生はどこへ過ぎ去っていくのだろうか。

 そんなことをつらつら考えていると、あんまり勉強が手につかなくなってしまうので、あまり考えないようにしていた。しかし、本当に考えるべきことは、高校入試とか、その合格のためにどうやって試験で点数を取るかなんてことではなくて、このような、大げさに言えば、人生の真実に関することではないかと思うのである。そう思いはするものの、現実には、入試対策をしなければいけないわけで、なかなかうまくない話である。

 (レイ)は、そういううまくない話はいったん脇に置いておくことにした。今日は、愛らしいカノジョと、カノジョには悪いが、その十倍は愛らしいカノジョの妹を遊びに連れて行くことになっている。電車を使って、県境を越えて、隣県にある博物館に行くことにしていた。特別展示で、恐竜展が開催されることになっていた。

 少し前にカノジョ宅に行ったこともあり、その前には、祖父母宅や、友だちと祭りに行ったこともあり、もうすぐ模試が控えていることもあって、今回のお出かけに関しては、いや、今回のお出かけに関しても母の覚えはめでたくないが、約束したことは果たさなければならない。

「行ってきます」

 怜が母に声をかけると、

「あまり遅くならないようにしなさいよ」

 という応えだけ与えられた。もとから勉強のことに口を差し挟む母ではなく、塾を決めたときに、塾の方針にも口を出さないと約束したので、怜が塾に通っている限りは、もっと勉強しろとは言わないのだろう。とはいえ、内心では、やはり心配しているに違いない。怜は、母との約束も守らなければならない自身を感じた。

 外は、もう真夏の陽気ではなく、うっすらと秋の気配が漂っているようだった。怜は、待ち合わせの駅に向かって歩を進めた。時刻は8時である。気持ちよく歩いて行って駅前に着くと、よく待ち合わせに使う時計台の下で、ほっそりとした影と、それより随分と小さな影を見た。怜は、二人に近づいていって、挨拶した。

「おはよー、レイ!」

 元気な声を上げた(アサヒ)が、挨拶儀礼の一部だと言わんばかりの自然な態度で、怜に抱き付いた。怜は、少女に抱き付かれまま、彼女の姉を見た。

「おはよう、タマキ」

「おはよう、レイくん。今日は一日、よろしくお願いします」

 怜は、旭がいるので、挨拶に続くいつもの褒め言葉を省略させてもらうことにした。次に会うときに、倍にしてあげればいいだろう。

 怜は旭の手を取ると、駅の構内に向けて歩き出した。旭のもう一方の隣に環がつく。旭は怜の手を振るようにしながら歩いた。

「レイ、お菓子買って!」

 構内に入ると、旭が声を上げた。

「アサちゃん、お菓子は持ってきたでしょう?」

「レイに買って欲しいの!」

 そう姉に抗弁した少女は、手をつないでいる姉の恋人を見上げて、

「ねえ、いいでしょ、レイ?」

 瞳をうるませるようにした。

 怜は、お菓子屋さんを丸ごとでも買ってあげる約束をした。

「やったあ!」

 旭の声が、構内に響く。その旭をまたいで(タマキ)の目が、意味ありげに光っているのを怜は認めたが、素知らぬ顔をした。

 コンビニに入って、小さめのチョコレート菓子とスナック菓子をいくつか買って、旭の背負っている小さなリュックに入れてやると、切符を買って、改札を抜けた。ラッシュアワーのあとの時間帯だったので、人は少なかった。

 電車に乗って、二台の席が向かい合わせになったボックスシートに席を取ると、リュックを姉に下ろしてもらった旭は窓際の席に座って、自分の隣を手で叩き、

「レイ、ここに座って!」

 と怜の席を指定した。妹のリュックを脇に置いた環は、指定席を得たカレシに向かって、

「わたしも、アサちゃんの積極性を見習った方がいいと思う?」

 訊いてきた。怜は答えないことでもって、答えとしておいた。

 動き出した電車は、町を抜けると、秋の風情がほんのりと漂い始めた空の下を、軽快に走った。時折、旭は、

「レイ、田んぼの中に変なカカシがいる!」

「レイ、すごく大きな鳥が飛んでる!」

「レイ、川がキラキラしてる!」

 と窓から見える風景を報告してくれていたが、そのうちに、うとうとし始めると、怜に寄りかかって寝息を立て始めた。

「代わろうか?」

 環が言ってくるのに、怜は、首を横に振った。

「すごく楽しみにしていたみたいで、昨日も遅くまで起きていたし、今朝も5時頃から起きているから眠くなっちゃったのね」

「ありがたいね」

「こちらこそ、ありがとう、レイくん。妹の我がままに付き合ってくれて」

「我がままには多少、耐性があるんだ」

「わたしのこと、責めてる?」

「まさか。オレがキミのことを攻めることなんかないよ。いつだって守るので精一杯だよ」

「守るって何を?」

「男のプライド的な何かだろ」

「プライド傷つける言動してるかな」

「キミは存在自体が完璧だからな」

「わたしにとってはレイくんの方がよっぽどそうだけどな」

 怜はカノジョのお世辞をそのまま受け取っておくことにした。お世辞は上手に受け取ってやらないと、言った方がぎこちない思いをする。カノジョのことを思いやるいいカレシを演じて気分が良くなった怜は、隣の少女の小柄をそっと抱くようにしながら、カノジョとの歓談を続けた。

