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「もし、この場を大人しく引くというのであれば見逃してあげないこともないですよ」
そう口を開いた司祭は、ヴァルキリー1型を誇らし気に眺め、ヴァルキリーの勝ちを確信しているかのように強気な態度をとっている。
その態度は、どこか俺を見下し余裕のある笑みを浮かべている。
――ん? ふん。
だが、司祭は気づいていない。自身の額には大粒の汗が吹き出しており、そのことに俺が気づいているということを。
「ほう」
ブゥゥン……!!
ヴァルキリーの光のない無機質な瞳が俺を向き、右手に持つ巨大な聖槍が激しく光り輝いていた。
「その必要はない」
「り、理由は?」
あまりにもバカげた問いに俺は思わずため息が溢れた。
「はぁ。理由も何も、お前たちが先に俺の配下に手を出してきたんだ、俺から引く道理はないだろう?」
俺は大人しく正座をしてこちら見ているナナに視線を向けた。
俺の視線に気づいたナナは、パァーッと花が開いたように笑顔を浮かべ、小さく手を振っている。
戦闘中だというのにまったく緊張の色が見えない。
――まあ……ナナだしな……
いつものことだと納得した俺は、再びセイルに視線を戻した。
「……そ、そうですか。では仕方ありませんね……
でも良いのですね? 貴方は、これから先、永遠にクルセイド教団から狙われることになりますよ?」
「ほう……では聞くが、それは何か意味があるのか? お前たちは悪魔だと知れば見境なく襲ってくると思うが……どうだ?」
「くっ、そ、それは、悪魔は……この世に傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲など、人の欲望を刺激し増幅させることであらゆる禍を振り撒きます。
現にこの都市だって10数年ほど、紛争が続いていますよね?」
「それは俺に関係ないことだ」
「この都市に10数年もの間、禍を振り撒いておいて、知らないとっ!!」
「ああ、知らないね」
「ぐっ……」
セイルは顔を真っ赤に固く握った拳を震わせている。相当ご立腹のようだ。
――俺、関係ないし……
「ふん」
俺はわざと小馬鹿にしたように言葉を続けた。
「……文句があるならこの都市を根城にしている悪魔に言えよ」
「!?」
セイルは瞳を大きく見開き、俺の顔をじっと眺めている。
「俺たちは偶然、この都市に立ち寄っただけ……
まぁ、お前たちをさっさと殺って俺たちはこの地から去ればいいだけなんだけどな……それなら足もつかないと思わんか?」
俺は聖騎士を殺ると決めてこの結界に入ってきたが、ナナの無事が確認された今、なるべくなら面倒事は回避したいとも思っていた。
そうするべきだと理性が訴えている。
そのため、俺が倒した聖騎士たちは瀕死であるが、命までは奪っていない。
それでも身体のあらゆる組織を破壊したのだ、相当腕の良い回復魔法の使い手でもいなければ、すぐに聖騎士として活動することは、まず無理だろう。
だが、今のセイルの話を聞いて、元々、聖騎士を呼び寄せる原因を作っていたのが、この地を支配する悪魔のせいだと分かった。
俺たちは寧ろこの地の悪魔に巻き込まれた被害者だったとさえ思えてくる。
――どう動くべきか……
ならば俺の顔を知る、この聖騎士たちを生かして帰すより、さっさとカタをつけ、この面倒事をこの地の悪魔に返してやるべきだと思い至った。
――その方が俺もスッキリする。よし……これで……
「……い、今何とっ!!」
――ん?
