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更新遅くなりました。
すみません。
「シッ! いたぞ……」
ラグナが後ろを振り返り口元に人差し指を当てた。
「うっ!!」
数人の若い聖騎士たちは部屋にあるボロボロの大きなトビラの隙間から漂ってくる、鼻を刺すような異臭に思わず口元を押さえた。
(くそっ! 遅かったか)
ラグナはその隙間から中を覗き込み、原型を留めていない物体を、夢中で貪る悪魔たちの姿を捉えた。その数三体。
その悪魔たちは鬼、獣、蛇と種族はバラバラであるが統一して全身が赤黒く脈打っていた。
「あ、あれはいったい……何なんだ!?」
「アクス、お前バカか? 悪魔に決まってるだろうが、へへへ、聞いていた情報どおりじゃねぇか」
ガラルドが隙間から見える悪魔たちを睨みつけ、歪めた口角を僅かに上げた。
「では皆さん。私は聖域結界を展開します」
セイルは、悪魔から十分な距離を取ると手印を組み魔力を練り始めた。
「……この地……聖……」
こうなったセイルの集中力は凄まじく、耳から入るすべての情報をシャットアウトし、通常の倍のスピードで聖域結界を練り上げていく。
「いいか、奴らは三体だ。セイル様の聖域結界が展開されたら突入するぞ。
分かっていると思うが、カイト、アル、サラ、アンはセイル様を……ガラルド、ソート、ラーズ、アクスは俺に続け、奴らの情報が少ない。まずはS1 A1A3で様子を見るが、状況によっては始末していい。ただし無理はするなよ。特にガラルド」
トビラの前で振り返り身の丈ほどの巨大な聖剣と、大きな聖盾を具現化させたラグナは、部屋の中を警戒しつつ部下に指示を出した。
「了解です!」
「はい!」
「はい! 隊長!!」
ソート、ラーズ、アクスもすぐに聖剣と聖盾を具現化しつつ悪魔に備えて隊列を整えた。
「へいへい。分かってるよ」
そう言ったガラルドは二本のブロードソードっぽい聖剣を両手に構えていた。
「ガラルド。聖剣二本の使用は魔力消耗が激しいからやめろと言っていたはずだが……」
「いいじゃねぇか。隊長だって無駄にデカイ聖剣を具現化してるだろ」
ラグナに指摘されたガラルドは不機嫌さを隠そうともせず悪態をつく。
「ガラルドさん。聖騎士の基本スタイルは聖剣に聖盾ですよね?」
尊敬するラグナ隊長に悪態を付くガラルドを不満に思ったのか、Aランク年少のアクスが割って入ってきた。
「ああん? ひよっ子がガタガタうるせえよ。これは余り物だ。使ってやった方が報われるんだよ」
そんなアクスを、気だるそうに遇らうと、その肩を軽く小突いた。
「……っ、この……」
「アクス、ガラルド、任務中です」
黙って聞いていたソートがガラルドを睨みつけ叱咤する。
「うるせえよ。それくらい分かってる。だいたい、新種の悪魔が現れた途端、ここの支部の奴ら、怯え過ぎだろ」
原型を留めていない物体を貪り続ける悪魔に視線を向けたガラルドが「あんなザコごときに……」フンッと鼻で笑った。
ガラルドがそう判断するのも無理もない、貪りつづける悪魔たちから溢れ出ている悪気は第9位悪魔のもの、実力はすでにSランクだと言われているガラルドにとっては手応えのない悪魔だと判断していた。
「お前らだって思っただろう? わざわざ最西部のフロント王国まで来て、あれはねぇぜ……」
「そ、それは……でも油断するべきでは……」
ソートもガラルドの意見に思うところがあるのだろう、言葉に詰まりようや口を開くも、ガラルドがその言葉を遮った。
「だがよ、俺が一番言いたいのは、数合わせに魔力適性があるだけで、何の訓練も受けてねえ鼻垂れ小僧どもをよこしやがった本部のクソヤローどもだ。あいつら見てみろよ」
「え!?」
ガラルドがアゴをシャクって示した先には、セイルのさらに後方で胃の中の物を吐き出している見習い聖騎士四人に、声をかけているラグナの姿があった。
「今まですぐ後ろに……」
最西部にあるフロント王国。それはクルーリ帝国に本部を構えるクルセイド教団からすれば辺境とも言える場所であった。
元々、悪魔の発生件数が少なく、国からの献金が少ないフロント支部では、在籍する聖騎士の数が極端に少く左遷先という扱いだった。
そんな中、突如として姿を見せるようになった、新種の悪魔。
その特徴として会話や交渉がまったく通用せず今までにないタイプの悪魔で、赤黒く脈打つ不気味な肌をしていた。
人族の血肉を好み、目に付いた人族を腹が膨れるまで手当たりしだい襲い喰らう。
この凶暴な性質の悪魔を、教団では凶魔と呼んだ。
フロント王国からの要請を受け、その凶魔に立ち向かったクルセイド教団フロント支部だったのだが、実力ある聖騎士の数は少なく、襲いくる凶魔の勢いに押され、殉職する聖騎士たちが続いた。
