表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プラトニクス  作者: coach
138/281

第138話:この一歩が向かう先

「今日はいい天気だね」

 歩きながら七海(ナナミ)は、顔を空に向けて、眩しそうに目を細めた。それから、視線を下にして、

「この一歩はどこに向かっているか」

 (シュン)の隣で、朗らかな声を上げる。

「学校でしょ」

 俊は当たり前を答えた。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「どういうこと?」

「人生には何が起こるか分からないってことだよ」

 だとしたら、どこにも向かっていないとも言えるわけだ。

 (レイ)はそんなことを思ったが、口には出さない。

「この一歩が向かっていく先を見極めてみたい、そんな風に思ったことは、二人にはないかな?」

 それは俊にとってはナンセンスな話である。

「この一歩が向かっていくのは学校で、それ以上でもそれ以下でもないよ。例え、何かが起こるとしても、決して起こり得ないことは起こらないんだから、大した話じゃない」

「起こり得ないことが起こらなくても、起こると予想していないことは起こるかもしれないじゃない」

「起こると予想していないことなんて、考えに入れる意味ないでしょ」

「そうかな。そういうの、視野が狭くないかな」

 七海は、行く先にまっすぐに目を向けて、

「自分の人生が一本道だなんて、そんなつまらないことってないでしょう」

 そう言って、視線を斜め上に、空に向けるようにした。

 青い空に一羽の、鳶だろうか、鷹だろうか、悠々と空を旋回する雄々しい鳥の姿がある。

「加藤くんはどう思う?」

 話を振られた怜は、その空の先に何も無いことを強く感じていた。七海の言いたいことは分かる。分かるけれど、どうしても肌に沁みてこない。怜の思いが分かったのか、七海は笑うと、

「この頃の若い人はダメだなあ」

 言いながら、視線を前に戻した。

「ナナミは好きな人いないだろ?」

 俊がいきなり言った。

 こういうことをいきなり言っても他人に何ら違和感がなく感じさせることができるのが、彼の特質の一つである。美質かどうかは分からない。

「どうしてそんなこと分かるの?」

「一人でそんなに歩いていけるなら、ついてくる方を足手まといだって思うだろうし、他人の力は必要としないだろうからさ」

「好き嫌いっていう話とそういう話は違うことじゃないかな」

「そう?」

「そうよ」

「じゃあ、もし、ボクの友達にナナミのことが好きだっていう子がいたら、脈はあるわけだね?」

 なるほど、そういう話に持って行きたかったのか。これは、俊が一枚上手である。七海は、

「その抹茶豆乳をあげたい人?」

 楽しそうに訊き返した。

「そうすれば、少なくても飲んでいる間は大人しくなるだろうからね」

「子どもみたい」

「だから困っているんだ」

「それ、わたしの知っている人じゃないよね?」

「だとしたら?」

「だとしたら、好きな人じゃないかも。知り合いの男子の中で好きな人いないから」

「傷つくなあ」

 俊は、がっくりと肩を落とす振りをした。

「五十嵐くんと、それと、加藤くんはカノジョ持ちでしょ。そういう人は例外」

「なるほど、ナナミは彼女がいる男子が好き、と」

「そういうんじゃないでしょ」

 これは七海の方が上手だろう。俊は、自分の知り合いに関して言及することを封じられた格好だ。封じられても特段、苦しいこともないのだろう、平気な顔をしている。怜も特に「彼」の恋路に関しては気にしなかった。気にかける値打ちがない。

 七海が言う。

「でも、一般的に言うと、カノジョがいる男子っていうのはいない男子より魅力的だと思うよ。少なくとも一人の女の子には好かれたわけだから、それが証拠だよね」

「その理屈で言うと、たくさんカノジョがいる男子は魅力的だってことになるね」

「たくさんのカノジョなんていないよ。カノジョっていうのは一人きりでしょ」

「なるほど」

「そんなわけが分からない状態になっている男子にはまず魅かれないと思うな」

 七海は、じゃあね、と言って、手をしゅたっと挙げた。

「気に障った?」と俊。

「ううん、ただ、カノジョ持ちの男の子たちと歩ける時間の限界が来たってことよ」

 そう言うと彼女は、しなやかな足取りで、二人のいるところから、足早に立ち去った。少し離れたところで、友達に声をかけたようである。

「タイチのことを聞こうかな、と思ってたんだけどなあ」

「よくよくタイチのことを気にかけてやってるな」

「友達だからね」

「オレが気にならないのは、友達じゃないからだな」

「え、友達じゃないの?」

「人類はみな兄弟という全地球規模的な話なら、親しい仲だと言えないこともない」

 あはは、と俊は声を上げて笑った。その笑いを終えないうちに、

「ケンがいる」

 目ざとく、また別の知り合いを見つけた。

 怜は、すらりとした背を確認したのち、

「声はかけないでもらえると助かる」

 すぐに言った。

「あれ、ケンと喧嘩でもしたの?」

「ケンと喧嘩?」

 そんなことは一度もしたことがないし、これからも起こらないだろう。仮に起こったとしたら、それは必ず自分が悪い。そう確信させるほど、(ケン)は底抜けにいいヤツである。

