エピローグ
頭上高く豪快な音を響かせ、一機の飛行機が朝の空に舞い上がる。
見上げた拍子、太陽の光に目が眩んで、オレは右腕を庇にした。アトランヴィル・シティは今日も晴天だ。〈塔の街〉はどうだろう。
「悪いなー、ここまで送ってもらっちゃって」
空港のロータリーに停められた、黒く輝くスポーツカーの後部座席からバッグを引っ張り出したオレは、愛車に寄りかかって立つレジーニに礼を言った。レジーニは「別に大したことじゃない」とでも言うように、軽く肩を上げた。
オレがアトランヴィル・シティの地に降り立って、今日で四日目だ。ヴィアネットとの対決から一夜明けた昨日、オレはレジーニを伴って、街のあちこちを歩いて回った。
異国の地でイケメンとのデートを楽しんでたってワケじゃねーぞ。オレにはまだ大事な大事な使命が残されていたんだ。そう、レイコさんのお土産リストのコンプリートという、重大なミッションが。
売ってる店なら、スマホで検索すりゃ早い。が、初めて訪れた場所だ。土地勘がないと迷う。リストに書かれたもの全部揃えられなかったら、オレの命はない。
我が身を守るため、オレはレジーニに助っ人を頼んだ。どうかお願いします、手ぶらで帰ったら強いおねえさまに殺されるので、助けてください。
お土産集めの協力を依頼されたレジーニは、ちょっと面食らった感じだったが、ダーマンテ戦以上の必死さが伝わったのか、引き受けてくれた。
幸いレジーニは、リストに載っているショップを全部知っていたので、お土産収集は滞りなく進んだ。
ショップからショップへの移動の合間に、ちょっとした観光もできた。ネルスン運河とその上に架かるエルマン・ブリッジ。テレビタワー。シティ開拓記念の銅像、歴史ある建造物、ミュージアムなどなど。
せっかくの海外だからと、あちこち写真も撮っておいた。普段はそこまでパシパシ写真なんか撮らねえんだけど。もう来ることもないだろうし、撮っておいて損はしないだろうと思ってさ。
一日羽根を伸ばしたオレは、今日、午前の便で〈塔の街〉に帰る。
空港まで送ることを提案したのは、レジーニの方だ。意外と面倒見がいい。
「サンキューな。いろいろ世話になった。特にお土産」
大量のお土産は、〈塔の街〉に配送することにした。先に到着して、オレが迎えに行くのを、あっちの空港で待ってるはずだ。
「いいや。〈塔の街〉の住民と、貴重な時間が過ごせたよ」
なんて言うレジーニに、オレは疑問に思っていたことをぶつけてみた。
「なあ、アンタあの時さ、よくオレに剣を使わせたよな。偏見かもしんねえけど、アンタみたいなタイプって、自分の持ち物をおいそれと他人に触らせたりしねーんじゃねえの? ましてやオレはよそ者で、会ったばっかりなんだぜ」
別に追求するほどのことじゃない。でも、オレはなんとなく気になってた。
レジーニは、少し考えるように間を空けてから、答えた。
「君の言うとおり、いつもの僕なら〈ブリゼバルトゥ〉を誰にも触らせない。ただ……そうだな」
眼鏡越しの碧眼が、オレを真っ直ぐに見る。
「君が近くにいることに、あまり違和感がなかった。まるで以前から知っていたかのような、そんな感覚があったんだ。たぶん、似ているからかもしれない」
「似てるって?」
「君と、あいつがさ」
レジーニはそれ以上の説明をしなかった。
“あいつ”というのは、レジーニの相棒のことだろう。そんなに似てるのかって聞こうと思ったが、やめた。そこに触れるのは野暮ったい。
「なぜだか、あいつには絶対に許していないことでも、君ならそう気にならない。不思議なものだ」
「キザ次郎さん、なんかそれ相棒に対する告白みたいで気持ち悪い」
「ああ、言ってて僕も気持ち悪いと思った」
これが漫画なら、レジーニの顔には“縦線”が入ってる。
しかしまあ、その相棒の方は、ちゃんと事態を収められたんだろうか。帰ったらまだ騒動の真っ最中、なんてことはないよな。帰国早々に面倒事に巻き込まれるのはゴメンだぞ。疲れてないから別にいいけど。
レジーニの見送りはここまでだ。ロビーまで来てもらう必要はない。
「じゃな、世話になった」
