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あけましておめでとうとございます。
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m(__)m
ークルセイド教会ゲスガス支部ー
「セイル様、ラグナです」
「ああ、ラグナ。呼び出してすまないね」
ドアのトビラが開放されたままになっていたセイルの執務室に入室したラグナは、セイルの執務机の前まで歩み立礼した。
「いえ。私も本部からの返答は気になっておりましたので……」
「……皆の体調はどうですか?」
「はい。全快とは言えませんが、皆、セイル様の回復魔法と休養を頂いたので、いつでも動けます。
……それで本部の大司教様は何と言ってきたのでしょうか?」
「……ラグナ、君の思っていた通りだよ」
セイルは自嘲的な笑みを浮かべると、一枚の魔法紙をラグナへと差し出した。
「……っ!?」
魔法紙とは、魔力を帯びた用紙。互いに設置した魔道機(小さな召喚、召還の装置)にセットすることで魔力文字を映し出す。
今でいう、ファクスとその専用紙のようなもの。
受け取ったラグナは、その魔法紙を見てすぐに顔をしかめた。
読み終えた時には、真っ赤に染まった顔で肩を震わせていた。
「何ですかこれはっ!!」
「……それが本部の決定だよ」
セイルは淡々と事の顛末をラグナへと語りだした。
「今回、我らが遭遇した第9位悪魔クローは、アークと認定されることはない」
「……」
「本部の言い分としてはこうだ
アークの可能性を秘めたその悪魔との交渉が、聖騎士ただ一人だけの契約交渉で済むはずがないと、そもそも、アークならば交渉自体あり得ないそうだ。
……誰一人欠けることなく生還したその事実もね。もっと信憑性のある嘘をつけなかったのか、と私は正気を疑われたよ」
「私たち聖騎士の証言を集めれば……」
「あの様子では何を言っても無駄です……それどころか、Sランク聖騎士一名と、ヴァルキリー壱型を喪うことになった、その職責を問われたよ」
「……その結果がこれなのですか」
「そうでしょうね。先程届きました」
魔法紙に書かれたいた内容は、大きく分けて四点。
まず、悪魔と通じた元聖騎士セリスの誅伐について。
次に、ゲスガス王都に存在する悪魔の全排除、これには当然第9位悪魔クローが含まれていた。
そして、司祭セイルは司祭ゴーカツィに全権を譲渡し、ゲスガス孤児院の院長へ転属することとあり……
最後に、この支部の聖騎士は司祭ゴーカツィ着任後、速やかにその指揮下に入り、司祭セイルはその旨を聖騎士に周知させ混乱が起こらぬよう徹底させるようにとあった。
「まあ、私も大司教様には疎まれていましたからね……実質、左遷ですかね……
まあ、私一人の責任で済むのですから幸いだったと思うことにしますよ」
「しかしっ!! この内容は到底受け入れれない! こんなことをすれば……間違いなく我々は……くっ、とにかく、今は、あの悪魔との交戦を避けるべきです……」
「……それは、すまないと思ってる……私の力不足です」
セイルは机に俯き、ラグナは口を噛み締め、拳を固くにぎりしめた。
「……っ……この人事は明らかに大司教様の息のかかった……」
「ラグナ!」
セイルはラグナにそれ以外話をさせないよう言葉を遮った。
「しかし!」
セイルはラグナの言葉を流し、執務室の前に現れた存在に目を向けた。
「あなたは……どうされましたか?」
「はい。セイル様にとハンターがこのような物を……」
年若い侍祭が、頭を軽く下げると執務室に入室した。
「ハンターが、私に……?」
「はい」
セイルは侍祭からその手紙を受け取り、差出人を見て僅かに目を見開いた。
