91話 欧州に戦火再び
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第三者視点
1938年
ドイツは前年に政変があった、グレゴール・シュトラッサーが何者かに暗殺されたのであった、これをナチス党は国内のユダヤ人過激派の仕業であるとし、犯人を捕らえて公開処刑にした、その後国内の治安維持を名目に親衛隊が強制収容所を設立しユダヤ人やナチスに批判的な人物を収監し始めた、そしてシュトラッサーの後任はルドルフ・ヘスが選ばれた。
彼はドイツの復活と生存圏を説き「ドイツが今後生き残る為には東方に活路を見出すのだ」と説いて動き始めるのであった。
「我が国からオーストリアとズデーデンを割譲せよと? 正気なのか?」
オーストリア連邦のカール1世はドイツからの要求を見て自分が悪い夢を見ているのではないかと思った、それほどこの要求は厚かましく容赦のないものであったのだ。
「奴らは酔っているのだよ、ファシズムという毒にな」
「伯父上、お加減はよろしいのでしょうか?」
カール1世は伯父のフランツ・フェルディナント大公が現れたのに驚いた、すでに高齢で病に伏すことが多い大公がわざわざ来るとは思わなかったのだ。
「このまま座して国が滅んでは死んでも死に切れんわ、それに{我が友}からの知らせを聞いては棺の中から這い出しても来なくてはなるまいて」
「{我が友}と言われますとジェイムズ子爵の事ですな、していかなる知らせでしたので?」
「此度の事はドイツの一人芝居では無いという事よ、奴らは{不倶戴天の敵}と称していた奴らと結んだのだ!」
「まさか共産主義者とですか?」
「そうだ、このオーストリア連邦とフィンランド、バルト三国、ポーランドを分かち合うことで奴らは手を結んだのだ、日頃の主義主張を曲げてでも手を結ぶ、浅ましき奴らよ」
「それでは我らは挟み撃ちに……」
「直ちに軍に召集を掛けねばなるまい、国連も動いておるが予断は許さんな」
カール1世は至急政府首脳と軍の高官たちに招集を命じた、政府は軍に動員を命じると、ドイツに対しては併合を拒絶、ドイツ側によるオーストリアとズデーデン地方への呼びかけにも国民が応じることは殆ど無く一部の過激派だけでそれも鎮圧されていった。
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ポーランド グディニャ市近郊
ドイツが再軍備を宣言してから国連欧州派遣軍は此方に司令部を移している。
大戦後独立したポーランドは軍の編成が遅れがちなこともあり軍の教育や練成の為に国連軍が元々協力しており東プロイセンからの移動は逆に歓迎されたのであった。
ポーランドでも流石にこの所のドイツの動きは警戒されており軍の編成を急いでいるがまだまだ質・量共に満足のいくものではない、だがドイツ軍とて再軍備から間もないので何とかなるのではと言う政府閣僚もいたのだがそれはある筋からの知らせに粉砕された。
ドイツ軍とソビエト連邦の同時侵攻。
その情報は俄かには信じられない者が多かったが両国が動員をかけているのを知ると直ちに対応が急がれることとなる、ポーランド陸軍第10自動車化騎兵旅団 を率いるスタニワフ・マチェク少将は新装備を受領しに来ていた。
「これがタイプ35か! タイプ14と比べると大人と子供だな、頼もしいぞ」
ポーランド政府が日本から購入した三十五式中戦車を前にご満悦のスタニワフ旅団長に戦車を届けた担当者が告げる。
「閣下、新型戦車も使いこなせるようになるまで時間が掛かります、直ちに訓練に掛かられた方が良いかと」
「うむ、そうだな、直ちに機種転換に取り掛かれ! 後の納車はいつぐらいになる?」
部下に機種転換に掛かるように命じた旅団長の問いに担当者はメモを見ながら答える。
「すでにオーストリア連邦のチェコスロバキアにあるシュコダ・タトラなどに生産委託させていますがオーストリア連邦軍向けの納車も急がれておりまして、理由は此方と同じです、後はイギリスにある三菱と川崎などの工場でも生産を始めていますのでそれが軌道に乗ればすぐにでも」
「畜生、ファシストとコミュニストが手を組むなんてだれが想像した! 地獄に落ちやがれ!」
