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プラトニクス  作者: coach
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第147話:人生の不思議なつくり

 (レイ)は、こうして文化研究部のメンバーで、バーベキューをしているということに、不思議な感動を覚えていた。別にバーベキューに感動したということではない。春先には、たった3人だけだったメンバーは、そのまま卒業まで3人だけだと思われ、そうして、怜はそれで構わなかったわけだけれど、予想は大きく裏切られて、今では、総勢8名。その8名でバーベキューを楽しんでいるということが何とも面白かったのである。人生は、時にドラマチックな相貌を見せる。

「――先輩」

 思いにふけっていたら、隣から、(マドカ)の声を聞いた。不覚だった。女の子と一緒にいるときに、別のことを考えていたとは。祖母に知られたら一大事。

「ごめん、ちょっとぼんやりしてて、なに?」

「何も言ってません。これから言うところです」

「それはよかった」

 怜は、円に発言を促した。

「先輩、今度、瀬良先輩と一緒に遊園地に行きますよね」

 太一(タイチ)と一緒に遊園地。怜は、二人で仲良くコーヒーカップに乗っているところなどを想像して大変気分が悪くなった。そんなアブノーマルなイベントは用意されていない旨、抗弁しようと思ったら、

――あ、あれのことか……。

 太一の片思いを邪魔する……もとい、応援するために彼に同行するイベントがあったことを思い出した。

 しかし、どうしてそんなことを円が知っているのだろうか。

「その瀬良先輩が好きな女の子というのが、わたしの友達なんです。それで、その友達に頼まれて、わたしも同行することになりました」

 なるほどと思った怜は、少しホッとした気持ちになった。またぞろ知らない人間の中に入らなければいけないのかと思うとゾッとしなかったが、円が来てくれるのであれば、安心である。

「その友達は、あまり瀬良先輩のことをよく思っていないようです」

 それはそうだろう。もしもよく思っていたら、みんなで遊びに行きましょう、みたいな話にはならないだろうから。そのくらいは怜にも分かる。

「なので、瀬良先輩をよく見せるようなことは、先輩にはしないでいただきたいんですが」

「うん、分かったよ」

 怜はその点は請け合った。そもそも、太一のフォローをする気など髪の毛の一筋たりともなかった。

 ところで、円は太一のことをどう思っているのだろうか。この流れからすると、よく思っていないように思われたが、円はきょとんとした顔をして、

「わたしは瀬良先輩のことは何とも思っていません。……強いて言えば、テレビに出てくる有名人に対するのと同じような気持ちを抱くくらいです」

 と答えた。

 怜も、太一とはそういう気持ちを抱くだけの関係であればどんなにかよかったことだろうと、しみじみと思っていると、

「瀬良先輩は加藤先輩のことをすごく信頼していると思います」

 嫌なことを聞いた。信頼してくれている人を信頼できないというのは悲しいことである。

「マドカちゃんは、タイチとその友達が付き合うことには反対なの?」

 怜は聞かずもがなのことを聞いてみた。太一のフォローをしないように頼むということは当然そうなのだろうと思いながら聞いてみたのは、コミュニケーションのためである。すると、怜の意に反して、

「わたしは、反対でも賛成でもありません。人が決めることに口を出せるなんて思ってもいません」

 という答えを得た。

 人のすることに口を差し挟むことなどできない。確かに、その通りだろう。しかし、その答えはいささか清潔に過ぎるような気もする。それでも人は、他の人がすることを気にかけるのであって、そういうところに人間くささが現れるのであり、人間臭というのは決して醜いものではない。

 そのように考えたというまさにそのことを怜は万が一にも読み取られないように気をつけた。多感な年頃である。大人ぶった態度を見せて嫌われたくはない。

 残っていた野菜を切り終わり、それから肉やウインナーに向かうと、今度は士郎(シロウ)が取りに来てくれた。彼は野菜のてんこ盛りを見て、

「こんなに野菜必要なのか? ベジタリアンはいないみたいだけど」

 不思議そうに言った。

「割り当てだろ。家ではいつもそうなってる」

「にしてもなあ。どっちかっていうと、肉をもっと割り当てる方がよかったんじゃないか?」

「やる前に言ってくれよ。それに、先に肉が無くなっても何も問題はない」

「なんで?」

「肉が無くなれば、野菜を食うさ」

「そういうもんか?」

「何もなければあるものを食べるしかないだろ」

「なるほど」

 じゅーじゅーといったいい音が空腹を刺激するようである。

 野菜と肉を切り終えた怜は、水場の清掃を済ますと、円を食べに誘った。

 鉄板のもとまで行くと、紙皿をもらって、円に何を取り分けるか聞いた。無意識である。「自分でやりますから」と言われた怜は、バツの悪い思いをした。ついカノジョに対しているような気安さを表してしまった怜だったが、しかし、

「加藤先輩って紳士ですねえ」

 (アオイ)が言って、うんうん、と自分の言葉に納得したようにうなずくのを見た。バーベキューの焼けた具を取り分けることくらいで紳士になるなら、この国は紳士の国になってしまう。そう言って、自分が紳士などではないことを言った方がよかろうかと思ったら、

