3
【契約者エリザから感情値100カナを獲得した】
翌朝、俺は頭の中に鳴り響いた無機質な音声で目が覚めた。
――ああ、そっか。あれでも契約したことになるのか……
部屋の中はまだ薄暗く、窓を見れば薄っすらとだが明るくなりつつあった。
そんな俺はまだエリザの腕に抱かれていた。
――ふむ。何て無防備なんだ。
エリザの寝間着がはだけて右肩が露になっている。もう少しずれれば右のおっぱいが見えそうだ。
そう、ほんの少し、後少しなのだ……
俺は右手を伸ばしたが……シュッ!
俺の右手は虚しくも空を切った。
――ぐぬぬっ。届かん……このまま腕に抱かれている状態も気持ちよかったが……エリザのあんな状態を見れば触れてみたくなるというものだ……仕方ない、抜け出そう。
俺は前足を突っ張り力を入れた。
――よっ! んっ? あれっ……動けんぞ。
不思議に思いよく見れば、エリザの腕と手がしっかりと俺のお腹を抱き込むように押さえている。
――なんと。
激しく動けばエリザを起こしそうだし、起こしてしまったらこの計画は終わりだ。
――ぬぬっ。あと少しなのに……こうなったら計画変更だ、あのおっぱいを隠している憎っくき衣を、吹き飛ばしてくれよう……はああぁぁ……ふぅぅぅぅ……
俺はエリザの右肩に向かって息を吹き掛けた。
狙いは十分だったが、猫の姿となった俺の吐き出す息は思った以上に弱々しかった。
ひゅるるるぅぅ……
――ぬ! はあぁぁ……ふぅぅぅぅぅ……!
ひゅゅるるるぅぅ……
――ぬぬっ! ……いや、まだだ。まだ諦めんぞ、もう少し強くもう1回だ。
――はあぁっ、ふぅぅぅぅぅぅぅ……!!
ひゅゅるるるぅぅ……!!
――はあぁっ、ふぅぅぅぅぅぅぅ……!!!
ひゅゅるるるるぅぅ……!!
――んっ!? おおぉっ! 今、少しずれたよね。
……ふはは、いける……いけるぞ……!! よし、もう一回っ……ぁ!?
不意に俺のお腹の辺りがもぞもぞ動き出した。
もふもふっ!!
――ぁぁ……な、なにがぁぁ……
「あんた……人に息吹き掛けて……何やって……
あら、可愛いわね……ぁあっ、堪らない。
ふふふ、やっぱりもふもふしてて、気持ちいいわ。止められないわ」
もふもふっ!!
もふもふっ!!
『ふおぉっ……ぁぁぁ……や、やめろエリザぁ……ぁぁぁ……』
俺はエリザを呼び、ドアをノックする音が聞こえてくるまで、ベッドでもふられ続けた。
自業自得である。
強くノックする音が聞こえると、エリザの表情が急に固くなった。
だが、それは一瞬のことで、まるで仮面でも被ったかのような無表情を装ったエリザは、もふもふをしていた手を止めノックに返事をした。
「はい。何でしょう?」
――まったく誰だよ。そんなに強くノックしなくても聞こえるんだよって……まぁ、俺は助かったが……
返ってきた声は男性のものだった。
「旦那様が、こちらで用意した服と靴に着替えて一刻も早く出ていけと仰せです。
その際、このローエル侯爵家の物は、全て置いていかれるようにとのことです」
そう言うと、ドアが少し開き、服と靴が投げ込まれた。
エリザは俺を離し、投げ込まれた服と靴の所まで歩くと、その服をゆっくりと手に取った。
「……分かったわ、セバス」
「既に馬車は屋敷前に用意してあります。お急ぎください」
そう言うとセバスという奴がドアから離れていった。俺は気配で分かるからな。
「………」
エリザは、暫く手に取ったその服と靴を眺めていたが、何も言わず着替え出した。
するすると寝間着を脱いでいく。
――まただ。おっぱいがモロに見える。凄く嬉しいが……俺のさっきまでの奮闘は何だったん……っ!?
おっぱい見えてるぞ。そう言おうと思ったが、エリザが今にも泣きそうな顔をしていたので、俺は喉まで出ていたその言葉を飲み込んだ。
暫くするとエリザは質の悪そうなワンピースに着替え終わった。
凄く地味なワンピースだ。
しかもサイズが合っていないため、おっぱいがキツそうで丈も短い。
急ぎあり合わせの物を適当に買ってきた感がある。
靴も……これは何だ。袋に足を突っ込んで紐で縛った感じのダサいやつだ。
俺がエリザの着替えを眺めていると、エリザは最後に姿見の前まで歩み自身の髪に手を伸ばし切ろうとした。
――ぬ! あのキレイな髪を切ろうと言うのか!!
