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プラトニクス  作者: coach
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第151話:覆水を盆に返さんとする一挙

 信頼というのは積み木細工のようなもので、壊すのは簡単だけれど、作り上げるのは骨が折れる。

 水野更紗(サラサ)は、一度壊してしまった信頼の積み木細工をどのようにまた美しく作りなせばよいか、迷っていた。

 信頼をなくしてしまった相手は、同じ部活の同じ学年の男子、塩崎(ヒカル)、である。ちょっとしたことで彼を怒らせてしまった更紗は、友人の手を借りて表向きは何とか関係を修復したけれど、それでも以前のような仲良い状態には戻っておらず、以前のように、あるいは以前よりも素敵な関係になるにはどうすればよいか、日々そればかり考えていた。

 ある友人からは、

「ちょっと時間を置いたほうがいいんじゃないの?」

 というアドバイスを受けたが、そんな消極的なことはしたくないし、そもそも時間が解決してくれるなんてことを考えるには、乙女に残された時間は短すぎるというべきである。

「なによ、それ、じゃあ、わたしが乙女じゃないってわけ?」

 アドバイスをくれた彼女はムッとしたようだが、そんなことはどうでも構わない、と更紗は友人の憤りを無視して、策をいくつも練り上げ続けた。しかし、そうやって考え出された案はどいつもこいつも不細工な様相を呈しており、とっても用いるに足るようなものではなかったので、

――よし、こうなったら!

「アンコ、またこの前みたいなお楽しみ会やってよー!」

 友人を頼りにすることに決めた。

 ちなみにさっきの友人とはまた別の子である。更紗は交友が広い。

「お楽しみ会?」

 電話の向こう側できょとんとした声がする。

 電話を受けている彼女は、更紗が所属している「文化研究部」の部長である。

「そう、部員の交流会!」

「この前やったばっかりじゃない」

「部員の交流深めるんだから、何度やったっていいでしょう?」

「それはそうだけど……また、お肉食べたいの?」

「肉なんかどうでもいい」

「じゃあ、野菜?」

「食べ物から離れようか。お腹空いてるの? アンコ」

「バーベキューパーティやれって言ったの、サラサじゃない」

「バーベキューパーティとは言ってない。お楽しみ会って言っただけだよ」

 しばしの沈黙の後に、

「もしかして、塩崎くん関連なの?」

 言い出したものだから、何を今さら、と更紗は、ベッドに腰かけて、床につけていた足をどんと打ち鳴らした。部長には、塩崎くんへの恋情は既に伝えてある。当たり前でしょ、と言うと、

「この前は何か進展があったの?」

 と来たので、数日前に塩崎邸で行ったバーベキューパーティの情景を思い出してみた。特に塩崎くんとの間の溝を埋めるようなことはできていないような気がする。ちょっと話をして、肉を食べ、野菜を食べ、ジュースを飲んでいただけだった。

「それなら、同じことをまたしたって仕方ないんじゃないの?」

 更紗はムッとした。仕方ないかどうかはやってみないと分からない。もしかしたら、何かしら劇的なことが起こって一気に仲が修復されるかもしれないではないか。ひとつところにいれば、しかも楽しいことをしていればその可能性は高いはず、それなのに否定的なことを言うのは、彼女が部員のみんなに部活動以外のことで召集をかけるのが面倒くさいからだ、つまり、友人のための骨折りを惜しんでいるのだと断じた。

