スケルトン 粉砕骨折しました
人はそう簡単には変われない。
代わり映えの無い人生の半分をすごしてしまった、一人の中年が目を覚ます。
学生の頃にオタク趣味に走ったせいで、未だ完全に抜け出すことができず、今でもアニメやラノベを手放せない。
今日は国民の休日たる日曜日。
前日は遅くまでアニメを見ながらラノベを読んでいた。
最近、老いのせいか朝起きてから体が重く感じる。
昔のように4時まで起きているのは体に悪いのかもしれない。
考え事をしながら歩いていたのが悪かったのか、特に段差もない慣れ親しんだ部屋で転んでしまい、胸から床に叩きつけられた。
その時、ただ転んだにしては異常な音が部屋に響き渡った。
「がっ! か······あ······」
激痛に身動きが取れず、口から漏れたのはかすれた音だけ。
こんな痛みに襲われる理由を考えてみるも、この間受けたばかりの健康診断の結果は異常なしだったはず。
······いや、備考欄に一言だけ書かれていた。
『骨粗鬆症の恐れあり』
そんな言葉が流れゆく記憶の端に浮かんできていた。
「(そうか、転んだ拍子に骨が折れたのか)」
中年の意識はそこで途切れた。
///
はい、色々主観的にかっこよく語ってみました!
如何でしたか?
中年さんの壮絶なる最後!
転んで胸を打ち付け、肋骨3本の骨折!
折れた骨の行方は内臓へクリーンヒット!
そもそも死の間際にあんなに思考がクリアなわけないでしょ?
全て私が心を読んで解説してあげてました!
どう?
嬉しい?
「うぜぇ、黙れ」
わぉ!
君そろそろ50歳なんだよ?
歳相応の喋り方しよーよ!
大人になっての中二病は精神病と大差ないよ!?
「わーったから! 人の頭ん中に言葉を響かせるな!」
「······我儘だなぁ。ま、これから私が我儘言うから、それでチャラってことにして!」
はぁ、やっと喋れる。
俺は49歳までオタクでい続けた、薄井耕史って名前のおじさんだ。
俺はすっ転んで死んだらしく、今は神との面会の真っ最中ってところだろう。
おじさん舐めんなよ?
スマホで小説だって読んでいたんだ。
この展開もよく知っている。
異世界転生!
恐らくこれで間違いないだろう。
「違うよ?」
「思考にツッコミ入れんな!」
残念ながら違ったらしい。
ただの気まぐれ世間話か。
輪廻の輪にさっさと戻してもらおう。
転生するわけでもないのにここにいても意味は無いだろう。
「それじゃあな、俺は次の生に前向きに臨むことにする」
「ちょ! ちょっと待ってよ! せっかちは良くないよ!」
転生じゃなければ転移ってか?
50歳目前の死んだ体で?
ないない。
「いや、その通りなんだけど······」
「だから心読むなって! ······今なんつった?」
「異世界に転移してもらうよって」
「はぁ!? 死んでんだぞ!?」
「そうだね! でも心配しないで! 転移に際して特典をあげるつもりだから!」
転移かつチート能力ありってことか?
うまい話だが、絶対に裏があるよな?
さっき我儘がどうのとか言ってたし······。
「どうして俺なんだ?」
「ただのランダムだよ?」
たまたまってことか。
「死んだ体で転移と言ったが、具体的にどうなる?」
「骨と魂を転移させて、スケルトンって言う魔物になってもらうよ!」
どうやら死体を転移させて魔物に変質するのを待つらしい。
魔物になるのか?
「もしかして、魔物に人権があるような世界なのか?」
「まさか! 迷宮から生まれる魔物の素材が文化発展に協力しているけど、滅ぼしても問題ない人類の敵だよ!」
つまり元同族と戦わなければいけないってことか。
ん?
何でもう、人間を元って認識してるんだ?
「転移させる目的は?」
「人類がね、ダンジョンから得た素材を加工して武器を生産し、戦争を繰り返しているんだ。それを止めるために人類共通の敵、魔王が必要になったんだ!」
他の世界で死んだ人間に、人類の敵になってもらうけど2度目の生が欲しくないか聞いているのか。
元の記憶があるから、2度目の生と言うより延命になるのか?