「じゃあ、どうして……なるほどー、倉木か」

 俊は、賢の隣に一人の少女の姿があることを認めた。倉木日向(ヒナタ)とは、どうもうまくない。こちらに含むものがあるのではなく、向こうに一方的に敵視されているのである。怜は、自分のことを他人にどう思われようと大した痛痒(つうよう)を感じない人間であると思ってはいるが、明らかな敵意を向けられて心穏やかでいられるほど、達観した人間でもない。

「レイが川名と付き合ってるからって、恨むことないのにね」

 俊は他人事の気安さである。

「それを本人に言ってもらえないか?」

「ボクが?」

「他に誰が?」

「ボクが言っても無駄だろうから、やめておくよ」

「じゃあ、誰に言ってもらうのがいいんだ?」

「誰に言われても無駄だろうね」

「オレはこれから先も恨まれ続けるのか」

「そんなことはないさ。きっと、そのうちに、自分の怒りが理不尽なものだっていうことに気がつくさ」

「本当に?」

「いや、どうかな」

 俊は、爽やかに歯を見せた。

 友人に話しかけたいのはやまやまだったが、彼は自分のものではないという事実を認めた怜は、遠慮して、彼らの背中を見送ることにした。そっと彼らから距離を取って、歩き続ける。

「幼なじみってどんなんだろうね?」

「全く分からない」

「自分のことを自分と同じくらいよく分かっている他人っていうのは、気持ちがいいものなのか、悪いものなのか」

 怜は、想像してみた。しかし、そもそも自分のことを自分と同じくらいよく分かっている他人、という想定がなかなか難しいのではないかと思った。思ったがやってみると案外簡単だった。いる。すぐ近くにいる、そういう子が。怜の頭の中に、鮮やかに、ひとりの少女の像が結ばれた。怜は、

「いいことなんじゃないかな」

 と、脳裏の彼女を、丁重に扱った。

 二人は、学校前の坂を登ると、校門前に立つ教師に挨拶して、校門をくぐった。

「そう言えば、夏休みの間に、みんなで勉強会を開きたいって、スミちゃんが言ってたなあ」

「勉強会?」

「そうそう。みんなで夏祭りに行って花火をやる」

「『勉強』会、だよな?」

「人生は何事も勉強だよ」

「そんな余裕無いって言ったら?」

「無いの?」

 無いだろう。勉強しなくてはいけないのだ。

「半日くらい取れるんじゃないかな」

「物事は有機的なつながりを持っている」

「ふんふん」

「半日休むとする。すると、その休んだという事実は、半日だけのことに留まらず、必ず次の日にも影響を与えるんだ」

「それ、絶対、レイの言葉じゃないよね」

 その通りだった。通っている塾の講師の言葉をそのまま借りてきただけである。

「レイはそんなことはないと思うね」

「ん?」

「起こったことを、何かしらに利用できる人だと思う」

 起こったことをただ起こったままにせず、何かに利用する。そんな品の無いことをした覚えは、怜にはなかった。しかし、そう見えているとしたら、もしかしたらそういうことをしているのかもしれない。ただし、それには、俊が持つ世界観も影響しているように思われる。人は、見たいものを見る。怜が言うと、

「確かにそうかもね」

 俊は、素直に認めた。

 生徒用玄関についた。

 二人はそこで下履きを上履きに替えた。

「じゃ、またね、レイ」

 廊下の途中で俊と別れた怜は、教室に入った。

 教室の中は、浮足立っていた。

 みな、夏休みの計画を立てることに余念がないようである。受験勉強のことについて話している真面目な面々もいたが、多くは、夏のレジャー活動の話に花を咲かせていた。海外旅行に行く、と言っているクラスメートもいて、羨ましい限りである。

「おはよー、加藤くん」

 声をかけて来たのは橋田鈴音(スズネ)である。

「いよいよ、一学期も終わりですね」

 彼女はしみじみと言うと、そっと怜の机に横から腰をおろした。机はお尻を乗せるところではないが、学期の最終日であるので、小言は避けておいた。

「一学期中はお世話になりました」

 特別なことをした覚えもない怜は、しかし、確かに今学期に彼女との間にいろいろあったことを思い、こちらこそ、と軽く頭を下げた。

「あ、加藤くん、白髪あるよ」

「苦労してるからな」

「うそだよ」

「なんでそんな嘘を?」

「面白いから」

 そう言って、本当に楽しげに笑みを浮かべる彼女を見ながら、人はいつから友情を結ぶのだろう、と怜は、妙なことを考えた。いや、それはいつの間にか結ばれているものなのだろう。鈴音との間にそれを感じているというわけではないけれど、しかし、友情であれ何であれ、彼女との間に何かが結ばれていることは確かだった。それは、鈴音との間だけではなくて、他にも何人もそういう子がいる。ありがたくもやはり不思議なことである。

「どうかした?」

「ん? いや」

 鈴音は、お尻をずらして机を降りると、「じゃ、また部活のときにね」と言って、入って来たクラスメートに声をかけた。

 やがて担任が現れた。

 今日の終業式の注意事項が話される。

 そうして、しばらくすると、校長先生のありがたいお言葉を聞く時間がやってくるというわけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