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「さすがクロー様です」
「セラ? 何のことだ?」
「クロー様の契約者様です。毎日の獲得値が短期契約履行で獲られる値に匹敵します」
「ほう、そうなのか?」
「はい。これで私も納得しました。なぜクロー様ほどのお方が、人族の契約者にこだわるのかと思っていたのです」
「いや、別に俺は……」
「みなまで言わなくても大丈夫です。私は常にクロー様の理解者ですから。全ては感情値を効率よく獲得するため。そうですよね」
「セラ。俺は別に……」
「そんなつもりじゃない」そう口にしようと思ったときに――
コンコンコンッ!
「クロー様、イオナです」
俺の執務室をノックする音とイオナの声が聞こえた。
「クロー様、例の件で何か分かったのでしょう」
「ふむ」
セラが正面から俺の左隣に移動した。
「イオナ入っていいぞ」
「はいっ!」
返事と共にドアが開き、イオナが立礼し執務室に入ってきた。
つい最近接して分かったが、イオナは生真面目だ。
そして、なぜか俺に尊敬の念を抱いてるように感じる。これにはさすがの俺も勘違いであってほしいと思っているのだが……
――俺はそんなできた悪魔じゃないのだよ?
イオナは俺の前までくるとまた立礼をする。セラは満更でもない様子だが、俺は正直居心地が悪い。居心地が悪いのでさっさと話を切り出す。
「イオナ。教会の動向が何か分かったのか? 少し面倒そうな司祭だったからな、アンテナ張っておかないとこちらが足をすくわれかねん」
――確かセイルって言ってたか? あの時はまさか、俺がここの支配地悪魔になるとは思わなかったからな……逃げればいいと、どこか他人事のように思って穏便に済ませたが……選択肢を誤ったか……
「はい。ここ二日張り込み、昨日は信者になりすまし参拝して参りました」
イオナが何事もなかったようにサラッととんでもないことを発言した。
「ぶはっ!! 参拝だと!? いくら俺が頼んだことだからって無茶するなよ」
――信者って……悪魔なのに教会の中に入ってるじゃねぇか!!
「あぁ私には……もったいないお言葉です」
どうもイオナは種族柄、自分を卑下する傾向がある。
普通の言葉をかけただけで瞳を潤ませている。
――俺は同種族なので、それほど気にする必要はないのだが……本人の性格なのか? ふむ。それとも今までの扱いがそうだったのだろうか? 少し心配になるわ……
「いやいや、普通のことだから、そう畏まらないでくれ」
「はい。やはりクロー様はできたお方だ」
「そうですよ。クロー様は素晴らしいのです」
――こいつら……なんなのだ……おかしい。明らかにおかしいぞ。
「はい。これほど能力の高い装備品を授けてくださっているのです……このような任務など容易なことです。その上、この心遣い……うっうっ」
――も、もういいです……
「ほら、イオナ様。報告するまでが任務ですよ」
セラは基本的に誰にでも様つけする。例外は同じ配属悪魔を呼ぶ時だけだ。
「ぐすっ、は、はい。失礼しました」
イオナは教会で見てきたことを伝えてきた。
「なに、ではセイル司祭らしい人物はいなくなったのか?」
「はい、他の信者に確認しましたので間違いないです。後任の司祭の名はたしか……ゴーカツィでした」
――ほう、あいつ……いなくなったのか……ふむふむ。さて、これは良かったのか?
「そうか……その信者たちは、他に気になることは何か言ってなかったか? 今度の司祭は優秀だとか、聖騎士の数が増えた、とかなんでもいい」
「はい。今度の司祭が優秀だとは耳にすることはありませんでしたが、前より献金を求められるようになったとか……他にも聖騎士から直接求められたという信者もいましたね」
「ほう、聖騎士からもね……他には?」
「そうですね、他には特に……あっ! これは私が感じたことなのですが、発言してもよろしいですか?」
「いいぞ。なんでも言ってくれ……」
「はい。お恥ずかしいながら私は以前から聖騎士が怖くてたまりませんでした……ですが、ここの聖騎士にはその……恐怖感と言いますか……危機感と言いますか、そういったものが全く感じられませんでした。
……これはクロー様に頂いた装備品の影響かもしれませんので……自信はありませんが……そう感じました」
――俺の装備品か……だが、あのラグナって聖騎士なら俺の装備品ていどでは……ふむ。セリスが確認すればすぐに分かるのだが……あ〜やめだ、やめだ、それだけは絶対にさせられん。
「イオナありがとう。助かった。では最後にこの金を教会に寄付しといてくれ」
俺は金貨がぎっしり詰まった布袋を机の上に一つ出した。
「これをですか?」
「ああ。教会は献金を求めているのだろう? ふふふ、望み通り与えてやろうではないか……ふむ。そうだな、これはしばらく定期的に与えてみるか……ほれ」
俺はイオナに金貨袋を手渡した。
「おお、これは……けっこうな量ですね。なるほど、これを寄付するのですね。畏まりました」
「そうそうイオナ。これは誰からの献金なのか分からないようにこっそりと入れるんだぞ」
「はい!!」
イオナは金貨袋を手に立礼すると、勢いよく部屋を出ていった。
「ふふふ、さすがクロー様。面白いことを考えられますね」
「まあ、策といえるほどのことではないが、これで金に溺れてくれれば、俺の活動がしやすくなると思ってな」
「ご謙遜を……金に溺れた人族の感情値は結構なものですよ」
セラが感心して頷いている。
「そうか。まあセラがそう言うならそうなんだろな。それより、頼んでいたものはそろそろなのか?」
「はい。先ほど確認して参りましたので、もうそろそろかと……」
コンコンコンッ!