いやらしい交渉の仕方だな。
「それで、肝心の特典は何をくれるんだ?」
骨折で死んだからって、「骨太になるだけ」とか言われたら発狂するぞ。
「ユニークスキルとして『魔王の因子』をプレゼントするよ! それと向こうでの生活をサポートするユニークスキル、『側近』もあげちゃう! ······あとオマケに骨太にしてあげるよ」
良くあるチートスキルってやつだろう。
ネタ思考を読まれて、骨太まで特典につくとは思わなかったが。
てか、勝手に思考読むな。
それにしても、主人公を夢見る歳でも状況でもないが、選ばれた者のような高揚感は少なからずある。
魔王を目指せと言われたのだから、ダークファンタジーに位置する転移と考えていいだろう。
こうなったらとことんロールプレイして、人間を狩りまくってやろう!
もうすっかり転移する気満々の俺は、今更ながら神の姿を探す。
会話をしていたのに姿を見てはいなかったのだ。
「残念ながら今の君では私の姿は見せられないんだ。容量が足りなくて精神が崩壊しちゃうからね!」
存在するだけで人を殺せる大量殺戮兵器のような存在と話をしていたらしい。
そんな危ないヤツの話が信じられるのか、疑いの心が再び警鐘を鳴らす。
しかし、それはあまりにも遅すぎた。
「君も乗り気みたいだし、新しい世界を恐怖のどん底に叩き込んでね! 活躍を期待しているよ!」
「おいっ! まっ······」
言葉の途中で、またも俺の意識は途切れた。
「······君は魔王になれるといいね?」
///
視線の先は骨。
俺は幽体離脱して骨を眺める、薄井耕史だ。
スケルトンという骨の魔物になる予定だったのに、幽体離脱して骨を見ることになるとはこれいかに。
【分類:ゴースト。種族名:レイス。転移の衝撃でコウジ様の肉体である、スケルトンの骨は粉砕骨折しました。復活には小魔石が5つ必要です】
突如、頭の中に声が響き渡った。
俺のことを様付けで呼ぶということは、『側近』のスキルが働いたのかもしれない。
【肯定します。ユニークスキル『側近』は、主人をサポートするために存在する、知育スキルです。情報はアカシックレコードより引き出されるため、正確さには自信があります】
自信満々の『側近』さんである。
それも当然だろう。
アカシックレコードと言えば、世界の全てを記したものである。
情報の真偽まで記されているのだから、間違えることが不可能である。
······明らかに『側近』に劣る魔王になることが確定してしまった。
【そのような事はございません。知識に関しては勝てたとしても、肉体を持たない私では、コウジ様のサポートを十全に行うことはできません。誠に遺憾に思います】
『側近』ちゃん、まじいい子。
とりあえず今はレイスで、魔石を集めればスケルトン。
どう考えても意思疎通のできる相手に出会えそうにない。
唯一言葉を交わすことができる『側近』ちゃんは大切にしないといけないな。
『側近』ちゃん、これからよろしく頼む。
【コウジ様······話すことしかできない出来損ないの側近に優しく接してくれるなんて。誠心誠意、尽くさせて頂きます!】
────レベルが上がった────
ん?
なんだこれ?
【本来は理性的な行動が行えないはずのレイスが、私との会話で精神的成長が認められ、経験値としてコウジ様に還元されていたようです。レイスは限りなく低位の魔物ですし、レベルが上がりやすいのでしょう】
そうは言われても、見てみないことにはなんとも言えないな······。
そうだ、ステータスって見れたりしないの?
【ステータスは特別な魔道具でのみ閲覧が可能です。設置場所は冒険者ギルド、対象は冒険者に限られます。コウジ様は魔物ですので、確認の手段は私の口頭での情報のみとなります】
人間か。
近くの国との戦争に精を出しているらしいけど、強いのかな?
ダンジョンに素材を取りに来るのは冒険者だろうし、いつかは会えると思うんだが、善良な人間を殺して回る程魔に身をやつす覚悟はできていない。
できれば人間の知り合いないし捕虜が欲しい。
それにはまず人間を捕まえられるだけの強さを手に入れなければ。
【レイスは魔法による攻撃と、精神に対して直接攻撃が可能です。同族ということで魔物に襲われる心配はありませんが、攻撃を仕掛ければ敵と認識されます。魔物と戦う場合は十分に気をつけてください】
魔物に転生する物語では同族を狩って強くなっていたが、そのあたりはどうなんだ?
