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Part 2

 空港のエントランスから外に出たオレは、夜空を仰いで思いっきり伸びをした。凝り固まった筋肉がほぐれて気持ちいい。

「あ~~~、疲れたあ。飛行機ツライ、やだもう」

 十二時間もずっと座りっ放しじゃあ、さすがにオレでもキッツいわ。〈塔の街〉からここ・・へ来るまで、半日かかるとは思わなかった。世界って、広いっす。

 現地時間、夜の九時。国際線チャールズマーク空港は、旅立つ者と帰ってくる者とで大いに賑わっている。オレは足元のリュックを肩に担ぎ、バスターミナルに向かった。すでに大勢の客が、バスの到着を待っている。オレはお行儀よく列に並んだ。

 バスは数分後にやってきた。最後部座席の窓際を陣取ったオレは、流れゆく車窓の景色を、興味深く眺めた。

「へーえ。聞いてた以上にでっかい街だな」

 星の光を打ち消すほどのネオンに包まれた夜の都会まちは、極彩色と喧騒をもってオレを歓迎してくれた。

 果てしなく続く高層ビル、その足元を忙しなく行き交う電気式の車。時々ビルとビルの隙間から見えたり、道路の上を通っていたりするのは、高架線路エアレイルというもので、スカイリニアと呼ばれる公共交通車両が通る線路だそうだ。

 恥ずかしながらこのイタチ、海外旅行はこれが初めて。今はこうして、おとなしくバスの座席に納まっちゃいるが、内心めっちゃテンション上がってる。大声で叫びたいくらいだ。

 でもここは公共の場で、人目を憚らなくてはいけない。それにオレは、闇に蠢く悪党だ。悪党は初めての海外旅行くらいで、ガキみたいにはしゃぐモンじゃあないのさ。

 だから、心の中だけにしておく。

 ウエエエエエエエエエイ! 旅行だ旅行だワッショーーーーーーイ!! ヒュウウウウウウウ!!!

 


 オレを乗せたバスは、チャールズマーク空港のある第五区を過ぎ、東へ向けて滞りなく走っている。

 同じ“街”でも、土地が違えば空気も違うし、人も違う。オレはここではまったくの余所者だ。それでもあまり違和感がないのは、この賑やかさ華やかさの裏に、なじみきったたぐいの“闇”が潜んでいるのを、肌で感じているからだろう。

 ここは“塔の街”から遥か遠く離れた所――アトランヴィル・シティ。

 オレはバスに揺られながら、ほぼ二十四時間前に聞かされたクロイヌの話を、頭の中で反芻していた。


        *


「お前に依頼するのは、他でもない。〈塔の街〉に持ち込まれた、ああいう生物兵器と【イノハヤ】の出処を突き止め、関係組織を潰すことだ」

 倉庫に置かれた木箱に腰かけたクロイヌは、オレの方を見ずに葉巻を吹かした。

「関係組織って言い切るってことは、どこかの組織が裏にいるって確信があるわけ?」

「まあな。だが、全貌ははっきりしていない。【イノハヤ】の闇流通ルートの開拓や、密輸入が徹底して秘密裏に行われていたということから、それなりの規模の組織が絡んでいるんだろう、と踏んだだけだ」

 クロイヌはゆったりと紫煙を吐く。ゆうらりと上に向かって昇った煙は、天井に到達するより早く、空気の中に溶け込んでいった。

「あんたはこの事態を、どうやって知ったンだよ」

「タレコミだ。薬品工場だった廃墟で乱闘騒ぎが繰り返されている、と。そのへんの若造連中がバカ騒ぎしているだけだろうと思ったのだが、いたずらに風紀を乱されても困るんでな、手下に調べに行かせた」

