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プラトニクス  作者: coach
146/280

第146話:夏の日のバーベキュー

 夏休みは、全く休みらしくなく、規則正しいリズムを刻んで過ぎていく。

 それは歓迎すべきことなのかどうか、(レイ)にはよく分からない。

 そのリズムの行きつく先が死なのではないかと、燦々とした光の下、夏草が生い茂る庭を見下ろしながら、冷房の効いた部屋の中で、考えてみたりすると、今この瞬間に死があるのだ、とありありと感じるような気がして、それを感じすぎると、勉強などやっていられなくなってしまうので、それはそれ、と意識を転じるようにしている。

 その日は、午後の早い時間で勉強を切り上げた。用事がある。友人宅で、バーベキューパーティをするということで、出席しなければいけなかった。怜としては、そういうお楽しみ的なことよりも優先すべきものがあるのだが、

「もし先輩来なかったら、バーベキューパーティやったあと、先輩のところに押しかけますから」

 と、ある女の子から言われたので、そんなことになってはたまらないという思いから、出席を確約した。みんなで食材を持ち寄ることになっている。怜の担当は、野菜だった。もちろん、怜以外にも野菜班はいる。

「わたし、野菜とか食べませんからね」

 件の女子が厳かに宣言した。

「わたしの分の野菜は全部先輩にあげます」

 怜もそれほど野菜が好きというわけではない。自分以外のメンバーに野菜好きがいることを祈りつつ、怜は、リュックに食材を背負って、家を出ることにした。お昼は軽くしか食べておらず、すでに小腹が空いている。

 自転車を漕いで行くと、風が爽やかである。

 眩しい光が降り注いで、周囲を気だるくさせていた。

 目標の塩崎(ヒカル)の家は、自転車で20分ほど走ったところにあった。

 大した家構えである。

「ようこそ」

 輝は、綺麗な笑顔を見せた。

 どうやら一番乗りらしかった。

「早く来すぎたか?」

「そんなことはないよ。もっと早く来てくれたってよかったさ」

 門を入ると、フットサルでもできそうなほど広い中庭が見えた。

 刈り込まれた芝が日の光にかがやいている。

「手入れが大変だよ。いつも手伝わされてる」

 転校生のはずの輝が妙に愛着を持っているのは、小さい頃、ここに住んでいて、父親の仕事の都合でここから引っ越してまた帰ってくるまでの間、人に貸していたということらしい。

 庭の一角には水場があって、キャンプもできるようである。どうやら、父親の道楽のようである。

「小学生の低学年のころは、ここにテントを張って眠るのが好きだったんだ。母からは呆れられていたけどね。今度一緒にどう、レイ?」

 怜は、丁重に断った。キャンプはイメージほど爽やかなものではない。外で寝れば虫も寄ってくるし、当然、家の中のベッドより寝心地は悪い。怜は文明人を自認している。

「そうか、残念だな」

 心底から残念そうな色を見せる輝の様子を見ていると気の毒になってしまうほどであるが、その気持ちに負けてしまわないほどの分別がある怜は、別のことに誘ってくれるように頼んだ。それじゃあ、ということで、テーブルのセッティングに誘われた。リュックを地に置いた怜は、輝と一緒に、人数分のテーブルを出し始めた。組み立て式のテーブルを、夏の日差しの下で形にしていると、汗が浮いてきた。ちょうど良い具合に空腹も深まった。

「輝、また、お友達が来たみたいよ」

 そう言って現れたのは、輝の母のようだった。

 どうやら、子どもの監督をしなければいけないという貧乏くじを引かされたらしい。

 怜は挨拶と感謝の意を込めて、頭を下げた。

「いつも輝がお世話になっています。加藤くんの噂はかねがね聞いています」

 そう言って意味ありげに微笑む女性から、怜は、輝に意味ありげな視線を向けた。

「変なことは言ってないよ。ただ、面白い人だって言っただけで」

 果たして、面白いというのは褒め言葉かどうか怜は考えてみたが、特に褒め言葉でなくても、まあ、面白がってもらえれば、それはそれでいいことだろう、と思った。

「みんなを迎えに行ってくるよ」

 輝が言うと、怜は椅子に座った。

 じわじわという控え目な蝉の鳴き声がした。

 輝がエスコートしてきた三人はみんな女の子だった。部長の田辺杏子(アンコ)と、三年生の水野更紗(サラサ)、次期部長と目されている二年生の坂木(アオイ)である。

「そこで部長と会っちゃったんですよ」

 蒼が弁解するような口調で言った。

「会いたくなかったの? アオイちゃん」と部長。

「そういうわけでもありますけど」

「あるんかい」

「何で部長と出会っちゃったんでしょうねえ」

「いや、別に出会っても二人の間に何も生まれてないよね。特にわたしたち二人の運命ねじれてないよね?」

「ねじれまくって、メビウスの輪みたいになってますよ」

「メビウスの輪ね。裏も表もないなんて、わたしの性格みたい」

「『わたしたちの』って言わないところが、部長に裏があるっていう証拠じゃないですか」

 いつも通りの掛け合いは、誰にも聞かれていない。いや、みんな聞いてはいるけれど、まるでBGMである。それにしても仲がいいのか悪いのか。怜は、たわむれに、この二人の関係を考えてみようかと思ったが、興味がないのでやめた。

