Part 7
VIPルームからぞろぞろと男たちが出てくる。やっと来たかと、オレとレジーニは目配せを交わした。やっとって言っても、パーティー参加者たちを脅かしていた襲撃者どもを始末して、参加者たちを解放したのが数分前だから、実質そんなに待ってない。
けどホラ、とっとと終わらせたいじゃん。
VIPルームから出てきた奴らは、メインホールの有様に唖然としたようだ。そりゃそうだろう。自分たちが完全に占拠したはずなのに、部屋に引っ込んでるわずかな間で形勢逆転してるんだからな。
メインホールを攻略していた奴らは、隅っこの方で折り重なっておねんねしている。ここが〈塔の街〉で、オレの単独行動だったら息してねえだろうけど。よその土地だから、あまり過激なコトしない方がいいだろうなって思って、ちょっと手加減した。オトナだなあオレ、成長してるー(棒読み)。
実際にはレジーニに「なるべく殺すな」って言われたからなんだけど。殺すと“メメントを増やすだけだから”だって。なるほど。
「こ、こんな……馬鹿な!」
中心にいる狡賢そうな青白い面構えの男が、動揺を隠そうともせずに絶叫した。そいつを見た瞬間、オレはピンときたね。あの男が今回の事件の主犯、ロイ・ヴィアネットなんだろう。いかにも、自分では身体を張らずに汚い手口でやってきましたって感じだ。いけすかねえ。
右手に持ってるのは……銃じゃねえな。なんだろう。ヘッドギア?
ヴィアネットの周りには、銃で武装したのが五、六人。だがそいつらよりも目を引いたのは、ヴィアネットの隣に立つ長身のおっさんだった。遊び慣れしてそうなケーハクな印象のナイスミドルだけど、いわゆる“大物オーラ”がハンパなく漂っている。只者じゃないのは一目瞭然だ。
ナイスミドルはオレたちを見て、にっこりと満面の笑みを浮かべた。一瞬、オレの方に視線を寄せる。その目がほんの少し細められたのを、オレは見逃さなかった。訝しんでる? いや違う。面白がってる目だ。何かを理解している目つき。
「あっ、レジーニ君じゃない。やっほー、久しぶりー。たすけてー☆」
緊迫した場の空気を乱す能天気な口調で、おっさんは右手をふりふり振る。レジーニはぎゅっと目を閉じ、何かを鎮めるように片手を額に当てた。
「今日は眼鏡してないんだねえ。そっちの方が断然いいよ。かわいいかわいい」
やたらテンションの高いおっさんだなオイ。ヴィアネットもさすがに呆れ顔だ。
レジーニは額に当てていた手をおっさんに向けた。
「ちゃんと助けますから、あまり喋らないでもらえますか。気が抜ける」
怒られたおっさんは、まったく反省してない様子で「はーい」と肩をすくめた。大きなため息をつくレジーニに、オレは小声で。
「なあ。あのおっさん誰?」
「ヴィアネットの標的のジェラルド・ブラッドリー。うちの大ボスだ」
「OH……、なんというか、ご愁傷様」
「言うな。無駄口叩きさえしなければいいんだ、あの人は」
レジーニのボスはおとなしく後ろに下がった。が、収まりつかないのはヴィアネットである。
「お、お前らよくも……、よくも俺の計画を……」
青白かった奴の肌は、今や湯気が立ち昇らんばかりに真っ赤だ。頬がヒクヒクと痙攣し、額には青筋まで浮いている。興奮しすぎだ。もうちょっと落ち着けよ、仮にも裏社会の権力階級だろ。ま、権力階級にああいう“小物精神”の持ち主がいるのは、別に珍しくもないけど。
「きッ、貴様ァ! レジナルド・アンセルム!」
ヴィアネットは唾を飛ばしながら、レジーニを指差した。
「な、なぜお前が……! 俺がここにいることを」
「少し考えればすぐに分かることだろう、ロイ・ヴィアネット」
ため息というよりは思いっきり嘲笑の息をふっと吐いて、レジーニは両肩をすくめてみせた。
「まず、ここ数ヶ月間に渡る不審な裏取引の痕跡。使われたのはあんたの管轄内の港だった。それを踏まえれば、結論を出すのは容易い。しかも取引される物はクロセストだ。必然的にファイ=ローの耳に入る。アトランヴィルのクロセストの大半が、ローの市場を通っていることを知らなかったのか? ローが異変を察したら、〈異法者〉に調査を依頼するのは当然。そして彼の贔屓の〈異法者〉とは、この僕だ。メメントも関わっているとなれば、僕は動かざるを得ない。更にあんたの方も、〈塔の街〉から荷物を受け取っているな? 福引などという凝り方の微妙な方法でエヴァンを誘い出し、〈塔の街〉に送り込まれるように仕向けた。あいつを送り出したのも、取引相手のオーダーなんだろう? クロセスト、メメント、そしてエヴァンと引き換えにあんたが手に入れたのは、〈帝王〉を殺すための手段だ。違うか?」