「それで?」

「現場の写真だ。見ろ」

 クロイヌは、高そうなジャケットの内側から数枚の写真を出し、オレに差し出した。

「わーお」

 写真に写っているものを見るなり、オレはそんな声を上げた。

見たまま説明して、しばらくお肉が食べられなくなっちゃ気の毒だから、あまり詳しくは言わないでおく。

 端的に言うと、コンクリート製の大きなタンクがあって、その中に、えーと、赤い……足とか、骨みたいなやつとか大量に溜まってて……。

 うん。どう工夫して説明しても、グロにしかならないな。まあ、つまりそういうことだ。

「これ、さっきのみたいな生物兵器の仕業か」

「ああ。後の調べで判明したのだが、そういうことだ。何者かが、適当なゴロツキどもを廃墟に連れ込み、生物兵器の作動実験に利用した。その末路がそれだ」

「【イノハヤ】は?」

「現場に残されていた機械の残骸と、武器屋に流れていた密造品のパーツが一致した。店主によればその密造品は、最近になって少数が流れてくるようになったらしい」

 クロイヌは葉巻の灰を地面に落とした。

「おそらくはこうだ。どこぞの組織が、はた迷惑な化け物と、それを殺せる武器を、よそからこの〈塔の街〉に持ち込んだ。化け物は生物兵器として改造され、武器も模造品が製造された。廃墟に連れ込まれたゴロツキどもは、生物兵器の実験対象であると同時に、模造武器の性能検査にも利用されたのだろう。つまり武器を持たされ、化け物と戦うことを強要されたわけだ。結果、生物兵器も武器も、ある程度の結果を出す出来栄えだった。だが、どちらも未だに完成形ではない。少なくとも、武器の方はな」

 そりゃそうだ。一回こっきり使っただけで、ショートして壊れるんじゃ、使いモンにははらない。

 はあ……なんつーか、厄介なモンを持ち込んでくれたよな。オレは呆れ混じりに、小さなため息をついた。どれだけぶちのめしても、性根の腐った連中は後を絶たねえもんだ。

 クロイヌの話は続く。

「調べを進めて、【イノハヤ】という名称と、生物兵器が【ヌエ】と呼ばれていることを突き止めた」

【鵺】か。こっちも胡散臭い名前だ。

「そして先日、ようやく密輸入元が判明した。輸出業者は〈塔の街〉の人間じゃない」

「てことは、海外?」

 クロイヌが頷く。

「うへえ。あんな化け物がうろついてるトコロが、海外にはあるってのか。世界は広いねえ」

「広いぞ、世界は。お前が思っている以上にな」 

 煙を吐き出しながら、ふっと笑ったクロイヌは、ようやく吸い尽くした葉巻を地面に捨て、ぴかぴかの革靴の踵ですり潰した。

「輸出業者が海外の連中だということは分かったが、肝心の組織そのものは不明だ。イタチ、お前は海を越えてその地に赴き、【イノハヤ】と【鵺】を〈塔の街〉に流通させた奴らを壊滅させろ。それが今回の仕事だ」

 ほほー。なんか規模のデカいヤマになりそうだな。

 ま、このまま放っておいて、化け物やらヘンな武器やらを、これ以上バラ撒かれても困るし。体力有り余ってるし。やるか。

 ん? 海外ってことは……。

「旅費は報酬に含んでおいてやる。お前、〈塔の街〉から出たことがないだろう? いい機会だ、よその土地も見ておけ」

「わかった」

 クロイヌにはそっけなく返事したが、オレは“初の海外旅行”という事態に、ちょっとだけ興奮していた。

 その興奮を気取られないよう、オレは努めて冷静にクロイヌに尋ねた。

「んで、オレはどこに行けばいいの」

 クロイヌは木箱から立ち上がり、服についた埃を払う。

「ファンテーレという名の大陸。その東にある大都市、アトランヴィル・シティだ」


 

