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「あん!? ヤブキリ。こいつらは殺してもいいエサだったのか……ケケッ」
抗う者だと耳にしたとたん異形の悪魔ササキリが、冷静さを取り戻したのか、真っ赤になっていた身体を緑色に戻した。
「こりゃあいいぜ」
まるで笑っているかのように口元を歪ませると、細長い舌をチロッと出し口元を舐めた。
「ケケッ!」
(大丈夫)
マリーはそんな悪魔に畏怖するも、自身を奮い立たせ初動を捉えようと目を逸らさず短剣を構えている。
(嫌な音……)
それでも、上機嫌になった悪魔がカチカチと鳴らし続ける小さな牙の音がとても不愉快に感じ眉間にシワを寄せた。
「俺のエサが二つから五つになった。ケケッ、悪くねぇ……じゅるるっ……悪くねぇ……」
悪魔ササキリが複眼を光らせたかと思うと、膝と六本の手を地につけ跳躍してきた。
強靭な脚力を活かした跳躍は地を抉り、弾丸のような勢いだった。
「キェェェェェェッ!!」
マリーがはっとした時には悪魔はもう目前、六本の腕の先の手の指は三本しかないが、そこから伸びる爪は細く鋭い。計十八本の爪がマリーを刻もうとしている。
「くっ!!」
マリーは反射的に短剣をクロスさせ全身に力を入れていた。
「グハハハハハァァァァ!!」
体重の乗った悪魔の爪撃はマリーの予想よりも遥かに重く、一撃目を受け止めた。ただそれだけで身体の小さなマリーは浮き上がり後方へと吹き飛ばされた。
「きゃぁぁ……」
数メートル転がり短剣を突き立てることで辛うじて勢いを殺した。
「……いたたっ!! でも、これくらい平気だよ……」
慌てて跳ね起きたマリーだったが――
「え!?」
追撃してきた悪魔はすぐ目前に迫っていた。
「ケケッ、肉だ、肉!!」
構えの間に合わない無防備なマリーを見て勝ちを確信した悪魔が愉快そうに顔を歪ませ六本の腕を器用に交差させた。
シュッ!!
普通の人族ならばこの時点で細切れにされ悪魔のエサとなるはずだった……だが、マリーは違った。
「きゃああ!」
パァーン!!
「ケケッ……に!? ……く??」
勝ち誇った悪魔ササキリの爪撃は、マリーの身体を刻むどころかゴムまりでも切りつけたように弾かれた。
「……クロー……」
装備品に付与された障壁魔法がマリーの身体を優しく包み込むように展開していた。
(もっともっと……わたしも頑張らなきゃ!!)
マリーは、クローの障壁で守られたことに安堵しながらも、もっと強くなりたいと気合いを入れた。
――――
――
「ねぇ……大丈夫!?」
間一髪のところで抱きとめたエリザが女ハンターの顔を覗き込みそう尋ねたが……返事はない。
「……」
見れば女ハンターの顔色は悪く全身のいたるところに擦り傷が目立つ。胸あたりが上下に小さく動いていなければ勘違いしそうだった。
「……よかった、気を失っているだけね」
エリザは少しほっとしたが――
「でも……酷いキズだわ……」
同じ女性としてその擦り傷の多さに同情してしまい眉間にシワを寄せた。
特に背中のキズが酷く上体を抱き上げるエリザの衣服にまで赤い液体が滴れている。
「……もうちょっとだけ待ってね」
当然ながら抱き抱えているエリザの衣服は女ハンターの赤い液体がどんどん染み込み真っ赤になっている。
「あったわ」
だが、それを気にした素ぶりはなくエリザはガントレットからポーションを取り出した。
「あら」
そして、あることに気づいた。
「……困ったわ……クローに準備してもらったポーション……気絶しているから飲ませられないわ」
少しだけ考えたエリザだったがすぐに何やら思い出し、ポーションの蓋を外した。
「そうよ。振りかけてもいいのよね。マリーがそんなことは言っていたわ」
とりあえずできることは何でもやってみる、それがエリザだ。エリザは女ハンターの身体に少しずつポーションを振りかけていく。
不思議なことにポーションで濡れるはずの衣服はすぐに乾いた。
「もしかして飲まなかったらすぐに乾いちゃって効果がないのかしら?」
心配したエリザは思わず女ハンターの上着をめくりその肌に触れてみた。
ぷに。ぷに。
「あら? すべすべね……」
触れたことで分かったが女ハンターの全身にあった擦り傷がなくなり、ハリとツヤまで出ている気がした。