「……ありがとう。貴方はもう下がっていいですよ」
セイルは共に渡された受領の証に手早くサインすると、侍祭へと渡した。
「はい。では失礼致します」
侍祭が退室するのを待ってセイルはラグナへと視線を向け、手紙の封を解いていく。
「セリスからです」
「……」
ラグナはセイルの言葉に反応するも、セイルがその内容を確認するのを黙って待った。
「ラグナ」
しばらくしてその手紙を読み終えたセイルは、その手紙をラグナに渡した。
「セリスは何と……」
手紙に目を通したラグナの眉間には深いシワが刻まれていた。
「レイド悪魔だと!! そのゲートが王城に……ある。
セリスは何故この情報を我々に……
……セイル様、これは信用できるのでしょうか?」
「分かりません。ですが、あの悪魔クローは第9位でした。レイド悪魔ではありません。それに……あの口振りは……ここの都市に根付く悪魔と繋がりがあるとも思えない」
「……そうですね。我々はあの時、第8位悪魔を二体排除致しました。
それに対しては全くの無反応。憤怒する様子もありませんでしたし……現に契約交渉も成立してます」
「……そうです。あの悪魔は第10位悪魔ただ一人に憤怒したくらいです。我々が排除した悪魔二体があの悪魔と繋がりがあったのであれば……我々はここには居なかったでしょう……
しかし……この都市に根付く悪魔の情報は喉から手が出るほど欲しかったのですが……はぁ、まさかのレイド悪魔ですか……」
別次元に屋敷や城を持つ支配地持ち悪魔のことを教団ではレイドと呼んでいる。
「それだけではありませんよセイル様。更に厄介なことにゲートは王城の玉座の間のようですし、王族からの抵抗を考えれば、早目に動かねばなりません」
「ラグナ……それは、後任のゴーカツィ司祭が着任するからですか?」
「はい。私は正直、聖域結界の使えない、名ばかり司祭ゴーカツィの指揮下では、この都市に根付く悪魔の全排除は難しいと考えています」
セイルはラグナに向けて首を振った。
「ラグナ、無理です。レイド悪魔と分かった以上、現在の戦力では危険です」
セイルの指揮下にある聖騎士はSランクのラグナを筆頭に、Aランク四名、Bランク六名、Cランク六名であった。
レイド悪魔が支配する別次元では聖域結界の効果が薄い。しかも、レイド悪魔は第7位以上の厄介な悪魔。
この人数では良くて第5位悪魔までが限界だろうとセイルは考えていた。
それも、その悪魔がただ一体だけと都合良く考えてのもの……
だが、それ(レイド悪魔が一体で別次元にいること)はあり得ないことだと考えを否定した。
「しかし、これが事実だとすれば、このまま何もしないでいることの方が、セイル様の立場を悪くしてしまいます。
それならば一体でも多く、悪魔どもを排除した方が……」
セイルはラグナの言葉を最後まで聞く事なく首を振った。
「戦力に差があると分かっているのです。貴方たち聖騎士をゲートの先に送ることなどできません」
「いいえ、行くのは私だけです。私がこちらに悪魔を召喚させます」
「ラグナ。全く話になりませんね、それでは貴方が危険……に……ぐっ!?」
「……ぐっ!?」
セイルが、突然襲ってきた心臓を鷲掴みにされたような違和感に胸を押さえると、ラグナも同じように胸を押さえ呻き声を漏らした。
「うぐっ……」
だんだんと二人の表情は苦痛に歪み、青白く染まっていく。
「ぐぅ、こ、これは……この心身をかき乱し、湧き起こる感情は……」
「……私もです……ぐっ……」
「……まさか!?」
セイルの執務室は二階にある。
セイルは勢いよく立ち上がりよろけながらも、執務室の窓際へと歩み、気になった街並みを見下ろした。
「な、なんとっ!! これは……」
セイルは、同じように胸を押さえ倒れ込む人々を目の当たりにし理解した。