だが、上層部はこの凶魔のことを少しも脅威な存在だと判断していなかった。実力のない聖騎士たちの戯言だと――
そこで、白羽の矢が立ったのはセイル司祭率いる聖騎士小隊。
激戦区を押し返していたセイルを疎ましく思っていた上層部が、好都合とばかりに「押され気味のフロント支部には優秀なセイル司教に行ってもらう」と言いつつも「激戦区の人手を割くことはできん」と難癖をつけられた。
結局、セイルは司教に昇格しているにもかかわらず、Sランクのラグナ、Aランクのガラルド、ソート、ラーズ、アクスのみの1分隊以下の人数での異動を余儀なくされた。
流石のセイルもそれには呆れ返り「それでは戦力不足で今後の活動に支障がでる」と強く抗議した結果、新たな聖騎士四人が加わることになった。
だが、この新たに加わった四人の聖騎士は、いずれも十分な訓練を受けていない見習い聖騎士で、両親のいない15歳の少年少女だった。
つまり、どうなっても問題のない孤児たちを送りつけてきたのだった。
はっきり言って戦力外もいいところだった、下手をすれば足枷にもなる。
それは分かっているのだがセイルにはこの少年少女たちを責めることができなかった。
なぜなら、セイル自身も、常人より早く昇格している自覚があったからだ。
大方、駆け足で昇格していくセイルを面白くないと感じている何者が、上層部とのコネを利用し嫌がらせをしているのだろうと予想を付けている。
そのことを理解しているからこそ、何も分からない少年少女たちを巻き込んでしまったことが申し訳ないと思っていた。
「「「……」」」
「私のせいだよ。ガラルド。それにみんなもすまない。私は上層部に嫌われているからね。お前たちまで巻き込んでしまった」
聖域結界の準備が整ったセイルは、青白いオーラに包まれている。そのセイルが申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「あ、いや……じゃなくて……」
まさか聞かれているとは思っていなかったガラルドは、しどろもどろの返答を繰り返した。
「セイル様。俺は別に気にしちゃいませんよ。それに、放っておくとヤバくなりそうな凶魔どもを、このまま野放しにはできませんからね」
気持ちが落ち着くよう状態回復の魔法を、見習い聖騎士たちに施していたラグナがゆっくり立ち上がった。
「セイル様、その……すまない。俺はただフロント支部の腰抜けどもと、本部のクソヤローどもに腹が立ってて……」
「た、隊長! 凶魔がこちらに気づいたようです」
「よーし。アル、カイト、サラ、アン……少しはマシになっただろ?」
状態回復を施されたにもかかわらず、見習い聖騎士たちの顔色はすぐれず小刻みに震えているのが分かったラグナは「無理もないか……」そう小さく呟くと――
「……お前たちはセイル様の周りで聖盾だけに魔力を集中していればいい。分かったか?」
「「「「……」」」」
顔はラグナに向けるものの恐怖で口を開くことができない見習い聖騎士に、危惧の念を抱いたラグナが叱咤する
「アル!! お前は聖騎士で稼いで、妹アイラを孤児院から引き取りたいんだろ?」
そう言ってラグナはアルの背中を叩いた。急に背中を叩かれびっくりしたアルだったが、その一言でようやく目が覚めたのか、その表情に色が戻ってきた。
「隊長……でも隊長、俺の妹はアイラじゃなくてアイナです」
「よし、それでいい。雰囲気に呑まれるな呑まれたら正常な判断ができなくなるからな」
「はい」
一人の見習い聖騎士が口を開けるようになったことで、ほかの見習い聖騎士たちも何かを感じたのだろう。
見習い聖騎士たちは同じように気合いを入れていくラグナにキチンと返事を返せるまでになっていた。
「よし! みんないい顔になった。あとは聖盾を構え悪魔から絶対に目を逸らすな。これはアクスに習ったから分かるよな」
「「「「はい!!」」」」
正直、ラグナには見習い聖騎士たちの顔色がよくなっているようには見えなかった。
だが必死に頑張ろうとする、その素直な姿勢が懐かしくも嬉しかった。
見習い聖騎士たちは魔力扱いに慣れておらず、すんなりとはいかないが、なんとか聖盾を具現化させセイルの四方で構えをとった。
「隊長!!」
「おう。すぐ、そっちにいく」
「ラグナ、では任せましたよ。聖域結界、聖之壱!!」
セイルの結界が発動されると同時に、大きなトビラは切り裂かれ、ヨダレを垂らし、鼻をヒクヒクさせていた凶魔たちが目の前で、片膝を地につけたが、すぐによろよろと立ち上がった。
「な、何!!」
「効きが悪い!?」
『ニク……グゥゥ』
