84話 遠く欧州の地で
第三者視点
1936年 東プロイセン ケーニヒスベルグ
この地に国連軍として日本の欧州派遣軍が駐留して十数年が経っている。 配備されている陸軍の規模は一個師団で第三軍に所縁のある部隊が交代で配備されていた。 平均三年位ここに配備されているが、志願者も多く人気のある配属先といえよう。 装備も最新の物が回されていて錬度も高い、故にこの地域では抑止力として機能していた。
「野中、弟に手紙を書いてるのか?」
軍が設置した簡易組立式の建物に付属しているリビングで2人の軍人が寛いでいた。
「ああ、空軍で攻撃機乗りの訓練を毎日行っているそうだ、欧州派遣軍に行きたいと言ってるがここは人気があるからな、選ばれればいいが」
そう言って野中四郎大尉は返事を書き終え筆を置いた。
「お前の弟なら大丈夫だろう、俺たちがいる間に配属になればいいんだが」
「いや安藤、あいつは破天荒な奴でな士官学校を留年するくらいなんだ」
「ほう?真面目なお前に似ないんだな、だがそれもいいんじゃないか?」
安藤輝三大尉はそう言って茶碗の茶をすする、日本から持ってきたお茶はもうすぐなくなりそうだった、安藤は送ってもらおうかと考えて最近は町でも日本茶を扱う店があることを思い出しそこで購うことにした。
「今晩は、安藤大尉・野中大尉お久しぶりですね」
そこに来客が訪れた、その顔を見た安藤の顔が綻ぶ。
「杉原さん、本当にお久しぶりですね、どうでしたフィンランドは?」
「ああ、ソビエトの{大粛清}の話で持ちきりだったよ、スターリンは部下だけでなくコミンテルンの各国の活動家さえも自分に反逆する者として処刑しているんだ、粛清を恐れて亡命をする者も沢山いる、いや逃げられた者たちは幸運だね、大抵は捕まるから」
安藤に杉原と呼ばれたのは在フィンランド公使館に勤務する杉原千畝であった、彼はロシア共和国内にある学校でロシア語を学び後に外務省入りしてロシア共和国の日本大使館に勤めていた、そしてソ連にある大使館勤務に異動が決まったのだがロシア共和国での活躍を知ったソ連が入国を認めなかった、その為ソ連と国境を接するフィンランドなどの北欧の国を転々としていた。
「そんなに酷いんですか、ソ連は革命で労働者たちが団結し五ヵ年計画で生産力が上がったと宣伝してますが」
「野中大尉、残念だけどそれは彼らのプロパガンダだよ、最近は国内にいるポーランド人やユダヤ人も粛清の対象にしてるんだ、スターリンは猜疑心の塊だね、あのジューコフさえも粛清されたんだからね」
「{ハルハ川の英雄}も切り捨てか、赤軍は大丈夫なのか?」
「まともじゃないですよ、有能な将校が次々に処刑されてるんですからね、軍としては弱く数で押すだけの存在でしかありません、ですがその数が尋常ではない」
椅子に座りながら杉原はフィンランドで収集した情報を披露する。
本来であればまだ下級士官である彼らに外交官の杉原が情報を持ってくることはない、彼らに対しては陸軍の軍務局長永田鉄山から直々に{将来有望な者ゆえ頼む}と言葉を受けてこうして定期的に顔を出して情報交換を行っているのであった、そして彼らは情報戦に長けた杉原から見ても十分に有能であった。
「当分ソ連はそんな状況が続きそうだな、一段落した後が厄介だが、こちらも大概に酷いことになりそうだ、ドイツの状況なんだがな」
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「ほう、では国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)がついに政権を取りましたか」
「なかなか大変だったようですね、突撃隊の問題がありましたから」
NSDAPの準軍事組織である突撃隊はナチスの党勢拡大に寄与したが、次第にその存在がゲーリングやゲッペルスなどにとって邪魔なものとなっていたのだ。
権力闘争の末ナチスの党首となったグレゴール・シュトラッサーは突撃隊の指導者であるエルンスト・レームと対立しその対処を親衛隊全国指導者で秘密国家警察長官代理であるハインリヒ・ヒムラーに命じ彼とその部下の親衛隊諜報部部長ラインハルト・ハイドリヒが{長いナイフの夜}事件を計画し実行した。
その計画とは突撃隊幹部とナチス内部の反対勢力を粛清するという強硬策でレームたちは裁判も開かれずに処刑され突撃隊の影響力は落ちナチスの政権掌握に繋がっていった。
政権を獲得したシュトラッサーはアウトバーン建設などで国内の雇用・景気対策を行うと共にヴェルサイユ条約の軍備制限条項を破棄して{再軍備}を宣言する、直ちに50万の陸軍兵力を集め海軍は軍艦の建造に着手し航空省として操縦士の養成をしていたのを正式に空軍とした。
「再軍備が驚くべき速さで行われているな」
「ソ連と秘密条約を結んでソ連領内で兵器開発や軍の訓練を行っていたのです、あとスイスやスウェーデンなどで合弁会社を設立して火砲の開発をしていますね」
安藤の驚きに杉原が調べたソ連の情報を付け加える。
「ドイツの狙いは何だろう?噂されているラインラントへの軍の進駐か?」
「だとすればフランスが黙ってはいまい、戦争になるぞ」
「そうだといいんですが、フランスでは先の大戦の後遺症か軍を動かすのに否定的でしてね、国防の為にマジノ線の構築に励んでいますね」
「これは容易ならないな、場合によってはこの派遣軍の方にも矛先が向くかもな」
「実際に国連に東プロイセンからの国連軍の撤退と自国の軍を駐留させると申し入れが為されていると言われています、あくまで非公式な話ですが」
「覚悟は決めておいたほうがいいかもしれんな」
杉原が辞去した後、安藤は深く考え込んでいた、それを見て野中が声を掛ける。
「どうした?気になることでもあるのか?」
「いや、日本を出立する時のことを思い出していた、挨拶周りに永田鉄山少将のところに伺ったとき{安藤君、欧州では自分の目で見て聞いて何を為すべきなのか判断しなさい}と言われた事をね、鈴木貫太郎侍従長にも言われたよ{日本を出て大きな視野で世界を見なさい}とね、だが自分に何が出来るのかどうすればいいのか答えは見えないな」
「実は俺もだ、これからどうすればいいのか判らん、だが俺は恥じるような事はしたくない、胸を張って生きたいと思ってるよ」
「それは俺も同じ意見だな」
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「〇対はどうだった?」
「はあ、彼らは白ですね、クーデターなど起こすような人物ではありませんよ」
「そうか、ご苦労だった」
安藤たちのところを辞去した杉原が会っているのは本郷少将である、杉原はロシア共和国時代に東機関にスカウトされて諜報活動に従事していた、最近はそれに譲の前世でクーデターを起こした青年将校の監視を密かにしていたのであった。
「ソ連領内のドイツ基地の方は?」
「現在実行部隊が妨害活動してます」
「まあ、再軍備が行われれば引き揚げて来るだろうし、そろそろ店じまいだな」
「承知しました」
「あと杉原君にはリトアニアの公使館に異動が決まってたぞ、ギリギリまで情報収集を頼む」
「承知しました、ですがドイツとソ連は動きますな、本国はどうする積りなのでしょうか?」
「俺にもそこは判らんな、だが準備の方は進めている、我々にできる事は情報をなるたけ送る事だけだ」
その後一月も経たずにドイツは動いた、ラインラントへ軍を派遣したのである。
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