レジーニは意地悪そうな表情で、一言もつっかえることなく持論を展開した。逃げ道もないくらい正論をぶつけられることほど、ムカついてイラつくものはない。意図的にやってるなー、キザ次郎さん。性格悪いね。
案の定ヴィアネットは、全身をわなわなと震わせていた。赤くなっていた顔色は濃度を増し、今にも頭頂部からマグマを噴き出しそうだ。
一方、殺すと言われたレジーニのボスは、ニヤニヤ笑いを浮かべてヴィアネットとレジーニを交互に見ている。
「なあなあ、オレからもいい?」
挙手してお伺いをたてると、レジーニは、どうぞどうぞと手振りで示した。
オレはこほんと咳払いひとつ。
「あのさあ、ヴィアネットさんて人。火山噴火間近なところ申し訳ねーんだけど、質問に答えてくれる? 今〈塔の街〉に流れてる模造武器の【イノハヤ】と、生物兵器の【鵺】。あれってアンタが違法輸出したクロセストとメメントのせいってことで、OK?」
充血した一対の目が、オレをぎろりと睨む。
「お前は〈塔の街〉の……九龍頭が送り込んだ犬か」
「なんだ、分かってたの。ちなみにオレ、犬じゃねえから」
イタチです。
ヴィアネットは観念したのか、怒りを通り越したのか、すうっと表情を消し、肩の力を抜いた。
「ああ、そうだよ。俺が仕組んだ。この間抜け面の帝王を王座から引きずり降ろし、俺がそこに納まるために。長いこと計画を考えていた。どんな方法なら、このおっさんに屈辱的な死を与え、俺の名を後世に残せるかをな」
ヴィアネットに指差されたブラッドリーは、「間抜け面なんてひどいなあ」と、わざとらしく眉根を寄せた。
「〈塔の街〉での取引相手は誰だ?」
質問を重ねると、ヴィアネットは鼻に皺を刻んだ。
「さあな。実際に会ったことはない。いつもモニター越しだけで話をしていた。名前も知らない。ただ、自分のことはプロフェッサーと呼べと、それだけさ。取引を持ちかけたのは向こうだ。ある日一方的にアクセスしてきたのさ。資金と物資を提供してくれれば、望むものを返してやるとな」
ヴィアネットの望むもの――。それはおそらく、ボスであるブラッドリーを葬る手段となるものだ。
それ以上は説明されなくても想像がつく。
裏社会のボスの座を奪うため、なりふり構わなくなったヴィアネットは、プロフェッサーとやらの取引に応じ、金とともにクロセストとメメントをそいつに提供し続けた。その結果、プロフェッサーによって産み出されたのが、【イノハヤ】と【鵺】なんだ。
なら、ヴィアネットがプロフェッサーから受け取ったものとは?
オレとレジーニは、同時に互いの顔を見た。どうやらオレたちの予想は同じもののようだ。
レジーニが問う。
「ヴィアネット。プロフェッサーはなぜお前に、エヴァンを誘い出させたんだ。あいつに何の用だ」
「そんなことまで聞いてない。あの変態科学者が貴様の相棒をどうしようと、俺には関係ないね」
「あいつを下手に弄らない方がいいと思うぞ」
「俺が知ったことか! いいかげんお喋りにはうんざりだ! 決着をつけてやる!」
ヴィアネットはヘッドギアを手にした腕を、高らかに掲げた。
それが合図だったらしい。どこかから地鳴りのような音が聞こえてきたかと思うと、ホールの壁の一部が突然吹っ飛んだ。瓦礫が隕石のように飛び散り、埃が辺りに立ち込める。視界は遮られ、オレたちは目を守るために両腕で顔を覆った。
ギュルルルルル! と、バイクがタイヤを吹かすような、けたたましい音が響き渡り、歪で巨大なシルエットが浮かび上がる。
何が現れたのか、オレとレジーニには見当がついていた。
化け物を改造したバケモノ、【鵺】だ。
土煙のカーテンの向こうから現れたそいつの姿形を、何に例えればいいだろうか。そうだな、さしずめ「奇形のカマキリ」といったところか。タイヤの摩擦音のような音は、コイツの鳴き声だったんだろう。
胴体は、卵を孕んだメスカマキリの腹のように肥大しており、背に翅は無く、代わりにケーブルやらチューブやらが絡まった状態で背面を覆っている。
