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プラトニクス  作者: coach
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第115話:プレゼント選びは慎重に

 二人の女の子の話し声を子守唄代わりにして、というよりも、その話し声から逃れたくてと言うべきか、どうやら眠ってしまったようである。軽く揺すぶられるようにして目覚めた(レイ)の前に、少女の花顔が微笑みを開いていた。

「着きましたよ」

「……(タマキ)か?」

 怜は寝ぼけまなこをこすりながら尋ねた。

「はい」と環。

「どうりで(ミヤコ)にしては綺麗すぎると思った」

 怜は手であくびを押さえるようにすると、「丸聞こえなんですけど」という妹の言葉を無視した。妹と環が車を降りるのに続いて、怜も降りてからドアを閉めた。

「先輩と二人でいるときは、いつも先輩のことを『綺麗』とか『可愛い』とかそんなことばっかり言ってるんだとしたら、お兄ちゃんを見損なってたってことになりますけど」

 妹がしかめっつらで言った。

「今の今まで兄を見損なってる自覚が無かったのか。恐ろしいな、その無神経」

 今度は怜の言葉が無視された。仲良きことは美しきかな。

「先輩と二人きりのときは歯の浮くようなこと言ってるんですか、ウチのお兄ちゃんは?」と都。

 環はほっそりとした首を静かに振って、「いいえ、そんなこと全然言われたことありません」と都にはっきりと答えてから、ちらりとカレシに意味ありげな目を向けた。それを聞いた妹は、兄に対するマイナスイメージを崩さずに済んでほっとした顔を見せたが、一方、怜はカノジョの視線に不穏なものを感じ取って軽くげんなりした。面倒な宿題を押しつけられた気分だった。

 二人の少女は昼の明るい光の下、駐車場の中をモールの建物入り口へと向かって歩き出した。その後に、母と父が優しげな顔で続く。まるで家族のような趣である。ひとりあとからついていく怜は、何だか自分だけ除け者にされているような気がして、非常に清々とした気分になった。今日はこのまま自分のことはさっぱりと放念してもらいたい。環なら十二分に自分の代わりを務めてくれるだろう。初めて彼女を家族に紹介したときは、多少はフォローする気もあったが、今ではそんな気は全くなくなっていた。おどろくほど家族に馴染んでいて、そうしてそれを大して驚いていない自分に怜はもう慣れてきていた。

 アウトレットモールの中にはたくさんの人だかり、怜たちのような家族連れや、カップル、友だち同士などでひしめき合っていた。そのゴミゴミ感と熱気に、入った瞬間に出たくなった怜だったが、そういうわけにもいかない。都のことは環に任せるとして、自分の服は母に任せるとして――ちなみに自分の服を、中学三年生にもなって母親に選ばせて特に気にしないような男を環はどう思うだろうか、と怜は思わないでもなかったが、いちいち何着も選ぶのは面倒な上、これも親孝行の一環であろうという思いもあり、更には「環の前で見栄を張っても仕方がない」というなぜか敗北感にも似た諦観があって、買う服は母に一任することにしたのだった――ところで、怜にもやらなければいけないことがある。

「ミヤコに付き合ってくださるお礼に、タマキさんに何かプレゼントでも買って差し上げなさい」

 昨夜の母の言葉である。

 言葉とともに、ちゃんとお金も渡してくれた。

 母は本当は環に服をプレゼントしてあげたかったようだが、アウトレット店で選ばせるのも気が引けるし、何より、カレシの親から何か貰うよりもカレシ自身からプレゼントしてもらった方が、それは嬉しいに決まっているという判断をしたということだった。さすが年の功だと怜は思った。もちろん心の中で思っただけで、口には出していない。

 というわけで、別行動である。連絡は携帯メールで取り合うことにした。既に、都は環を引っ張るようにして、離れていった。お気に入りの衣料品店にでも行くのだろう。母と父もその場を離れた。適当に店を見て回り、テキトーに怜の服や小物を選んでくるという。怜は、建物入り口付近にある店内全体の見取り図と睨み合いながら、自分の目指すべき店を見定めた。出発。

 それから数分後、人波を泳ぎながらたどり着いたのは小物やアクセサリーの店だった。一面に小さく可愛らしくほわほわっとしたものたちがぎっしりと並んでおり、その威容は怜の足を止めた。店内にいるのが、実際に夢を見ているかはともかくとしても、「夢見る」という形容をつけられるにふさわしい年代の少女達であるというのも、怜に二の足を踏ませた。男の子もいることはいるのだが、何だか居心地が悪そうで、まるで人見知りの子どものようにもじもじしている。しかも、彼らはカノジョの付き添いで来ているだけのようであって、男ひとりでいるのはどうやら怜だけのようだった。

 入口でためらっていると、後ろから新たなカップルが現れたので、怜は意を決して中へと進んだ。広めにとられた通路を進み、様々なカワユイものたちを物色する。しかし、一体何を選べばいいのか分からない。カノジョの好み一つ分からないその無神経さに、怜は、自分自身に対して腹を立てた。しかし、好みどころか、そう言えば、もう付き合って半年になるというのに環のことはほとんど分からないのだった。そもそもどうして彼女が自分を選んだのか、そこからして分からないのだから、まして他のことは知る由もないのである。分からなくて当然!

