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俺は嬉しそうなエリザの頭を撫でると、国境を目指し少しずつスピードを上げた。
――――
―――
「ふふ、クローは、猫よりも今の方が良いですね」
エリザが景色そっちのけで俺の顔ばかり眺めている、ほんとどうしたのだろうか?
今はエリザの方が猫みたいに俺の胸に“すりすり”してくる。
おっぱいのない俺の胸にすりすりしても気持ち良いことないのに――
「うむ……そんなことよりも……ほら、見てくれエリザ。国境が見えてきたぞ」
「早かったですわね」
「そうだな。ゆっくり馬を走らせたが……馬車での移動より早く着いた。良かったな」
逃げたローエル騎士に遭遇するでもなく、黒騎士に後から追跡されることもなく順調そのものだった。
国境まで、数百メートルになったので馬から降り、徒歩となる。
「少ないな」
「そう? 私には分からないわ」
ゲスガス小国は現在、内部紛争状態にある。
そんな危険な国に、わざわざ国境を越えてまで足を運ぶ人は多くない。
向かってる人と言えば、リアカーみたいな物を引く規模の小さい行商らしい人ばかりが目立つ。
紛争が続き大手の商人が出入りしないゲスガス小国は、小規模な行商人にとっては良い稼ぎ先なのだろう。
俺たちはその行商人たちの最後尾に並んだ。
前に並ぶ行商人たちは順番が来ると国境警備兵に何か尋ねられた後、水晶みたいな石に触れる。
そして通行料を払っていた。
もうすぐ俺たちの番も近くなり、幾ら払ってるか行商人を観察する。
――1人銀貨2枚か……?
計4枚の銀貨を準備していると、前の前に並んでる奴、その行商人が水晶に触れた瞬間、その水晶が赤く輝いているのが見えた。
――赤……?
そいつは直ぐに4人の国境警備兵に囲まれ、行商人は焦り顔で「何かの間違いだ!!」と叫び暴れたが、国境警備兵にボコボコに殴られ続けぐったり唸っている。
その行商人は諦めたらしく、その後は抵抗することもなく殴っていた国境警備兵二人にどこかに連れて行かれた。
俺はふと、エリザを見る。エリザは首傾げて俺を見つめ返してきて可愛い。ってそうじゃない。
――エリザは国外追放=罪人? だよな。
それを連行するローエル騎士は既にいない。書状もない。脱走犯?
――あれ……?
俺はもう一度冷静に考える。
――ふむ。仮にここで捕まったとしても、エリザベスはローエル侯爵家の元令嬢、ここの国境警備兵でもその家名くらい知っているだろう。
状況確認できるまでは無下に扱うことはないだろう……だが、あの王太子は違う。
あのバカ王太子、バカじゃなかったのか? ローエル騎士を殺したのは、あの場でエリザを確保できなかったとしても、他領や国外へ逃げるのを未然に防ぐためだったのだろう。
悔しいがよく考えてるじゃねぇか。
罪人扱いのエリザは、このトーナル領からも出られない。どこかに行こうとしても必ず捕まる。
王太子としては、この領内もしくは、国境にエリザを留めさえすれば、何とでもなるのだろう。
侯爵家から追放され平民となったエリザにできる手段なんてどこかに隠れ潜むくらいだ。
それでも、元侯爵家の令嬢が何の準備なしに逃げ続けることなど不可能。
時間をかければ、簡単に見付かるんだ。ふむ、不味いよね。
――普通ならば。
「よしエリザ。ここは無視して素通りするぞ」
「えっ?」
俺はエリザの返事を待たずして、補助魔法:認識阻害レベルMAXを俺とエリザそれに馬へ掛ける。
「このまま前の行商人に付いていく」
エリザは頭の回転がいい、すぐに察して、こくりと頷いてくれた。
国境警備兵2人が戻ってくると、再び国境警備兵4人で何事もなかったように検問が再開された。
前の行商人が水晶に触れて通行料を払った。行商人が前に進み出すと、俺たちも一緒に前に進む。国境警備兵の前を堂々と歩いていく。
エリザも俺も無言で通り抜ける、手綱を引かれる馬も大人しく付いてくる。なかなかお利口さんだ。