『エリザちょっと待って』
「何? 手入れもできない私にはもう必要ないのよ。それにこの格好に長い髪は似合わないわ」
エリザから抑揚のない声が返ってきた。その声はどこか諦めたかのような力のない声だった。
『俺に考えがあるんだ。とりあえず一つ結びにすれば似合うと思うからそうしてくれ』
「……!? そ、そう。考えがあるのね、分かったわ」
エリザはまさか俺からそんなことを言われるとは思っていなかったのか、驚いた様子だったが、考えがあると言う言葉を信じ素直に俺の言うことに従った。
先程より少し声にも感情が戻ったみたいに感じる。
――ふむ。縦巻きロールより全然いい。やはり美人だ。
『うむ。凄く似合ってるぞ』
「な、何よ急にそんなこと言って。どうせ私には、平民がお似合いだって言いたいんでしょう」
『お前分かってないな。美人さんは何着ても美人だという意味だ』
――まあ、俺が勝手にそう思っているだけだから分かるはずないんだけどな……
「…………そう」
エリザは耳を真っ赤にして顔を逸らした。癖なのか? エリザは腕を組んでいるためおっぱいが凄いことになっている。
――ほほう……
そこで俺はチャンスとばかりにおっぱい目掛けてダイブした。
「きゃっ、ちょっと!! もう、急に飛び付くと危ないわよ」
ぽふっ。
エリザは組んでいた手を広げ、しっかりと柔らかいおっぱいでキャッチしてくれた。
――うむ。思っていた通りの弾力だ。
『さぁ! エリザ行くぞ。そろそろ行かないと屋敷前がざわざわしてる感じがするぞ』
――正確に言うと殺気立っているんだが。
「へぇ、そんなことまで分かるのね。凄いわ。それじゃ直ぐに向かいましょう」
エリザは自分の部屋を懐かしむように一度だけ見渡すと、俺をぎゅっと抱き締め部屋を後にした。
俺を抱く腕に力が入り過ぎて、少し苦しくもあったが、俺はあえて気付かないふりをした。俺は空気が読めるのだ。
エリザは涼しい顔で屋敷前まで歩いていくも、すれ違うメイドたちは顔をしかめヒソヒソと嫌な感じで話していた。
睨みつけてきたり鼻で笑っているメイドもいた。
――嘲笑か……気に食わんな、本当嫌な感じだ。漂う気配が悪すぎる。
屋敷のエントランスには悪人顔の中年男性が立っていた。
その男性はエリザの格好を見て鼻で笑った。
「ふん」
エリザはその男性を見て、一瞬だけ足が止まったが、顔を俯かせ直ぐに玄関に向かう足を早めた。
「……使えん奴め。お前にはそれがお似合いだ」
男はすれ違いざまにそれだけ言うと、誰かに向かって顎で合図を送っていた。
その後はエリザには目もくれず屋敷の奥に入っていった。
「……っ」
エリザは悔しくて仕方ないのだろう、平静を装っているが、目が吊り上がり悪役令嬢っぽくなっていた。
――いかんな。
屋敷の外には既に御者が乗った馬車が用意されていた。
鉄格子のついた犯罪者を乗せる馬車だ。
窓は左右に一つずつ鉄格子のある窓がついている。
入口は後ろのみで、その入口は狭く簡単には出られないようにドアの取手に鎖が巻き付けてある。
「早く乗れよ!! 悪女!」
「はんっ、悪女のくせに、猫なんて抱きやがって。まだ貴族のつもりか?