緩やかにカーブを描く縦長の頭は、胴体と比較しても異様にでかかった。真正面にひと抱えほどありそうな大きさのガラス玉が嵌まっているが、あれは眼だろうか。同じようなものが、両の側頭部に複数並んで付いている。
頭のすぐ下に細い前足が生えているのだが、節くれだった老人の手に似ていた。極めつけは足だ。六つある足も人間の手に似た形状で、それぞれがてんでんばらばらな動きで足踏みしている。
人間と昆虫の身体を適当に組み合わせた、お化けカマキリ。身も蓋もない言い方をすれば、そんな感じだ。
だがオレはもう驚かない。鵺にも、その素体となるメメントとも、すでに対面済みだ。三度目にお化けカマキリが現れたところで、どうってこたあない。
化け物退治が本職のレジーニは言わずもがな。やれやれとばかりに小さく息を吐き、ウェイター衣装の中に隠していた蒼い機械を取り出す。一振りすると、剣に早変わり。便利だね、それ。
ブラッドリーも驚いていなかった。むしろあれは喜んでる顔だ。動物園ででっかい動物を見たときの子どもみたいに。対してヴィアネットの部下たちは、ボスが呼び寄せた生物兵器に、驚きと恐怖を隠しきれていない。それでもどうにか踏みとどまっていられるだけの根性はあるようだ。
鵺は、ギュルギュルとタイヤを空回りさせているような音を発しつつ待機している。勝手に襲ってこないのは、ヴィアネットの命令を待っているからか。躾が行き届いてて何よりだ。
「そいつは【ダーマンテ】、俺が求め続けてきた武器だ。この【ヨリマシ】さえあれば、俺の意のままに動く。まさに“生きる兵器”だ」
【ヨリマシ】というのが、ヘッドギアの名称らしい。
ヴィアネットはカマキリお化けを歓迎するように両手を広げ、オレたちには蔑みの眼差しをくれた。
「身の丈を見極めろだと? ほざいてろよタヌキ親父が。この俺が何を成し遂げるか、最期の一瞬までよく見ておけ!」
高らかに声をあげ、自分の言葉に酔いしれながら、ヴィアネットはヘッドギアを頭に嵌めた。
ヘッドギアの目の位置に、赤く光るラインが浮かぶ。ヴィアネットの身体が傾き、たたらを踏んだ。苦しげな呻き声を漏らしつつ、ふらふらしながらもどうにか体勢を戻す。
「い……行け、【ダーマンテ】!」
唾を飛ばし、ヴィアネットが命じる。すると、不揃いな足踏みをしていた【ダーマンテ】が、六つの足をフル駆動させて突っ込んできた。思った以上に速い! オレとレジーニは反対方向に散開して、鵺との衝突を回避した。
ダーマンテはそのまま奥の壁にぶつかるかと思いきや、寸前でUターン。こちらに向き直るや否や、大きく跳躍した。狙いは……オレかよ!
降ってくるダーマンテ。オレは奴が再接近したところで横に逃げた。着地した瞬間、ダーマンテは半身を震わせて尾を振る。唸りを上げて迫る尾の一撃を、今度はしゃがんでよけた。空振りした尾は、何台ものテーブルを薙ぎ倒し、その上に並べられていた高級な食器やシャンパンを、木っ端微塵に砕いた。
雨あられと注がれる破片をステップでかわしつつ、オレはナイフ――【イノハヤ】ではなくオレの愛用――を引き抜いて、ダーマンテの足の一本に斬りつけた。ワンパターンな攻撃法だが、巨体相手に足を狙うのは常套手段だ。
「そんなちっぽけなナイフが効くかよ!」
ヴィアネットが吠えたとおり、ダーマンテは大したダメージを追っていない様子だ。まあ、オレだってこの程度でどうにかなるとは思ってないさ。
「へっ、だったら本気出してかかってこいよ。ソイツで操ってるンだろ? アンタの実力を示せるいいチャンスなんだぜ」
小物体質の奴は、総じて煽りに弱い。ヴィアネットもご他聞にもれなかった。
ここに至るまでにずいぶん自信と余裕をすり減らしただろうヴィアネットは、オレがちょっと煽っただけでたちまち着火した。
雄叫びをあげながらダーマンテに攻撃を命じるが、言葉がもつれて何を言っているのか、はっきり分からなかった。だが、オレやレジーニへの殺意に満ち溢れた文言であることは確かだ。ヴィアネットが命令を叫んだ途端、鵺は狂ったように暴れだした。
それはもう、攻撃というよりは暴動と表現した方がいい。巨体と怪力にまかせたしっちゃかめっちゃかな動き方で、オレとレジーニに無差別に襲いかかる。あまりにも大雑把すぎて、笑っちまいそうになった。まるで、ガキが駄々をこねているようだ。