前の行商人と後ろの行商人との間に俺達がいる。
そのため、俺たちを認識できない国境警備兵は、距離が空いている、列を乱していると認識したみたいで後ろの行商人に「早くこい!!」と怒鳴っていた。
――すまんな。
俺とエリザと馬は行商人に紛れ国境の門を無事に潜り抜けた。
あとは数百メートルある不可侵領域を歩き、ゲスガス小国側の国境検問所を通り入国となる。
と、その前に俺はやることがある。
「エリザ、ちょっといいか?」
「どうかしたの?」
「エリザをもっとよく調べとけば良かったな」
「……く、クロー。こんな所で、はしたないわよ……
で、でもクローがどうしてもっていうなら。少しくらいなら……」
堂々と胸をはり隣を歩いていた、エリザは珍しく少し顔を赤らめモジモジくねくねしだした。
俺は構わずエリザの顔を掴み瞳を覗き込んだ。
「きゃっ、く、クロー……もう、しょうがないわね」
「やっぱり……「ちゅっ!」」
「え、エリザ急に何を……」
「ん、あら? 私の唇の味が知りたかったのでしょう?」
エリザが満面の笑みをこちらに向ける、俺はエリザに罪人の呪いが掛かってるか確認したかったんだ。
俺は呪いに掛かってると、瞳の奥に黒い靄が見えるんだ。
案の定、エリザの瞳の奥にはその靄を確認できた。
呪いなんて悪魔の十八番で、知り尽くしてる。だから逆に解呪も容易いのだ、でも――
――そんな、満面の笑みを向けられると……
「ああ、よく分かったな。すまん、もう1回だけいいか?」
――違うとは言えなかった。何だかんだで可愛い美人さんのエリザ。
「……もうクローは。ここは人目があるから……もう1回だけよ」
エリザは、断ることなく照れながらも嬉しそうに唇を俺に合わせてきた。
照れてるためか、軽く唇が触れるとすぐに離したが、俺はそれに合わせて解呪の魔法を使った。
その時にエリザの瞳の奥を確認する。
――よし。
エリザの瞳の奥に靄が無くなっていた。もう大丈夫。これで罪人の呪いは消えた。
「エリザのおっぱいは眼福だが、偶にはキスもいいな」
「もう……」
「そういえばエリザの髪……切らなくて済んだな」
「……?」
「本当は、ローエル騎士団が襲ってきたときに、エリザの髪を持たせようと思ってたんだ」
「私を殺した証拠にするつもりでしたの?」
「ああ、でも、必要無くなった」
「でも、手入れもできませんし、やはり邪魔になるんじゃないの?」
「うーん、手入れは俺のクリーン魔法を使ってやるから、今のところは気にしなくてもいいぞ……まあ、エリザが邪魔だと感じるならしょうがないけどな」
「クローはどちらがお好きなの?」
「俺? 俺は今の1つ結びにしてるエリザも良いと思う。似合ってる」
「そう、なら当分はこのままでいましょう。……クローがクリーン魔法を毎日掛けてくれるのでしょう?」
エリザはパーマがとれサラサラの髪に指をくるくる絡めながら、そわそわと上目遣いで俺を見ている。
「ああ、いいぞ」
――体も頭も一度のクリーン魔法でキレイにできるからな。
「良かったわ」
「それくらい大したことない。気にするな」
「ふ~ん。ねぇクロー。私、クローと腕を組んで歩きたいの」
――へっ?
エリザは俺の返事を待つまでもなく、俺の左腕をとり、絡めてきた。
「ふふ、うん。悪くないわね。貴族だった頃はできなかったのよ。一度してみたかったの」
意図してやっているのか、エリザが歩く度におっぱいがぽよんぽよんと俺の左腕に軽く触れる。俺の胸の奥から何かが込み上がる。
――ふぉっ!? ここ、これって。
俺の前世の記憶が頭に過る――
公衆の面前で、おっぱいが触れるほどに体を寄り添い、腕を組みながら歩く行為、これは前世の記憶にもない経験。
前世の海外って所では割とよく見られたのではという微かな記憶があるが、日本人だった俺にはハードルが高くできなかったことの1つ。
辛うじてある記憶と言えば、手を繋いだことくらい?
