Part 6
時刻は午後七時十三分。
アトランヴィル・シティ第九区ロックウッドの西端にあるその建物は、華やかな賑わいを見せていた。
ホテルとカジノ、パーティーホールを併設した、宮殿のような豪奢な五階建ては、サイプレス・ハウスと呼ばれている。
常に何かしらのイベントが開催されている人気施設で、コンサート、チャリティーショー、レセプションなど、使用目的は多岐に渡る。
今宵の催しはアトランヴィル社交界恒例のフリーパーティーだった。名目などは特になく、季節ごとに一回ずつ開かれる、自由参加型の気軽なパーティーである。
名目がないとはいえ、参加率は毎回高水準を保っている。パーティーの歴史は長く、その分、古くから続くセレブ階級が大勢出席しているのだ。参加の敷居が低いので、大物セレブたちとのコネクションを目当てにする者たちも、たくさん集まってくる。セレブの中には、有名な芸能人や映画俳優も混じっているので、華やかさは格段に上がる。
終始和やかな雰囲気で進行するフリーパーティーは、人気のイベントなのだった。
サイプレス・ハウスの裏手は、スタッフ専用出入り口や搬入口になっている。今は二人の警備員が待機しており、退屈そうにあくびをかみ殺していた。
今夜のパーティーのための食材や必要機材は、早朝に運び終えており、追加分が送られてくる予定はない。裏手側の警備員らの残りの仕事は、迷い込んだパーティー参加者に道を教えるか、進入しようとする不審者がいないかに目を光らせるだけだ。つまり、暇である。
退屈しのぎに彼らは、昨日のベースボールの試合内容について雑談していた。六回裏の死球が、本当に当たっていたかどうかについて、熱い議論を交わしていたとき、複数の大型バンがロータリーにやってきて、搬入口前に次々と停車した。
二人の警備員はおしゃべりをやめ、にわかに騒がしくなった搬入口を見た。
バンから、黒い服に身を包んだ男たちが一斉に降りてくる。リーダーらしきが腕を振って合図を送ると、黒服の男たちは周囲に散っていった。
「お、おい、何なんだ、あんたたちは!」
緊急事態が発生したことを察した警備員の一人は、慌てて通信機を手に取った。しかし、仲間に通信を入れる前に、彼の命は尽きた。サイレンサー付きの銃で、頭を撃ち抜かれたのだ。
もう一人の警備員は、逃げようとしたところを、背後から撃たれた。二人とも、悲鳴すら上げられなかった。
警備員を屠ったリーダー格は、手筈どおりに配置につく部下たちを見回したあと、一番大きなバンに向かって手招きをした。
呼ばれたバンは、バックで搬入口内に停車。荷台の扉は開けられなかったが、リーダー格の男――ロイ・ヴィアネットは満足げに頷いた。ここを開けるのは、まだ先だ。
部下たちがサイプレス・ハウスへの進行を開始してから数分後、ヴィアネットの端末に通信が入った。
『監視室、制圧しました』
「奴はどこだ」
数秒の後、答えが返ってきた。
『メインホール奥のVIPルームです』
ヴィアネットは通信を切り、残った部下たちに告げる。
「よし、行くぞ」
華やかなパーティーの裏側で、参加者たちに気づかれないまま、建物内は密やかに制圧されていく。
宴もたけなわなメインホールは、ビッグバンドが演奏する往年の名曲ジャズの甘いメロディーと、参加者たちの楽しげな笑い声に包まれていた。
シルクやサテン、カシミヤの衣装で着飾った紳士淑女は、グラス片手に談笑し、肉やシーフード、豊富な種類のフルーツに舌鼓を打っている。
糊の利いた制服を纏うウェイターたちは、シルバートレイに飲み物のおかわりを乗せ、きびきびした動作でテーブルを巡回している。空いた食器を下げ、飲み物の減ったグラスを持つ人におかわりの声掛けをし、要望があればすぐに取りかかる。スタッフ教育が行き届いているらしく、無駄のない動きで、サービスを提供していた。