「できたカナよ」
ノックと同時にドアを開けたのは二足歩行のタヌキだ。というのはさておき、管理悪魔族=マネジメート族のカナポン。俺の使用空間に配属された悪魔の一人だ。
――――
――
三日ほど遡る。
「ふぇ〜広い〜」
「ここが悪魔界なのね」
「正確には悪魔界の中のクロー様の使用空間です」
目をパチクリさせて驚いているエリザとマリーに答えたのはセラだ。
セラは俺と別れて10日目の朝に迎えに来た。この10日間も色々あったのだが何も言うまい。
「ほぅ……ここは主殿の使用空間なのか……」
セリスも興味深く俺の使用空間内を見渡している。
足下には切りそろえられた芝生が生い茂り、青空が広がっている。
ディディスの城砦とかけ離れた空間に思わず頬を摘みたくなった。
「青空だな……」
ただこの俺の? 使用空間が広過ぎて屋敷が小さく感じるのが腑に落ちないが、ランクが一番下の屋敷という割には立派な屋敷だと思う。遠くから見た限り洋館っぽく感じる。
「ねぇクロー? ここに私たちも住んでいいの?」
妻たちが心配そうに俺の顔を見た。ちなみにセリスも俺と妻契約を結び直している。
セリスは以前の契約が切れる間際に「この契約の最後に主殿の背中を流したい」とお風呂に誘われ、そのまま……妻契約した。うまくやり込められた感があるが後悔はない。
風呂場から出ると、エリザとマリーがチビスケ、チビコロがお風呂場に入らないように止めていたのでこれも、計画的犯行だったのだろう。
顔を真っ赤にしたセリスをエリザとマリーが捕まえてどっかにいった。
一人残された俺はチビスケとチビコロと再びお風呂に入り、羊のようにもふもふ泡をつけてやったのは記憶に新しい。
「もちろんだ。ここでは一人一部屋用意してある。そうだよなセラ?」
「はい。クロー様のご契約者様である、皆さまの部屋は、ちゃんと準備しております。クロー様のご要望通り、できる限りの物を揃えておりますよ」
セラは俺が妻たちを可愛がっているのを知っているため、その扱いは丁寧なものだった。ほんと有り難い。
「ねぇねぇ、クローさま。あたしたちの部屋もあるよね?」
むにゅん。
背中に柔らかい感触と共にナナの弾んだ声が聞こえた。
「こら、ナナ。背中にひっつくな」
「ねぇねぇ」
「もちろんナナたちの部屋もあるに決まってるだろ」
「えへへ……あっ! ちょっと……」
「ナナ様、皆さまの前でお戯れは、おやめください」
セラが俺の背中から、ごく自然にナナを引き離した。
「むう……セラバス……」
ナナが恨めしそうにセラバスをじーっと眺めている。
「はい。ナナ様、どうかされましたか?」
「なんでもないもん……にひひ」
そう言ったナナは俺の隣まですたすた歩いてくると右手を絡めてきた。
セラの頬が若干引き攣ったように感じたか、気のせいだろう。
「では、ここではなんですので、あちらに見えます屋敷まで空間移動します。皆さん私の周りに集まってください」
「みんなセラのところに集まってくれ」
「「「「「「はい!!!!!」」」」」」
みんなが集まるのを確認したセラは、最後に俺の手を握ると同時に屋敷の中に転移した。
「はい。こちらがクロー様のお屋敷になります」
「お待ちしてましたがう……です」
「そうがぅ……です」
「よろしくカナよ」
転移してすぐに三人の悪魔に出迎えられた。
「こちらの三人が配属悪魔になります。と、言いたいところなのですが、あいにくと屋敷の維持、身の回りの世話などを任せてるべき人形悪魔族=メイドール族が不足しておりまして、この二人は見習いメイドになります。ほらクロー様にご挨拶しなさい」
明らかに小さな悪魔が二人セラの前までトコトコ歩いてきた。
「がう。ニコはニコ……スケがう、です」
可愛らしいメイド服を着た幼女? が銀色のショートボブくらい長さの髪を右サイドで一つ結びにしている。
大きな瞳が可愛らしく感じるが表情表現が乏しく、先ほどから表情が全く変化しない。
特徴的なのがふわふわした大きな犬みたいな耳と、ふわふわもふもふした尻尾だ。その尻尾が気持ち良さげにゆらゆら揺れている。
ツノと羽は確認できない。
