79話 謎解きと悲しき和解
※ 11/21修正しました
※2018/05/18修正
俺の発言は意外な感じで受け取られたようだ。
「平賀君…何故そういいきれるのか根拠を教えて欲しい」
査問委員長の野村吉三郎大将が質問してくるが彼をもってしても意外な答えだったようだ。
「判りました、先ず{総研}が今年7月に艦政本部の牧野少佐からある駆逐艦の損傷について相談を受けたのが始まりです、その駆逐艦こそ今回損傷を受けた艦の姉妹艦である敷波でした、敷波は前部側面の船体に皺が出来ておりました、まさしく事故で破断した部分と一致します、その時の状況も同じで台風の傍を航行していて受けた損傷です、勿論今回のように近づいてはおりませんが」
「では君はこれが吹雪型特有の欠陥というのかね?それでは主任設計者である藤本少将の責任だろう!」
「そうではありません、世界的に想定されている{荒天時の波浪}は今回の台風よりずっと低く見積もられています、船体強度はどの国もその値に近く設計されています、大幅な余裕を持たせればそこに重量を取られ武装や装甲の厚さに影響が出てしまうからです、その状況であったのに事故を起こした艦以外にも吹雪型は現場にいたのに被害は出ていません、むしろ船体強度は他国よりも優れていると言っても良い、他にも溶接を多用した艦もいたのに被害が無いのは溶接を前提に
設計したのが間違っていたのでもありません」
俺の言葉を聴いて藤本少将は信じられないような顔で見ているな、恨まれていると思ってたんだろうな。
「平賀君、君の言っている事は辻褄が合わないぞ、設計も溶接も問題が無いのに何故船体は破断したんだ?」
米内中将の疑問も尤もだが、ここはもう少しお付き合い願おう。
「そこでその謎を解く鍵があるのです、それは世界大戦の頃まで遡ることになります」
俺は総研で行っていたプロジェクトの解説を行うのであった。
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「新設された大神工廠には総研の研究所が併設されているのはご存知かと思います、そこでは当初から溶接について研究が進められてきました、長年の試行錯誤の末についに新型溶接機が
完成したのです、これは1926年には各工廠や造船所に優先的に割り当てられて納品されて居ります、新型溶接機で溶接した部分の強度はリベットと同等かそれ以上という結果が出ております」
「そんなに凄いとは聞いていなかったが」
井上少将の言葉に譲はうなずき答える。
「勿論新技術なので秘匿が優先していました、その為軍需部門へ優先的に割り当てられ民需用には1930年まで回されていませんからね」
「なるほど、そして今でも積極的には広めていないという訳か」
井上の言葉にうなずく譲。
「では益々奇怪な事に今回の破断の原因が判らなくなるな」
米内のぼやきに譲は答える。
「今回事故を起こした艦と皺が発生した敷波に共通する事があるのです、それは艦形とは関係無しでです」
「「「「「?」」」」」
「それは産まれた地です、彼女たちは皆同じ場所で生まれているのです、舞鶴工廠…そこがすべての始まりなのです」
「では!製作の段階で!」
「そうです、総研の調査では旧式の溶接機を使って工事が行われていたのです」
「ですが何故態々旧式で工事したのです?新型があったのでしょう?」
井上の質問は皆の疑問であった。
「職人の弊害…」
藤本少将の呟くような声が会議室にやけに大きく聞こえた。
「その通り、職人技を持つ者によくある行動だ、使い慣れた道具が最高だと信じて止まず新しいものを受け付けない、職人肌という悪い面が出てしまったんだ」
「ですが工廠では切り替えを推進してチェックが行われていたのでは?」
野村委員長の質問にうなずきながら答える譲。
「その通りです、他所の工廠ではそうした指導が行われていました、ですが舞鶴ではそれが十分に行われなかったのですよ、ある事件が元で」
「まさか!美保関事件?」
「はい、丁度建造中に起こったあの事件で大破した神通が舞鶴に入渠しました、その混乱状態で切り替えの指導が十分に行われていなかったのですよ、通常航海ではそれでも良かったのですが今回のように船体強度ギリギリの状態では致命的な事態になってしまったのです、ですからこれは舞鶴工廠の施工ミスと無謀な訓練を遂行しようとした連合艦隊と第四艦隊の司令部の責任です
最初の艦損傷の段階で艦政本部からの勧告を無視した責任は重大です」
こうして藤本少将の責任は存在しない事が証明されてこの件での査問会は終了した、舞鶴と艦隊司令部には後でキツイ沙汰が待っているであろう。
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査問会は終了した、藤本少将が立ち上がり此方を向いた、酷い顔だ、事故が起こるまでは軍縮条約失効を見据えて新型戦艦の設計を寝食を惜しんで進めていたと聞いたそしてこの事件だ、さぞかし自分を責めたのだろう。
「平賀先輩、この度はありがとうございました」
「当然の事をしただけだよ、君の設計は間違っていなかったんだ、胸を張っておけばいいんだ」
「ですが、自分は先輩を…」
「気にするな、どうせ総研に行くのは時間の問題だったんだ、少し早くなっただけだし結果的に良かったからね」
「先輩…」
「君が手がけた艦は皆機能美に溢れていると言ってるよ、イギリスのジョージ・サーストンなんか『足柄よりも愛宕の方が気品があって美しい』なんて言うんだぜ設計した俺に向かってだ」
「先輩、先輩に言われた『艦に命を預ける兵たちのことを常に忘れないこと 』これだけは忘れないようにして来たんです、そしてこれからも…」
二人の距離が近づき後数歩の所で異変は起きた。
不意に藤本少将がよろめき崩れ落ちた。
「藤本君!」
抱え起こすと弱々しく一声。
「後は頼みます…」
それが彼の最後の言葉になった。
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