これは、レイド悪魔が使用するソウルシーズだと。
ただ、違うとすれば、このソウルシーズが今まで経験した、どのソウルシーズより遥かに強力だった、ということだ。
「いけません!! 私はすぐに、この都市全域に聖域結界を張ります。
ラグナは……待機している聖騎士を連れて私のもとに来てください。地下の聖域魔法陣の所です」
「はっ! 直ちに」
セイルとラグナは自身の身体を、聖属性の魔力で覆うと、聖騎士たちの待機室へと急ぎ、セイルは地下の魔法陣の設置された部屋へ急いだ。
魔法陣の部屋についたセイルは直ぐに魔法陣の中央に設置された大きな水晶へ魔力を注いだ。
「くぅ……やはり、発動には……かなりの魔力を要しますね」
魔力を注ぎ、しばらくするとセイルの額からは薄っすらと汗が浮き上がっていた。
「ふぅ……」
水晶に魔力が満たされると、青白い光が溢れ出した。その光りが魔法陣へと流れ魔法陣全体が青白く輝き始めた。
「あの悪魔が、我々に情報を寄越したくらいです。何かあると思いましたが……さすがにこれはマズイですね。今、この魔力が尽きたら……この街は終わりです」
セイルはなぜ悪魔クローが、この情報を教団へ流したのか、結局のところ分からなかったが、何かしら良くないことが起き始めていることは理解できた。
「あの悪魔は我々に何を求めた……」
しばらくして、待機させていた聖騎士たちを引き連れたラグナが魔法陣の部屋に入室してきた。
「セイル様!!」
「ラグナ……それに、皆は揃っていますね?」
「はい!!」
「ラグナ助かりました。私は見ての通りこの場を離れることができません。
Bランクの聖騎士六名はここで私と交代で聖域魔法陣の維持を手伝ってください」
「はい!!」
「次にCランク聖騎士六名は近隣の町に滞在している聖騎士と神父たちのもとに赴き支援するよう要請してください。
数はそれほど見込めませんが、それでもこの巨大な魔法陣を維持するには協力が必要です。頼みましたよ」
「はい!!」
「最後にAランク聖騎士四名はラグナの指示に従うように。恐らく、この都市を支配するレイド悪魔は、ソウルシーズの邪魔する、この聖域魔法陣を破壊するべくその行動をとるでしょう。
その悪魔からこの教会を守るのです」
「はい!」
「ラグナ様お言葉ですが、守ってばかりじゃジリ貧じゃないのか?」
Aランク聖騎士ガラルドがレイド悪魔へ仕掛けるべきだと主張した。
「ガラルド。無理です。我々には戦力が足りません。
一週間、持ち堪えればゴーカツィ司祭が増援を連れてこの都市に来る手筈になってます。攻め入るならその時まで待ちなさい」
「チッ!」
ガラルドは珍しく、舌打ちするだけで素直にセイルの指示に従った、わけではなく、隣でラグナが足を踏みガラルドを睨んでいたので素直に下がっただけである。
「ラグナもそのつもりで行動してください。では、皆さん頼みます」
「はい!!!!」
セイルに向け、聖騎士たちは胸に手を当て敬礼すると、それぞれに与えられた任務を遂行するべく行動に移した。
――――
――
「クローどうしてるかしら……」
「心配だよね」
エリザとマリーは宿の窓から、遠くに見えるゲスガス王城を眺めた。
「エリザ殿も、マリー殿も、そう気を張りすぎては身が持たぬぞ。気を抜き過ぎてもいかぬが何事も適当がいいぞ」
クローに貰った魔法剣に魔力を注ぎ発動させた剣身を眺めつつ、硬い表情を浮かべる二人にセリスは優しく声をかけた。
「ええ、そうよね」
「う、うん。私も少し不安になってた……セリスさんありがとう」
「なに気にするな」
ハンターギルドに依頼し、宿に戻ってきた三人は、クローの指示された通りこの場で待機していた。
ただ、落ち着いたセリスに比べて、エリザとマリーは落ち着きがない。行ったり来たりと、部屋の中をソワソワ歩きまわっていた。