――そういえばグラッドがメイド族は表情の変化がないって言っていたな。
「ニコ? スケでいいのか?」
「そうがう。ニコはニコスケがう……です」
「そ、そうか、よろしくなニコスケ」
「よろしくがう……です」
「はい。つぎはミコがぅ。ミコはミココロがぅ……です」
もう一人の可愛らしいメイド服を着た幼女? が俺の前でぺこりと頭を下げた。
こっちの子も銀色のショートボブくらい長さの髪を左サイドで一つ結びにしている。
大きな瞳が可愛らしく感じるが、こっちの子も表情表現が乏しく、先ほどから表情が全く変化しない。
特徴的なのがふわふわした大きな犬みたいな耳と、ふわふわもふもふした尻尾が揺れている。
やはりツノと羽は確認できない。
――やはりメイド族は似ているな。それに表情表現が乏しいのも。グラッドの言った通りだが……しかし、この子たちに手を出すなってなんだよ……グラッド……お前……
「ミコ? コロか。分かったよろしくな」
「よろしくがぅ……です」
ミココロがぺこりと頭を下げた。その仕草が可愛らしくて思わず頭を撫でてあげたくなる。へんな衝動に襲われた。
――ぬっ。
「クロー様。ご安心ください。この二人はまだ見習いメイドですので人件値はかかりません」
「おお、そうなのか。それは助かる」
――人件値気になっていたんだよな。
「つぎは僕カナ?」
次に前に出てきたのは……
――タヌキだ。
「僕はカナポン」
そう言ったカナポンは頭を下げた。
二足歩行のタヌキが可愛らしいチョッキみたいなのを着ている。肩から下げた、がま口財布が非常に気になる。小さなツノと背中に小さな羽、タヌキの大きな尻尾があるので悪魔で間違いない。と思う。
「カナポンは管理悪魔族=マネジメート族です。クロー様」
「そうか、カナポンもよろしく頼むな」
「お任せカナ」
「ニコスケとミココロは皆さまをそれぞれの部屋にご案内してください」
「分かったがう、です」
「分かったがぅ……です」
「カナポンは私とクロー様とで今後について少し話をしましょう。クロー様、よろしいですか?」
「分かったカナよ」
「ああ。よろしく頼む」
「はい!! はいはいっ! クローさま、あたしも行く!!」
置いていかれるのが嫌なのか、ナナが珍しく必死な顔で訴えてくる。
「セラ……ダメか?」
「……分かりました。では今回は配下の皆さんを含め今後について少し話を致しましょう。
いずれにせよ、一度は説明しないといけないことがありますのでちょうどいいです」
「「「はい」」」
イオナたちが笑みを浮かべ俺たちの側に寄ってした。
「エリザ、マリー、セリスは……そうだ。何なら各部屋を案内してもらうといい。慣れない場所で不安だろうから……ラット、ズック……頼む」
『主、任せて』
『あるじ、まかせて』
留守番で人界に置いてきていたラットとズックを呼び出し妻たちの護衛にしてやった。
――何かあればすぐに念話で分かるからな……
「ええ、分かったわ」
「わたし、ちょっと楽しみ」
「うむ。興味深いな……」
エリザたちは小さなメイド悪魔に案内され屋敷の奥に歩いていった。
――でも、良かった。もっとどっさり配属悪魔が配置されているものと思ったが、これなら人件値はそれほどでもないだろうし、支配地持ちだと身構えすぎていたな、心配は杞憂かな……
しかし、この考えはすぐに早計だっと思うことになる。
「では、クロー様。それに皆さまもこちらに……」
セラに全員が腰掛けられるような会議室っぽい部屋に案内された。
「では、今回は皆さまに関係することから説明いたします……」
セラが支配地について、配下が聞いていても差し支えない程度の話を簡単に語ったが、主に『願い声』についてだった。
『願い声』とは人族の強い欲望の声が俺たちの耳に届くその声のことだ。
この人族の想い昂まった欲望の声を叶え、その感情値を対価にいただくのだ。
セラ曰く復讐に関することが主に多いそうで、そうそう難しく考える必要はないとのことだった。
ただ、これには向き不向きがあり、俺は女性の声しか対応できない。
ナナ、イオナ、ティアは男性の声のみ、ライコだけがどちらの声も対応できるみたいだ。