納車された三十五式は百両に上るが絶対的に数の不足が懸念されていた、やはり戦いは数なのである。後は大戦後にフランスとイギリスから譲り受けた十四式軽戦車で数の方は三百両はいるが錬度の点で不安が残るのであった。
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同時期 ソビエト連邦 モスクワ
「情報が漏れていた? どういう事だねベリヤ君?」
「はっ、同志書記長、現在調査中でありますがオーストリアもポーランドも現在動員を進めており我が国とドイツとの秘密協定が漏れているのは間違いありません、我が党や軍の掃除は終わっておりますのでドイツ側からの漏洩は間違いありません」
「ふん、ナチス共はゲルマンの優秀さを喧伝して居るがまるで駄目ではないか、そうは思わんかね」
「まったくであります、やはり頼みにはなりませんな、計画は見直しますか?」
NKVD(内務人民委員部)に所属するラヴレンチー・ベリヤが質問すると書記長と呼ばれた彼・ヨシフ・スターリンは物憂げに答える。
「オーストリアは後回しだ、まず取り掛かるところがある、ドイツにはモロトフを行かせるとしよう」
そう言って手元に置いた地図を叩きながら嘯く。
「我が国と党の栄光への第一歩になるからな」
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同じく ドイツ ベルリン
「まさか蜂起が失敗するとはな……」
苦々しげに航空相を勤めるゲーリングが口火を切るとヒムラーがそれに答える。
「全くです、折角首相にしたのにヘスには幻滅ですね」
彼らはヘスならば国内を纏めオーストリアやズデーデンのドイツ系住民を味方にできるかと思っていたが当てが外れたことを嘆いていた、彼ら自身ではその器では無いと感じていたのでそうしたのであったが計算通りには行かなかったようである、ゲッペルスの宣伝や演説の指導も功をなさなかったようであった。
「だが、我が国とソ連が手を組んでいると何故オーストリアやポーランドが知ったのか?ソ連の酒飲み共が酔って漏らしでもしたものか?」
ゲーリングが疑問を呈するとその場にいた三人目の男が発言した。
「こちら側では我が親衛隊が掃除しておりますからな、漏れてはおらんでしょう、間違いなくソ連のミスですな、そうだなヴァルター?」
その場にいた三人目の男親衛隊諜報部長官ラインハルト・ハイドリヒは後ろに控えていた諜報部長を務めるヴァルター・シェレンベルクに問いかけた。
「はい、この事を知る者は極めて限られておりその情報の流出について調査しましたが流出は認められませんでした」
この場にいる四人の中で一番若い彼は切れ者としてハイドリヒの信頼厚い人物として知られた存在であったが彼が断言するという事は間違いない事実として認識されるということである。
「それでは仕方あるまい、この代償は奴らに払ってもらうとしよう、その上でオーストリアとポーランドはどうするのか?」
ゲーリングが問うとヒムラーがハイドリヒに答えるようにゼスチャーする、それを受けてハイドリヒは口を開いた。
「その件に関してはソ連から信書が来ております、スターリンはオーストリアは一旦置いて、ポーランドへの共同出兵を提案しております」
「間抜けの癖に図々しい願いだな、だがオーストリアをあきらめるとはいさぎが良すぎないか?それほどまでに赤軍は粛清をしすぎたか?」
ゲーリングの疑問はすぐに解消されることになる、ハイドリヒに命じられたシェレンベルクが答えを用意していたのだ。
「あの髭はフィンランドを屈服させたいようですな、傀儡国家の準備をしているようです、攻め込んで全土を占領した後傀儡政権に治めさせて勢力圏を広げようという事でしょう、後バルト三国にはソ連軍の進駐を迫っているようで三国は国連に訴え出たようですな」
「なるほど、先に足場を固めたいわけか、では我々もポーランドを制圧して東プロイセンとつながるようにしないとな」
こうして両国の思惑は一致し欧州は再び戦火に見舞われる事となる。
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