ダーマンテの――ヴィアネットの大暴走の被害を受けたのは、オレたちだけじゃない。奴の部下たちにも、当然の如く害が及んだ。彼らは暴れるダーマンテを前に、どうすればいいのか分からないようだった。攻撃しようにも、あれはボスの所有物だ。だが自分の身を守らなければ暴走に巻き込まれて、運が悪ければあの世行き。
判断に迷った一瞬が、文字通り命取りになった。部下たちの何人かは、ダーマンテに踏み潰され、残りは壁に叩きつけられた。あの勢いじゃ、生きてはいられないだろう。
無能な男の下についた結果だ。言っちゃ悪いが自業自得。ブラッドリーのおっさんは……、よしよし、ちゃんと隅っこに逃げてるな。
オレは窮屈なポーターの上着を脱ぎ捨てた。ここからが勝負だ。
『イタチ』
耳に嵌めたままだったインカムから、レジーニの声が聞こえた。奴はオレの反対側にいる。
『ヴィアネットのヘッドギアは、おそらくトランスミッターだ。脳波を電子信号化して、ダーマンテに指令を送っている』
「なるほどー。あのバカがめちゃくちゃな戦い方を想像するから、鵺がそのまま行動してるってワケか」
オレは降ってくる瓦礫を避けつつ、レジーニの見解に頷く。
「なら、あのヘッドギアをブッ壊せばいいってわけだ。まかしときな」
請合ったオレは、ヒップホルダーから金色のオートマグを抜き、ヴィアネットの頭に狙いを定めた。破壊するのは、あくまでもヘッドギアだけだ。奴の脳天ごと撃ち抜いたって別にいいんだが、まあ、やめとこう。
引き鉄を引こうと、指に力を込める。
そのときだ。ヴィアネットがヘッドギアを両手で抱え、手負いの獣のように呻きながら、ふらふらとよろめいた。
「う、うあああああああああああ! あああッ!」
言葉にならない言葉を叫び、口の端からは泡が垂れ流れる。苦しそうに身体を歪ませ、壊れたテーブルに衝突し、ヴィアネットは無様な格好で倒れ伏した。
倒れてからも奴は、足をばたつかせて暴れ続けた。ヘッドギアを頭からもぎ取ろうとしているが、両手に力が入らないのか、うまくいかない。
「やめろおおお! もういい! もうやめてくれ! があああああああッッ!!」
なんだなんだ、急にどうした?
オレは離れた所にいるレジーニを見た。向こうもオレを見ている。レジーニの険しい表情が、事態を端的に物語っていた。
――マズい状況になった。
ヴィアネットの異変に呼応して、ダーマンテの巨体が痙攣し始めた。おぼつかない調子の六つの足が、吸い寄せられるようにヴィアネットに向かっていく。
ヴィアネットの絶叫がホール中に響き渡り、奴はとうとうヘッドギアを頭から引っこ抜いた。
外したヘッドギアを放り投げたヴィアネットだが、乱心が治まる様子はなかった。焦点の定まらない目つきで、オレたちには視えない“何か”を追い払うように、両手を激しく振っている。
ヴィアネットがヘッドギアを外したというのに、どういうわけかダーマンテの動きは止まらなかった。鵺は依然、ヴィアネットに近づきつつある。このままだと……どうなるかは想像に難くない。
「やめろ! 見るな! そんな目で俺を見るな! 俺は悪くない! 俺のせいじゃない! ちくしょおおおッ! 親父イイイイイイイイ!!!」
ヴィアネットの目には、何が視えていたんだろう。トランスミッターの影響なのだろうが、本当はそうじゃないのかもしれない。オレやレジーニには知る由もないことだ。
少なくともヴィアネットは、その“何か”を視ていたおかげで、巨体の化け物に踏み潰されるという悪夢を直視せずに最期を迎えられた。奴のしでかしたことを考えると、それだけでもうけもんだろう。
使役する人間がいなくなれば、鵺は止まる。
というのは、どうやら希望的観測だったようだ。ダーマンテは、ヴィアネットの血と肉片にまみれた足を振り上げ、オレとレジーニの方に向き直った。
「あっれえ。アイツ止まんねーなあ」
『システムが不完全だったのかもしれない。脳波を無理やり断絶したから、指令信号が中途半端に作用しているんだろう』
「それってつまり」
『暴走というやつだ』
やっぱりなあ。オレが鼻を鳴らしたのと、ダーマンテがタイヤの摩擦音のような咆哮をあげたのは、ほぼ同時だった。
OK、第二ラウンドといこうじゃないの。




