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「ナナちょうどよかった」
「なになに? 眷族作る?」
ナナが両手を振ってにこにこ笑顔で駆けてくる。
「ぶはっ!」
「け、け……」
「眷属って、まだ言ってるのか? ほ、ほら、ライコだって呆れているぞ」
俺は話題を眷族からずらそうとライコに振ってみたが、そのライコは口をパクパクさせ顔を真っ赤に染めているだけだった。
「?」
それでもナナの視線がライコに向けられたので、俺はその隙にさっさと主の代行を頼んだ。
「ええ〜、それならあたしもクローさまについて……」
「ナナは俺の伴侶なんだろ?」
「ぅぅ……そうだけど、でも……」
――――
――
数日前、俺はシュラルからの言葉をナナに伝えた。
「シュラルさまが、認めて、くれた……」
――シュラルに敬称ね……ふむ。やはりナナは眷属だがシュラルの子どもって線は薄そうだな……
「ああ、そう伝えろと言っていたぞ」
伝えてすぐに、ナナはなぜか泣きながら笑っていた。
「……ぐすっ……ぅ……しい……」
その時は不覚にも少し可愛いと思ってしまったが、すぐに、いつもみたいにはしゃぎだし俺に抱きついてきた。
「クローさまぁぁ、あたしうれしいよ〜」
「ちょっ、こら、離れろ」
おっぱいをぐりぐり押し付けてくるその行為は、いつもと変わらない行動だった。
「クローさま! クローさま! クローさま!!」
「ちょっ、な、な、なんだ?」
ナナが俺の胸ぐらを掴みぐらぐらと頭を揺らす。
――ほんと何なんだ、そのテンションの高さは。
「あたし決めたよ!」
「何を?」
「あたしクローさまの伴侶になる!!」
抱きついたままのナナが俺に右拳を作って頷いてみせた。
「何? はんりょ? ……伴侶!? 伴侶おぉぉ!! 何バカなこと……」
「だってシュラルさまも認めてくれたし、あたしの超直感もそう言ってる。えへへ、じゃあ権力を行使するね」
「権力行使って……あれ、か!! ちょ、ちょっと待て」
久しぶりに悪魔の囁きが頭に響いてくる。
【*権力行使強制*ナナはクローの伴侶になった】
【伴侶契約と協力し眷族を作ることが認められた】
【伴侶契約により、ナナの納値額は半分となった】
いつもの子どもっぽい声だが、今回はどこか事務的でまるで登録された音声を流しているような感じだった。
「マジか……」
まさか、言ったそばから本当に血統スキル〈権力〉を行使してくるとは思わなかった。というか、これ分かってても回避できない。
「えへへ。いい匂い。これであたしはクローさまの伴侶だよ」
俺の胸で顔をこすりつけすんすん匂いを嗅いだあと、ナナが俺を見上げてその顔を見せた。満面の笑みだ。
「伴侶だよって、お前……意味わかっているのか?」
「うん。あたしはずっとクローさまの傍にいるよ?」
「……はぁ、だからってなぜだ。伴侶契約だなんて……配下契約で十分だろうが」
はっきり言って、自由を愛する殆どの悪魔は、わざわざ縛りのある伴侶契約を結ぶことはしない。
伴侶契約は、契約解除できる配下契約と違い契約を解除できない。契約の消滅しかない。
それはつまり、契約の相手(俺かナナ)が消滅した時のみにしか適応されない。
共に行動すると誓っていたとしても長い長い悪魔人生、なにがあるか分からない。
相手が憎くなったり、煩わしくなる場合もあるかもしれない。それ以上のことを望むようになるかもしれない。
それなのに主には一切危害を加えることができないのだ。
つまり、俺はナナに危害を加えることができるが、ナナはできない。虐待を受けようが殺されようが一切反撃できないのだ。
それだけ自分にメリットが少なくリスクの大きい契約だった。
ほんと、協力して眷族が作れるってだけで、相手のことを思えば望むべき契約内容ではない。
ちなみに、悪魔の伴侶契約は性別関係なく結べる。夫婦と言うより悪魔人生の連れ? 運命共同体という意味合いの方が強い。
ん? 眷族? 眷族はどう作る?
