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プラトニクス  作者: coach
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第18話:いんちきロミオはジュリエットを探さない

 窮地のライバルを助けに来た少年漫画の二枚目役よろしく、鈴音は、現れた途端にその場を支配した。

「何を話してたのか、教えて、スミちゃん」

 鈴音の登場に話をとぎらせた一瞬の隙をつき、澄の意識を怜から自分に向けさせると、

「今、加藤君にね、友達の大切さについて話してあげてたとこなのよ、スズちゃん」

 という澄の説明に対し、

「それはいいことだよ。友達って大事だよね、わたしにとってのスミちゃんみたいに」

 にこりと笑って切り返した。澄が瞳に感動の色を表した。

「わたしのこと、友達だと思ってくれてるの?」

「当たり前でしょ。あ……でも、わたしなんかじゃ、スミちゃんが嫌かもしれないけど……」

「そんなわけないよ!」

 澄は心持ち強い言葉で否定すると、

「わたしたち、友達よ。まだ、会って三日だけどさ、付き合ってる時間なんか関係ないわ」

 熱い視線を鈴音に向けた。

「スミちゃん……」

「スズちゃん……」

 手を取り合う女子二人。白々とした顔の男子二人。その男子のうちの一人が、抜き足差し足、澄の意識が離れた隙をつきその場から離脱しようとしたが、

「それで、瀬良君はどうしてここにいるの?」

 それを見逃すほど新たに舞台に登場した少女は甘くない。その言葉に、澄が、今まさにこそこそと逃げ出そうとしていた太一を捉えると、何かに気がついたような顔を作った。そもそもの目的を思い出したのだ。彼女は厳しい目を太一に向けると、

「もう少しであなたの作戦にはまる所だったわ。まさか、加藤君を使って、わたしの注意を逸らそうとするなんてね」

 といって、不敵な笑みを唇にのせた。

「何を言ってるんだよ?」

 分からない太一に、

「とぼけても無駄よ。わたしの追及を避けるために加藤君を利用したんでしょう。なんてひどい男なの」

 心得顔でいった。太一は困ったように怜を見たが、見られた怜には太一を助けてやる義理はないし、またそもそもそんな能力もない。澄の誤解に口を差し挟めば、それがあらたな誤解を生み、自分が再び巻き込まれることになる。そのような愚を犯さない程度には分別はあるつもりだった。

「さあ、まだお昼休みは残ってるわ。一緒に来てもらうわよ」

 断固とした口調で澄が告げた。もう何らの言い訳も許す気はないという調子である。

 一瞬であった。鈴音が登場してまさに一瞬で形勢が逆転した。太一は恐ろしいものでも見るような顔で鈴音を見た。見られた鈴音は、相変わらず微笑を浮かべたままだったが、

「スミちゃん、瀬良君と何か問題があるの?」

 と、太一を驚かせる言葉を発した。その問いがなければ、太一はすぐに連行され、怜を助けるという鈴音の目的は達せられたことであろう。それが分からないような子ではない。怜は、鈴音に問いかけるような視線を送ったが、鈴音は平然として表情を変えなかった。

 澄は怜にした説明を鈴音に向かって繰り返した。

 聞き終わった鈴音は考える様子を見せると、

「スミちゃん、そのスミちゃんの後輩の子が、もしかしたら瀬良君にとってのジュリエットかもしれないわよ」

 としばらくして言って、澄を戸惑わせた。

「どういうこと?」

「ロミオってジュリエットに出会う前に好きな人がいたの知ってる? ロミオは自分ではその人に恋をしてると思ってたんだけど、ジュリエットに出会ったことでその人のことをキレイに忘れちゃって、本当の恋に目覚めるの。瀬良君がたくさんの人と付き合ってるのは、そうすることで多分、自分にとってのジュリエットを探してるんだと思うわ」

 怜は呆気に取られた顔で鈴音を見た。強弁(きょうべん)もいいところである。単なる女の子好きを、真の愛を求める求道者に仕立てあげようとするとは。どうやら鈴音は怜を助けること以外に、驚くべきことだが、太一をも助けようとしているらしい。まさか、本心から言葉通りのことを言っているとは思われない。しかし、本心はどうあれ、鈴音の声色には不真面目なものはなく、言葉通りを信じているような調子であった。