そんなウェイターの中に一人、行く先々で女性陣の視線を浴びている者がいた。すらりと背の高い黒髪の男で、長い足で滑るようにホール内を移動している。
淑女が呼び止めると、彼はにこりと笑いかけ、礼儀正しく用件を伺う。碧の裸眼に見つめられた女性は、誰しもほんのりと頬を染めた。
彼の耳にはインカムが付いているが、それはホールで働くほとんどのスタッフが装着している。全員に情報を伝達するためのものである。
ただし、他のスタッフのインカムの回線が繋がっているのに対し、彼のインカムだけは、別の回線と結ばれていた。そのことに気づく者はいない。
彼が時折、静かに周囲に向ける、獲物を探す猛禽類のような鋭い眼差しにも。
彼は視線を上に向けた。
メインホールは吹き抜け構造で、二階と三階の通路が、ホールの壁に沿ってぐるりと巡らされている。誰かが歩いていれば、すぐに目につく。
二階通路の西側から、数名の男たちが、中央に向かって歩いていくのが見えた。全員礼服姿で、一見するとパーティー参加者のようだ。だが、見る者が見れば、彼らが纏う空気の異質さに、遠目からでも気づくだろう。
メインホールに視線を戻すと、こちらでも怪しい男たちの姿を発見した。固まって壁際を歩いている。ホールの奥を目指しているようだ。
その男たちの中に目当ての顔を見つけた彼は、片手でインカムに触れ、呟いた。
「奴が現れた」
回線で繋がっている相手から、了解の旨が返ってきた。通信はすぐに切れる。向こう(・・・)も忙しくなっている頃だ。
「さてと、ハイエナを捕まえに行くとするか」
ほくそ笑んで、人差し指を眉間近くまで上げた。と、そこで、変装のため今は眼鏡をかけていなかったことを思い出す。
もともと視力矯正の必要はないのだが、すっかり定着したものだと、レジーニは小さな失敗に苦笑しながら、足早にホールを出た。
*
オレは角の壁に張りついて、そっと向こう側を覗き見る。十数メートル先を、二人の男が奥に向かって歩いていた。バックヤードだからって、堂々と武装してやがらあ。
ここに来るまでに数人、罪なき従業員の亡骸を見た。この区画は制圧されていると考えていいだろう。
オレが倒すべき相手――ロイ・ヴィアネットは、今夜このサイプレス・ハウスに現れる。レジーニはそう断言して、オレをここまで連れてきた。
なぜ断言できたのかというと、そのヴィアネットとかいう奴の狙っている相手が、今夜のパーティーに参加するからだという。
よそ者のオレと違って、ヴィアネットの人格を多少なりとも知っているレジーニは、奴の行動を推測し、姿を見せるだろうと踏んだのだ。
オレとレジーニは変装してハウスに潜入し、ヴィアネットが行動を起こすまで、二手に分かれて待機していた。そして、ようやくヴィアネットが動いたってワケだ。
この廊下にはあの二人のみだが、反対側にも何人かいるはずだ。監視室はもう乗っ取られてそうだなあ。カメラで監視されて、こっちの動きを掴まれるのも厄介だから、ひとまずそこをなんとかしとくか。
そのとき、耳に嵌めたインカムが小さな駆動音をたて、続いて声が聴こえてきた。
『奴が現れた』
メインホールに潜っているレジーニだ。あいつはウェイターに変装していて、オレはというとポーターの格好をしている。なんだよ、この窮屈なセーフクはよ。邪魔くさいから、帽子はとっとと捨てたぜ。
異国の地でこんな格好したなんて、レイコさんには絶対に言えねーな。言ったら最後、かなーりの期間しつこくイジられる。
まあいいや。オレはインカム越しに、レジーニに言った。
「分かった。ちょっと片付けものしてから行くわ」
オレは通信を切り、壁際を離れて廊下を歩き出した。足音を消しつつ、徐々に速度を上げていく。