眷族は、伴侶契約した者のみ儀式の間で互いに魔力と血液を合わせると小さな魔力繭ができる。その魔力繭に30日間、毎日どちらかが一定量の血液と魔力を絶やすことなく注ぐと無事眷族が誕生する。
種族はハーフになることはなく、先に血液を注いだ方の種族が誕生する。これはもう子どものようなものだ。
――シュラルはおかしいから、これに該当しないだろうけど……
「ううん。実はね。あたしシュラルさまからの命令を先延ばしにして、セバスとの約束を反故した。そしてクローさまの配下になったんだ」
「約束を反故……」
ふと、当時の状況が頭をよぎる。
――そうだ、あの時ナナは、悪魔執事と揉めていた。これは、考えないようにしていたが……くっ、あの時のツケが回ってきたのか?
「だから、あたし……いつ連れ戻されるのかヒヤヒヤしてた。
考えるのが嫌になって物理的に眷族を作ってしまえ、とも思ったんだよ」
「……ん?」
「それなのにクローさま肝心なところで相手してくれないし……クローさまに懐いた子狼に邪魔されるし……」と俺の身体に抱きついたままのナナが、にぎにぎと両腕に軽く力を入れすりすりいい匂いだと顔を当ててくる。
「物理的に……眷族……」
――……あれ、それって……??
「あ、でも、もうクローさまが認めてもらえたから大丈夫なんだけど……でも、やっぱり無しって言われたら嫌だし、クローさまと眷族作りたいし……伴侶契約しちゃった。えへへ、これでもう安心。あたし一番」
「はぁ、まったく……」
――俺が本能的に回避しようとしていたのは……シュラルの存在だったのか? それともセラの言っていたあれか?
「ねぇ、クローさま……」
――あの時は、何も見えていなかったもんな。でもな、今はヤツと一度会ってるし……セラの言っていたことも、分かっていれば何とかなる、かもしれん?
リスクの高い伴侶契約をしたにもかかわらず、無邪気に喜んでいるナナの姿を見ていると考え過ぎている自分が情けなくなってきた。
――ああ、やめだ、やめだ。俺がなんとすればすむことだ。
「クローさま?」
「……なんだ?」
「せっかくだし、あたしたちの眷族を作ろうよ」
「……いやいや」
――それはまた別だろ?
「大丈夫だよ。あたしがクローさまの代わりにちゃんとここで魔力と血液を注ぐから。二日に一回? あたしの身体に魔力を注いでくれればいいから……エリザたちみたいに、ね」
「クローさま嬉しそうだから、あたしもやってあげたいよ。あたし頑張るよ?」とナナは俺から離れると、ぽんぽんと自分のお腹に手を当てた。
「……ダメだ、ダメだ。俺には妻たちがいる」
「エリザたちは人族だもん。じゃあ、四日に一回でもいいよ」
――そりゃあ、俺は悪魔だが、それでもエリザたちは俺の妻だし……でもナナは悪魔でその伴侶? ああ、もう……
「人族もなにも……悪魔には別に必要ない行為だろ?」
「あたしもクローさま喜ばせたいもん」
ずいずいとすっぽんぽんになったナナが俺に迫ってくる。
「ぬっ……」
本来、悪魔はエリザたちとやるような夫婦の営みは必要ない。
必要ないのだが、これが伴侶契約者が男型と女型の場合、女型のお腹の中に魔力繭を植え付けることができる。
そう、人族の子づくりの真似ごとができるのだ……ナナはそれをすると言っている。俺のために……
チラリとナナの理想的な身体が目に入る。
「ぐぬぬ」
カタカタと胸の奥で理性のフタが開いたり閉じたり繰り返している。
――ナナもああ言ってる。それに伴侶だ。このままやるか? やっちゃう? やっちゃうよ? よし。
そんな時だった。
「クロー様、ご報告があります」
いつの間にか俺の横に立っていたセラがあっさりと俺とナナの間に割り込んできた。
「あうぅぅ。セラバス」
急に目の前に現れたセラを見たナナがぷくっと頬を膨らませると同時に――
「掃除するがう」
「出ていくがぅ」
「ああ!! ニコスケ、ミココロ、な、なんでよ」
ニコとミコがナナを簀巻きにしてさっさと担いで出ていった。
「クロー様、懲りずにまたカマンティスから親睦を深めたいと誘いの書簡がきてます」
何事もなかったようにセラは報告をしている。
「……そうか。また今度って返事してくれ……」
「畏まりました」
余談になるがニコたちの言う番いは、種族特有の呼び方で伴侶契約とはまた意味合いが違う。
――――
――
「ということで、そろそろニワも準備ができている頃だろうから、ナナ後のことは頼んだぞ」
