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嬉しいです。
『人族いた。九人いる』
――『そうか』
グウに不純物ポイントを消費してもらい、全ての安全部屋を確認してもらったのだが、三階にある安全部屋で人族を確認できたと言う。
ただ、そこに憑依されてそうな悪魔くずれの姿や、邪魔らしき姿は見当たらないとグウが申し訳なさそうに言った。というのも、安全部屋では気配を感じることができないため、グウがモニターを見て、確認して判断するしかないのだ。
――その人族の中にいてくれると楽なんだが……
「おいっ」
俺は尻尾に絡めている見習い女聖騎士へと視線を向けた。
「は、はひぃ!」
不思議そうに口をぽかんと開け、ぼーっと俺を見ていたらしい彼女は、まさか、俺から話を振られるとは思っていなかったようで、彼女からの返事はうわずった声になっていた。
「……お前たち聖騎士団は、この迷宮に何人で挑んだんだ?」
「え、あぁ……ちょ、ちょっと待って……」
焦る様子が見てとれる彼女は、すぐに自分の両手を広げ、聖騎士団員の名前らしきものを呟きながら、一本一本、指折り数え始めた。
それを何度か繰り返し、確信を得たらしい彼女は、ニンマリと笑みを浮かべて口を開いた。
「十人よ。私を含めて十人」
「ほう……それは間違いないのか?」
「間違えるわけないよ。これでも私は、セイル様が率いる聖騎士団の一員だもん」
じゃあ、何度も指折り数えていたのはなんだ、とは言わないでおいてやろう。
俺がこの迷宮に入った時には、すでに聖騎士以外に人族の気配はなかったのだ。
――ここに二人いるから、合わせると十一人か。一人多いな。
「……そうか」
彼女のおかげで、安全部屋にいる人族の一人が、邪魔が憑依した人族だと分かった。
「私、エリートだもん。へへ」
俺は彼女の言葉を聞き流しつつ、前に向き直ると、ひとりほくそ笑む。
――ふふふ……今度は逃さん。
「おっと。ほらよ、これは情報料だ」
気分の良くなった俺は、彼女に向けダメージを吸収して半減させる軽減の指輪を投げ渡した。
見た目も小さなピンクの魔石が一つハマっただけのどこにでも売ってそうな、シンプルな指輪だ。
「え? わ、わ、わあ……」
もちろん彼女以外が身につけたところで、その能力が発動することなく、ただの装飾品の指輪にしかならないように細工もしているのだが……
「……」
彼女は、掴み損ね、軽減の指輪は地面を転がった。
「ははは……落としちゃった、よ?」
あざとく首を傾げる彼女を無視して、俺は無言で彼女の手が届く位置まで尻尾を動かしてやった。
「むぅ……ほえ!? ……ゆびわ? ふふ、うふふ……」
渡した俺が言うのもなんだが、彼女は見習いだが一応は聖騎士。
それなのに彼女は、悪魔である俺から受け取った指輪にキラキラした瞳を向けたかと思えば、何の疑いもせず、自分の指にはめてしまった。
「おいおい、俺は悪魔だ。少しは疑えよ」
「……え? あ、あはは。そうだよね。でもさ、こんな状態だから、疑ったところでどうすることもできないよね?