「お前たちを殺って、この地から去ると言ったのだが」
「ちがう!! もっと前だ……」
「ああ? 俺たちは偶然、この都市に立ち寄ったってことか?」
「そうだ!! あなたの話では、この都市にはまだ、この地を支配する悪魔が別に潜んでいるということでいいのか?」
「ああ、いるな。言っとくけど、俺は会ったことないから知ら……むっ!?」
何やら不穏な気配を感じた俺は、右手を前に突き出すと、デビルシリーズ魔力具現化を発動した。
――剣よ……
黒い魔力の塊が一瞬にして大きく渦巻き大きな剣を形取る。
俺のイメージはただただ、太くて丈夫、そして折れない大きな剣。刃渡りは5メートルほどあった。
それは丁度ヴァルキリーと呼ばれていた大きな女性騎士を模したゴーレムのサイズと同じだ。
「な、な、な、何を……する気だ」
「決まってるだろ」
俺はそれをゆっくりと振り上げると――
「ま、待てぇぇぇぇ! ぃぃぃっ!?」
セイルは自分が切られると思ったのだろう、反射的に頭の上で両腕をクロスさせていたが、お前じゃない――
「悪ぃな!!」
俺は力任せに大剣をヴァルキリーに向け振り下ろした。
ドゴォォォォンッ!!!!
ヴァルキリーはやたら硬い鉱物でできていたようだったが――
ガリガリガリッ!
俺の握る手に微かな抵抗を感じるも――
――強度が足りんな……
俺の力任せに振り降ろされた大剣の前には、抗うことができなかった。
ヴァルキリーは一瞬にして真っ二つに割れ崩れ落ちた。
中央には、動力の源である光り輝く丸い核があったのだろうが、それも粉砕され真っ黒な砂となり、サラサラと流れ落ちている。
その黒い砂の流れが無くなると、今度は身体全体がグラグラと歪みサーッと砂となり流れ落ちていく。
やがてヴァルキリーは原形を残すことなく一つの大きな砂山を作った。
後方で大人しくして待機していた聖騎士の一人も慌てふためき、何やら叫んでいるが、俺の前にいるセイルも似たようなものだった。
こちらは更に、口を開け放心状態になってしまった。
「そのゴーレムはナナに何かしら攻撃を仕掛けようとしていたんでな、鬱陶しいから先に破壊したぞ」
俺は用無しになった大剣にふっと息を吐きかけ消散させた。
「せ、聖鉱石でできた、ば、ば、ヴァルキリー1型が、一撃っ!? たった一撃だと……」
セイルがヨロヨロとヴァルキリーだった砂山へと歩み、その砂を掴んでいる。
だが、俺は上手く気配を消している存在に視線を向けた。
「おい!! そこのお前たちもいい加減、その姿を見せろ。お前たちだろ、小細工をしようとしたのは?」
威圧を込め悪気を放つと、白い空間の中に歪みが生じ、セイルの後方に八人の聖騎士が姿を現した。
「じゅ、術を解かれました」
「お前たち……」
「セイル様すみません」
八人の聖騎士たちがセイルを庇うように前へと駆け寄った。
だが、その聖騎士たちの顔色は俺の悪気に当てられているのだろう、青白く見える。
――ぬっ!? 奴は!!
