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プラトニクス  作者: coach
181/276

第181話:神前の祈りはすでに

 由希(ユキ)が早速、別行動を取ると言う。

 どうやら友達を見つけたらしい。

「たこ焼きはいいのか?」

 (レイ)が、無理矢理させられた先ほどの約束を律儀に履行しようとすると、今度でいいとのこと。

「今度っていつだよ」

「今度は今度よ。明日かもしれないし、十年後かもしれない」

「利子はつかないよな?」

「わたしはそんなに強欲じゃないよ。たこ焼きに加えて、わたあめに焼きそばにクレープで許してあげる」

 りんご飴がつかないだけ寡欲な従妹は、彼女の弟へと向かった。

「あんたも来な、タクマ」

「えー、嫌だよ。お姉ちゃんの友達って、みんなボクのこと『可愛い』って言うから」

「それ、褒められてるのよ」

「面白がってるだけでしょ、いたいけな少年をからかってさ」

「いたいけな子は自分でいたいけなんて言わないのよ。ほら、行くよ」

「友達見つけたら、ボクも別行動するからね」

 時間を定めて、この鳥居のところで合流を果たすことにして、二人は立ち去った。

 人ごみの中に二人の背がまぎれるのを見送ると、怜は(タマキ)の方を向いた。すると、彼女はそのほっそりとした手を差し出した。怜は、その手を体をかがめるようにしてかしこまって取ってから、しっかりと握った。

「ありがとう、レイくん」

「はぐれないようにだよ」

 そう言うと、環は少し身を寄せるようにしてきた。

「離れないようにね」

 隣から少女の体温を感じながら、怜は歩き出した。

「いつか――」

 環が言いかけた言葉を、

「ここにも一緒に来た気がする、って言いたいんだろ?」

 怜は引き取った。

「わたしの心の中が読めるんですか?」

「すっかりお見通しだよ」

「じゃあ、今わたしが何を考えているか分かる?」

「もちろん。イチゴ飴をいくつ食べようかって考えているんだろ?」

「外れです。罰として、イチゴ飴二個買ってください」

「当たりは何だったんだ?」

「教えません」

「それはフェアとは言えないな」

「そうかもしれないけれど、でも、許してくれるでしょ?」

 そう言って笑う彼女と、いつか確かにここにも来たような気がするのだが、もちろん、そんなことは無いのである。もしかしたら、

「夢の中で来たのかもな」

 怜が言うと、

「それじゃあ、今が夢かもしれません」

 環が答えた。

 そうかもしれない。そうでないかもしれないけれど、少なくとも、隣をおとなしやかに歩く少女が夢のような美しさを持っていることを、怜は認めざるを得なかった。

 いまだになぜ彼女が自分と付き合いたいと思ったのかは分からないけれど、しかし、この頃では、もうあまりその件に関しては考えないようにしていた。彼女が何がしかの価値を認めて自分と付き合っているのならば、そういう価値が自分にあるということである。それならそれでいいと思う。自分の尺度で他人を測ってはいけないのと同様、自分の尺度で自分も測ってはいけないのである。

 イチゴ飴が売っている屋台を探しながら、しかし、ゆっくりと歩く。焼きそばのにおいを嗅ぎ、金魚と格闘している子どもたちや、にわかスナイパーになっている大人たちを横目にしながら、歩いていく。

「ありがとう、レイくん」

「そんなに礼を言われると、自分が大したことをしているような気持ちになるな」

「実際に大したことですから。こんなに楽しいの初めて」

「それ、オレへの批難じゃないよな? これまで楽しいところに連れていってないっていう」

「そんな風に否定的にとらえるのはよくないと思うな。ただ単に、これまで以上に楽しいって言ってるだけだよ」

「楽しさを比較するのは淑女の振る舞いじゃないな」

「日本の淑女といえば、やまとなでしこでしょ。でも、知ってる、レイくん? やまとなでしこは、男性の後ろを三歩下がって歩かなければいけないのよ」

「じゃあ、タマキがそうでなかったことは幸運だな。三歩も下がられてたら、いちいち振り返らなくちゃいけなくて大変だ」

 環が少し体をぶつけるようにしてきた。

「どうした?」

「人混みのせいです」

 そういうことにした怜は、なかなかイチゴ飴屋が見つからないので、他のもので妥協しないかどうか尋ねてみた。

「他のものって?」

「あれは?」

 怜が指差した屋台は、焼きとうもろこし屋だった。

「とうもろこしはすごく好きなんだけれど、歯に詰まらないかどうか心配なの。もしもそんなところをカレシさんに見られたら、恥ずかしくて自分の顔が焼けそう」

 なるほど、と思った怜は、また別の屋台を差した。

 あんまき、と言って、ホットケーキのような生地であんこやカスタードクリームをくるくると巻き込んだお菓子である。

「わたし今ダイエットしているんです」

「そんな話、聞いたことないな」

「今言いました」

「ダイエットなんて必要ないだろ」

「わたしもそう思っていたんですけど、でも、カレシさんに水着姿を披露しなければいけないことになったから、するしかないんです」

 怜は、午前中に自らがした失言をもう一度確かめることになって、カノジョをどこかの水辺――市民プールとか湖とかアドリア海とか――に連れて行かなければいけない光栄に浴していることを認めなければならなかった。