「それに比べると、二人の先輩は何ですか。後輩のわたしに給仕してくださいよ」

 蒼の矛先はすぐに他の男子へと向かった。

「なんで先輩が後輩に給仕するんだよ。逆じゃないか」

 士郎がまともな返答をした。

「先輩は何も分かっていないですねえ。無知です」

「どういうことだよ?」

「いいですか。わたしは先輩より年齢が下です。そうして、女子です。つまり、非力なわけです。だから、大切にしてもらわなければいけないんですよ」

「給仕までしなきゃいけないってことか?」

「ええ、そうです」

「そんなに非力だったら、生活していけないんじゃないか?」

「おかげさまで生活して来れました」

「おかげさまって、オレは何もしてないんだけど」

「だから、今してくれるんですよね」

 士郎は、助けを求めるように、怜を見た。

 怜は、助けることはできない、という意図を込めて、首を横に振った。

 士郎はため息をつくと、何を取ってもらいたいのか言えよ、と諦めたような声で蒼に言った。

 会食は、楽しげに進んで行く。

 ふと怜は、カノジョのことを考えたりしてみた。環は今何をしているのだろうかと思った自分が不思議である。そのうちにカノジョをどこか楽しげなところに連れて行かなければいけないという特権を得た怜は、その特権を今日使えばよかったかもしれないと思った。つまり、ここに連れてくる。そうすれば一石二鳥だっただろう。

――いや……。

 それは危険かもしれない。もちろん、今日ここに連れてきたとしても、彼女は何も言わないだろう。楽しみさえするかもしれないが、心中で何を考えているか測れないわけだから、せめて、こちらに心残りができるようなことはしてはいけないだろう。

「食べてる? 加藤くん」

 鈴音(スズネ)が、そっと近づいてきた。

 夏めいた空色のワンピースがよく似合っている。

 まるで彼女に着られるのを喜んでいるかのようだ。

「いっぱい食べないと大きくなれないよ」

「肉体の成長よりも、精神を成長させたいもんだ」

「それ以上成長する気なの?」

「体に限界はあっても、知に限界はない」

 怜は、この前カノジョから聞いたことを早速披歴した。

「楽しいね、こういうのって」

 鈴音は柔らかく微笑した。

 気の置けない仲間と、気ままに食事をする。

 そんなことで楽しい気分になる。

 努めてそういうことを求めていけば、それだけで一生楽しく過ごすことができるかもしれない。

 しかし、そうやって過ごされた一生というのは一体何なのだろうか。

「それが分からない」

「加藤くんにも分からないことあるんだね」

「スズには?」

「あるよ。でもね、それがすごく嬉しいの。ナゾがあるってことがね。この人生から、くまなく謎がなくなってしまったら、そんなつまらない事ってないでしょ?」

 なるほど、それはそうかもしれない。しかし、だとすると、この分かりたいという欲求は、人生に対してどういう位置にあるのだろうか。分かりたいという欲求が分かるためにあるのだとして、分かってしまうと人生がつまらなくなるとすると、より人生をつまらなくするために、分かりたいという欲求があることになってしまう。

「そういう()(たい)な作りになっているのよ、つべこべ言わない」

「スズは自在だな」

「そうでもないよ。足はいつもこの現実につけているからね」

 怜はうなずいた。ただし、何を現実と信じているのか、それが問題である。それによって立てるところが違ってくる。怜はまたカノジョのことを考えてみた。カノジョの現実も自分の現実と同じなんだろうか。もしかしたら、全く違うのかもしれない。違うかもしれないけれど、彼女と確かに通じ合うことがある。それはなぜか。

「難しいことを考えるのもいいけど、お肉食べようよ。もしも全能の神がわたしをだまそうとしても、お肉を美味しいと感じているこのわたしの感覚は確実なことなのだよ」

 そう言って取り分けてくれた肉を、怜は頬ばった。

 確かに肉はうまかった。

 人はパンのみにて生きるわけではないけれど、霞を食べて生きるわけにはいかないのである。

 それもまた、鈴音が言うところの、「無体な作り」なのだろう。

 今ここにいないカノジョにも食べさせたいと思った怜は、やれやれと思った。こうもカノジョのことばかり考えているのであれば、いっそ本当に連れてくればよかったと思ったのである。今度こういう集まりがあったら連れてこよう。部外者であっても、(タマキ)ならうまく溶け込みそうだし、そもそも部外者であるということを口うるさく言うような場には出なければいいだけの話だ。

――いやいや……。

 どんな理屈だよ、と自分で突っ込んでしまった怜が微笑んでいると、

「先輩、今、わたしのこと考えてましたね?」

 近くから蒼がいきなり言ってきたので、驚いた。

「その顔、図星ですね。でも、すみません、先輩、わたし先輩のこと好みじゃないので」

 訳の分からないうちに振られた怜は、礼儀正しく残念そうな顔を作ろうと思って努力したが、どうもうまくいかなかった。

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