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プラトニクス  作者: coach
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第199話:夏祭りの夕べ、再会はつかの間に

 そうめんとおにぎりの昼食を頂くと、さらに1時間半ほど勉強を続けた。時刻は、2時30分になって、

「じゃあ、この辺で、今日のおつとめは終了ってことにしようか」

 リーダーの(シュン)の宣言によって、このあとはお遊びの時間になった。食前はともかく、食後は何とか集中できた怜は、できればこれから夕方まで、午前中の遅れを取り戻すために、よりパワフルに勉強したい気分だったけれど、今さら、みんなで遊ぶ約束を反故(ほご)にするわけにいかないので、大人しく家に戻ることにした。

「じゃあ、お祭りでね」

 そう言って、見送られた(レイ)は、俊のそばに澄が立っているのを認めた。どうやら、二人は、祭りまで一緒にいるらしかった。それから、自分のカノジョの隣に、カノジョの親友がいるのを認めて、さっき、散々聞いたカレシ心得のうちの一つ、「カノジョを家まで送り届けるべし」を実行した方がいいのかどうか、迷ったが、

「じゃあ、レイくん、あとでね」

 と(タマキ)が先んじて歩き出したので、その機を失った。その環の隣に日向(ヒナタ)が付く。どうやら、二人は迎えを呼んでいるらしかった。結構なことである。

「何してんの? ケン」

「オレは、レイと一緒に帰るよ。両手に花じゃ、居心地悪くてさ」

 いつまでも歩き出さない幼なじみに対する日向の不審げな言葉に、(ケン)は柔らかく答えた。一緒に帰ってもらえるのはありがたかったが、幼なじみと一緒に帰ってもらえたらもっとありがたかったかもしれないと、日向の目がすっと細まるのを見て、怜は思った。

 二人の少女が去る。

「幼なじみの暴言に対して、ちゃんと謝っておかなきゃいけないと思ってさ」

 怜が自転車を引いて歩き出すと、賢が言った。

「別に気にしてない」

「よかった」

「オレの前に、散々当たられたんだろ?」

「そうでもないよ。1時間ほど、『わたしの弟がいかにバカでつまらない人間なのか』っていうテーマで、独演会を聞いただけだ」

 怜は特に同情はしなかった。なにせ、そう言っている彼自体が、からりと乾いた表情をしており、うんざりした様子をかけらも見せていない。幼なじみの負の感情を受けるのは自分の仕事だと思い定めているのである。見上げた覚悟だった。そうして、もしも、その仕事を完全に成し遂げてくれていたら、賢のことをもっと尊敬しただろうけれど、誰しも、いつも完璧なんてことはあり得ないわけだから、そこまで求めるのは酷な話である。

「倉木の弟くんは、何か面倒なことになってるのか?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、ヒロトはヒロトでどうにかするさ」

「何かあったら、助けてやるのか?」

「そんなことができればね。でも、多分、オレの出る幕は無いな。ヒナタにもね」

「認めてるんだな」

「もちろん。オレの自慢の弟だからさ」

 自慢の身内がいるのはいいことである。振り返って、我が身を見れば、どうにも、自慢できる人間はいなさそうだったが、類は友を呼ぶ、自分自身と賢の人品骨柄の差だろうと、怜は反省した。

「ちょっとだけ、残念なことだけどな」と賢。

「頼ってもらえないことがか?」

「ヒロトのことは本当に弟だと思っているんだ」

「知ってるよ」

「兄の気持ちを味わわせてくれた礼をしてやれたらと思うんだよな」

「弟くんは幸せだよ」

「そうかな?」

「ああ、オレが保証する」

「レイが保証してくれるなら安心だ」

 自転車で来た往路の倍の時間をかけて復路を取っている間、賢は、先頃別れた友人である太一のことを、一言も口にしなかった。太一に関しては、怜は信頼を失ったということではなかった。不快な行為の蓄積によって、交わりを断ったわけではない。そうではなくて、ただ終わっただけなのである。これは、太一だけの話ではなく、賢にしても、俊にしても、そうして彼女ともいずれ、別れるときは来るのだろう。それが、いつどのような形で起こるのか分からないけれど、必ず来るわけで、しかし、だからといって、今この瞬間がそれだけ価値が低くなるわけでは全然なかった。

「いつか、シュンが言ってたんだが」

 怜は口を開いた。

「なにを?」

「こうして気の置けない人と歩ける時間っていうのは何物にも代えがたいってさ。オレも、今まさにそれを実感しているよ」

「シュンはいいことを言うな。オレも全く同じ気持ちだよ」

 そう言うと、賢は爽やかな笑みを見せた。思わず、真夏の暑ささえ忘れてしまいそうなその微笑みに、怜も微笑みを反した。

 家に戻った怜は、時間まで勉強して過ごした。このまま、ずっと勉強を続けていたいのはやまやまだったが、日が陰り始めた頃に、約束を守るため家を出た。祭りの会場は神社である。少し前にも祭りをやっていたが、それは、市が町おこしのために始めたものであって、由緒正しさという点では、今回の祭りの方が上だった。