【魔物同士での戦いでもレベルは上がります。テイマーが魔物を戦わせて育成するようなものと考えていただければ自然かと思います。現在位置はパットリオ村、グゴドダンジョン。墓地がダンジョン化したため、ポップするのはゴースト系とスライム、ゴブリンになります。コウジ様はレイスですので、物理攻撃が効きません。ゴブリンで経験をつまれるのが妥当と愚考します】
『側近』ちゃんの説明を聞きながら、今更ながらにあたりを見回す。
見下ろす先に自分の骨が転がっていたことに気が動転したが、状況判断こそ真っ先にするべきだった。
······地下だよな?
土でできた通路の行き止まりってところか?
【墓地の奥にあった、魔王アルクバートの墓がダンジョン化。地中にアリの巣のようなダンジョンが生まれました。ここは地下2層です】
レイスは鼓膜が無いから音が聞こえず、魔物や冒険者の存在は感知できない。
地下2階の行き止まりにいるようだが、早くこの体に慣れなければ簡単に討伐されてしまうだろう。
明かりは存在していないが、種族特性か周りははっきり見えている。
暗闇での有利を生かして戦う他ないだろう。
『側近』ちゃん、俺って魔法使えたりしないのか?
【魔法は適性がなければ使用できません。レイスの適性は火、光、闇、空間の4種類に可能性があります。ユニークスキル『魔王の因子』により、闇の適性は無条件で得ています。他の3種は試してみなければわかりません】
魔法と言えば、イメージと魔力で発動する話が多いよな?
魔力さえ理解できれば、無駄に溜め込んできた妄想力によって、かなり強力な魔法が使えたりするんじゃないか?
肝心の魔力についてど素人なんだけどな。
【魔物は体内に魔石を有しています。コウジ様はレイスですので、魔石から放出されている魔力によって体を維持しています。体そのものが魔力と思って頂いて構いません】
おおっ!
俺自身が魔力ってやつか!
ならこの魔力の発生源を辿れば魔石の位置もわかるんだな?
瞼を閉じても向こうが見える霊体だけど、いっちょ精神統一してみますかね!
///
どーよ、15歳の時の俺は!
魔石を感知できたら簡単に魔力を動かせたぜ。
実験で見た目を前の世界の若い頃の自分に作り替えてみた。
【大変凛々しいお姿です。コウジ様の少年時代のお姿ですね? この世界の成人は15歳となっているので、その姿であれば結婚も可能です】
この頃中二病こじらせて、見た目にこだわったせいでよく覚えたんだわ。
今見ればちんちくりんなガキだが、おっさんの姿よりは何倍もマシだ。
レイスの元々の姿は自分のSAN値を削るような酷いものだったし、スケルトンになるまではこのままで行こう。
それにしてもゴブリンいねぇなぁ。
もしかして2層にはいなかったり?
【3層まではどの魔物も混在しており、この階では注意が必要です。しかしあまりに魔物の姿が少ないのであれば、人間の存在を警戒する必要があるかもしれません。冒険者によって魔物が狩られたと考えれば、この階の過疎具合もおかしくありません】
『側近』ちゃんに言われて初めて気付く、人が来ている可能性。
自分が魔物で、人間に会ったら殺されるということを、まだ正しく理解できていないようだ。
どこが気が抜けている。
「グギャッ! ギャギャゴッ!」
魔力をいじって姿を人間に変えてから、鼓膜を再現して音が聞こえるようになっていた。
そんな擬似鼓膜を震わせたのは、人間に遠く及ばない、ガラスに爪を立てて引っ掻いたような声を放つ、醜悪な存在だった。
【ゴブリンです。知能が低く、敵と分かれば猪突猛進。たまに生まれる上位個体により統率の取れた行動を起こすこともありますが、基本的には初撃を避けてカウンターで即討伐の雑魚魔物です。コウジ様でも直接攻撃だけで倒せるでしょう】
ゴブリンという魔物の存在を身近に感じ、ようやく異世界に来た実感を得始めていた。
相変わらず真っ暗闇な通路は、こちらから一方的に敵を見ることができた。
異世界ものの定番の雑魚キャラゴブリンは、生で見てこそ真価を発揮すると理解した。
小鬼とも呼ばれるが角はない。
しかし先が鋭く尖った長っ鼻が目を引く。
肌は緑で目はぱっちり。
清潔とは無縁の生活を送っているようで、身にまとっているボロ布は様々な色に染まっている。