「アンコとわたしは親友同士でしょ? 親友が頭を下げて頼んでいるのに、それを受けてくれないの?」

「頭下げてるかどうかは分かんないよ、電話越しなんだから」

「じゃあ、あとから土下座してる写メでも送るから!」

「いらないよ、そんなの……分かった、じゃあ、やってみるけど期待はしないでよ。皆だって、色々忙しいだろうし」

「期待する!」

「もうっ……それで、バーベキューじゃないなら、どこに出かけるの?」

 更紗は一考した。

 そうして、遊園地、という答えをひねりだした。

 二人仲良く並んで乗れる乗り物に、何とか塩崎くんと一緒に乗って、仲を深めるという寸法である。

「じゃあ、『サンドハイランドパーク』だね?」

 更紗たちの住む町からそう離れておらず、しかも手ごろな大きさの遊園地である。

「いつごろにするの?」と部長。

「できるだけ早く」

「じゃあ、さすがに今週ってわけにはいかないから、来週の平日にでもする?」

 うん、とうなずいて更紗は後をよろしく頼み、電話を切った。

 杏子(アンコ)から電話がかかって来たのは、それから三十分後のことだった。

「みんなに連絡取ってみたよ」

「仕事が早いね。さすが、インテリ秘書っぽい顔してるだけあるね」

「切ろうかな」

「あー、うそうそ! で、どうだった?」

「結論から言うと、乗り気なのは、塩崎くんと岡本くんだけ、あとはみんな予定があるって」

「アンコのこと抱きしめたいよ」

「気持ちだけで十分。いいの? 二人だけで」

 いいもなにも塩崎くんが来てくれれば、あとは人数はできる限り少ない方がいいのだ。その方が親密度が上がる。塩崎くんの他にもう一人だけで、しかも、それが男子なのだから、理想的である。

「……ところで、わたしも行かないといけない?」と杏子。

「当たり前でしょ! わたし一人で二人をどうやって相手すればいいのよ? 算数できないの、アンコ?」

「じゃあ、わたしが岡本くんの相手をするわけ?」

「決まってるじゃん。別に岡本くんのこと嫌いじゃないでしょ?」

「嫌いではないよ。消しゴムが嫌いではないのと同じ程度にはね」

 何でまた消しゴムなんか例に出して来たのか、と更紗は首を傾げたけれど、どうでもいいので穿鑿(せんさく)せずに、お願いを繰り返した。

「分かった。乗りかかった船だしね。乗りかかったというか、無理矢理乗船させられたような気もするけど」

「いつか、アンコのことも助けるから。お金貸すからさ」

「な、なんでわたしが将来、借金してるみたいになってるのよ!」

 更紗は実にいい気分で、電話を切った。

 そうして、ベッドにぼふんと横になると、遊園地で、塩崎くんと並んで歩いているところなど想像して楽しんだ。何とか仲直りしたい。その日に決めたい。失敗は許されない。そう思いつめていると、思い当ったことがある。

――岡本くんか……。

 同行するもう一人の男子、彼にも助力を頼んだらどうだろうか。

 よくよくと考えてみるまでもなく、協力者が杏子だけでは心もとない。

 男子の力を借りることができれば頼もしい。

 もちろん、そのためには岡本くんに、塩崎くんへの恋情を打ち明けなければならないけれど、この際、そんなことをどうこう言っている場合じゃない。更紗はすぐに電話をかけた。かけた先は、杏子のところである。今考えたことを述べたのちに、

「てことで、岡本くんを呼び出してくれない? アンコ」

 言うと、

「岡本くんの電話番号知ってるでしょ? 部員の連絡先はみんなに教えてるんだから。どうして、わたしが? 自分でやればいいんじゃないの?」

 つまらないことを言ってきたので、

「わたしが呼び出したら、誤解されるかもしれないじゃん」

 いちいち説明してやった。

 男子というのは勘違いしがちな生き物なのである。

 直接呼び出したりしたら、どんなへんてこな勘違いをされるか分かったものではない。

「どこかに呼び出すだけでいいの?」

「その場所に一緒に来て、そんで、岡本くんにわたしの依頼を伝えて」

「……分かった。どこかの港に着くまで付き合うよ」

 杏子の仕事ぶりはまさに神速と言うべきであり、早速、岡本くんと明日会う約束を取り付けてくれたようである。更紗は、心の中で杏子に深く礼をすると、夏休みの宿題とたわむれてその日をやり過ごし、翌日の昼頃に、杏子と一緒に、待ち合わせ場所の公園に赴いた。