連中はオレの接近に気づかない。一人が警戒のために振り向いたが、オレはすでに射程圏内に入っている。
オレに気づいた相手は、とっさに銃を構えようとしたが、残念、ぜんぜん遅い。
「お客様ァ、ここは立ち入り!」
銃を握る手に右拳を叩き込んで銃を落とさせ、左掌底を顎に食らわせて、
「禁止ですよォッ!」
こめかみへの右肘で一丁上がり。一人目さっそくおねんねだ。
残ったもう一人もオレに気づいた。目が合った瞬間には、腰の高さで構えたアサルトライフルでオレを狙っていた。
でも、無駄だ。
奴の指が、トリガーを引かんと動く。それよりほんの一瞬早く、オレは【スイッチ】をONにした。
途端、オレを取り巻く世界が変わる。
アサルトライフルの銃口が火花を散らした。ギャングやテロリストが好む、使い勝手のいいライフル。総弾数三十発、フルオートでオレに浴びせられる。
その全弾を余裕で“回避”しながら、オレは敵めがけて走った。あちらさんの表情がみるみるうちに引き攣っていくのが、スローモーションで見える。それが滑稽で、オレはちょっと笑ってしまった。
そりゃ引き攣るのも仕方ないわな。だって相手からしてみりゃ、まるで弾丸がオレから反れているようにしか見えてねえだろうから。
相手との距離、数メートル。ライフルが弾切れになった。慌ててマガジンを交換しようとしているが、間に合うわけがない。
オレは男の両腕を、ライフルを持ったままの状態で掴み、捻りを加えながら自分の左脇に抱え込んだ。相手の腕の骨が砕ける音と、ぎゃあという悲鳴が上がったのはほぼ同時。
男が手離したライフルを、床につく前に奪ったオレは、銃床で顎を殴りつけた。めきりと厭な音が鳴り、男は後方に吹っ飛んで倒れ、動かなくなった。
顎がおかしな感じでズレてはいるが、死んじゃいない。二丁あがり。
オレは【スイッチ】を切り替え、いつもの状態に戻った。
【スイッチ】をONにすると、オレ以外のすべての動きが、はっきり見えるようになる。さっきみたいに、弾丸の軌道も一発一発明瞭になるから、最小限の動きだけで確実に避けられる。
全身の機能が研ぎ澄まされる感じだ。【スイッチ】が入っている間、周囲は緩慢になり、オレだけが何の抵抗も受けずに動くことができる。
とはいえ、周りの人間の目には、オレの動きが速くなったように見えるわけじゃない。だから、今オレの足元で顎砕かれてノビているこの男からすれば、なんでオレに弾が当たらないのか、ワケが分からなかっただろう。
分からなくていい。理解する必要も機会も、この先一生ないんだ。
廊下の奥から、複数の騒がしい足音が近づいてくる。廊下の反対側を哨戒していた連中が、騒ぎを聞きつけたようだ。
はいはい。まとめてお相手しましょう。
アサルトライフルで武装しようが、磨きぬかれたナイフをちらつかせようが、どこの土地でも雑魚は雑魚。追加でやってきたのは四人だったが、もちろんオレは華麗に撃退。監視室を占拠していた奴らも成敗して、部屋を奪い返した。
うーん、我ながら見事な手並み。海外でも通用するこの実力。素晴らしい。
まあ、自画自賛はここまでにしておいて、と。
オレは、監視室の前方の壁一面に設置された、二十台以上の監視モニターを見上げた。画面一台一台に、サイプレス・ハウスの様々な部屋が映し出されている。
半分近くは、メインホールでの華やかなパーティーの様子を映していた。まったく、裏でテロリストが館内を乗っ取ってるってのに、金持ち様はノンキだぜ。
オレは画面から画面へと視線を移動させ、一台の監視モニターに映るレジーニの姿を発見した。慎重な足取りで、けれどごく自然な風を装って移動している。ヴィアネットが現れた所へ行くつもりなんだろう。
オレも合流しよう。そんで、こんなメンドクセー仕事はとっとと終わらせる。