 人が少ない車内は話し声もなく、時折、駅に着くアナウンスがかかる他は、静かなものだった。

「勉強の方はどう?」

 環が訊いてきた。

「それ本当に興味を持ってくれているんだろうな?」

「わたし受験生だよ」

「オレだってそうだ」

「受験生同士、勉強について語り合うことって、とっても自然なことだと思わない?」

 確かにそれはごくごく自然なことだったかもしれないが、怜にはとりたてて勉強について、語りたいことなどなかった。夏休み中、これまでにないほど勉強していたが、それは、夏休み前までの勉強の仕方が、中途半端だったということに過ぎないので、別に自慢にはならない。ようやく普通の受験生くらいに勉強するようになっただけだろう、と自分では考えている。

「わたしで役に立てることがあったら言ってね」

「オレは、役に立つか立たないかで、人と付き合うようなことはしない」

「それは分かっているけど、これはレイくんが考えているより、もっと現実的なことだよ。それに、レイくんのためじゃなくて、あくまでわたしのためなんだから」

「じゃあ、今度、英語で分からないところがあったら聞くよ」

「何でも聞いて。もしよかったら、将来の夢とかも聞いてくれてもいいよ」

「夢っていうのは、誰にも語らず、胸の中に大事にしまっておくもんだ」

「その夢に、レイくんが関係しているとしたら、どう?」

「いっそう胸にしまっておいてくれ」

「気が変わったらいつでも聞いてね。用意はできているから」

 びくっと旭の体が痙攣するようになるのを怜は感じた。旭は寝ぼけ眼を怜に向けると、

「着いた……?」

 訊いてきた。怜が、まだ着いていないことを教えると、目をつぶって、再び怜によりかかった。

「今度わたしも寄りかかってもいい?」と環。

「今度どころか前にそうしてたろ」

「わたしが? レイくんと一緒にいたときに寝たことなんてあったかなあ」

「注意深く記憶を探ってみろ」

「うーん、思い出せないな。まあ、でも、仮にあったとしても、それはそのときのわたしだから。今のわたしには関係ないんじゃないかな」

「次のタマキがもっと慎み深い子になることを願うよ」

「あんまり期待しないでね。そもそも、そういう要素がわたしにないかもしれないから」

「人間の可能性は無限だろ?」

「じゃあ、レイくんが、もっと寛容になってくれる可能性もあるかな」

「オレは完璧な人間じゃなかったのか?」

「その前に、わたしがそうだって言ってくれたよ」

「じゃ、二人ともより高みを目指すことにしよう。それこそが、完璧な人間のなすべきことだって言えなくもないからな」

「あんまり気乗りしないけど、レイくんがそう言うなら」

 目的の駅に着くまで、旭はずっと眠っていた。到着のアナウンスが聞こえたときに、少女の体を揺すぶって起こしてやると、パッと目を覚まして、

「着いたの!?」

 と期待に満ちた声を上げた。

「もうすぐ駅に着くけど、そこからバスに乗るよ」

 怜が教えてやると、旭は駅に着けば、そのまま博物館に入れるようなイメージだったらしく、一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐに気を取り直して、

「お姉ちゃん、リュックちょうだい!」

 と早速に降りる準備をした。

 それから5分後に目的の駅に着いた。怜の住む町の駅よりは随分と大きな駅である。怜は、旭の手を取って電車から降りると、改札を抜けた。構内を出る前に、環が旭を手洗いに連れて行った。怜も手洗いを済ませて、再び旭の手を取った。構内を出ると、空から降る光の色は淡く、空気は涼しかった。

 博物館行きのバスは停車場にすでに停まっていて、恐竜のプリントが施されていたので、一目で分かった。

「すごーい!」

 旭がはしゃいだ声を上げた。

 バスはまだ発車まで時間があるようだったが、運転士に訊くと乗り込んで構わないということだったので、乗車することにした。怜は二人がけの席に旭を窓側にして座り、その反対側の一人がけの席に環が座った。

「どのくらいで着くの?」

 旭が訊くと、怜は15分くらいだよ、とネットで仕入れた情報を与えた。怜たちが乗り込んだあと、一人また一人と乗車してきて、5分もしないうちにバスはいっぱいになった。

「発車いたします」

 乗客をいっぱいに抱えて、バスは走り出した。のっそりと、大型恐竜のようにスタートを切ると、しかし、すぐにスピードに乗って、軽快に走り出した。

「わあっ!」

 怜からすれば特に何ということも無い町の景色だったが、少女は、見慣れたものでないということでもって感動しているのだろう、高い声を上げた。その声を聞けただけで、今日連れてきた甲斐があったと、怜は思った。同じような声が少し離れたところから聞こえて、おそらくその子の引率者も同じことを考えていることだろう。

 バスはまるでレールの上を走っているかのように、きっちりと15分で目的地に到着した。

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