「それで? キミの完璧なプロポーションをさらに整えるのに、どのくらい時間がかかるんだ? 一年くらい?」

「わたしはそのくらいかけようと思っていたんですけど、でも、当のカレシさんにお褒めのお言葉をいただけるスタイルなら、もうダイエットやめようかな」

「途中でやめるなんてキミらしくないな。一年でも二年でもかけたらいいんじゃないかな?」

「時間が経つと、約束にも利子がつくのかな」

 怜は、環にはダイエットは必要無い旨、はっきりと告げた。一年後だか二年後だかの自分のことを思いやったのである。そうして、

――……一年後か。

 未来の自分に想いを馳せてみた。一年後自分はどうなっているのか、そうして、そのときになおまだ彼女の隣にこうしているのだろうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そうであれ、そうでなかったのであれ、今この瞬間が貴重であることは紛れもない事実である。

 不意に、子どもの泣き声が聞こえた。道の真ん中で、母を求めて泣いている。駆けつけようかと思ったら、すぐに母親らしき人があらわれて、子どもに注意を与えたようである。

「よかったね」

 環が言った。

 一本調子のお囃子と雑多な食べ物の匂いの中、人混みに逆らわず歩き続けていると、しばらくして拝殿に着いた。イチゴ飴の屋台はついに見つからなかったが、道の歩いてきた側と逆側を歩いて帰れば、見つかるかもしれない。賽銭箱の前にできている列に並び、ジャラジャラという鈴の音を聞いていると、 

「レイくん、ちょっとごめんね」

 環が手を放して、肩から斜めにかけていた小さな和物のバッグから、財布を取り出していた。そうして、いくらか小銭を取り出すと、

「はい」

 怜に差し出してきた。賽銭の分である。怜は自分でも財布を持っていたけれど、好意を受けることにした。渡された金額は三十一円である。

「五円じゃないのか?」

五円(ごえん)は、ご(えん)を招くためのものでしょう?」

 なるほど、すでにあるものは招きようがないということである。納得した様子を見せた怜は、しかし、寡聞にしてお賽銭の三十一円にどのような意味があるのか知らなかった。

「レイくんでも知らないことがあるんだね」

「知らないことばかりだよ。教えてくれ」

「教えません」

「どうして?」

「考えてもらう楽しみができるから」

 カノジョの楽しみになるのであれば、頭一つでできることである、引き受けた怜は考えを巡らせる前に、自分たちが拝礼する番が来たことを知った。

 怜と環は、賽銭をそっと納めるように、箱の中に入れた。それから、鈴を軽く鳴らしてから、二回深くお辞儀をして、二回手を打ち鳴らしたあと願い事をして、もう一度頭を下げた。

 神前を下がると、

「どんなお願い事したの?」

 環が訊いてきた。

 怜は、願い事はしなかった。神社は何かを願うところではなくて、神に対して自分の現在のありようを感謝する所だと祖父から教わっていたからである。そういうものだろうか、と子どものときは作法だからと思っていたにすぎなかったが、今は心から感謝の念を捧げたい気持ちだった。

 参道のここまで歩いてきた側ではないもう一方の側を歩き出しながら、怜は言った。

「小学生の時、気の置けない人がいたらどうだろうって思ってたんだ」

 小学校時代、怜は友人を持つ子ではなかった。特にそれを寂しいとも思っていなかったわけだけれど、もしも親しい友達がいたら、二人でいることで一人でいるよりも楽しくなるような人がいたら、興味深いと思っていた。

「その願いが叶ったことを、いつでも感謝したい気分になる」

「友達がたくさんできたわけね」

「それも、一人より多く」

「その多くの中に、わたしも入っていると嬉しいけれど」

「悪いけど、入ってないな」

 怜が断定的に言うと、

「え? ……そうなんだ」

 隣を歩く少女の顔がうつむくようになる。

 怜は、環の手を取ると、

「カノジョって、友達とは違うんだろ?」

 すぐに続けた。

 環の顔がパッと上がると、その綺麗な瞳が恨みを含んでいるのが見えた。

「そういうの、よくないと思うな」

「そういうのってどういうの?」

「そういうのはそういうのです」

「よく分からないけど、まあ、オレが悪いなら謝るよ」

「よく分からないなら、謝らないでください」

「教えてくれないんだからしようがない。ま、自分で考えるさ」

 どうやら機嫌を悪くしてしまったようである。少なくともそういう様子を見せている。そっぽを向いて歩くカノジョの態度をどのように軟化させようかと考えていたところ、折よく、イチゴ飴の屋台が見えた。これぞ天の配剤(はいざい)である。知らない振りで素通りしようとする環の足を止めるために、怜は自分の足を止めた。いらっしゃいませ、と売り子のお姉さんが愛想のよい声を出す。

「二個だったよな」

 怜が言うと、環はつんとした横顔を向けた。

「いりません」

「どうして?」

「胸が痛くて食べたくないの」

「その胸の傷を癒すためのものだよ」

「わたしのこと子ども扱いしてない、レイくん?」

「オレが? まさか」

 怜はさもびっくりしたような声を出した。そうして、

「じゃあ、三個にするから。なんだったら、五個でも六個でもいいよ」

 少し大きな声を出すと、売り子のお姉さんがクスクスと笑い出した。

 つられたように環も笑い出すと、怜にまむかって、

「いつかこのお返しはするからね」

 微笑みを宿した目でにらむ振りをしたあと、イチゴ飴を二個頼んだ。

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