「まあ……背中はどうかしら……? まあ!? こっちもつるつるすべすべ。うん。キレイに治ってるわ」
目を塞ぎたくなるほどのキズがあった背中も、もう、どこにそのキズがあったのか分からない。触れて確認したので間違いない。
「ポーションってすごい効果があるのね」
エリザは感心したように頷いた。
「ふふふ。これであなたは大丈夫ね……後は……」
女ハンターのキズがなくなったことを確認し大丈夫だと判断したエリザは、女ハンターをその場に寝かせ自らはゆっくりと立ち上がり小剣を抜いた。
「ラットちゃんお願い」
小声でラットに魔力膜のお願いをすると、ラットがおっぱいの谷間から顔を出した。
『エリザ……任せろ』
ラットは危ないからと心配したエリザがおっぱいの谷間に押し込めていた。谷間から顔しか見えていないが魔法を使う分には問題ない。
ズックもそうだ。ズックも身体を小さくしマリーのおっぱいの谷間に埋もれている。
これは主に魔法使用の承認をもらったからこそ可能となっていた。
ラットから温かい魔力が溢れ出しエリザを覆った。
『エリザ……できた』
「ラットちゃんありがとうね」
お礼を伝えたエリザは、状況把握しようと周囲を見渡す、セリスの方を見れば予想通り一方的な展開になっていた。
(セリスさんは……さすがね)
一方、マリーの方は劣勢だった。と言ってもマリーが弱いというわけではない。
マリーもとんでもない速度で悪魔の爪撃を捌いているが、短剣で悪魔の爪を弾く甲高い音のほかにも障壁で爪を弾く音が聞こえてくる。
明らかに手数で負けていたがそれも無理もない話だった。相手は六本の腕を使い爪撃しているのだ。
(大丈夫、無理はしない。セリスさんが来るまでマリーと二人で耐えればいいもの……)
エリザは自身にそう言い聞かせるとマリーの相手する悪魔の死角へと回り込み斬りかかった――
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「ケケッ……」
だかしかし、六本あるウチの二本の爪によって簡単に防がれてしまった。
死角から仕掛けようが悪魔の側面にある複眼がエリザの姿をしっかりと捉えていた。
「ケケッ、小賢し……雑魚が何人集まろうと、雑魚。ケケッ」
「マリー……じゃなかった。アオ、弾かれちゃったわ。ごめんなさい」
アオ……これはセリスから注意されたことだった。
せっかく仮面で正体を隠しているのに名前で呼んでしまっては意味がないだろうと……そこから足がつくかもしれない、もっと慎重になるべきだろうとコードネームで呼び合うことに決めていた。
エリザとマリーは別に断る理由もないし、潜入調査の経験のあるセリスの言うことならば間違いないだろうと、迷うことなくそれに従った。
だが、まだそのコードネームというものに慣れていないため、マリーもエリザも油断すれば互いに名前を呼んでしまっていた。
「あ、エリ……じゃないシロ? あのハンターは無事だった?」
「ええ。もう大丈夫よ」
「よかった」
和やかな雰囲気で話すエリザとマリーに悪魔ササキリが怒りを露わにし、周囲に悪気が溢れ出した。
「ケケッ、ギザまら!! ……殺す!!!!」
「くぅぅぅ!!」
「きゃっ!!」
少しずつ耐性をつけていたエリザとマリーだったが、さすがに完全に耐えるまでには至っておらず仮面の下で顔を歪めるも――
『エリザ……大丈夫だ』
『だいじょうぶだ』
ラットとズックの声に胸のあたりからぽかぽかと暖かい温もりが身体全体に広がっていく。
胸にいるラットとズックがすぐに癒しの魔法を施してくれていた。
「……はぁ、はぁ……シロ、大丈夫?」
「はぁ……はぁ……ええ。ラットちゃんのおかげ」
「うん、わたしも」
『主に任された。当然』
『とうぜん』
「ふふ、ありがとうね」
「ズックちゃんとありがとう」
「ギリギリッ……!!!!」
怒り口から泡をとばし悪魔ササキリが、無茶苦茶に腕を振り回しながら突貫してくる。
「人族風情がぁぁぁ!!!!」
「来るよ」
「大丈夫」
キーンッキーン! と無数の金属音が鳴り響く。
「キェェェェェェ!!」
「まだまだっ!」
「ええ、まだいけるわっ!」
二人の連携がうまく機能し始めると今まで劣勢だった状況がウソのように覆されていく、一進一退の攻防が始まった。
――――
――
「たぁ!!!!」
一瞬の隙をついたセリスが豊満な胸を揺らし回し蹴りを放った。
ベキベキベキッ!