 で。

 そんなこんなで翌朝オレは、慌しく出発することになったワケさ。

 数日留守にするから、厄介になってるバーのオーナー、レイコさんに事の次第を説明した。

 レイコさんはオレが海外に行くと知るや否や、

「イタチくんだけズルい! アタシだって海外旅行行きたいわよ!」

 と、理不尽極まりない発言とともに、オレにチョークスリーパーかけて落としにかかった。

「ちょ……ッ! ちが……レイコさ……! 仕事っス! シゴトッス!」

「この場合、仕事だろうが観光だろうが関係ないわ! イタチくんがアタシを差し置いて海外に行くってコトが許せないいいいいいい!」

 なんつー暴論だよレイコさん。

 必死のタップにも関わらず、結局オレは数秒間オトされた。

 意識を取り戻したオレに、レイコさんは、

「アトランヴィル・シティに行くって言ったわよね。だったらこのリストに載ってるもの全部、お土産として買ってきてちょうだい。それで水に流してあげる」

 一枚のメモ用紙を突きつけた。そこには、おそらく高級品であろうお菓子の名前が、ズラリと並んでいる。

 オレが気を失ってたのって、ほんの一瞬のはずだろ。その間になんでこんだけの文字が書けるんだよ。どんな早技だよレイコさん。

 レイコさんはニコニコしている。これは「断ったらコロス。リストのもの、一つでも欠けたらコロス」という、沈黙の絶対命令だ。オレには断るすべがない。そうだろ?

 今回オレが仕事を完遂させられるかどうか。それは、レイコさんのリストを完璧にこなせるか、この一点にかかっているといっても過言ではない。


 

 とにもかくにも、オレは塔の街を発つ。

 だが、まっすぐ空港へ向かう前に、とある病院に立ち寄った。

 アンダーの第十区域、繁華街の一角に建つ、闇医者の病院だ。

 その一室で眠る彼女のベッドのサイドボードに、オレは薔薇のドライフラワーを一輪捧げる。いつものように。

 眠り続ける彼女の寝顔は、とてもきれいだった。

 彼女リサが長い眠りに就いて、もう数年が経つ。脳波に異常はなく、自立呼吸もできている。でも、いくら待っても、彼女の意識はオレのもとに戻ってこない。

 ときどき思うんだ。これはオレへの罰なんじゃねえかって。

 オレは散々、人の命を奪ってきた。それに対する後悔はない。いつだって覚悟を……腹を決めてやってたからな。

 だけどそれはオレの気持ちの問題だから。それ以外がどうなのか、それはまた別の問題だ。

 奪い続けたオレに、クソッタレな“誰か”が罰を与えたんじゃないか。オレが一番欲しかったものを、オレから奪うという罰を。

 でもそれじゃあ、彼女はオレの因果に巻き込まれたってことになる。そんなのあんまりだ。罰を受けるのはオレ一人でいいじゃねえかよ。

 だから、そんな馬鹿げた考えが浮かぶたびに、頭ン中から払い落とす。

 オレは奇跡なんて信じない。カミサマだって、一度も信じたことはない。

 だけど。

 だけど、いつか。

 いつかまた、リサが――。

 そのときは、オレは――。

「ごめんな。何日か来れなくなるけど。さくっと終わらせてすぐ帰るから。じゃあ、行ってくる」

 オレはひんやりとした彼女の頬を指で撫で、そっと病室をあとにしたのだった。


        *


 目的地に着いた頃には、夜の十時をとっくに過ぎていた。

 オレがバスを降りたのは、アトランヴィル・シティ第九区のイーストバレーって所だ。

 ここは歓楽街なのだろう。街全体がネオンに包まれていて、大勢の人々が通りを埋め尽くしていた。

 飲み屋やバーが乱立していて、酔っ払ったおっちゃんやおにーさんたちが、幸せそうな赤ら顔でよたよた歩いている。

 どこかから黄色い声が上がった。オレはつられて、声のした方に顔を向ける。

 一軒のバーの入り口前で、店員と客らしき数名が楽しげに言葉を交し合っていた。あの店員たち、オカマだな。ばっちりメイクしてキラキラしたドレスを着ちゃいるが、顔立ちと体格は完璧に男だ。あれはオカマバーか。

 店の名前は……、〈プレイヤーズ・ハイ〉ね。ふーん。

 その時、店内からもう一人、オカマが出てきた。かなりの長身で、他のオカマや客より、頭一つ分抜きん出ている。只者じゃない感じがするな。

 長身のオカマはホワイトブロンドの髪をかき上げながら、にこやかに客を見送り、店員たちをバーの中に促した。

 そのオカマが、オレに気づいてこちらを見た。

 オカマは慣れた感じでオレにウインクすると、店員に続いてバーの中に戻っていった。 

 オレはリュックを背負い直し、今夜泊まるためのホテルを探して、歓楽街を歩き始めた。


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