『ニク……ガアッタ……ァァ』
『エヘ、エヘ、二グ……ゥゥ』
「ソート、アクス、焦るんじゃねぇよ」
ラグナは、焦り浮き足立ちそうになったソートとアクスを安心させようと凶魔の前に飛び出すと――
「おらぁぁぁぁぁぁ!!」
大きな聖盾を力任せに叩きつけた。
ボキボキッと骨でも折れたような鈍い音と共に凶魔たちは元いた部屋の中へ吹き飛んでいった。
「ガラルドが獣! ソート、ラーズ、アクスは蛇だ! 鬼は俺が殺る!!」
「クヘヘ、貰ったぜぇ!!」
真っ先に腰を低くしたガラルドは獣の凶魔に向かって駆けると素早く二本の聖剣を振り抜いた。
「ラーズ、アクス、俺たちも行くぞ!!」
一方、ソート、ラーズ、アクスは連携をとり蛇のような凶魔に斬りかかった。
三人の聖剣が蛇の凶魔に一切付け入る隙を与えず脚、胴、頭へと複数の閃光を走らせた。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!」
聖域結界の効きが悪いと分かった以上、時間をかけるべきじゃない、そう判断したラグナは巨大な聖剣を鬼のような凶魔の首を狙い、全力で叩きつけた。
――――
――
「かーっかっかっ、これもまた美味じゃのう……はむ……もきゅ、もきゅ、もきゅ……」
きな粉餅を口一杯に頬張り咀嚼するニワの表情は緩みに緩みまくっていた。
「ニワ様は、分かってるカナね……はむ……もきゅ、もきゅ、もきゅ……ううーん」
同じように口一杯に頬張るマゼルカナが両手でほっぺを押さえ満面の笑みを浮かべた。
「うむ。このもちもち感がクセになるのぅ」
「クセになるカナよ。むふふ」
「おお、ニワ。今日も来てたのか」
少し改築したエントランスの一角に設置したソファーに、マゼルカナとニワが向き合い楽しげにしている。
「ん? おう、クロー。今日も来てやったのじゃ」
口の周りにきな粉をつけたニワが右手を軽く挙げた。
最近、ハの迷宮のニワは毎日のように、ゲートを使い俺の屋敷にやってくる。
初めてゲートを抜けてきた時には、俺がちょうど外出していた時で、戻って来た時にはニコとミコに簀巻きにされ、屋敷の前に吊るされていてびっくりしたが、みんなの誤解も解け今では自分の屋敷のように過ごしている。
ちなみに茶飲み仲間はマゼルカナで、煎餅やモチ、団子にまんじゅうを前にのじゃのじゃ、カナカナ、楽しそうに語り合っている。
二人の好みは似ているらしいが俺から見れば中学生くらいの女の子の二人が楽しく和菓子を摘んでいるみたいで、なんとも微笑ましくもあるが、たぬきっぽい悪魔とハニワなんだよな。
「前から思っていたが、ニワは迷宮から出れないんじゃなかったか?」
「ふも? ……もきゅ、もきゅ……ごくん。そのはずじゃったがの……なぜか、お主が設置したゲートは普通に通れてのう、なんと驚くことなかれ、ここからでも迷宮内のことがワシにはしっかりと分かるのじゃ。ワシの能力も捨てたもんじゃないじゃろ。かーっかっか」
――それ俺には関係ない能力だわ。
「ニワちゃん。いらっしゃい」
「ニーワちゃーん」
エリザとマリーがニワの両隣にちょこんと座り頭をなでなでしはじめた。セリスは普通に軽く頭下げるだけだが、エリザとマリーは迷宮の主であるニワが妹のように可愛いらしい。
「ニワ殿、今日もお元気そうでなによりです」
「エリザにマリー。それにセリスも息災か? 来てやったのじゃ。ほれどうじゃ、お主たちも食べぬか?」
そんな妻たちの態度が、嬉しいのだろう、少し耳を赤くしたニワが小さなまんじゅうを両手に持ちエリザとマリーに進めている。
「主殿、そろそろ……」
セリスが俺の時間を気にしてか、左手を軽く引っ張った。
「ああ、そうだったな……」
悪魔神殿から帰ってから俺の支配地では、平和そのもので、実に有意義な時間を過ごしている。
今は人族からの願い声も落ち着き、その合間を縫って妻たちの訓練に付き合うつもりだったのだ。
「マゼルカナ、和菓子はいつものところに補充しておくから、ニワに付き合ってくれ」
「おお、クロー様は気がきくカナね」
「それじゃあニワ。ゆっくりしていくといい」
挨拶をしてこちらに戻ってくるエリザとマリーを待って外に出ようかとしていたところで――
「おお、そうじゃった。そうじゃった。クローや。ドの迷宮のグウがお主と話がしたいと言っておったぞ」
今度は半分に割ったまんじゅうを両手に持ったニワが顔だけを俺に向けていた。
「ドの迷宮のグウ……そいつは迷宮の主だろ? なんでまた悪魔の俺に?」
「まあまあ、グウはワシの迷友じゃ。話だけでも聞いてやってくれると有り難いのじゃ」
――迷友って迷惑な友ってことじゃないよな?
最後までお付き合いいただきありがとうございます^ ^




