57話 復興事業とオリンピック
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第三者視点
関東大震災の救助活動はその後も各地から応援が駆けつけ続けられた。その中で特に活躍したのが工兵部隊であった。彼らは第一次大戦で野戦築城で使われていた建設機械を多数持ち込んでいた。ショベルカーやクレーン車、ブルドーザーなどである。メーカーも日立、小松製作所、TADANO、ヤンマーなどでそのすべてが裏で総研の技術支援(資金支援も)受けているのであった。
それらが瞬く間に瓦礫をどけて仮設住宅を建てていく、仮設住宅は初期のプレハブ工法を使っており単一規格の組み立て式であったのでたちまち完成し避難民たちはとりあえずまともな住宅に移る事が出来たのであった。
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「復興事業は焦眉の急を要する、すでに発動している{日本列島改造計画}の一部修正を行いつつ被害地域を優先で復興させていく」
後藤総理は任期満了が近かったが直ちに復興に対応するための内閣改造を行った、例によって中村是公を復興特命大臣に任命しその後の大蔵大臣に高橋是清を任命し資金調達に万全で臨むよう要請している。
後藤はこれを機に東京を災害に強い都市にするという使命に燃えており道路の拡張と大規模な公園緑地を作り、地下鉄の建設や鉄道の高架化による踏切の削減による交通の潤滑化、日本橋にあった魚河岸などを築地に集め中央市場を作るなど非常に野心的な計画であった。
反対意見も多くあったが「千年後まで語り継がれる首都にする」という後藤の信念により押し切った。
さらに彼は又も大風呂敷をぶち上げる。
1928年のオリンピックを東京に招致すると発言したのだ。
「今回の震災のお見舞や支援は国内からだけでなく海外の多くの国から寄せられた、このご恩返しではないが立派に復興した姿を万国の方々に見ていただきたいのだ」
新聞などは「大風呂敷の真骨頂」とややあきれながらも今回は好意的にとらえていた、ややもすれば沈みがちな東京などの被害を受けた人々に希望の灯火を与える事になるからであった。
また首都の機能が麻痺したときに備えて{副首都}を複数設定しいざというときに備えたり、県単位でなく地方で自治を纏める道州制が国会の審議にかけられる事となった。
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譲視点
東京オリンピック・・・1940年に行う予定だったが戦争で中止になった幻の大会を12年も前倒しに行うのか。
これも大戦が終わった事による景気の反動と震災によって受けた損失を経済効果で乗り切る政策の一部である。
景気の反動はある程度織り込み済みだったので大概の企業や銀行は抑えられたのだったが、やらかしたのが鈴木商店と台湾銀行だった。
後藤総理じきじきに双方に自粛を要請されていたにも関わらず鈴木商店の金子直吉は八八艦隊の建造を当て込んで鋼材の買占めを図り、台湾銀行も貸し出しを極秘にしていた。その為軍縮条約で建造計画が中止になると不良債権となってしまった。
元々八八艦隊用の鋼材などはすでにある程度戦前から集めておりどうせ計画は中断されるのでそれで足りたのだがどうも鈴木商店側には鋼材が不足であるとの情報が流れていたようだ、本郷大佐の調べではライバルの三菱・三井辺りが偽情報を流していたらしいとの事、本当に余計な事をしてくれる。
そこで、こういうこともあろうかと作っておいた{会社更生法}が登場する事となる、鈴木商店も台湾銀行も国有化されて、再建に努めることとなった。
一旦国有化された彼らであったがそこをあるファンドが手を上げて再生する事になった・・・もちろん裏に総研がいるのだが。今まで出してきた技術はもちろん特許を得ており莫大な利益を上げている、それを密かに架空の投資会社名義にしてプールしていたのだ。
その総額は優に国家予算規模を超えその資金を使い企業再生に動き出した。
台湾銀行の方はまず鈴木商店の再建を待つ事にし、当座の資金を回して取り付け騒ぎが起きないようにした。
鈴木商店の方は傘下企業の再編に取り掛かった、その中で傘下の播磨造船所を石川島造船所と合併させて石川島播磨(IHI)が出来上がった、それと同時に石川島自動車は独立させていすゞ自動車になった。
この辺はガスタービン機関の開発に頑張ってもらうためだ。
再編には三菱・三井系との合併話は全く無しにした、余計な事をしてくれたお返しである。
向こうは鈴木商店が破綻したら剥ぎ取るつもりだったらしく悔しがっているそうだ。
さて、オリンピック開催となるとあれを作らねばならないが出来るのだろうか?
そろそろあちらへの梃入れも必要だろうなと思いながら試験航海がてら物資輸送をする「夕張」の艦上で考えを巡らせるのであった。
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