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「む!? ここもですか……クリーン!!」
部屋の片隅に溜まるホコリの塊を見つけたセラバスは部屋全体にクリーン魔法を使った。
「クロー様の周りをちょろちょろされるよりは、目の届くところで利用するべきだと判断したのですが、あまりにも酷い……ふふふ、これは一度締めないといけませんね……?」
クローとの念話が途切れてから数時間後、屋敷内を清掃して回る、セラバスの前に一匹の小さな悪魔獣がぽふんっと黒い煙ともに姿を現した。
「……メル」
その悪魔獣は羊の姿を模した悪魔でセラバスの目の前でパタパタと空中浮揚しながら――
「メェー」
挨拶の甲高い鳴き声を上げると、首から下げる大きな鞄の中から一本の筒を浮かせ、セラバスの方へと差し出した。
セラバスはその筒がクローの支配地に宛てたもので間違いないのか確認すると――
「ご苦労様です」
その悪魔獣メルの首から下げている小さなプレートに魔力を込めた。すると支配地クローと白く表示されていたものが黒く変わった。
「メェー」
悪魔獣メルはそれを見て満足そうに鳴き声を上げると、セラバスに向かってこくりと頷き黒い煙ととともに消えた。
悪魔獣メルとは、悪魔執事一族に仕える悪魔獣で悪魔執事族専用の郵便屋さんである。
「……さて、まだ他の悪魔との交流がほとんどないクロー様にいったい誰が何用でしょうか?」
セラバスがクロー専用の郵便筒を開けると中に一通の赤い書簡が入っていた。
「これはっ……悪戯書!! ……どういうことです」
勝手に中を確認することのできない、セラバスはすぐに主代行のナナに念話し、みんなにも集まってもらうようナナから指示を出してもらった。
――――
――
「第3位悪魔カマンティスは、たしか亜人の国ケモール王国全域を支配地にしていた高位悪魔。どうしてクローさまに悪戯だなんて……だって第7位悪魔は……」
書簡を開いていたナナは思わずセラバスを見たが、セラバスも分からないといった様子で首を振った。
ナナ自身は暗黙の了解の存在を知っていたためにそう発言したが、他の者は違う。ナナが何を言いたいのか、意味が分からなく互いに顔を見合わせていた。
暗黙の了解……その内容は、高位悪魔は特別な事由がない限り第6位、7位悪魔の支配地に手を出すことはない。
ほかにも第6位、7位悪魔同士の争いには立ち入らない。といったわざと下位悪魔が力をつける機会を与えてやるという非常に上から目線の内容など多くあった。
「ナナ? あたいたちにも分かるように話してくれないか?」
急に集められたはいいが、わけが分からないことばかりを口にするナナに、我慢できなくなったライコが腕を組みながらそう言った。
「……ああ、そうだよね」
ナナは珍しくも深刻な表情でクロー宛に悪戯書が届いた旨をみんなに伝えた。
内容は支配地を賭けて悪戯の申し込み。という名の宣戦布告。
セラバスがナナにつづき悪戯について補足説明した。
「相手の提示する感情値は高すぎて払えない。降伏は当然にしない。残された選択肢は……高位悪魔相手に30VS30の防衛戦……ですか……」
顔を青ざめたイオナがぼそりと呟いた。よく見なくても周りのみんなも同じような顔色をしている。
そんな中――
「はっきり言って無理カナよ。潔く諦めて降伏するカナ」
カナポン一人だけはどこか他人事のようにそう言い放った。というのも配属悪魔には、悪戯に参加する義理はない。
悪戯で支配地の主が代わったところで配属悪魔には何ら影響はない。また別の配属先があたえられる。ただそれだけのことなのである。
配属悪魔に参加義務があるとすれば聖騎士などの抗う者に攻め入られた時くらいだった。
「いやだよ! あたしは降伏なんて絶対にしないもん」
ナナはそんなカナポンを睨みつけた。
「よく考えるカナよ。頼みのクロー様は不在。残された者も第9位と10位の悪魔がたったの4人カナ。
それに対してカマンティス勢は第4位悪魔だけでも30人以上はいるカナ。
考えなくても第3位悪魔のカマンティスは第4位悪魔のみで構成されたメンバーでくるはずカナ」
逆立ちしたって勝てないカナよ、とカナポンは首を振った。
「か、隠れて逃げるもん。クロー様にもらった装備品があれば、二十四時間くらい逃げきれるんだから……」
「……無理カナ。防衛戦は二十四時間という時間制限以外にも、管理室にある魔水晶を触れられても負けカナよ。逃げたところで魔水晶にあっさり触れられて終わりカナ」
「うっ」
カナポンのもっともな意見に、ナナは言葉に詰まった。
「それにね。僕は、クロー様に悪いとは思うけど、みんなのためを思って言ってやってるカナよ?