そんな二人をラットとズックはじーっとベッドに埋もれつつ眺めている。
そんな時だ。ガーン!! ドカドカ!! と街の至るところから物凄い音が聞こえてきた。
「な、何!!」
「む!!」
「エリザ、セリスさん見て!!」
丁度、窓際にいたマリーが二階の窓から街並みに向け指をさした。
「これは!! どういうことだ!!!」
歩く人々は胸を押さえ倒れ込み、行き交っていた馬車は、御者が倒れ制御できなくなったのか、建物や馬車同士でぶつかったりと、賑わっていた街並みウソのように酷い有様だった。
「何なのこれは……」
「いったい何が起こったの?」
しばらくすると、ゆっくり人々が、一人、また一人と起き上がっていく、その姿を確認できて初めて三人の肩から力が抜けた。
「あれは……聖域魔法陣か……」
セリスは先程までなかった、青白い光に気がついた。それが空から街や城を全体を大きく覆っている。
「聖域魔法陣ですか?」
「ああ……恐らくだが、先程人々が倒れたのはレイド悪魔のソウルシーズのせいだろう。人々がすぐに倒れるほどの強力なソウルシーズを私は知らないが……間違いないだろう」
「ソウルシーズ? ……レイド悪魔?」
「ああ……」
セリスはソウルシーズやレイド悪魔についてエリザやマリーでも理解できるようゆっくり語った。
「そのことに気付いたセイル様が魔法陣を展開したのだろうな……」
空の様子を窺いつつセリスはそう締めくくった。
「クローはそんな悪魔を相手してるの……」
「そうだな……」
三人は暗い雰囲気になり、しばらく沈黙した。
そんな沈黙をマリーが思い出したように口を開いた。
「でも、不思議だよね。私たちは何ともなかったよ?」
「そう言われれば……」
「うむ。それは私も考えていた……恐らくこれは主殿と契約しているからだろうと思う。
私はソウルシーズを一度、この身に受けたことがある。その時は、聖の魔力を身に纏うことで防いだのだが……
その時と何が違うかと言われれば主殿との契約だ。既に悪魔と繋がりのある私たちにはソウルシーズが効かぬのだろう」
「また、クローのお陰なのね」
「うん」
「うむ」
セリスは再び外へ、王城へ視線を向けた。
「エリザ殿、マリー殿。恐らくこの街にも教会を狙って悪魔が現れるぞ」
「「え!」」
「レイド悪魔は何らかの目的があってソウルシーズを使った。今は、それが聖域魔法陣によって妨げられている」
「それは……」
「……不味いんじゃないの?」
「うむ。だが、これは主殿にとっては動きやすくなるはずだ。レイド悪魔は教会へ向ける悪魔と防衛する悪魔と二手に分けなければならない」
「それはまた……複雑な気分だわ……」
「うん。街に悪魔が来るのは怖いけど、そのお陰でクローは動きやすくなる。そうなると、私たちの心配も減るもんね」
「うむ。それでだが……私はこちらに攻めてくる悪魔を一体でも多く狩ろうと思うのだ。幸い、主殿に貰った装備品は規格外だ。
今の私なら第5位程度の悪魔なら相手取ることが可能だと思っている」
セリスは魔法剣の柄を握り締め、ふふふと不敵な笑みを浮かべた。
「セリスさん、ダメよ」
「うん。セリスさんダメだよ」
「な、何故だ!! 主殿のためにもなるのだぞ」
エリザとマリーの思わぬ返しにセリスの顔に焦りの表情が浮かび上がる。
「ふふ。クローは私たち三人一緒に行動するように言ったわ」
「うん。わたしたちもセリスさんと同じような装備品を身につけている。トドメは刺せなくても、弱らせることはできるよ」
「エリザ殿、マリー殿。なるほど……」
「「「ふふふふ…」」」
三人は不敵に笑い、肩を震わせると、揃って豊満なおっぱいを小刻みに揺らした。
『あるじ、任せろ』
その揺れをベッドに埋もれた優秀ラットがしっかりとその目に刻んでいた。




