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更新、遅くなりました。
すみません。
カナポンが短い腕を目一杯伸ばし手渡してくれたが、俺はその一枚を見て目眩がしそうになった。
「どれどれ……な、なっ……字だと……」
「クロー様?」
セラが俺の顔を心配そうに覗き込む。
「赤字だ!!!!」
「赤字? ですか?」
セラが珍しく首を傾げている。
――そっか、赤字って言葉は使わないのか……
「ああ、入ってくる感情値よりも、出ていく感情値が多いってことだ。ほらこれを見れば分かる」
セラが俺が手に持つ魔法紙を覗き込んだ。
「……なるほど。これは日ごとに集計してありますが……
一日の支払いや、納める感情値が、獲得した感情値よりも上回ってしまった値を赤のインクで記してありますね……
たしかにこれは赤字ですね……クロー様は面白い表現をなされる」
「えっへん。僕が分かりやすいように黒と赤、二色で記してみたカナよ」
カナポンが得意気に胸を張り鼻の下を擦った。
――うーむ。ただ単にマイナスになってるから赤字と言ったんだが……
「ふむ、カナポン。これは見やすく、よくできているぞ……が、しかしなぜこうも……毎日の繰越感情値が赤字になる? いったい何が原因なんだ?」
カナポンがきょとんとして目をパチクリさせた。
「クロー様は、何をそんなに心配しているカナ? よく見るカナよ。ほら、ここカナよ……」
カナポンが身を乗り出し枠外に書かれたケタが三つほど違う数字をぽんぽんと指差した。
「ここカナ。枠外に書いてるここカナよ」
「これは何だ?」
「これはディディスとその配下討伐の報酬カナ。まだまだ、その報酬がとんでもなくあるカナよ。だから、クロー様はそんなに心配する必要ないカナよ?」
カナポンのタレ目が俺を不思議そうに見ている。
「クロー様? たしかにこのまま何も手を打たずにいれば、数年先でしょうか……いずれこの報酬を食いつぶし支配地運営も行き詰まることでしょうが……
これだけの感情値なのです。この感情値を利用し、クロー様の支配圏域を拡げれば獲得する感情値も、確実に増加致しますので、私もカナポンの言う通り問題ないと思われますが……」
「そうか……支配圏域の拡大か……なるほど、それなら確実に増えるな。ふむ。なら、そう心配することも……」
俺はふと『願い声』の存在を思い出した。
――――
――
この支配地に来て三日、だった三日なのだが、俺の担当した願い声はすでに18件を超えていた。そのほとんどがセラの言った通り『復讐』だった。
裏切った彼氏への報復だったり、二股かけた彼氏への報復だったり、裏切った夫への報復だったり、浮気した夫への報復だったり……
なんだよこれ……この地の男どもは何をやってるのだ。と小一時間ほど説教したくなったが、俺には関係ないことだと思い直し女性たちの望む悪因を刻んでやった。
だが、この女性たちの望む悪因のほとんどは同じ内容でえぐかった。
さすがに、今後もこのような悪因を望む女性が増えれば、この都市は繁栄どころか、人口減少に繋がりかねないと危惧した俺は、期限を設けたほどだった。
感謝しろよ男ども……
そんな俺たちの狙いは感情値をより多く獲ることと、他所の悪魔に割り込む隙を与えないこと。
だからこそ、俺たちは願い声を叶え、その対価には昂まっていた人族の感情を奪うことを第一とする立派な行動指針を掲げた――
と、いうのは建前で、俺はこっそりおっぱいに触れさせてもらうことを対価に叶えてやっている。
ふふふふ。感情値のことが心配になるだろうが、これが大丈夫なのだ。
なぜなら、俺は一度、マリーの時におっぱいを対価に求め、そのおっぱいに触れたのにもかかわらず感情値を獲得した。ちゃんと覚えていたのさ。
そのことを思い出した俺は一人目の女性で試したわけさ……そうしたら狙い通り、おっぱいも触れて感情値も獲得した。
ふふふ、俺の削られた心を癒すのだ。
だが、その後からだ。契約者であった女性たちの俺に向ける視線が少しおかしくなるのは。しかも勝手に服を脱ぎ始める。
これは一人じゃなく俺が担当した全ての契約者に見られた行動で、未だに理解できない、ほんとどうしてなのだろう?
だから俺は慌ててブラックアウトさせた。もったいないとは思うものの、時間もないし、俺には妻たちが待っているからな……本当だよ?