……で、これは私をモノにしたいと言う意思表示で、婚約指輪なんだよね?」
「ぶふっ。違うわっ」
「そんな恥ずかしがることないと……」
「いやいや。俺にはちゃんと妻が三人いると言ってるだろ。それは軽減の指輪だ。受けたダメージの半分をその指輪が吸収してくれる。
弱っちいお前にくれてやる。部隊に関する情報には遵守すべき守秘義務があるんじゃないのか? 隊員の人数はそれに該当するのか俺は知らないが、それらしい情報をくれた対価だよ」
――言わないけど、先ほど置いてきぼりにした詫びのつもりでもあるんだよな。
「え! ぁ、ぅ……守秘義務……」
俺がそう言ってやった途端、両手で口を押さえた彼女の表情が、みるみる青ざめたものとなっていく。
どうやら彼女は何も考えていなかったらしい。
――……『グウ、その安全部屋まで案内してくれ』
『ん。分かった』
少し元気が戻ってきていたかと思えば、また彼女は、肩を落としてしょんぼりと項垂れていた。
――――
――
グウに案内され、三階にある安全部屋まで、あともう少しというところで――
『ん? ……クロー、急ぐ』
異変に感づいたグウからそんな念話が届いた。
――『なんだ、グウ。どうした?』
『安全部屋の中の様子が……あ、人族の一人が部屋から出ていく』
――『何! ……!?』
グウからの念話の後に、今まで何も感じとれなかった気配を察知した。
どうやら、その気配は迷宮の外を目指し動き始めたようだ。
「この気配覚えている。邪魔だ。邪魔が安全部屋から出てきたんだ! おい、お前はっ」
「いやっ! 置いていかないで」
俺が何を言うのか察したらしい彼女が、青い顔をして必死に首を振る。先ほどの置いてきぼりがよほど堪えたらしい
「しかし……もう悪魔くずれはいないわけだし」
「お願い。なんでもする。邪魔もしないから」
――こんなこと言い合っている場合じゃないんだが。
幸い邪魔の奴は、悪魔くずれに憑依していた時よりも走る速度が遅く感じる。
「なんでもって言葉を、悪魔に向かって普通に使うか? あー、もう。吐いたって知らねぇからな」
「うんんん……ぎぁぁぁぁぁ」
俺は彼女からの返事を聞くが早いか、邪魔の気配に向かって全力で駆けた。
――――
――
「いたっ、邪魔だ」
多分、地下二階層らしいが、しばらく全力で駆けたところで、ヨロヨロと走る人族の後姿を俺の視界に捉えた。
――ふふふ、もう逃がさねぇ。
その差はみるみる縮まり、人族の首根っこに掴まっている小さな骸骨をも捉えた。
「んん、なんだガラガラうるさ……いぃ!?」
わざわざ話しかける義理もないので、奴が、物音に気づき後ろに振り返ったその時に、相手の頭を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
「捕まえた、ぜ!」
高ぶった感情が邪魔をして、手加減できなかったその威力は、地面を陥没させるほどのものとなってしまい、冒険者だったらしい男の姿は見るも無残な状態にしてしまったが、彼は元々死んでいたようだし、これなら悪魔規約にも反しない。
「いるんだろ邪魔。出てこいよ」
そう、声をかけるが一向に出てくる気配がない。それどころか、邪魔の気配がみるみる弱々しいものに変わっていく。
「へ? ウソだろ」
俺は手を突っ込み、それらしい物体を引っ張りだしてみた。
「こ、これは……」
――弱い。弱すぎる。もう死にかけている。
小さな骸骨姿の邪魔の全身には、小さなヒビがたくさん入りっており、あと少しでも衝撃を与えれば粉々に砕け散ってしまいそうなほどボロボロだった。
「ちっ、少しは話を聞きたかったところだが、もういいや」
俺が邪魔を処理しようと、左手に魔力を集めたところで、悪魔の囁きが聞こえ、それとともに周りの空間が色あせていく。
――う、動けん。
すべての音が止み静寂が訪れる。俺は身体、指一本すら動かすことができなくなった。
周りもそうだ、動いてるものは何一つない。
――こ、この感覚……見覚えが、ある。
【あー待って待って。そいつ処理しないでくれる】
――やっぱり。
その悪魔の囁きは、俺が思った通り悪魔神からのものだった。
【君と話をしてから、邪魔神をさあ、どう料理してやろうか考えていてね。少し迷っていたんだよね】
――はあ。それって今関係ある……ますか?