――ライコありがとう助かった。女性の声を俺一人で対応するなんて過労死するわ。
「なるほど。使用空間に居ると、支配地から人族の願い声が届くのだな?」
「はい。『願い声』は使用空間に優先して届くのですが、放っておくと他の野良悪魔を呼び寄せたり、悪魔大事典を呼び寄せたりと、要らぬトラブルを招きますので早急に対応してください」
――ああ……悪魔大事典ね……
俺は大事典召喚の現場を二度見ているのですぐに納得できた。
「セラ。よく分かったよ。みんなもこれからよろしく頼むな」
「「「はい」」」
「わかったよ」
「それと契約は必ず短期契約にするのです。そうでないと捌ききれませんよ」
「「「え!?」」」
皆が青い顔をして俺を見る。
「そうですね。この人数ですと一人頭……二、三人ってところでしょうか……クロー様は五人くらいかと……」
――ご、五人だと……
しかし、明らかに皆のテンションが下がっている。元々自由を愛する悪魔たち。毎日人族の願い声など聞きたいとは思わない……俺もそうだ。だが、そうも言ってられない。
なんといってもここは俺の支配地だ、俺が動かねば誰も動いてくれん。
――さて、どうやってみんなをやる気にするか……それほど皆のことも知らぬし……この場合はあめ? にしてみるか……
「よし!! 実績の半分はお前たちに還元しようではないか。格を上げるもよし、好きなものと交換するもよし」
「え? クローさまはそれで大丈夫なの?」
ナナが心配そうに俺を見る。
「えっ! そんなにですか!!」
「おお!! それなら張り切ってやっちまおうかな」
「うーん。そうですね〜」
知らなかったが、感情値は他にも悪魔界で流通しているモノと交換することができるとセラが教えてくれた。
「クロー様、半分はやり過ぎでは?」
「いや。俺はこれでいい。皆がやる気になった方がいいだろう」
――セラまで不安な顔をすると俺まで不安になるが……言ってしまったもんはしょうがない。
「それはそうですが……分かりました。クロー様は何かお考えがあるのでしょう」
俺はここでも早計な判断をしてしまったと後で後悔する。
「では、今日はゆっくりして、明日から頑張ってもらおう」
皆が立ち上がり部屋を出ていこうとしたところで俺は気になっていたあることを思い出した。
「おっ! そうだった、だれか一人教会を探ってほしいんだが……だれか頼めるか?」
皆の顔をゆっくり見渡すが、皆が俺から顔を背けていく。
「ええ〜、あたし教会嫌い」
「あたいもだ」
「私も苦手ですね〜」
――ぬっ、どうやら俺には人望がなかったらしい。
「はぁ、仕方ない、俺が……」
俺が自分の人望のなさに軽いショックを受けていると――
「それならば、私が……私ならば人族に紛れ混むのは得意です」
俺と同種族のイオナがこの任務に当たってくれると言ってくれた。気分を下げられた後なので、イオナのこの申し出は純粋に嬉しい。
「イオナ!! そうかそうか。そう言ってくれると助かる。よし! 任務の間は、俺が叶えた願い声の半分をイオナに還元してやるよ」
「いいのですか?」
イオナが胸の前に手を置き素直に喜んでいる。
「ああ。いいぞ」
「ありがとうございます」
「ええ〜ずるい」
「あちゃぁ、失敗したな」
「あら〜」
ナナは頬を膨らませ、ライコは頭を掻き、ティアは……ボーッとしている。
「あとは……そうだなカナポンは収支報告書のような……今現在の感情値の出入りがわかるものは出せるか?」
「お安い御用カナ。でもクロー様に代わってからの感情値の動きが少し知りたいから……三日ほど時間がほしいカナ」
カナポンがお腹をポンっと叩き胸を張った。
「ああ、それで構わない。よろしく頼む」
「分かったカナよ」
――――
――
「できたカナよ」
誇らしげにタヌキ悪魔の、ケフン。管理悪魔のカナポンが数枚の魔法紙を手にトコトコ入ってきた。
「おお、そうか。では早速見せてくれ」
「これカナ」
カナポンが短い腕を目一杯伸ばし手渡してくれたが、俺はその一枚を見て目眩がしそうになった。
「どれどれ……な、なっ……字だと……」
「クロー様?」
セラが俺の顔を心配そうに覗き込む。
「赤字だ!!!!」