ただ、その中の一人は俺の見覚えがある人物だった。
「ラグナ、セリス、お前たち……いつからそこに……」
力のない声でセイルがラグナと呼ばれた者とセリスに声をかけた。
「はっ!! セイル様が、ヴァルキリー1型の召喚に成功した時であります。
隙あらばと思ってキーナの聖剣術で潜んでいたのですが……気づかれていたようです」
ラグナと呼ばれた聖騎士がチラリと無残に崩れ落ち大量の砂山となったゴーレムを一瞥し首を左右に振った。
「聖鉱石でできたヴァルキリー1型を……これは参りましたね」
「う、うむ……」
重い口を開いたセイルだったが、何の手立ても思いつかず、その先の言葉に詰まり、耳を傾けていた周りの聖騎士たちはますます顔色を悪くした。
そんな中ただ一人、セリスだけは視線を逸らすことなく俺を注視していた。
――これは……気づかれた、か。
「君はハンターのクローだろ」
「ちっ」
――さて、どう出てくるか……
「やはり……そうか……」
Sランク聖騎士のセリス。
妻たちと一緒に行動していることもバレている相手だ。思わず舌打ちしてしまった。
そんな俺の悪態とも取れる行動を見ていたセリスなのだが、気にした様子は見られず、逆にふっと笑みを浮かべると予想だにしない言葉を発した。
「君と取引したい、いや契約がしたい」
そう言葉を発したセリスが俺の方へと両手を挙げてゆっくり歩み寄ってくる。
――――
―――
「おい、セリス!! 急にどうした? 奴に近づくのは危険だ、下がるんだ!」
セリスはその場に立ち止まりはしたが、ラグナたちに振り返ることはなく口を開いた。
「セイル様。それにSランク聖騎士のラグナ、あなたならもう理解しているでしょう……私たちだけでは、勝てないことを……」
「「ぐっ」」
セイルもラグナもセリスの言葉に何も言い返せずにいた。
通常の悪魔ならば、聖域結界内に留め置けば魔力を封じ、更に身体的にも弱体化を図ることができるが、この悪魔には全く効いていない。
しかもこの聖域結界はかなり強力なものだった。
それは聖騎士の力を数倍に増幅させる付加魔法も施されているというものなのだが、その意味を成していない。
Sランク聖騎士だからこそ戦わずして、その恐ろしさを肌に感じとることができていた。
「それに、心配なさらずとも交渉の余地はありますよ。あの者はまだ誰一人として殺していない。お二人ならこの意味分かりますよね?」
「……そうですね」
「……あ、ああ」
皆瀕死の状態はあるが、辛うじて息はしている。
この悪魔の力を以ってすればここで倒れた聖騎士など軽く捻り潰すことは容易。
では何故、そんな聖騎士たちが殺されず、まだ息をしているのか?
その答えは誰でも容易に辿り着く。そう、悪魔に手加減をされているからだということに……
舐められているともとれるが、その行為によって首の皮一枚繋がっていることも事実。
セイル自身も、この悪魔が本気で掛かってきていれば既に殺されているだろうことは容易に想像できた。
「ご理解いただけましたか?」
「う、ぐっ、しかし、それでは、セリス、君が……」
「こちらから仕掛けてる以上これしか方法はありませんよ? セイル様」
「ぐぬっ! だが何もSランク聖騎士のセリスでなくとも……」
「いいえ。あの者は男性タイプの悪魔です。交渉は女性でないと無理なのですが、あいにく、この場にいる女性聖騎士は悪気に当てられまともな会話は無理でしょう。
それにそこの聖騎士は私の後輩でもありますので、先輩らしくここは私が行くべきなのです」
セリスとラグナを含む八人。
今回、一緒に行動していた聖騎士の半数がBランクとCランクの女性聖騎士だった。
セリスの言葉を耳にしたラグナは、横目に顔色悪く小刻みに震えている女性聖騎士たちを眺め納得した。
この状態では交渉は無理だと――
悪魔を相手取る聖騎士。男性も女性も皆、きたるべき時にはその贄となる覚悟はできているが、悪気に当てられた状態ではまともな交渉は無理であった。
これは通常、聖域結界内においては、起こり得ない事態であったのだが、現実、悪気に当てられてしまっている。
こんな状態で交渉に臨んでも、言葉巧みな悪魔に丸め込まれ無意味な契約を締結され、無駄な贄となり得てしまう。
状況を理解したセイルとラグナは、セリスに対して何も言えなくなった。