それを今、俺は現実のものとしている。おっぱいが気持ちいい。他人の目なんて知らん。
猫だったら間違いなく、おっぱいダイブしていただろう。
「おっぱいが気持ちいい」
いけね。つい、本音がポロッと出てしまう。本能に忠実っていうか、悪魔になるとこういうことが口から勝手に出てしまうのだ。
意識すらしてない時もある。エリザに対しては特に酷い。でも、もう知ってると思うがそのことにエリザは素直で寛大なんだ。
「そう」
――ほらね。んっ?
エリザがふと、俺の顔を見上げていた。エリザの方が背が低いから俺の顔を見ると、自然と見上げてしまうのだろう。
――何だ?
すぐにエリザは正面を向き直したが、口元が緩んでいるから何かが良かったのだろう。足取りも軽そうだし。
その後、ゲスガス小国側の検問所に入ると国境警備兵が4人待ち構えていたが、順番を待ち、例の水晶に触れた。
特に何事もなく、俺は2人分の通行料である銀貨4枚を払ってゲスガス小国に入国した。
エリザは無事、国外へ逃げることに成功した。
――――
―――
あのバカ王太子のその後だが……折れた鼻と歯は王宮魔術師に回復魔法をしてもらい、どうにか元通りに治ったのだが、王太子が知らぬ所で発症した、欲情するだけで失禁する体は元に戻らなかった。
婚約者に逢うだけで失禁、手を繋いだだけで失禁、色気がある令嬢を見るだけで失禁。
もう、行為をする以前の問題なのだ。令嬢が近づくだけで激痛にもがき失禁するため、実は不能者なのでは? という尾ひれがついて王国中に知れ渡ることとなっていく。
当然、笑い者で世継ぎの望めない王太子など、混乱を招くだけの存在。結果、王位継承権は剥奪され、王位継承権第一位の座は第二王子に移ることになるのだ。
だが、それはもうしばらく先の話で、王太子はまだまだ諦めない。
こんなバカ王太子にも、権力を欲してすり寄ってくる令嬢たちがいた。
その令嬢たちを利用し地位の回復を図ろうとしたのだが、頻繁に激痛にもがき失禁、涎を垂らし失禁、失禁して情けない姿を何度も見せられる年頃の令嬢たちが何を思うのか?
それでもいいと手を差し伸べてくれる聖女など国中にはいなかった。
それ以来、第一王子は女性を避けひっそり王宮の離れで過ごすことになる。
余談だが、この第一王子は歴史にも名を残す。諦めが悪かったこともその一因となり王国中の令嬢たちから逃げられた王子、失禁王子として――
そして、尻軽女こと、どこぞの男爵令嬢は王太子が失禁する男に成り下がったと分かるとすぐに手のひらを返し、ターゲットを第二王子に移した。
まあ、これだけ見れば先見の明はあったようだが、相手が悪かった。
第二王子からは相手にもされず、それどころか、婚約者のいる第二王子を誘惑したことを発端に、他の婚約者のいる上級貴族をもこの令嬢が誘惑していたことが公になっていった。
王国始まって以来の悪女であると、王国に混乱を招こうとしたとして、男爵家は取り潰し、令嬢は今後男を惑わすことができないようにと、男と無縁である修道院行きとなった。
だが、その修道院は一味違う異質の修道院だった。
顔だけは良かった男爵令嬢は今度は男ではなく、変態気質のお局様たちに囲まれ、あれやこれや一生こき使われることになるのだった。因果応報である。
これはクローもエリザも知らぬ所の話であるが復讐は完遂されていたのであった。
――――デビルスキャン――――
所属 悪魔大事典第29号
格 ランク第10位
悪魔 ナンバー960
名前 クロー
性別 男性型
年齢 23歳
種族 デビルヒューマン族
固有魔法 所望魔法
所持魔法 悪魔法
攻撃魔法 防御魔法 補助魔法
回復魔法 移動魔法 生活魔法
固有スキル 不老 変身 威圧 体術 信用
攻撃無効 魔法無効
所持スキル デビルシリーズ
契約者 エリザ
所持値 1300カナ
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名前 エリザ
性別 女性
年齢 17歳
体形 ボボンッ、キュッ、ボン
装備品と能力
クローの小剣 防御不可、
クローのガントレット 金剛力、収納
クローのベルト 認識阻害、身体強化、回復
クローのブーツ 俊足、回避
保護ネックレス 防護、障壁、位置情報
質素なワンピース サイズが合ってない。
クローへの依存度 150%↑
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