 更紗が、輝に近づいて行くと、手に持っていた紙袋を渡した。今日のご迷惑料としての菓子折である。部員みんなでお金を出し合った。

「ありがとう」

 輝が笑顔を向けると、更紗は慌てたようである。

 他のメンバーもほどなくして到着した。

 橋田鈴音(スズネ)はいつも通りすっきりとした面立ちで、まるでこちらより二歳も三歳も年上に見えた。唯一の一年生部員の川名(マドカ)は湖のように澄んだ目を向けてきた。孤高の狼、岡本士郎(シロウ)は、今日もトップ部分で髪を立てていた。

 全員そろったところで、蒼が両手を打ち合わせて、皆の注意を引いた。

「みなさん、部長から、一言があります。感動必至のスピーチです。それによって、みなさんのつまらない人生に光が射すことでしょう。ありがたくお聞きください」

 無駄にハードルを上げられた杏子は、しかし、憶するでもなく、みなの中心に来ると、

「まずは、この場を提供してくれた、塩崎くんにお礼を申し上げます。ありがとう」

 そう言って、輝に顔を向けた。

 全員から輝に向かって、拍手が起こる。

 こほん、と咳をした杏子は、

「わたしにとって、一学期は素晴らしい学期でした。新たな仲間を得ることができて、こんなに嬉しいことはありません。幸いなことに、この部活には引退というものがありません。これから、二学期三学期と、このメンバーで、もちろん、また新しい人が来てくれたら、その人も含めてですが、楽しい時間を過ごしていきましょう」

 朗らかな声で言って、口を閉じた。

 しん、と静まり返った空気の中に、

「……それだけですか?」

 蒼が突っ込む。

 うん、と杏子がうなずくと、

「もっとこうパンチが効いたやつお願いしますよ。ヘビー級のボクサーのパンチくらい」と蒼。

「愚痴は長く、スピーチは短く、がうちの家訓なの」

「変な家ですね」

「アオイちゃん、わたしのことはいい、でも、わたしの父のことを悪く言うのは聞き捨てにできないわ! 立派な人よ。昨日だって、今日持ってくるお肉を買って来てくれたんだから」

「ただのパシリにしてるじゃないですか! ……先輩、そういうのはわたしの持ち回りですから」

「そっかそっか、わたしはクールな役回りだったね」

「先輩がクールなら、わたしはコールドですよ」

「冷たいもんね、アオイちゃん」

「ええ、でも、部長にだけです」

「ええっ!」

 怜と同様、二人の言い合いは誰も聞いていなかった。最初こそびっくりするのだが、みなすぐに慣れた。つまり、それだけ頻繁に行われていたということである。相手するだけ損。ジュースを回して、誰かが、

「乾杯」

 と声を上げると、

「乾杯は部長の専権ですよ。部長それしか能がないんだから」

 また蒼が言い、

「それだけってなによ! いっぱいあるよ!」

 部長がそれに応じた。

 食材はまだこれから切られるのを待っている。

 水場に立つことを円が立候補したようであるので、怜は彼女の隣に立つことにした。こういうときに親交を深めておかないと、深める機会がない。同じ部活であるのにも関わらず親睦を深めることができない自分の社交性の無さに怜はほとほと嫌気が差しているが、自己嫌悪は何も生み出さない。行動あるのみである。

「わたし一人で大丈夫です」

 円は、はっきりとした口調で言った。

 怜はひるまない。

「でも、包丁は二つある。マドカちゃんほどうまくはできないかもしれないけど、ただ野菜を切ることだったら、オレにもできるから」

「こういうのは後輩がやることです」

「二歳先に生まれてきたからって、それはそんなに偉いことじゃない」

 円の視線がまともに自分をとらえるのを、怜は見た。なにか悪いことを言っただろうか。それとも、しつこかっただろうか。そう恐れた怜だったが、円は眼差しを下げるようにすると、

「じゃあ、お言葉に甘えます」

 そう言って、ピーマンをお願いします、と続けた。

 怜は円と並ぶように立つと、ピーマンの処理を始めた。

 以前に、彼女の家で、一緒に皿を洗ったときのことを思い出す。あのときはコミュニケーションを取ろうとして見事に失敗した。今回も同じようになる公算が大きいが、勝敗は兵家の常、負けることができるのは戦った者のみである。そう考えて自身を鼓舞した怜は、いろいろと話しかけてみたけれど、お返しの言葉は、一言二言である。とはいえ、この前のときよりは素っ気ない風でもなかったので、よしとしておいた。

 ピーマンを切り、カボチャを切り、とうもろこしを切り、たまねぎを切り、えりんぎを切る。汗を額に浮かべながら、こういうのはバーベキューの現地でやってはいけないものなのだということに、怜はそのときになってようやく気がついた。

「あらかじめ下処理もしておいた方が楽ですしね」

 円が言った。

 どうやら彼女も同じ思いだったらしい。

「バーベキューやったりするの?」

「父が好きなんです。父は、バーベキューを取り仕切るのが、父親の重要な役割の一つだって考えている節があって」

「なるほど」

「でも、食材を切るのは、わたしや姉や母ですから」

 切った野菜たちを平底のプレートに盛って、近くに来た鈴音に手渡すと、鈴音からは含みのある視線を向けられた。怜は、

「この役は渡さないからな」

 と念を押しておいた。

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