「ええ!! 待ってよクローさま。クローさま!」
俺は、まだ仰向けに倒れているエリザとマリー、セリスを抱え部屋のベッドに運ぶとニワの居るエントランスに向かった。
「おお、クロー。ちょうど準備ができたところなのじゃ。早速向かうかのぉ?」
お腹がぽっこり膨れたマゼルカナとニワが上機嫌に俺に手を振る。
「ああ、いつでもいいぞ」
「クロー様、本当にお一人で?」
「心配するなセラ。時間がかかりそうなら一度帰ってくる」
「しかし……」
「セラ頼んだぞ。ほら、ニワ早くしろ」
「そう急かすでない、ほれ」
みんなの気配がエントランスに集まりそうだと判断した俺は、心配するセラを制し、さっさとニワに迷宮魔法をかけてもらった。
視界がぐにゃりと歪み、戻った時にはニワの迷宮主の部屋とよく似た部屋に立っていた。
――――
――
ラグナとセイルが机の上に並べられた六つの黒い水晶を眺め眉間に皺を寄せた。
その黒い小さな水晶からは今も妖しく邪な気配を漂わせている。
「これで六つ目ですねってセイル様! 直接触れては危険です!!」
「分かってます。ですが、何も分からない以上、致し方ありませんよ」
「セイル様!!」
慌てて止めに入るラグナを手で制すると、躊躇することなくセイルは黒い水晶に触れてみた。
「ぐっ! これは……聖の魔力を覆っても、この感情をかき乱す感覚……ぐぅぅ、これは危険ですね。
やはり直接触れるのは避けた方が良さそうです。皆にもそう伝え徹底させましょう」
そう言ったセイルはすぐに黒水晶から手を離し、小さく首を振った。
「はぁ、だから言ったでしょうが」
安堵の表情をしたラグナは、額に脂汗を浮かべるセイルに気持ちばかりの回復魔法を放った。
「やはり結界に包んで運んで正解でしたか……しかし、凶魔を倒してなぜこのような物が……まるで魔物と一緒だな」
これは凶魔を消滅させた後、現れた物だった。
「いいえ、魔物は魔石ですが利用できるものですが、これは全くの別の物ですね。利用はできないでしょう。それどころか……下手に触れたら呑み込まれますよ」
触れた本人がそう言い、黒い水晶からも漏れ出す邪な気配に嫌悪感を感じるラグナは納得して頷いた。
「では、一度鑑識に回しますか?」
「……そうですね。本当は危険ですので、これはすぐにでも破壊してしまった方がいいのですが、凶魔を討伐するにも情報が必要です。
一つを本部の鑑識に回します。他の五つは私が結界を張って保管しましょう」
「はい、では早速」
ラグナはセイルの結界に包まれた黒水晶の一つを受け取ると手際よく鑑識に回す手続きをする。
このサイズならば、転移魔法陣に乗せて送ればすぐにすむことなので、その手続きはあっさりと終わった。
「しかし、被害が出てからでないと奴らを追えないというのは辛いですね」
「何か手がかりが欲しいところですが……」
広げられた地図と黒水晶に視線を向けたままの二人に、トビラをノックする音と――
「セイル様!!」
慌てた若い侍祭の声だった。
「どうしましたか?」
それを感じとったセイルはすぐさま返事をすると、その若い侍祭は、トビラを開けると同時に内容を伝えてきた。
「セイル様、凶魔です! 凶魔が迷宮に現れたとハンターギルドより連絡がありました!」
「!? 被害はどうですか!」
「分かりません」
迷宮と聞いてセイルは嫌な予感がした。今まで迷宮内で討伐してきた悪魔のほとんどは強力な悪魔だった。それが凶魔にも該当するのかと言われれば、正直分からない。
ただ今までの経験からなのか、それとも何かしらの知らせなのか、迷宮と聞いてからずっとセイルの頭に警告音が鳴り響いている。
「凶魔の数は? 何か聞いているか?」
冷静に判断し情報を仕入れようと問うラグナの声に、若い侍祭は首を振った。
「分かりません」
その後も質問を投げかけるが、若い侍祭は分からないと言った。
「そうか……」
「ただ、十日以上経っても迷宮に入ったほとんどのパーティーが帰還していないそうです」
「分かりました。ギルド長は迷宮の前にいるのですね?」
「はい」
「すぐに準備して向かいます。ラグナ、皆を」
「はっ」
セイルはラグナに指示を出すと迅速に行動した。その動きは無駄がなく数分のうちに支部の前集合した聖騎士たちは迷宮へと向かった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