 神社は街の中心部にある。国道と並行する歩道を神社に向かって歩いていくと、少しして怜は、見知った後ろ姿を見た。

 橋田鈴音(スズネ)だった。

「スズ」

 と声をかけてから、怜は、かけない方がよかったかと思ったけれど、後の祭りである。振り返った彼女は、意外そうな顔をした。

「加藤くん、ひょっとしてお祭りに行くの?」

「ああ」

「そうなんだ」

「向こうで、みんなと待ち合わせてるんだ。一緒にいかないか?」

 怜が言うと、鈴音は笑ったようだった。

「何かおもしろいこと言ったか?」

「わたし、おかげさまで、少し自信を持つことができたの」

「おかげさまって、おれは、なにもしてないけど」

枕詞(まくらことば)だと思ってよ。他意はないわ」

「それで?」

「タマちゃんに悪いかなと思って」

「その件でもう叱られたよ、今日」

「八方美人は嫌われるよ、加藤くん」

「道であったのに、別々に行くのはおかしいだろ?」

「また叱られるんじゃないの?」

「叱られてみるさ」

「じゃあ、もう何も言わないわ。そこまで一緒に行きましょう」

 そう言うと、スズネは車道側を歩いた。その隣についた怜は、

「たまにはいいでしょ?」

 と言われて、

「たまには、っていうのは?」

 訊き返すと、

「いつもこうしているんだろうからってことだよ」

 鈴音は前を向いたまま、答えた。

「見ているみたいに言うんだな」

「見なくても分かることはたくさんあるわ。それを、タマちゃんと加藤くんに教わったの」

 そんなことを教えたことなど無かったと思うけれど、怜は、反論はしなかった。

 一別以来、スズネと歩くのは久しぶりだった。この子には、広がりとやわらかさを感じる。まるで、春の日の下にいるような、そんな安らかな気持ちにさせる子だった。

「夏休みを楽しんでる? 加藤くん」

「楽しんでるよ。親に嫌な顔されたり、妹に嫌われたり、友達に非難されたりな」

「楽しそう」

「本当は?」

「ひどいね」

 そう言って、鈴音は声を上げて笑った。彼女の笑声は、名前負けせずに、心地よい音色となって、怜の耳に響いた。

「世良くんとの話聞いたよ」

 鈴音が言った。

「どう思う?」

「始まったものが終わってしまったということ。悲しいかもしれないけれど、それはやむをえないことだと思う」

「悲しいことなのか?」

「どうかな。でも、悲しむべきことだと考えられるのが品ということじゃないかな」

「終わることは、どうして悲しいんだろうか?」

「始まったからこそだよ。始まる楽しさがあるから、終わりの悲しさがある」

「帳尻はあってるな」

 太一の件に触れなかった賢や俊と比べて、それに触れた鈴音のことを、それだけ劣っているとも優れているとも、怜は思わなかった。

 鈴音は歩を止めずに、

「覆水は盆に返らないけれど、新しい水を入れることはできるよね」

 と言った。

 怜は鈴音の言葉に感じ入った。「すごいな、スズは」

「その言葉、他の誰に言われるよりも嬉しいよ」

 そう言った彼女は、ちょっと変な顔を怜に向けて、

「今言ったことはデリートして」

 言った。

「忘れるのは得意なんだ」

「じゃあ、よかった」

 神社に着くちょっと前に、鈴音は離れていった。祭りは、一人で回るという。その後ろ姿は凛として、怜は、少しだけ、そうほんの少しだけ、以前のことを懐かしく思い出した。

 神社前につくと、女性陣がみな浴衣姿だった。怜は、三人とも誉めると、

「加藤くん、そういうのはカノジョしか誉めちゃいけないと思う」

 すかさず澄からつっこみが入った。

 それから、みんなで露店を回った。女の子三人は、はしゃぎながら露店をはしごして、当然のように連れの男の子に奢ってもらっていた。怜は、さっき一緒に歩いていた少女のことを思ったが、その思いがお節介であることも分かっていた。怜は、ふと隣から体をぶつけられた。当然に、環である。

「甘酒に酔っ払ったのか?」

「酔ってるのはレイくんじゃないんですか? 心ここにあらずっていう顔してるよ」

「オレの顔よりも見るべきものは他にたくさんあるだろう」

「そんなにあるとは思えないわ」

 怜はここに来るまでに鈴音に会ったことを話した。すると、環は、

「またぶつかりたくなってきちゃった」

 と言って、しかし、実際にぶつかってくることはせずに、微笑みを浮かべた。

 怜は鈴音の消息を聞いてみたかったが、今日会ったわけだし、夏休みの前まではクラスで毎日会っていたのだ。聞く必要も無かった。これが未練というものなのだろうか。

「わたあめ、食べるか、タマキ?」

「さっき食べたばかりだよ」

「お代わりっていう概念があるだろ?」

「ステキな考え方だけど、これ以上、レイくんにお金を使わせるのに忍びなくて」

「構わないよ。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんから、お小遣いをもらってるから」

 二人の家を辞して自宅に戻ってきたとき、バッグの中に封筒が入っており、その中には、怜の小遣いの半年分ほどの額のお金が入っていた。

「お二人からいただいたものだったら、なおさら、大事に使わないと」

「いや、そこにカードが添えられてあってさ、『お前のためじゃなく、お前の大切な人に使いなさい』って書いてあったんだよ」

「レイくん……」

「ん?」

「たこ焼きにしてもいい?」

 怜は大きなたこが入っているたこ焼きを買って、カノジョにあげた。

 よほど美味しかったのだろう、環は、嬉しそうにそれを頬張っていた。

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