 そういう自棄(やけ)気味の開き直りは、現状を全く改善しなかった。ゆうに三十分ほど店内を見て回ったが、まったく決まらない。選択肢が多すぎる上に、決める基準がないのだから、ただ時間だけが過ぎていくという展開になるのは当たり前である。頼りになるのは自分のセンスのみであるが、当てにできるようなものは持ち合わせていない。ほとほと困り切った怜は、いっそ環をここに呼び出して自分で決めてもらおうかとも思ったが、思いとどまった。このプレゼントは、今日のお礼であるとともに、環への最初のプレゼントでもある。

 最初のプレゼントを自分で選ばず、選んでもらったりなどしたら、この先――もちろん「この先」がいつまであるか分からないにせよ――ずっと批難されそうな気がする。むろんのこと環は慎みを知る女の子であるので、自分でプレゼント一つ選べないような男の子に対しても、はっきりと口に出して批判するようなはしたないマネはしないだろう。しかし、その態度のはしばしで語るに違いない。怜にできるのは、その無言の声が聞こえない振りをすることだけになってしまう。それは、今の状況以上に面倒そうだった。

 ということで、再び色んな小物に手を伸ばし始めた怜だったが、空しくもう三十分を費やすことになった。決まらない。これほど何かが決まらなかったことは絶えて無い。いっそのこと、「キミにはどんなものでも似合うよ」的なことを言うことを条件に、いい加減な物を選ぼうかとも思ったが、そんな誤魔化しが通用する相手かどうか考えれば、答えは明確にノーである。あーでもない、こーでもない、と手に取りながら見比べる怜。こういう苦行を女性は嬉々としてやれるのだから、どうかしてる。怜などは端的に時間の無駄なのではないかと思うのだが、母にしろ妹にしろカノジョにしろ、迷っている時間が楽しいようにさえ見えるのだから、根本的に女性というのは男とは別の価値観で生きているのだと言わざるを得ない。

「何かお探しですか?」

 隣からかけられた声は女性店員のものだった。男ひとりで一時間も店内をさまよっている姿を哀れに思ったのか、はたまた怪しく思ったのかは定かではないが、これぞ天の采配である。店員にアドバイスをもらうくらいなら、責められることもないだろう。怜は率直に、女の子にプレゼントするものを探している旨を明らかにした。

 店員の女性は心得顔を作ると、店の人気商品であるバッグやブレスレット、マグカップ、携帯のストラップ、ぬいぐるみなどを見せてくれた。どれもこれも売れ筋であるというので、怜はようやく人心地ついた気持ちだった。どれを選んでも大丈夫というお墨付きを得たようなものであるので安心である。

 ほっとした怜の目がふと、シルバーの輝きをとらえた。ガラスケースの上に、鳥をかたどったような小さなアクセサリーが並んでいる。ペンダントトップの見本であると、女性は教えてくれた。怜はこの店に来て初めて興味を引かれた思いだった。形は極度にデフォルメされたりしておらず、繊細で優美である。

「チェーンは別売りになります」

 女性のニコニコした笑顔が高いものを売りつけられる嬉しさからのものでないことは、値段を聞いて理解できた。母からの小遣いで買える範囲である。怜は、鳥の中から一羽選ぶと、シルバーチェーンと一緒に買って、店を出た。散々悩んで店員を巻き込んだ挙げ句が一瞬の選択なのだから、何だかそれはそれでいいような悪いような微妙な心持ちだった。売れ筋として紹介されたものをやめた自分の判断を信用して良いものかどうかは分からなかったが、その評価は環に任せるほかない。しかし、その前に一つやることがあった。

 怜は、母にメールを打って居場所を訊くと、男子用衣料品店に合流してから、事の上首尾を伝えた上で、今回の件の小遣いとして貰ったお金を返した。母はキツネにつままれたような顔をして、それから、

「ちゃんとしたものを買えるようにあげたお金だったのよ」

 と、息子が、自腹を切る気になる程度の安い買い物をしたのだと決めつけて難色を示した。母は、無駄遣いにはうるさいが、お金というものは必要なときには必要な分だけ思いきり使わなければならない、という考えの持ち主である。

 怜は、最初のプレゼントなので、毎月貰っているお小遣いで溜まっている分から出したいのだということをいちいち言わなければならない自分を哀れんだ。母からのカンパを素直に受けたのは、もしものときのことを考えたからである。それを聞いた母は、へえ、と感心したような声を出してから、ショッピングカートに入っていたTシャツを息子に当てて、うんうんと満足げにうなずいた。

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