分かってないようだが、お前はもう平民なんだぜ。へっへっへ。」
「バカ! 悪女には猫しか居ないんだよ。こんな悪女を誰も相手にするわけがないからな……」
ローエル家の騎士がエリザを嘲笑し強い口調で言う。他の騎士からも耳を塞ぎたくなるような誹謗中傷の声が矢継ぎ早に飛んでくる。
「……」
エリザはなかなか足を前に出そうとしなかった。
いや、出せなかったのだろう。
俺を抱く腕には力が入り、俺の体に食い込んでいる。そして、その足は震え俺にもその振動が伝わっていた。
――ほんと嫌な感じだ。
『……エリザ。馬車に乗るぞ』
俺は誰にも分からないように、エリザにリラックスの魔法を掛けた。
「……そ、そうね」
エリザは俺だけに聞こえるように小さく呟いた。震えも止まりエリザの様子も落ち着いたように感じる。
エリザは馬車の後ろに回り込むと、先に俺を馬車の中に入れ、自身も狭い入り口を四つん這いになり潜るように馬車に乗り込むが――
「きゃっ! あ、貴方なに人のお尻触ってるのよ!」
「うるせぇ、お前が汚ねぇ尻をいつまでも見せてるから、手伝ってやったんだよ。
さては俺に色目を使う気かぁ……無駄だ……あん? なんだその目は」
「……くっ」
と悔しそうにするエリザと、ニタニタと嫌な感じの笑みを浮かべる騎士たちが見えた。
――気に入らんな。勝手にエリザの尻を触りやがって……特にお前。
『エリザ……俺、アイツ気に入らん』
「私も気に入らないわよあんな奴。あんな奴がローエル家の騎士だったなんて……最低よ。
はぁ……まあいいわ私にはもう関係ないことよ……あら? この中は……腰掛ける椅子もないのね」
『……そうだな。』
エリザは中央で待っていた俺を抱き上げると窓の鉄格子を握りながら壁際の床に横座りした。
エリザが座るのを待っていたわけではなく、たまたまだろう。
エリザが座ると直ぐに馬車は動き出した。
体がグラッと揺らぎ、それと同時にガタガタと細かい振動が伝わってきた。
ハッキリ言って乗り心地は最悪。内臓が弱っていたら酔いそうだ。
それに併せ10人のローエル家の騎士たちが騎乗し馬車を囲んだ。
――エリザのおっぱいがその振動で揺れてるのは最高なんだが。
今はそれよりも……ぅぅ……やっぱり気に入らねぇ!!
『うぬぬ。やっぱりダメだ。俺は奴が気に入らん!』
――はっ! そうだよ。俺はよく考えたらエリザの護衛だ。これは報復してもいいんじゃね?
「あなたは何ブツブツ言ってるの?」
『よし! 決めた。俺はお前の護衛だ。そのお前に手を出したんだ。奴は俺の魔法の餌食になってもらう。報復決定だ』
「ち、ちょっと! 急に何訳のわからないことを言ってるのよ?」
『何って……さっきの奴はエリザに手を出してきただろ?』
「……ああ。それはそうだけど、そんなことくらいでローエル家の騎士を殺したらダメよ。私が変な疑いをかけられるじゃないの」
『大丈夫だ殺しはしない。だが、許しもしない……悪魔法を使う』
「悪魔法? って何よ」
『人族に悪影響を与える魔法さ。
よし! 決めた! お前にはこれだ!!
悪魔法:悪因!!
”お前は1時間後、激しい腹痛に襲われる。物凄くう○こがしたくなるのだ。そう、これは今日1日続くだろう”。ふふ。
この因をお前に与えてやる。ふはははっ!! 馬の上で悶え苦しむがいいぃぃぃ!!』
俺の体がピカリと光り、先程の騎士の頭にその光が吸い込まれていった。
『よし、これでオッケーだぞ』
「ふーん」
『……護衛だからな。まあ、今回はこれくらいで勘弁してやることにした』
もふもふっ
もふもふっ
『ぁぅぁあ……ちょっと待て! 何故もふもふする? ぅぅぁぁ……』
エリザは何も答えないが、その表情はどこか嬉しそうだった。口角も少し上がってていい顔だ。
――美人の笑顔はいいもんだな。
暫くすると、ガタガタと馬車の進む音だけが響いていた車内に――
くぅぅぅ……
馬車の音とは別の可愛らしい音が鳴り響いた。
俺の背中から聞こえる、エリザのお腹が鳴ったんだ。
見上げ見ればエリザの顔がみるみる赤くなっていく。
『ぷっ! エリザお腹が鳴ったぞ』
俺は大人気なくエリザをからかった。
――そういえば、エリザは朝食摂ってないな。まあ、俺は2、3日食べなくても平気なんだが……
「……し、知ってるわよ……うるさいわね」
――ふむ。
『やれやれ。しょうがない』
俺はわざとらしく首を振り、所望魔法を使った。
『我は所望する』
目の前の床にナックセットが現れた。
ハンバーガーとフライドポテトとドリンクのお得セットだ。
美味しそうな香りが馬車の中に漂った。
「ち、ちょっとクロー! これは何よ。いきなり目の前に何か現れたわよ!」
『ふふふ、聞いて驚け!! これは泣くほど美味いと有名なファーストフードのチェーン店ナクホド・ナルホドのナックセットなのだ!!