これには有事の際に、とるべき行動指針というものがあり、男性タイプの悪魔には女性聖騎士が、女性タイプの悪魔には男性聖騎士がまず交渉に臨むとなっている。
無論、例外もあるので、これが全てではないが、これは叙聖された時にそう誓約されていることであり、覚悟がない者はそもそも、叙聖されていない。
セイルとラグナが何も言わなくなったのを確認したセリスはゆっくりとクローの前まで歩み寄った。
「クロー、また会ったな」
不思議なくらいセリスは穏やかな笑みを浮かべていた。
――――
―――
「そうだな。だが俺は悪魔だ」
「そうみたいだな。でも不思議と納得もしているのだよ」
「そうか……それでお前は、俺と本気で契約をする気なのか?」
――悪魔の俺がなぜ聖騎士と契約を……
「無論だ。君と契約したい」
――ぐぬっ。
こう本気で望まれてしまえば、必ず一度は人族との交渉に応じなければならない。
「……契約にはそれ相応の対価が、必要になるが分かっているのか? そうだ、俺は、というか俺の契約者がお前に世話になったことがある。ここはお前の行いに免じて引き上げてもいいぞ」
「ほう、あの時の女性たちのことを言っているのか? だが、それは無用なことだ。もし、それが私のために言ってくれた言葉であれば、ここは素直に契約をしてほしい」
「何故だ?」
「いいかい、ここまで来て何事もなく君が引き下がってくれたとしても、私は逆に皆から疑いの目が向けられる。下手をすれば悪魔の手先として一生監禁されるのだよ」
――うっ……そりゃそうだよな。考えれば分かることだな……急に手のひら返したように俺が引き下がっても、何もされなかったとは思われない。何らかの精神干渉でも施されているのでは? と疑いをかけられる……か。
「……分かった。では望みを言え。できることは叶えてやる」
セリスはこくりと頷くと望みを語った。
「この場にいる私以外の聖騎士と司祭様の解放だ。これはこの都市から離れるまで、若しくは10日間はお互いに手を出さないこととする」
「そうか……いいだろう。ただし、それは俺の配下や身内にも適用させてもらう。もし約束を反故にし増援を呼んだり再び襲ってくれば……お前の魂は地の底へと落ち消滅することになるが、それでもいいのか?」
「無論だ」
「では対価は……」
「ん? 対価は私自身だ。私を好きにすればいい」
お前は何を言っているのかというような視線をセリスが向けてくる。
――おいおい、こいつはちゃんと分かってるのか?
「お、おい。私自身というが、お前はその意味を理解しているのか?」
「無論だ。魂を望むのなら別だが、私はもう25だ。少し行き遅れではあるがその意味もちゃんと理解している」
「お、おい!!」
セリスの揺ぎない意思を受け勝手に契約が締結された。
――う、嘘だろ!! こいつ聖騎士だぜ!! こんな簡単に締結なんてあり得んだろ。
その証がセリスの手の甲に刻まれ、すぐにスーッと消えていった。
セリスは暫く契約の証が消えた手の甲を眺めていたが、再び俺にその視線を向けてきた。
整った顔立ちで冷たそうに感じるが、今のこいつの顔は少し嬉しそうにも感じとれる。
――なんだよ、その顔は。意味が分からん。
「ふん、言っとくが、俺はお前の魂などいらんからな」
「ふふ。君ならそう言うと思った」
そう言うや否やセリスは身にまとっていた白銀の鎧を脱ぎ始めた。
「……ちょっ、バカっ!! 待てって!! こんな所で脱ぐんじゃねぇ」
――後ろの聖騎士たちが見てる。
「ふっ。君はやはり興味深いな」
「な……何を言ってる……」
「悪魔と契約した私はもう聖騎士団には戻れぬ。この聖騎士の鎧も返さぬといけないのだよ。気にするな」
「いや、そういう意味じゃ……」
セリスは俺の言葉を聞いているのか口元に笑みを浮かべつつもガシャーン、ガシャーンっと大きな音を立てて聖騎士の鎧を脱いでいった。
「なっ!!」
そして俺の目に入ったのは、Tシャツっぽい上着にカジュアルなストレートパンツ姿のセリスが、そして何より……
ぼよ〜ん。ぼよ〜ん。
聖騎士の鎧によって押さえつけられていたおっぱいが……
たゆ〜ん。たゆ〜ん。
エリザやマリー、ナナにも勝るとも劣らない豊満なおっぱいが顔を出していた。
少し長くなりました。m(_ _)m