ブラックアウトとは悪魔なら誰でも使えるスキルの一つで、人族の短い間の記憶を消し去ることができる。
これは使用条件がシビアで、契約履行後、数分の間に使用しないと人族に効果がない。
これを使って願い声を叶え感情値を奪った人族から、悪魔と短期契約した記憶を削除する。
その方が支配地を持つ悪魔にとっては都合がいいんだ。
ちなみに俺たちが獲得した感情値の全ては、この屋敷の『管理の間』に設置された魔水晶に吸収されてしまう。そのように登録をする、配下もだ。
これは管理悪魔であるカナポンが感情値の動きを全て把握するためであり、そうしなければならない。
そして、ブラックアウトさせた人族のその後はというと、記憶がないので勝手に普通の生活に戻っている。
これは教会に俺たち悪魔の存在を悟られないよう、この地で長く感情値を奪うためだ。
こうしてみると俺たちは欲望を叶えてやっているし、人族にとってもそんなに悪い存在のように感じないが、なんのなんの、人族がこれを何度も繰り返すと急激な感情の変化に心がついていけなくなり、狂ったり、精神や人格崩壊、を起こし、まともな生活なんて送れない身体になってしまうのだよ。
ん? 妻たち? 妻たちは別だ。妻たちは俺がちゃんと回復魔法を付与した装備品を手渡しているし、俺も時々、その様子をスキルでチェックしている。
支配地悪魔からすれば、狂ったり、精神や人格崩壊してくれた方が感情の起伏がより激しくなり、支配地に感情値が入ってくるらしいんだけど……
――俺からすれば、癒しの減少は好ましいとは思わない。
――――
――
「なあセラ。一つ聞いてもいいか?」
「はい。なんなりと」
「『願い声』のことだが……その支配圏域を拡げると、その願い声の数は増えるのか?」
――これは重要なことだ。今でも俺のゆとりがなくなりつつあるのに、これ以上となると……夫婦の営みにも影響がでる。
「はい。それは当然に増えると思われますよ」
セラがにこりと優しい笑みを浮かべた。セラは偶にこの笑みを俺に向ける。いい笑みだ。これだけで普通の異性ならば、ころりと落ちてしまうだろう。
「対象の人口が増えるカナよ、当然カナ……」
一方のカナポンはぽかんと口が半開きになり、不思議そうに俺の顔を見ている。
――ぬ! 思った通りか……
「よし! ……今は保留だ」
「……ん? 保留? なんでカナ?」
「俺が忙しくなるからだ……言っとくが、すぐ配下を増やすことは考えてないぞ」
「……うーん」
――分かっているんだが……これ以上、せかせかしたくないんだよな……せかせかしても、もっと……こう……うーん、なんか違うのだ……
「ふむ。しかし、なぜこんなにも赤字なんだ?」
――支配地が悪い?
俺は再び魔法紙へと視線を落とし、そして気づいた。
――あれ?
「なぁ? カナポン。……このバカ高い使用料って何なんだ? これだけで一日の獲得値を超えているんだが……」
「ん? どれカナ……ああ、それはクロー様の空間使用料カナよ」
カナポンが俺が見ている魔法紙を覗き込み、何でもないことのようにさらっと言った。
「空間使用料だと? 悪魔界の空間には使用料が発生するのか?」
「そうカナ。空間使用料は支配地悪魔みんなが払っているカナ」
「支配地悪魔みんな、このバカ高い使用料を払っているのか?」
――これを払えるって……ほかの悪魔って……くそ〜、格が上がるほどゆとりが無くなってないか?
「あっ、でもクロー様の空間はなぜか、第2位悪魔格の広さがあるカナよ。
だから空間使用料も第2位悪魔並に高いカナよ」
「はあ? どういうことだ?」
そこで俺は、前に支配していたディディスが第2位悪魔だったことを思い出した。
――ディディスと何か関係あるのか?
思わずセラの方を見れば、何やら焦ったように見えたが、俺の視線に気づいたセラはバツが悪そうに眉尻を下げた。
――ふむ。
「セラ……何か知っているのか?」
「……はい……と言いたいのですが、実は私もよく分からなかったのです。お恥ずかしい限りです」
――なるほど、どうりで耳が少し赤いはずだ。
「そうか……」
「はい。ですが、私がクロー様のためを想い、新たな使用空間を生み出した時にはすでに、この広さになっていました」
「ふむ」
「私はクロー様の実力ならば当然だと思い、カナポンから指摘があるまで何の疑問も抱かなかったのです。本当に申し訳ございません」
セラが頭を深く下げた。
――う〜、女性に頭を下げられると……居心地が悪いな……
「セラのせいじゃない。気にするな」
――分からないものはしょうがないし、しかし、これからどうするか……
「はい。しかし……」
「いいんだ。それよりも……俺はこれからのことを少し考えたい。一人にしてくれるか?」
「……はい」
「わかったカナよ」
カナポンはてくてくと普通に歩いて部屋を出ていったが、セラは何かモノ言いたげにしながらも、結局は何も言わずにゆっくりと部屋を出ていった。
――参ったな。このままじゃ忙しくなるのが目に見えている…………だが、何もしなければ……いずれ余剰の感情値を使い潰す、よな……やはり支配地を拡げるしかないのか?