「グゲッボッ!」
人族の放つ蹴りとは思えないスピードに乗った蹴りは悪魔の顔面を捉え、無数にある小さな牙、その中でも大きめの牙をセリスはいとも簡単にへし折った。
「グゲッケケケ……フシュー、フシュー」
実力の違いを見せつけるセリスはマリーと対峙する悪魔を一瞥し悪魔ヤブキリに剣先を向けた。
「……答えろ!! このような手口……一度や二度ではないだろ!!」
「グゲッ……クケケケッ、じ、じらねぇな」
セリスの虚実眼がウソだと反応する。
「ほう……」
そこでセリスはハンターギルドで受けた依頼書の内容を思い出し異形な悪魔ヤブキリに向かって目を細め見る。
「……以前に襲った人族も喰ったのか!?」
これはセリスの勘であったが、間違っていようがその時はその時で、その内容に虚実眼が反応するので問題ない。
「クケケケッ……」
「答えろ!!」
答えないのが一番まずい。そう思ったセリスはしらを切ろうとする悪魔に向かって威圧を放った。
答えなければすぐに斬ると――
「クケケケ……な……」
生かさず殺さず、一切の隙を与えず情報はもらう。
複数体で行動している場合、大抵は頭になりそうな悪魔が潜んでいる。
セリスが見極めた限り、エリザたちが相手するもう一体の悪魔と、目の前の悪魔はこれに該当しないと判断していた。
これは聖騎士時代に培った経験からそう結びつけている。
「クケケケッさあな……」
セリスの虚実眼がこれもウソだと反応するが、目の前の悪魔は、どうにかしてこの場から逃げようと模索しているのが見てとれた。
これ以上の尋問は逃げられるおそれがあると判断したセリスはわざと隙を作った。
「クケケケッ、人族のメスが……いい加減、肉になれ!!!!」
「……ふん!!」
セリスの思惑通りその誘いに乗った悪魔は、バカみたいに突っ込んできた。
セリスはそれを軽く躱すとすれ違いざまの一瞬で一本の腕をさらに切り落とした。
「グキャア!! は、バカな……て、テメェ……本当に人族なのか」
「そうだが……何も問題あるまい」
セリスに切り刻まれすでに四本の腕を失った悪魔ヤブキリが、セリスから距離を取りさすがに近づいてこようとしない。
それどころか先程からチラチラともう一体の悪魔の方に視線が流れている。
(危険だな……一気にけりをつけるか?)