「こちらこそ」
オレたちは握手を交わすと、惜しむ間もなく互いに背を向けた。オレは空港内へ歩いて行き、レジーニは愛車に乗り込む。
背後でエンジン音が鳴り、やがて遠ざかっていった。振り返りはしない。それでいいんだ。
彼と会うことはもうないだろう。
いつでもどこかで、誰かと誰かの人生が交差したり、すれ違っている。複雑に絡み合うときもあるし、あっさりほどけることもある。
オレはこの数日のうちに、何人かと新しい出会いを果たした。当然、今までのオレの人生に登場しなかった連中で、この仕事を引き受けなければ、一度だって顔を合わせることのなかっただろう人々だ。
縁だとかなんだとか、そんな不確かなモノを信じちゃいないが、それでもこうして出会ったのには、何か意味があるんだろう。そうだったとしても、その意味が分かるのは、ずっとあとなのかもしれない。一生わからないかもしれないし、そもそも意味なんてないのかもしれない。
出会いに意味を考える。それこそ無駄なことなのかもな。
でもオレはこの束の間の相関を、たぶん忘れないと思う。
だから、柄にもなくかっこつけてこう言おう。
HASTA LA VISTA。
この先、二度と会うことはないだろうけど。
会えるとしたら、それは地獄でかもしれないけれど。
いつか会うそのときまで。
*
十二時間かけて帰ってきた〈塔の街〉は、すっかり夜だった。
ロビーに張り巡らされたガラス壁の向こうに、ちらちら星が瞬く夜空が見える。といっても、地上の明るさに、ほとんどの星が隠れてしまっているが。
東の空に浮かぶ一等星だけは、自分こそが夏空の王だとでも言いたそうに、煌々と光っている。
あちらの街でも見えているだろうな。
まずは先に届いているはずのお土産を受け取りに行かなけりゃ。オレは荷物を背負い直し、夜間のため搭乗客の少ないロビーを歩き始めた。
ロビーの真ん中あたりに差しかかったとき、正面から一組のカップルがやってくるのが見えた。
外国人だ。男の方はオレと同じくらいの年頃だろうか。金髪で、赤いリングピアスを耳に付けている。彼女の方は青灰色のゆるふわショートボブで、清楚な雰囲気を纏っていた。
二人は朗らかな笑顔でおしゃべりしながら寄り添って歩き、人目を憚らず、仲の良さを周囲に見せつけている。おアツいこって。
距離が近づく。すれ違う瞬間、金髪の男がオレに気づき、顔を上げた。
お互いの視線が絡み合ったのは、ほんのわずかな間の出来事だ。だがその一瞬だけ、オレはそいつの目に惹きつけられた。
鮮やかな緋色の目だ。まるで炎みたいな。月並みな形容だけど、それが一番しっくりくる。
激しく燃え上がる炎。暗闇を照らす穏やかな炎。その両方を兼ね備えた熱量を抱えた双眸。オレにはそんな風に感じられた。
その緋色の目がオレを見たとき、驚いたようにちょっとだけ見開かれた。けれどすぐにお互い、目線を戻した。
ほんの数秒足らずの邂逅だった。
しばらく歩いて、オレはふと足を止める。
なぜなのか分からないが、さっきの二人が気になったのだ。特に男の方。
振り返ったが二人の姿は、行き交う人の波にかき消されていた。
オレはなんで、あの男が気になったんだろう。一度も会ったことないはずなのに。
なんだかそれは……。
いや、とオレは首を振る。気のせいだ。さもなきゃただのデジャ・ヴ。そうさ。
進行方向を戻し、真っ直ぐエントランスに向かう。
レイコさん、お土産おすそ分けしてくれるかな。うまそうなのばっかだったんだよな。くれるワケねーか。
病院にも行ってやらなきゃ。アイツに土産話、たくさん聞かせてやろう。
そんな他愛のないことを考えながら歩いていくと、遠くに見慣れた姿を見つけた。たった数日顔を会わせなかっただけなのに、なんだか妙に懐かしく感じて、オレの口元は自然と綻ぶ。
「あ、オーナーじゃないっスか。オレを迎えに来てくれたンだ」
「え、ああ。イタチ君か。もう帰って来たの?」
レイコさんの憎まれ口に迎えられたトコロで、この話はおしまい。
オレはイタチ。〈塔の街〉の底辺に生きる、チンケな悪党の一人。
ご清聴ありがとう。