俺が魔法で出した。さあ、特別だ、食べるがいい。ふはははは!』
俺は得意気に右手の肉球で出したナックセットを指した。指でさせてないので手を向けた感じだ。
「魔法? ナックセット? ……ああ、でもいい匂いだわ」
『美味いぞ。口を大きく開けてかぶりついて食べるんだ。こんな風に』
俺は口を大きく開けてかぶりつく仕草をした。っと言っても今は猫なのだが。
エリザが恐る恐るハンバーガーを手に取ると、そのまま食べようとした。
『うああっ待った! その包んである包装紙は剥がすんだ』
「えっ……そうなの」
エリザは四苦八苦しながら包装紙を剥がしていった。
「これでいいのね。……まぁ! これはパンだったのね」
『ああ。そうか包装紙を見ていたから反応が薄かったんだな。
じゃあ、それにかぶりつくんだ。あむっと』
「そ、そう。分かったわ。かぶりつくのね」
エリザは恥ずかしそうに、口を小さく開けチビッとかじりついた。
『ダメだ、ダメだ! もっと大きく口を開けてパクッと食べるんだ。豪快に食べないと美味しさが半減するんだぞ』
俺はまた口を大きく開けて食べる仕草をした。
「もう……分かったわよ」
エリザは恥ずかしいのか目を閉じ、思いっきりかぶりついた。
するとどうだ、エリザの目がみるみる見開かれていく。
「美味しい……美味しいわ。こんなの初めて食べたわ」
『うむ。そうだろ、そうだろ』
ドリンクの飲み方と、フライドポテトの食べ方も教えた。
エリザはこんなの侯爵家でも食べた事ないわっと、美味しそうにもくもくと食べていたが、不意にエリザが俺を見て食べる手を止めた。
『んっ? どうした?』
「あなたは食べないの?」
エリザが不思議そうに首を傾げた。
『ああ、俺は2、3日食べなくても平気だ。それに今は猫だ。食物を地面に置いてまで食べなくてもいい。
あっ、でも、エリザは食べとけよ。いざって時に動けないと、護衛できないからな』
――最悪、俺が抱えるから動けなくても別に問題ないんだが、食べないと元気がでないしな。
エリザは頬に手を当て何か考えたかと思ったら、横座りから膝を立てて壁に寄りかかるように座り直した。
「これなら大丈夫そうね」
そしてエリザは、立てた膝の上に俺を仰向けに置いた。
『うおお、急にどうした』
――顔が近いぞ。おっぱいも近い、はっ! これは――
俺のもふもふなお腹がエリザに丸見えとなっているじゃあないか。
『ま、まさか、お腹をもふもふするのか!!』
「ば、バカ。そ、そんなことしないわよ」
エリザは恥ずかしそうに、ハンバーガーを小さく手で千切るとそれを俺の口へと持ってきた。
「ほ、ほらあなたも……クローも食べなさい。これなら地面に置かなくていいでしょ」
『おお! そうだったのか、なるほど。これなら食べられる、ありがとな』
エリザは次々とパンを小さく千切って口に運んでくれる。
――おっ! これはこれで、なかなかいいな。美人さんからあーん。して貰ってるみたいだ。
『エリザ』
「なによ」
『美味いなぁ』
「……あなたが出してくれた物よ」
『それでもだ』
「…………」
2人で食べてより美味しく感じたのか、その後、もう1つナックセット出して食べた。エリザも目尻が下がって嬉しそうだった。
気がつけば、日本人だった前世の記憶に引っ張られついつい手を貸してしまっていた。
まあ、これはあれだ。
護衛対象の健康管理も護衛の仕事だよな。これは契約に入ってることなんだよな。
と、一人言い訳のようにブツブツ呟き、無理やり納得したクローであった。
――――デビルスキャン――――
所属 悪魔大事典第29号
格 ランク第10位
悪魔 ナンバー960
名前 クロー
性別 男性型
年齢 23歳
種族 デビルヒューマン族
固有魔法 所望魔法
所持魔法 悪魔法
攻撃魔法 防御魔法 補助魔法
回復魔法 移動魔法 生活魔法
固有スキル 不老 変身 威圧 体術 信用
攻撃無効 魔法無効
所持スキル デビルシリーズ
契約者 エリザ
所持値 100カナ
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