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急に部屋が真っ暗になると、トンネルみたいに奥の方から光がどんどん迫ってくる。
「召喚されたぁぁ!! ちょっと待って……俺、今ジャージッ!! 嫌だぁぁぁ!!!!」
その光に包まれると俺は魔法陣の上に立っていた。
目の前に悪魔大事典第29号を片手に持った若い女性が顔面蒼白でへたり込んでいる。
――ぉ、女だ。ヤバイ、手に汗が……
「ぉ、お、お前か!? ぉ俺を……呼び出したのは?」
――あぁぁ! どもったぁぁ!! 久々の会話だったからぁぁ……
「ぁ、あなたが、悪魔……なのですか!?」
若い女性は慌てて立ち上がると姿勢を正し、胸を張って腰に手をあて尋ねてきた。
女は俺を見上げながらも、頭の天辺から足の爪先まで食い入るように見ている。
――ぬっ!
慌てて俺も、負けずに腕を組み仁王立ちの格好をして、胸を張る。
その際、少し浮いて見せ、より悪魔っぽく見せることを忘れない。
――ジャージ姿の悪魔だもん。びっくりするよな。威厳もへったくれもないよ……
「ぃ、如何にも、俺は悪魔ナンバー960。まあ、クローとでも呼べばいい」
「本当にそうなの? ……まぁいいわ。悪魔クロー様。それならお願いが……」
「……女よ今なら引き返せる。なかったことにしてやろう? ……なかったことにするか? ……するよな?」
――俺は無かったことにしたい。事典に戻りたい。さっきから凄く疑いの目で見られてるし。威張ってるし。
「嫌よ。あなたは私の願いを叶えてくれるのでしょう?」
――えっ、本気? 俺、こんな格好だけど……本物の悪魔だぜ。
「ほう……それはつまり悪魔の俺と契約を交わすということか?」
「……そ、そうよ、何か文句ある?」
――マジですか? ってこの女……気が強くねぇ?
見た目はキレイだけど、目がつり上がってて威圧的と言うか……
……クレーム来そうだな。よし! もう1回聞くか?
そうだデメリットを伝えよう。確認は大事だ。語弊があっちゃいかんよな。
「悪魔の俺との契約には対価がいるぞ。分かっているのか?」
――対価か……対価、やばい考えてないわ、何にするか?
「ふ、ふん! そんなの……か、覚悟の上よ。
あいつらに復讐できれば、私はどうなってもいいもの……どうせ……直ぐに……」
そう言った女の顔は真っ赤に染まり、きつく鋭い目を一段と吊り上げていた。
「……復讐なのか?」
「そうよ!! 何、文句あるわけ。復讐がダメなんて言わないわよね? あなた悪魔でしょ?」
――くっ、何て生意気なんだ。
「……いや、俺なら容易なことだ」
俺は、久しぶりの会話と、相手が若い女ってことで、緊張していたが、あまりにも生意気な娘で、気を使って緊張していた自分がバカらしくなった。
――お陰で頭が冷えたわ。どれ……
冷静になれた俺は、冴えた頭で改めて女を観察した。
女は凄く豪華で派手なドレスを着ている。
格好からして貴族らしいが、ドレスの質の良さから、この女の家は相当爵位が高そうに感じる。
――ふむ。
17歳くらいか、金色のキレイな髪は縦巻きロールで、顔は整っている。
悔しいが、見た目だけはスタイルの良い美人さんだ。
だが、目がきつく吊り上がり、威圧的で人を見下しているように感じる。派手な化粧がなんか悪役令嬢っぽい。それよりもこの女――
――おっぱいが……でかい!
派手なドレスは胸元が大きく開きおっぱいが溢れそうだ。
――け、けしからん!
俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「な、何よ、人の胸ばかり見て、いやらしいわね」
――む、バレたか。……ん? そうだ良いこと思い付いた。
「ふん! 俺は悪魔だ。お前がいやらしい身体をしてるから悪い」
俺はわざとらしく女の頭の天辺から足の爪先までをじっくり見た後、最後におっぱいを見た。
「……ふむ、そうだな……良いだろう。
お前との契約はそのいやらしい身体を俺に捧げてもらおう……さて、どうする?」
――はんっ! 世間知らずの貴族娘め。身分の高そうな女は、こうやって言えば諦めるだろう。ふははは。
俺は更に挑発するよう睨みつけ口角を上げた。女を見れば、ふるふると震え、収まりかけていた顔をまた真っ赤にしていた。
「ふん! できないなら諦めろ」
「ぃ、いいわ! それでいい。
どうせ私は王太子殿下に婚約破棄され国外追放となった身なのよ。明日には、この屋敷からも、ローエル家からも縁を切られ平民となるわ。
もう貞操なんて守ったところで意味ないもの」
女は自嘲的な笑みを浮かべ俺を睨み返してきた。
――くっ、マジか。ここにきて、ありきたりな婚約破棄からの国外追放、おまけに平民堕ちですか。
……それなら復讐なんてせずに一生遊んで暮らせるお金があった方がいいんじゃね? 俺ならそうする。
「そ、そうなのか……因みにそれは冤罪なのか?」
「何よ! 悪魔なのに人の転落人生に興味があるの?
違う、悪魔だから、笑いたいだけなのね」
「俺にそんな趣味はない。……まあ、その、それなら尚更、復讐より遊んで暮らせるほどのお金を願った方がいいんじゃないかと……思っただけさ……」
――ふーむ。それならサービスしておっぱいを揉ませてもらうだけで勘弁してやってもいいな。
「……あなた変な悪魔ね。でも、私は冤罪じゃないわ。あの生意気な男爵令嬢、女狐を苛めもした、王太子殿下に近づくなと脅しもした、憎くて階段から突き落としもしたわ」
――ぶっ!! 冤罪じゃねぇのかよ。
「……そ、そうか」
「だって仕方ないじゃないの、何度注意してもあの女狐は、王太子殿下に近寄ってくるの。それだけじゃないわ。
あの女狐は、殿下だけじゃ飽き足らず婚約者のいる令息たちにもちょっかいを出していたのよ。
これでも私は侯爵令嬢だったのよ。言っても聞かないなら、権力で捩じ伏せるしかないじゃないの。
それなのに、王太子殿下はあの女狐と仲睦まじく……私には見向きもしなくなったわ。
そして、その女狐は王太子殿下の婚約者におさまったわ。ふふふ、笑っちゃうわよね。
私は無様に婚約破棄の国外追放……あげくに平民落ち。私はただのエリザベス……違うわね、エリザになったのよ」
ーーうわっ! まるで乙女ゲームだな。
その女狐って奴がヒロインってことで、こいつは悪役令嬢ってことか。見た目もそれっぽいしな。
「……なるほど。とんだ尻軽女がいたもんだな。んで、お前はどうするか決めたか?」
「決まってるわ。
私にはもう時間も権力も財産もない。国境まではローエル家が私を監視している。もしかしたら途中で消されるかもしれない……いいえ。間違いなく消されるわね。
ローエル家の恥晒しとなった私エリザを、あのお父様が生かしておくはずないもの。
だから私には……もう……これしか、私はあんな尻軽女に負けっぱなしで終わるのは嫌なのよ」
エリザは俯き下唇を噛み締めていた。必死に涙を堪えているのか目尻には少し涙が浮かび上がっている。
――……ふむ。
「それで、復讐なのか? ふむ。聞いててバカらしいと思うがな。そんな尻軽女に気移りし、本気になるような男のために復讐するのか?
お前は王妃となるために厳しい王妃教育を受けてきたのだろう。
ぽっと出の尻軽女が務まるとも思えん、勝手に自滅するだけだと思うが――
それにだ。お前はまだ17歳だろ。今からでもやり直せる。権力が欲しけりゃ、お金で爵位が買える国だってある。権力はあるが金に困ってる没落貴族何かも居るかもしれん。よく考えろ」
――生意気だが、こんな美人さん勿体ないよな。最悪俺が助けて俺の物にするか?