【まあまあ、聞いてよ。アイツも一応神だからね。殺せないんだよ。だから、どうやったら、僕に楯突いた己の無力さを自覚して、後悔と羞恥の念に押し潰されてくれるかなって考えていたんだよね】
――そ、そうか……それはまた……
いい性格ですね、と頭の中に一緒だけ、思い浮かんだがかぶりを振って振り払う。
【ふふふ。そうなんだよね。それで……あ、そうだ。君と話していたらいいこと閃いちゃったよ僕。うん、そくしよう。
その邪魔はさ……大した力もないようだし、君の使い魔にでもしてみる? してみてよ。ね。僕が困るから。
それに、使い魔にしてやれば、魔力も増えるだろうし少しは使えるはずだよ】
――はあ? なんで俺がこんなムカつくやつを……です。
【いいじゃん。面白そうだし。僕さ、邪魔神の奴を丸裸にしてやろうと思ったんだよね。邪魔神の手足を全て奪いとるの】
――……なにそれ……
【あれ、その顔……よく分かってない? 邪魔神の手下を殺さず全て僕の配下にするんだ。幸い、死にかけた邪魔はいるけど、まだ生きているし……悪魔くずれにも結構な数の悪魔がされてしまったからね。
くくくっ、面白いと思わないかい? 送り出した配下が僕の配下になって奴を取り囲むんだ。ふふ。
それだけじゃない。僕は中途半端が嫌いだからね。もちろん奴の配下を全て奪うつもりだよ。元配下に取り囲まれる奴の間抜け姿。楽しいと思わない?】
――そ、そうだな。そうなったら楽しいだろう……ですね。
あー、でも邪魔神ならすぐに新しい駒を作れるんじゃないのか? 神だし、感情値とか使ってさ。だからキリがないんじゃ……
【なかなか鋭いね。でも、さすがに感情値がすっからかんになっている今の邪魔神ひとりだと、何もできない。集まるものも集めれない】
――へ? 俺はてっきり、悪魔くずれも結構いたし、どんどん感情値は奪われ、邪魔界の方に流れてしまっている思っていたけど……
【甘いよ君。僕がいつまでもそんな勝手を許すと思うのかい?】
――……あー、そうだよな。たしかに(な、なんか声のトーンが低くなってない……)
【ふふふ】
――で、でもさ。邪魔族の数もまだまだ多いんだろし、そんなに簡単にいくものなのかね?
【んー、そこは君たちに頑張ってもらうさ】
――えっ……
【くくくっ、さてと、方向性も決めたことだし、早速教育でもしてこようかな。
捕虜にしている奴らには立場ってものを理解させてやらないとね】
――あれ、今、変なこと言ってなかったか?
【ん? 教育は教育さ。邪魔族は暴食が過ぎるからね。
そのせいで邪魔界域が滅びかけているんだし、その辺の意識改革は特に重要だよね。くふふ】
――いや、そんなこと聞いてないんだが(あー、聞きたくねぇ、なんで機密情報らしきものを俺に話すんだよ)
【あー、でも邪魔族を駒として使い始めたら、悪魔族の中には、邪魔族を勝手に格下と判断して顎で使いたがる、愚か者も現れるだろうね。
あ、別にそれはそれで……面白いかもね】
――面白い?
【僕は使える奴が大好きなんだ。だから使える邪魔族は、悪魔族と同等のに扱ってやるつもりだよ。
ぷくく。邪魔族を、顎で使おうと考えていたおバカな悪魔ほど焦るだろうね。くふふ】
――な、なぁ。それって、俺に話していいの……ですかね?
【いいさ。どうせ君は、邪魔族なんて使うつもりないだろう?
まあ、君のところは、他にもなかなか楽しませてくれていい感じだけど……】
――へ? 良く分からんが。たしかに俺は今のままで満足している……な。
【ま、とりあえず。そいつは使い魔にでもしといて。君には後で、もうひと働きしてもらうつもりだから、準備しといてよ。じゃあね】
――え!? 準備ってなんだよ!
俺の返事を聞かぬまま、世界に色が戻ってくる。
「はぁ、仕方ない」
『ん。クロー急に元気無くなった。大丈夫?』
――『あ、ああ。大丈夫だ』
俺は素早く悪魔スキルを使うとぎゅっと拳を握りしめて、自身の血を数滴、小さな骸骨姿に垂らした。
『おい。お前の名は……コツン。使い魔のコツンだ。死にたくなければ返事しろ』
悪魔神には、使い魔にするように言われたが、邪魔にもプライドって奴があるだろうし、返事なんて返ってくるはずないと高を括っていたが――
『あ、主は強い。俺様コツン……気に入った』
――え?
邪魔族のコツンから、予想に反してあっさりと使い魔になるという強い意志が伝わってきた。
『主に従う』
使い魔となり、俺の血と魔力を得たことで、細かくヒビ割れていた全身も綺麗さっぱり、そのヒビが消え、頭部の骨に960という俺のナンバーが浮き上がった。
『そ、そうか……よろしく頼む』
不本意ながら、邪魔族のコツンが、使い魔になった。
最後まで読んでいただきありがとうございます^ ^