レイコさんのお土産リクエストの方が、よっぽど重要だっつーの。
オレはパンツのポケットに手を突っ込み、中の物を確認した。ポケットには、折りたたんだ状態のフォールディングナイフを忍ばせている。愛用のナイフではなく、ファイ=ローが回収した【イノハヤ】で、万が一のためにと、一本譲ってくれたのだ。
ヴィアネットがオレたちに【鵺】を差し向けた場合、有効な手段はレジーニの剣か、このナイフしかない。これもおそらく完成品ではないんだろう。ということは、チャンスは一度だけだ。
*
パーティー会場メインホールの奥に位置するVIPルームは、上流階級の参加者の中でも、更に選ばれた者しか使用することができない。
選ばれし者でも、パーティーの招待客でもないヴィアネットには、その扉をくぐる資格さえない。
だが、それは大した問題ではなかった。
VIPルームの扉を護るボディガードは、ヴィアネットの部下が射殺した。ここまでは順調だ。彼の道行きを阻むものが、ひとつ、またひとつと取り払われていく。
自然と頬が緩くなるのを、どうにか耐えた。笑うのはすべてを手に入れてからだ。もうすぐそれは叶う。この扉の向こうにいる者を消せば。
「開けろ」
部下に命じ、扉を開けさせる。豪奢な調度品に彩られたVIPルームが、ヴィアネットの目の前に広がった。
部屋の中心にガラスのテーブルが置かれ、その周りを真っ赤なソファが囲んでいる。ソファでは三人の美しいコンパニオンが、一人の男を囲んでいた。
武装した部下たちが部屋になだれ込み、たちまちソファを包囲すると、コンパニオンたちは悲鳴を上げた。突きつけられた銃口に怯え、キーキーとやかましい声を発している。
「女どもをつまみ出せ! うるさくて話ができない」
ヴィアネットの命令は、すみやかに実行され、コンパニオン三人は部下たちに文字通りつまみ出された。
VIPルームに残ったのは、ヴィアネットと数名の部下。そして、この非常事態にも関わらず、ソファに座ったままのんびりとワインを飲む壮年の男。
男はヴィアネットに向けて、グラスを掲げた。磨き上げられたガラスの器の中で、紅玉色の液体がまろやかに揺れる。
「ごらんよ、テンプターシオだよ。七十年前の本物。“ルビーを溶かしたような”とよく例えられるけど、本当にきれいだよねえ。ロイ、飲んだことある?」
座っていても一目で長身だとわかるその男は、状況は緊迫しているというのに、悠長に微笑む。彫りの深い顔立ちは、銀幕スターにも引けをとらない端整さで、身に纏う高級ブランドの礼服さえも霞んで見えるほどだった。
「よかったら一杯どうぞ。どうせタダなんだからさ」
男はワインの瓶を持ち上げ、二、三度振った。武装した男たちに囲まれていても、まるで意に介していない男の様子に、ヴィアネットは早くも苛立ちつつあった。
落ち着け、と自分に言い聞かせる。この男は常にこうではないか。どんな状況でも飄々としていて、自分のスタイルを決して崩さない。どこにいても、何をしていても、どんな目に遭おうとも、忌々しいほどに“己”というものを貫き通している。
この男こそはヴィアネットの標的。大陸東エリアの裏社会で最大の領域を統べ、圧倒的な権力を握る〈長〉。
〈帝王〉の異名を持つジェラルド・ブラッドリーその人である。
迂闊な応対では、すぐにブラッドリーのペースに飲まれてしまう。ヴィアネットは高揚する気持ちを抑え、努めて冷静に〈帝王〉と向き合った。
「俺に酒は必要ない。少なくとも今はな。あんたは存分に味わっておけよ。あの世に行ったら、高級ワインなんか飲んでいられないさ」
「そうだねえ。死んじゃったら、美味しいものも美味しいと感じないだろうからねえ。だからさ、ロイも今のうちにコレ、飲んでた方がいいんじゃない?」