エリザは目をパチクリして俺を見上げた。顔を真っ赤にしてつり上がっていた目が少し穏やかになった気がする。
――む? ははん……これは……
俺のスキルが効いてるのかもしれん、悪魔らしからぬ俺の固有スキル……〈信用〉スキルがな。
「あなた……ほんと、変わってるわね。本当に悪魔なの? 悪魔ってもっと禍々しく、人の不幸や転落、魂や血肉が大好きってこの辞典にも書いてあるのに……
だから、私はこの魂を捧げるつもりだったのよ」
エリザはそう言うと豊満な胸に手を置いた。
「いやいや、俺にも選ぶ権利はある。血肉や魂なんて要らん。グロなんて興味もない。
言っとくが、俺はこう見えて何でもできるんだよ。だからかな、男なら楽しめる身体の方がいいんだよ。分かったか? お前の身体なら尚良い……」
エリザの顔がかぁーと凄い速さで真っ赤に染まっていく。顔だけじゃないよく見れば首まで真っ赤に染まっている。
――ふむ。なかなか可愛い所もあるようだ。
「……た、楽しめる身体って……もう。あ、貴方がそこまで言うならお金にするわ。遊んで暮らせるくらいのお金。できるのでしょ?」
エリザは恥ずかしいのか顔を背けそんなことを言うも、両手は落ち着きなく縦巻きロールをしきりに触っている。
「ああ。できるぞ」
「じゃあ……あ!」
そわそわしていたエリザは急に何か思い出したのか短く声を上げ首を振った。
「ダメ。私は国境を越える前に消されるかも知れないもの‥‥‥残念ね」
強がって虚勢を張るその姿がどこか肩を落とし、泣いている子供のように感じた。
――……ふむ。仕方ないよな。
「よく聞けエリザ! 俺は強い。ハッキリ言って人族の騎士が束になって襲ってこようが話にもならん。と思う。
お前さえ良ければ俺が、その間の護衛もしてやろう。もちろん対価はもらうが……」
「え!」
「そうだな……対価は……うーむ。よし! エリザ、お前のそのおっぱいを揉ませてもらおうか」
俺がエリザのおっぱいに目を向けそう言うと、エリザはふるふる震えながら顔を真っ赤にした。と言うかずっと真っ赤なままだ。
――ん! 怒らせたか……
「ま、まったく。……ああっもう。貴方ってほんと下品だわ」
「悪魔だからな」
――思った通りにしたくなるんだよ。
「……いいわ。そ、それで良いわよ。仕方なくなのよ。分かった? ちゃんと私を護りなさいよ?」
――おおっ。言ってみるもんだな。
「ああ、勿論だ。これで契約成立だな。国境を出たらおっぱいを揉ませてもらうぞ」
「わ、分かってるわよ。……それで、貴方はその間どこに居てくれるのよ」
「そうだな」
俺はしばらく考えた後、小さな宝石が着いているネックレスを所望して取り出した。
「先ずはこれを着けててくれ。保護ネックレスだ。防護、障壁、位置情報の魔法をかけている。
襲ってくるとすれば、侯爵家の手の者なんだろ?
用心のためだ、どこで何があるか分からんからな」
俺はそのネックレスをエリザに手渡した。
「宝石は小さめにしている。これくらいならこの屋敷からも、持ち出せるだろ?」
「そう……ね。この小ささなら首から掛けていれば大丈夫よ」
俺から受け取った保護ネックレスをじーっと眺めていたエリザは、そう言うとそのネックレスを首にかけた。
――うお!
するすると小さな宝石の部分は谷間に入りおっぱいに埋まった。
「なるほど。おっぱいに隠れるのか。確かにこれなら大丈夫そうだ」
「もう、ほんと貴方って下品ね」
エリザはどこか諦めたような呆れたような、それでいて残念な子を見るような視線を向けてきた。
――そのけしからんおっぱいが悪いのだ。
「ふん。それじゃあ俺は猫にでもなるかな」
俺は変身スキルで白猫に変わった。これは前世の記憶で俺が飼っていた白猫、名前はハッピー、その猫を真似てみた。
毛並みがよくて長い。この猫はもふもふ感が半端ないのだ。
「へぇ、姿を変えられるなんて、貴方はやっぱり悪魔なのね。ちょっと錯覚しそうだわ。でも、なんで白猫なの……もふもふして可愛いらしいんだけど」
――錯覚って何とだよ。
『ふん、いいだろう別に。じゃあ明日だな。俺はこの姿で馬車に潜り込むから、間違っても追い出すなよ』
「きゃ! なに? 急に頭に……声が……」
『ああ、すまん。これは念話だ。猫だと話せんからな。』
俺はにゃーんと鳴いてみせた。
『ほらな、喋ろうとするとこうなる』
「そのようね。でも念話って凄いわ」
エリザが感心したように俺をまじまじ見ている。前屈みになっているから益々おっぱいが溢れてきそうだ。
――ふむ。最後に良いもんが見れたな。
『エリザ、それじゃあな』
「ち、ちょっと待ちなさいよ」
俺が猫の姿で、窓から外に出ようと踵を返したところでエリザから声がかかった。
『なんだ? どうした?』
「あ、あの、その」
呼び止めたのはエリザなのに、そのエリザは急にモジモジと顔を赤らめた。両手はドレスの裾をギュと握ったままだ。
『なんだ? おしっこか?』
「ち、違うわよ。その姿なら問題ないから、ここに居なさいよ。私の護衛なんでしょう」
エリザのヤケクソ気味に発した言葉が何故か、微笑ましくあり、可笑しくも思えた。
――なんだ、可愛い所も結構あるんじゃないか。
『そうか、そうか、エリザは寂しいのか。なら仕方ないな』
俺はひょいとエリザのおっぱいにダイブした。反射的にエリザは俺を受けとめその胸に俺を抱いた。
『痛っ! ぬっ、これは反則じゃないか!』
「貴方はバカ? コルセット着けてるから当たり前じゃない……あら」
もふもふっ!