俺は椅子の背もたれに寄りかかり、しばらく考えていたが、何もいい案が思い浮かばなかった。
「ああ、やめだ。やめだ。まだ始まったばかりだ。よし、こんな時は気分を変えてやる」
――ナナと、ティアは願い声を聞き人界に出かけているし、イオナは任務中か……ライコとセリスは、たしかに外で……
俺は窓際までいくと、激しくぶつかり合う音がする方角を眺めた。
――いたいた。
セリスとライコは気が合うのか、暇を見つけてはよく二人で模擬戦をしている。
――今日もやってるな。ふむふむ。セリスはいつも元気だな。ふむ。ライコも……頑張れ……
そして、遠目からでもセリスはよく見えた。ライコはよく見ないと分かりづらい……
ん? 何がって? やだなぁ、おっぱいの揺れです。
――……さて、エリザとマリーは見当たらないが……何をしてるのだろうか? えっと、ふむ。エリザは部屋にいるな……エリザ……
急にあれこれ考えた反動だろうか、エリザと二人でゆったり過ごしていた日々が懐かしくなった。
――あれは、馬車の中だったが……よかった…………お!
「ふむ。久しぶりに猫にでもなってみるか……」
俺は懐かしの白猫に姿を変えるとエリザの部屋に転移した。
――ふおっ!?
転移してすぐ、目の前で二つのプリンが揺れていた。
ふるふる。
「あら? 白猫?」
――ふふふ、どうだ。俺も驚いたが、エリザも驚いたか?
俺を見るエリザの目がどんどん大きく開いていく。これはチャンスとエリザに飛びつこうかと思ったその時――
「まあまあ、クローなのね」
すぐにバレた。
――なんと……
エリザが俺の前に屈み笑みを浮かべた。
『ぬ? よく俺だと分かったな』
「ふふふ、分かるわよ。ああ、懐かしいわ」
エリザがそのまま俺を抱き上げ頬ずりすると胸に抱いた。エリザの柔らかなおっぱいが直に感じられる。
『おわっ、ちょっ、エリザ! もしや、俺を誘っているのか?』
――それなら、いつでもいいぞ。
「んん?」
エリザが首を傾げ、自分の姿を確認した。
「あら、そうだったわ。ふふふ、嬉しくてつい裸のまま抱き上げちゃったわね。あっ! クローはまだその姿のままでいてよ」
『ふ、ふむ……そうか』
そう言ったエリザは俺を床に下ろすとぱたぱたと急いで服を身につけはじめた。
――ああ……あんなに揺れていたのに……
俺は言わなければよかったと後悔した。
「さっきまで私とマリーもね、セリスさんたちと模擬戦をしていたの……だけど、セリスさんとライコさんの二人についていけなくなって……上がってきちゃった。バテたのね」
『エリザもマリーも模擬戦をしてたのか……』
「そうよ。あの二人の体力はさすがよね。私たちも、頑張ったんだけど、二時間も動きっぱなしは疲れちゃって……それで、ゆっくり休憩でも取ろうかとマリーと一緒に先に上がったの。今はちょうどシャワーを浴びたところね」
よく見ればエリザの髪はまだ濡れてたようで、エリザは布切れを頭に巻き髪を乾かし始めた。
『おお』
――なんてタイミングがいいんだ。やはり今の俺には癒しが必要だったのだ。
「ふふふ、つかまえたわ」
早々と着替え終わったエリザは俺をがっしりと掴み、またも頬ずりすると胸に抱いた。
「ああ、この触り心地。やっぱり懐かしいわね」
『そうか?』
「そうよ。ふふふ……さて、クローはそんな姿を急にしてるけど、何かあったのかな?」
そう言ったエリザは俺を胸に抱いたままゆっくりと椅子に腰かけた。
『ぶほっ!? お、俺に、な、悩みなんてあるわけないだろ』
――ぬぬ、エリザが鋭い……しかし、たかだか支配地のことで悩んでいると知れたら……小さい男だと……思われるではないか……
「ふふふ。悩みね……クローは何か悩んでるのね?」
――ぐはっ!? なぜだ、なぜバレた……
『もしや、エリザは心理カウンセラーか?』
「心理カウンセラー? よく分からないけど、ふふふ。クローが自分で言ってたからよ」
エリザが口元隠しクスクスと笑っている。
――なんと……俺は自ら墓穴を掘っていたのか……
「ほらほら、そんな顔しないの。いいじゃない。たまには私もクローの役に立ちたいわ」
そう言ったエリザは猫になった俺のヒゲをちょんちょんと引っ張った。
「悩み事は話をするだけでも楽になると聞いているわよ、ねぇクロー?」
『ふむ……』
俺は、優しく気を使うエリザにちょっとだけ支配地の現状を語った。
感情値を増やすために忙しくなるかもしれないと……エリザに話をしたところで何か問題が解決したわけではなかったが……それでも、こんなすぐに解決できる問題でないことで悩んでいる自分がバカバカしくなった。
気づけば思い悩み、沈んでいた気持ちがウソのように晴れていた。
花粉が飛んでます……∑(゜Д゜)
頭が、鼻が、のどが……orz
なんとなくクローを猫にしたくなりました。
多分、これも花粉のせい……