「ふざけるな。あんた自分が今どういう状況にいるか分かってるのか?」
「暗殺でしょ。それとも下克上って言った方が響きがいい?」
ブラッドリーはワインを一口喉に流し込みつつ、ひょいと肩をすくめた。
「ボクが怖がってないから不満かい? ごめんね、期待通りのリアクションじゃなくって。だってさあ、ボクみたいな立場だと、命を狙われるのなんて日常茶飯事じゃない? それにほら、結構人気者でしょ。今年に入って何人殺しに来たか覚えてないくらいなんだ」
あははは~、と軽い笑い声を上げるブラッドリー。
「人類の歴史は下克上の歴史。王様はいつだって、家臣に首を狙われるものさ。いつになったらボクを殺しに来るのかって、ずっと気になってたんだよ、ロイ」
「なるほど。あんたはすでに俺の野心を見抜いていたというわけか。だったら、さっさと芽を摘んでおけばよかっただろうに。そうすりゃ今夜、あんたは死なずに済んだ」
「どんなふうにボクを殺す計画なのか気になるじゃない。だから放っておいたの」
ブラッドリーは、いたずら好きの子どものように笑った。
「せっかく死ぬなら変わった死に方したいじゃない。後世に語り継がれるようなさ。『さすがブラッドリーさん、他にはない死に方してるー、すっごーい』ってね」
頬が引き攣るのを、ヴィアネットは感じている。ジェラルド・ブラッドリーは、殺されることを微塵も恐れていない。命を狙われるのは、裏社会の頂点に立つ者のステータスの一つだと考えているからだ。
そして、ロイ・ヴィアネットを恐れていない。その事実が、ヴィアネットを何よりも苛立たせていた。なんという屈辱。
(このタヌキ親父が)
喉の奥からマグマのようにせり上がってくる、思いつく限りの罵詈雑言を、しかしヴィアネットはどうにか堪えた。
「そうか。いいだろう。あんたをどうやって消す計画なのか教えてやる」
頬の痙攣を抑えながら、なんとか笑ってみせたヴィアネットは、懐に手を入れ、そこにしまっていたものを取り出した。
帝王は首を傾げる。
「あれ? 銃殺なの? おもしろくないなあ」
「安心しろ、これは銃じゃない」
ヴィアネットが掲げ持っているのは、たしかに銃ではなかった。それは、ヴァーチャルリアリティゲームで使用するような、ゴーグル型のヘッドギアだった。
「お望みどおり、世にも変わった死に様を与えてやるよ。立て、ジェラルド・ブラッドリー。あんたの天下も今夜までだ」
ヘッドギアを手にしたことで、萎えかけていたヴィアネットの闘志は勢いを取り戻した。そうだ、俺にはこれがある。このために手間と金をかけて、あんな変態科学者と不毛な取引を続けてきたのだ。
ブラッドリーはワイングラスをテーブルに置き、長い足を揃えてすっくと立ち上がった。よどみない所作には、王者にふさわしい余裕と貫禄が備わっている。
適当な態度で適当なことを喋っていた、ついさきほどまでとは一変。ブラッドリーの周りの空気が、急に冷え冷えと重苦しくなったような感覚にとらわれ、ヴィアネットとその部下たちは、思わずたじろいだ。武器を持ったこちらの方が、完全に優位であるはずなのに。
「ねえロイ。東の方に、こんな諺があるのを知っているかい?『過ぎたるは、なお及ばざるが如し』」
「は?」
急に何を言い出すのか。理解できずにヴィアネットは眉をひそめる。
「キミのパパは、たしかに“やり手”とは言い難い人だったよね。そういう意味では、管理者としてはラッズマイヤーの方が少し優秀だった。でも、その代わりフランクリンは、自分の身の丈というものをよく心得ていたよ。手を広げすぎず、自分に何ができて何ができないのか。それを見極められるかどうかも、権力者には必要な能力だ」
帝王はくすりと笑い、不敵に目を細めた。
「いいよ、ヴィアネット・ジュニア、キミの覚悟を見に行こうか」