カマンティスは性格上、自分に交戦意思を向けた悪魔に対しては冷酷で容赦がないカナ。
勝敗が決した後、うまく生き残れていたとしても始末されるカナ」
カナポンは視線を上に向けつつ、今思い出したかのようにそう言った。
「それでも……あたしは……クローさまの代行だから……」
ナナ自身もそのことは理解していた。理解していたが主代行を初めて任されているナナはそれを受け入れるわけにはいかなかった。というのは建前で、あることを望んでいるナナには、どうしてもクローの支配地を、何もせず、ただ黙って差し出すことなど到底できることではなかった。
「カナポン! それがどうしたってぇのさ。本来ならあたいはディディスのところで終わってたんだ。それが少し延びただけのことさ。ナナ!! 降参はなしだからな」
ライコが悔しそうに俯くナナの肩をポンと叩いた。
「……ライコ……本当?」
「ああ、誰になんと言われようとも、あたいはもうクロー様以外に仕える気はねぇんだ。
……接してればバカなあたいでも解る。クロー様は何だかんだ言いながらもあたいたちのことを、気にかけてくれていたからな。不義理は嫌いなんだよ」
ライコが頭を掻きながらそう言うと、みんなから背を向けた。
だが真っ赤に染まった耳がみんなから見えたため照れ隠しだということはすぐにバレていた。
「ナナ。もちろん、私も初めからそのつもりですよ」
「うん。そうだね〜。クロー様は観てて面白かったし。ナナ、私もやるよ〜」
「イオナはなんとなくわかるけど……ティアまで? 本当にいいの?」
「あ〜ナナのその目、信じてないな〜。大丈夫だよ私もやるよ〜」
イオナ、ティアもすぐに交戦の意思を示したところで、黙って聞いていたセラバスが口を開いた。
「ナナ様、私に少し考えがあります」
「セラバス。それは本当?」
今にも身を乗り出しそうになっているナナを右手で制したセラバスは視線をカナポンへと向けた。
「はい」
セラバスは興味なさげにみんなから一人距離を取り、もぐもぐと甘栗を食べ始めていたカナポンの目の前まで歩み寄ると、さっとその甘栗を取り上げた。
「……ぁ!? セラバス、何をするカナ!」
すぐにカナポンが返せと言わんばかり両手を伸ばすが、セラバスの右手がカナポンの額をしっかりと抑えそれを阻止した。
「カナポン。あなたも手伝いなさい」
「セラバス。何を言ってるカナ。それより甘栗を返すカナ」
「いいえ、これは返せません」
「な、なんでカナ」
「いいですか、よく考えるのですカナポン。この甘栗を出してくれたのは誰ですか?」
「……クロー様、カナ……」
セラバスの質問の意図を探りつつカナポンはゆっくりと答えた。
「はい。その通りです。では、団子やおまんじゅう、もなか、他にもカナポンの望むおやつが毎日食べられていたのは誰のおかげですか?」
「……クロー様カナ……」
カナポンの伸ばしていた両手が力なく下がっていく。それだけじゃない少しでも甘栗に近づこう力み全身に入っていた力までもが抜け落ちカナポンは俯いた。
「はい。その通りです。では、もしそのクロー様が支配地を失い管理悪魔族を必要としなくなったらどうしますか?」
セラバスはカナポンのその反応を見て、深く考える隙を与えないように一気にたたみかける。
「……」
「分かりませんか? では質問を変えます。もし、この悪戯で勝利したカマンティスがクロー様の力に気づき、カマンティス自身の配下にしたとしましょう。
その時、この甘栗やおまんじゅう、もなかや団子などの甘味を毎日口にできる管理悪魔族は果たして誰になるのでしょうか?」
カナポンは目を見開きすぐに誰かの名前を口にした。そして首を振ったカナポンは――
「だ、ダメカナ……あいつに僕の和菓子を取られるなんて……絶対にいやカナよ」
身体を震わせぶつぶつと呟き始めた。そんな姿を見たセラバスは目を細めると、カナポンに向かって優しく笑みを浮かべながらそっとその肩へと手を伸ばした。
「そうでしょう。さあ、あなたならもう理解したはずです。あなたの寛げる空間を提供できるのはクロー様ただ一人しかいないということを……」
「クロー様……ただ一人……」
カナポンはどこか遠くを見ながらゆっくりと呟いた。
「はい。そうですカナポン。これからもずっと提供してくださるのはクロー様ただ一人だけなのですよ」
セラバスの優しく悟すその瞳にとうとうカナポンは少し涙を流し始めた。
「……そうだ。僕にはクロー様が必要カナ。クロー様一人しかいないカナ」
涙を袖で拭ったカナポンは右拳を握りしめた。
「ですが、提供してもらうばかりがあなたの望む形ではないはずです。そうですよねカナポン?」
そう言われたカナポンはそのままこくこくと頷いた。
「そうカナよ……クロー様……僕は……僕は……」
「さあ、あなたは自身の手で寛げる空間を守るのです。そして私たちとともにクロー様を支えていきましょう」
セラバスはそう言うとカナポンの目の前に右手を差し出した。
カナポンはその右手をじーっと眺めた後――
「……みんなで支える。セラバスも?」
「もちろんです」
「分かったカナよ。僕はやるカナ。クロー様のために、何より僕自身のため、そして和菓子のために僕はやるカナよ」
差し出されたセラバスの手をがっちりと掴んだ。
「はい。やりましょう」
互いに笑みを浮かべ合うセラバスとカナポンをナナたちは呆然と眺めつつ、口にはしないが四人が四人とも、共通してセラバスは絶対に敵にしてはいけないと思った。
その後すぐにセラバスとカナポンの身体に異変が起こり専属悪魔へと進化を遂げていた。
最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m
少し長くなってしまいましたのでキリの良いところまでになりました。