「ふ、かなわないな、スズには」

 太一はあさっての方に視線を向けて言った。

「あ、わたしのことは『橋田さん』って呼んでね、瀬良君」

 鈴音の注意の言葉を無視して、太一は自分の世界に入り、

「そうなんだよ。オレはオレのジュリエッタを探そうとしているのさ。今まで、たくさんの子と付き合ってきたのも、ジュリエッタを探すためなんだ」

 遠い目をして続けた。太一にも矜持があるらしい。鈴音の言葉に乗って、この場を(しず)めることも可能だったかもしれないが、ロミオを演じるのには抵抗があるのだろう。わざとおちゃらけた振りをして、鈴音が言っていることを否定しようとしている、と怜は見た。

「本当にそう思う、スズちゃん?」

 太一の行動に目を醒ますかと思っていた澄は、怜の意に反し、鈴音の言葉を額面通りに受け取ったようだった。

「と思うよ」

 鈴音がはっきりと答える。

「たとえそうだとしても、もしジュリエットじゃないって分かった時に、後輩が可哀想でさ」

「スミちゃんは後輩想いだね。でも、最終的にはその子と瀬良君の問題になると思う。だから、スミちゃんができることはその後輩の子に忠告することくらいじゃないかな。大丈夫、仮に別れることになっても、別れから学ぶことはできると思うわ。それに瀬良君は多分、あんまり女の子を傷つける人じゃないと思うし」

 澄は視線を床に落とし思案しているような顔を作ったが、やがて、

「分かったわ」

 と決然と言って、太一に目を向けた。

「瀬良君、告白の撤回はしなくていいわ。その代わり、もしあの子を傷つけたら、加藤君とシュンに思いっきり殴ってもらうことにする」

 シュンというのは、スミのカレシの名前である。

「いいよね、加藤君」

 確認してくる澄に対して、手を痛めたくないので、竹刀でもいいか訊く怜。

「もちろん」

「お、おい、レイ!」

 重々しくうなずく澄の声と、うろたえた太一の声がかぶった。

「五組に帰るよ、瀬良君。じゃ、またね、スズちゃん」

 笑顔で手を振って六組の出入り口に向かうスミ。そのあとを追うタイチ。

 二人が教室を去ったのち、怜は視線を上に向けた。

「助かったよ、スズ」

 鈴音は面白そうな顔を作った。

「スミちゃんは加藤君の苦手なタイプみたいだね」

 それは彼女の認識違いである。そもそも得意なタイプの女の子などいないのだ。

「どうして太一を助けるようなことを?」

「加藤君の親友なんでしょ?」

 それは大いなる誤解であると釘を刺した上で、

「太一のことはどこまで?」

 本気で言っていたのかと訊くと、鈴音は取り澄ました顔で、

「もちろん、百パーセント本気よ」

 と答えた。これだから女子は苦手なのである。怜は一応納得した振りを見せた。

「加藤君とは違ってジュリエットが見つからないから、男の子はいろんな女の子と付き合うんじゃない?」

「ジュリエットはロミオを探さないのか?」

「探す必要なんかないわ。恋の翼でバルコニーまで飛んできた男の子を一人ずつ吟味すればいいんだから」

「それはフェアじゃないな」

「女の子と男の子が平等だなんて誰が言ったの?」

 確か社会の授業で習った気がするが、あれは建前なのだろうか。

「それにしても、いつの間に佐伯と仲良くなってたんだ?」

「この前、初めて出た委員会でイキトーゴーしたのよ」

「とにかく助かった」

 怜の再度の礼に、鈴音はウインクした。

「いつも送り迎えしてもらってるからね、その借りを少しは返せたかな」

「何も貸してる覚えはない」 

「そっちになくてもこっちにはある。そして、わたしがそれを借りだと感じていること、それ自体が重要なのよ。そうでしょ?」

 怜が素直にうなずくと、鈴音は相好を崩した。薄桃色の唇から真白な歯が覗いた。

「そう思ってくれると思ったわ」

 自分の席に戻ろうとした鈴音がふと振り返り、怜に向かい、

「そうだ。加藤君。今日は部活に出るの?」

 訊いてきた。鈴音の送り迎えを始めたときから部活には出ていなかった。出ても出なくてもどうということもない部なのである。今日も鈴音を送って行くつもりであり、もちろん部活に出るつもりはなかった。

「わたしを送ってくれることの他に用事が無いなら、今日は出てくれる?」

 疑念の色を顔に表した怜に対して、鈴音は、

「部長さんに紹介してもらいたいから。わたし、文化研究部に入るわ」

 と続けた。

 予鈴が五時限目がまもなく始まることを静かに告げていた。

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