 岡本くんは、やはりトレードマークの狼ヘアで、木陰にあるベンチに座っていた。

「頼みたいことってなんだよ?」

 更紗は杏子に対してうなずいて見せた。

 杏子は、簡単に経緯を説明したあと、助力をお願いした。

 岡本くんは、頬をかきながら、

「つまり、遊園地で、水野と塩崎を一緒にするようにしてくれってことか?」

 とまとめてくれたので、更紗は勢い込んでうなずいた。まさにその通りである。

「気が乗らないな」

 岡本くんは、特に気分を害したような表情でもなく、普通に言った。そのあと、

「大体、そんなことしても無駄なんじゃないか」

 続けてきたので、更紗はカッとしかけたが、こちらは頼んでいる立場なので、続きを待った。

「水野じゃ、塩崎には役不足だよ」

 意味が分からなかったので、杏子を見ると、

「役不足っていうのは、役者が素晴らしすぎて、そんな役にはもったいないっていうことなの。つまり……」

 そこまで説明されれば、更紗にも分かった。

 つまり、塩崎くんが素晴らしすぎて、更紗にはもったいないということを言いたいのだ。

 それは確かに自分もそう感じているところである。

 でも、それにしたって他人が言うことではないではないか。

 待てよ……と更紗は思い直した。この状況は、もしかしたら……と思い当たることがあって、更紗は岡本くんに対して、

「ごめんなさい、岡本くんとはお付き合いできません」

 はっきりと言った。

「うおいっ! 何でいきなり告白もしてないオレが振られるんだよっ! お前の頭、いったいどうなってんだよ」

「え、違うの?」

「違うってなにが違うんだよ。オレが今言ってたのは、お前と塩崎はつり合わないってことだよ」

 違うなら遠慮することはない。

「つり合わないってどういうことよ?」

「塩崎は男のオレから見てもいいヤツなのに、お前は女なのに全然魅力を感じないってこと」

 更紗は悔しい思いをした。

 確かに輝はカッコイイ、対して自分の容姿は平凡である。

 しかし、そんなことを言われたってどうしようもないではないか。

 整形しろとでも言うのか。そう言ってやると、

「顔のことなんて誰も言ってないだろ。顔で人のこと判断するようなヤツをいいヤツっていうわけねえだろ」

 言うわけないと断言できるほど岡本くんのことを知らないので、更紗には何とも言えない。

 岡本くんは立ち上がると、

「オレは粗悪品を売りつける悪徳セールスマンみたいなことしたくないんだ」

 言った。

 さすがに更紗は傷ついた。

「お、岡本くんっ! それはあんまりだと思うっ! 人のことを粗悪だなんて!」

 杏子が声を大きくした。

 しかし、岡本くんは、動じない。

「自分の恋愛に人の力を借りようとしている上に、その頼みごとさえ自分でしないようなヤツが、どうして粗悪じゃないんだよ」

 そう言うと、更紗に向かって、

「お前さ、普通に告白したら塩崎が断るって、はなから決めてるみたいだけど、そういう決めつけは、あいつを馬鹿にしてるってことに気づいていないだろ?」

 そう続けて、それ以上の会話を嫌うように、立ち去った。

 更紗は、彼が立ち去るのを呆然として見送るしかなかった。

「……サラサ、大丈夫?」

「大丈夫……じゃない。わたしにどうしろっていうのよ?」

 とりあえず、岡本くんが協力してくれないことは分かった。

 そうして、彼の言葉に従うと、塩崎くんとはつり合わないということも。

――塩崎くんを馬鹿にしてる……?

 そうなのだろうか、こうやって色々することは、塩崎くんを侮辱していることになるのだろうか。

 じゃあ、このまま塩崎邸に押しかけて、彼にストレートに告白でもすればいいのか。

 しかし、そんなことしたって、どうなる。

 どうもなりはしない。

 更紗は、初めて輝に会った時のことを思い出していた。

 輝は更紗に優しかった。

 あれは、別に転校したてで不安だったからというわけではないだろう。

 そういう考え方は、それこそ輝を、辱しめることになる。

「……送っていくよ、サラサ」

 隣から杏子の声が聞こえた。

 送るってどこへ?

 送るなら過去へと送ってもらいたい。

 でも、もう昔には戻れない。

 あの時に分かたれた道は、もう二度と重なることはないのだろうか。

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