武器は石器で作った槍のようなものを持っており、その穂先には血が滴っている。
緑色の血は初めて見たが、ゴブリンの額から流れ出ているので間違いない。
槍を下敷きに転んだのだろうか······。
【ゴブリンです。夜目が効かないため、コウジ様はまだ見つかっておりません。知能の低さから、襲われてなくても敵と認識される可能性があります。ダメージは受けませんが気持ちのいいものではありませんので、仕掛けるならば早々にケリをつけることをお勧めします】
『側近』ちゃんの助言に従い、ゴブリンをやり過ごすために壁の中に潜む。
レイスは壁を透過して移動ができ、奇襲に優れた魔物だ。
知能が低いゴブリンでは、壁に隠れた俺を見つける事はできない。
通路に伝わる振動から、ゴブリンが目の前を通り過ぎる頃合を見計らい、壁から出た。
3歩くらい先を行くゴブリンを眺めつつ、俺は魔法の準備を始めた。
『側近』ちゃんに聞いたところ、レイスの直接攻撃は、知能が低ければ低い程ダメージが小さくなるらしい。
ゴブリンは知能が低い上に弱いから倒せるが、他の敵を想定して早めに魔法になれておこうと考えたのだ。
【レイスは発音ができないので、初めから無詠唱で魔法を使わなければなりません。しかし無詠唱は技術であってスキルに囚われません。今のうちから練習しておけば、いずれ魔法を巧みに使いこなす魔王になれることでしょう】
『側近』ちゃんの説明もあって、俺は魔法に前向きになっていた。
だからこそ、初めから難しい魔法を使って褒められたいと、子供のような考えで魔法を発動した。
《エクスプロージョン》
まず手のひらに魔力を球状に集め、爆発するイメージを込めてゴブリンに放った。
同時に思った。
どうして体が消えていっているのかと。
魔法の成果は十分に過ぎ、ゴブリンがいた地点を中心に、半径2メートル程の地面を爆散させた。
────レベルが上がった────
どう考えてもオーバーキル。
そして魔力の使い過ぎ。
薄ら白いモヤと魔石のみが残った時、自分の生前の死を幻視した。
魔力でできた霊体は、魔力を使い切れば死ぬかもしれない。
それに今更気づいたのだ。
『側近』ちゃんもパニックを起こし、【早く逃げなければ爆音で魔物が集まってきてコウジ様が死んでしまう!】と叫んで大変だった。
次からは気を付けるから落ち着いてくれと伝え、問題なく動けるようになるまで30分の時間を要した。
///
【······】
『側近』ちゃん、ご立腹である。
幸い、爆音に近寄ってくる魔物も人間もおらず、静かな時間を過ごしていたが、『側近』ちゃんの無言のプレッシャーは俺の精神を蝕んでいた。
······いい加減、機嫌を直してくれよ。
【······敵です。左斜め後方、距離6メートル。反省は行動で示してください】
相変わらず冷たいが、どうやら汚名返上の機会はくれるらしい。
今度こそ華麗に勝ってみせる!
そう意気込み、壁を透過してゴブリンの正面へと躍り出た。
敵は驚いて仰け反り、石器の手斧を地面につけている。
完全に意表をついた!
前回はイメージに相当する魔力量が読めないから失敗した。
ならば今回は接近戦で挑む!
壁を透過して驚いたゴブリンの胴体を、右手の拳で霊体だけを殴りつけ、反対側の壁に透過して逃げ込む。
予想外の痛みに腹を抑えて左右を見回すゴブリンを尻目に、背後まで移動して後頭部にハイキックを叩き込んだ。
霊体には攻撃した感触がないため、足がゴブリンの頭部を通過したらすぐに次の壁に身を隠す。
人間の体を模したため、意識が人間の物理法則にかなり引き寄せられたが、壁の透過さえできれば問題ない。
数発殴ったり蹴ったりしていたら、流石に身の危険を感じたらしく、手斧をがむしゃらに振り回し始めた。
既に背後に移動し、その様子を眺めていた俺にとっては、種族特性を含めて敵にならない。
攻撃を避ける練習を兼ねて、手斧を避けながら喧嘩のような戦いを続け、見事ゴブリンを倒すことに成功したのだった。
【······まぁ、接近戦については認めます。でも次は魔法を使って下さいね! 魔法を加減して撃てることがわからない間は許しませんから!】
『側近』ちゃんは少しだけ態度を軟化させた。