「どうした、もう来ないのか?」
「クケケケッ、お前は、後でジワジワ切り刻んで肉にしてやる!!」
今度はセリスの虚実眼が真実だと反応する。
その言葉を聞き、セリスにはその悪魔が逃げようとしていると判断した。
「ふん。私が逃すとでも思っているのか」
「グッギリギリッ……お前……絶対喰ってやる……」
今度もセリスの虚実眼が真実だと反応する。
「断る」
セリスが腰を落とし魔法剣を構えると、悪魔は何やら小さな水晶らしき物を取り出し急いで口に入れ――
バリバリッ
砕きながら食べ始めた。
「むう!?」
悪魔の奇怪な行動に意表をつかれた形となったセリスだったが、すぐに危険と判断し魔法剣の剣身にさらに魔力を込め跳躍した。
「はぁぁぁ!!」
「クケケケッ!!!!」
だがその判断は、少し戸惑ったぶん僅かに遅かった。
悪魔ヤブキリの悪気が急速に膨れ上がると、失った腕が再生し、襲ってくるかと思えばもう一体の悪魔の方へ逃げるように飛び跳ねた。
「逃がすか!!!!」
「クケケケッ、遅い……おい、ササキリッ!!」
悪魔ササキリはエリザとマリーの小剣と短剣を捌きながら顔を真っ赤にした。
「ケケッ、おお、ヤブキリ! そっちは終わったか……あん!? 人族一人相手に何している!!」
「早く始末してこい」と怒鳴る悪魔ササキリの声を無視した悪魔ヤブキリはそのまま悪魔ササキリへと向かってくる。
「シロ、もう一体の悪魔が来た、一度離れて態勢を整えよう……」
「……え? あ、わかったわ」
エリザとマリーの二人は悪魔ササキリ相手に余裕があったわけではないがハンター経験の差なのか、マリーが周囲の異変にすぐさま気づきエリザの手を取りバックステップした。
「ケケッ、バカヤブキリ! こっちじゃねぇ! そっちだって言ってるだろが! 早く始末して俺を手伝……エ!? グハッ!」
「え!? うそ……」
「どういうことなの……!?」
エリザとマリーの目の前で信じられない出来事が起こった。
「クケケケ……」
近づいてきたもう一体の悪魔ヤブキリが、エリザたちが相手していた悪魔ササキリの腹部を裂き、体内から小さな水晶みたいなものを取り出したかと思った時には――
「ケ、ケケッ、ヤ……ブ……キ……リ……、テメェ」
「クケケケ、安心しな。お前の仇はちゃんととってやるから……な!!」
セリスに向けその悪魔を放り投げた。
「セリスさん!!」
「はあ!!!!」
セリスも全力で追いかけていたため、目の前に放り投げられた悪魔を咄嗟に魔法剣で両断した。
「グェェェ!!」
悪魔ササキリが断末魔の叫びを上げた時にはもう一体の悪魔ヤブキリの姿はどこにもなくなっていた。
「くっ、逃げられた……」
その後、血濡れた服からエリザが着替えるのを待ち、仮面を外した三人は寝ている女ハンターを起こした。
そして、自分たちは関係ないが、来た時にはあなたが倒れ、そこに悪魔の死骸があったと……顛末を語った。
その後、女ハンターに同行しハンターギルドに報告した。三人は屋敷へと帰った。
――――
――
―第3位悪魔カマンティスの砦―
バァァーンッ!
危うく死にかけるも逃げ帰ったヤブキリは主に許可を取ることなく執務室のドアを開いた。
「クケケケッ、カマンティス様!!」
「ノックをしろと言ってるだろがっこのボケッ!! ああん!? あら、あなた一人なの……ササキリはどうしたのかしら……」
「クケケケッ、カマンティス様。ササキリは殺られた……」
カチカチカチッ!
三角カマキリのような顔にべったりと厚化粧した悪魔が細く長い脚を組み直した。
「ヤブキリ、詳しく教えなさい……」
その奇抜な悪魔は苛立ちを露わにし、椅子の肘掛けに爪を立て、口元に生えた無数の小さなキバをカチカチと鳴りはじめた。
「クケケケッ、や、奴に……ゲーゲスの次の支配地持ちはデビルヒューマン族だった……そいつに嵌められ……待ち伏せしていた抗う者に殺られた……」
「デビルヒューマン族……」
最後まで読んでいただきありがとうございますm(_ _)m