もふもふっ!!
「……それにしても貴方……もふもふして……気持ち良いわね」
おっぱいに埋まるつもりが、逆に俺は背中をもふもふされる。
『ぁぁぁ、やめ、やめろ、ぁぁぁ。』
――背中がゾクゾクして力が入らん……
もふもふっ!
もふもふっ!!
――ああぁぁ……
――――
――
どれくらいもふもふされたのか、もう俺の記憶にはない。俺は全身隈なくエリザの手によってもふもふされてしまった。
――もう、お婿にいけない。
エリザがぐったりとした俺をベッドに置いた。
「ふふふ。もふもふして気持ち良かったわ。ちょっとそこで待ってなさいよ、着替えるわ」
エリザは無防備にも、すぐ側でドレスを脱ぎ始めた。
ドレスは始めから緩めていたのだろう、引っ張ればするりと脱げ、コルセットも当てているだけだったのかドレスを脱いだら一緒に外れていた。
――俺を召喚するために、一人で着替えたのだろう……って、モロにおっぱい見えてるぞ。
大きくキレイなおっぱいがプルプルって凄く揺れてる。
『おおい、エリザ。キレイなおっぱい丸見えだぞ』
「……もういいわよ。手遅れだもの。もうすぐ着替え終わるから待ってなさい」
――何かここまで信用されると、男として立場がないな。ん、でも今は猫だから無効でいいよな?
エリザはワンピースみたいな寝間着を上から着た後、化粧台に座ると器用に化粧落としを使い派手な化粧を落としていく。
――ほう。
化粧を落としたエリザもやはり美人だった。自然な美人さんだ。相変わらずつり目だが幾分かマシになっている。俺はこっちの方が全然良い。
見方によっては美人にも可愛くも見える。
『エリザは化粧しない方がいいな』
「な、何よ急に……」
どうせ今から先は化粧なんてできないわよ、と自嘲気味に言うも照れ隠しだったのか、エリザは真っ赤な顔のまま、早足で近づいてくると、俺を急にぎゅっと抱きしめてベッドに潜り込んだ。
『エリザ、ちょっと待て、当たってるぞおっぱい。柔らかい奴、おっぱいだよ。当たってるぞ』
「知らないわよ。あぁもふもふ、気持ちいいわぁ。あんた名前クローだったわよね」
『そうだがぁぁぁ、こ、こら、もふもふし過ぎだろぁぁぁぁっ……ぁふ』
もふもふっ!
「ふふふ。白猫なのにクローって可笑しいわね」
もふもふっ!
もふもふっ!!
エリザは恥ずかしかったのか、誤魔化すようにもふもふし続け、俺が悶えるその声を嬉しそうに聞いていた。
もふもふしていた手が止まりホッとしてエリザを見れば、彼女は満面の笑みを浮かべながら眠りについていた。
――深夜も過ぎてるしよほど疲れていたのだろうな。おっ! やはり美人さんは笑った方が似合うな。
俺が召喚された時の顔と比べると随分と穏やかな表情になったと思う。
この顔なら悪役令嬢に見えない、ただの美人さんだな。とクローもおっぱいに包まれ眠りについた。
――――デビルスキャン――――
所属 悪魔大事典第29号
格 ランクG
悪魔 ナンバー960(クロー)
名前 ――――
性別 男性型
年齢 23歳
種族 デビルヒューマン族
固有魔法 所望魔法
所持魔法 悪魔法
攻撃魔法 防御魔法 補助魔法
回復魔法 移動魔法 生活魔法
固有スキル 不老 変身 威圧 体術 信用
攻撃無効 魔法無効
所持スキル デビルシリーズ
所持値 0カナ
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