206話 仕掛ける一手
※作中では本郷は英国特使ブラッカリイ卿として振舞っております。
アイゼンハワーは本郷=ブラッカリイとは知りません。
日本 戦略本部
ルーズベルトが亡くなった。
史実よりは幾分早いが死因は同じようだ。激しい頭痛の後意識不明となりそのまま亡くなったという。実は高血圧であったのは判っていたが降圧剤等は日本の星製薬が殆ど独占して生産しており、戦争中であるために向こうでは入手困難になっていたのもある。元々の歴史では未だ生まれていない物でもあるけどね。
考えていたことが悉く裏目に出たことも心労となって心身を蝕んだ結果もあるのかも知れないが、この時期の退場はアメリカにとって良かったのか悪かったのか。
「副大統領のヘンリー・ウォレスが大統領に昇格したことを発表したな。ルイジアナ州のニューオリンズからだ。国務長官を始めとした政府の者たちもそちらに集結しつつある」
本郷中将が東機関のメンバーからの情報を教えてくれた。どうやら臨時の首都をそちらにするようだな。
「まだ戦うつもりなのかな?」
「ウォレスは国民にこの非常時に一致団結して戦う様に演説した。だが野党共和党の議員たちは元々ルーズベルトが戦争はしないという公約に反していると批判的だったからな。連邦議会議事堂に残って国連と講和すべきという意見も出ているようだな。後此方の軍が侵攻した各州の知事は都市に無防備都市宣言を行って国連軍を受け入れて無血入城してる状態だ。米軍は後退してノースカロライナ~テキサス~アーカンソー~オクラホマ各州の境界に防御陣を引いているようだな」
ノイズの混じる電話の向こうで本郷中将が話している。
「いやに遠くから電話しているんだな」
「ああ、ある人物に会うために旅順に来ているんだ」
「旅順? 一体誰と会うんだ?」
「ここから満州国へ行ってこの状態を収められそうな人物に出馬願うのさ」
大陸にそんな人物が居たのか?俺は受話器を置きながら誰なのか考えていた。
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満州国 奉天
譲と電話した後本郷はアメリカ軍が引き上げた後再開した鉄道に乗って奉天まで来ていた。そこで待ち合わせて居た人物と会談するためである。
「満州国へようこそ、ブラッカリイ伯」
「こちらこそ会っていただき感謝しております。アイゼンハワー大将、現在は満州国駐留軍司令官でしたかな?」
「今の所は代理です。本国が何も言ってこないのでね」
「まあ、今の状態ではそれどころではありますまい。北部の諸州が国連軍の勢力下に入って行きつつあるのですから」
そう本郷に言われると苦しそうな顔をするアイゼンハワーであった。
「私はソ連が本性を剥き出しにした今、国連と争うのはナンセンスだと思っております。直ちに講和するべきだとは思うのですが」
そう口にするのを見た本郷は笑みを浮かべながら答える。
「では閣下がそれを為せばよろしいではありませんか」
「いや、私は一介の軍人であって政治家ではない」
「ですが、それを為せる人が今の政府に居りますかな?このままなし崩しに戦闘が続けば多くの国民に被害が出ます。私はチャーチル卿より講和を周旋するようにこの地に派遣されたのですよ」
本郷の言葉にアイゼンハワーは顔を顰めて答える。
「国を割りかねない状況ですので慎重に検討しなくてはなりません。それには大統領に翻意していただかないと」
「説得されるのでしたら急いだほうが良いと思いますよ。ワシントンD.Cまであと少しの所まで国連軍は進んできています。そうそう、チャーチル卿より講和の条件を預かっております。日本等にも承認を得ていますので公式に極めて近いものと思っていただければ」
そう言って取り出した書簡を見たアイゼンハワーは驚愕を露わにした。
「こんな! こんな条件で良いのですか?」
「ええ、そちらが飲めるのであれば問題はありません」
「これなら、大統領も受け入れてくれるでしょう。直ちに打診します」
アイゼンハワーはニューオリンズに到着したウォレス大統領に講和条件を伝え講和を受け入れることを要請した。同時に満州の状態を伝え、もはや日英軍との戦争継続は困難であるという事も伝えた。
3日後返事が届いたがその回答は否であった。アイゼンハワーは落胆するが本郷は内心でやはりと思っていた。
「何故だ! 何故政府は否定するのか! もはや頼りになる援軍も無いと言うのに」
「彼らの思惑は違う所にあるのでしょうな。それに未だどうにかなると思っているようですね」
国連が示した講和案は大きくはこうである。
1.アメリカは国連の監督の元フィリピンの完全な独立を行う
2.国際連盟への加盟
3.パナマ運河の管理をパナマ共和国へ譲渡する(国連はスエズ運河・キール運河と共に国際運河として全ての国の商船に通行権が与えられることとする)
4.満州国と大韓民国の保護国は継続、但し国連の独立支援委員会の指導を受け2000年までに独立国家とする。
5.国連の定めた地域の独立の追認(ハワイ等)
賠償金も領土の割譲も無い極めて異例の条件であった。
「この案をマッカーサーが猛反対したと聞きます。1の条件が気にいらなかったのかもしれません」
アイゼンハワーの言葉に本郷は頷く。
「まあそうでしょうね、彼の個人的な権益が否定されるわけですから」
「そして大統領は3と5に難色を示しています。ハワイは何としても奪回したいと周囲に漏らしているようです」
本郷も東機関の草達からその情報を掴んでいたが何食わぬ顔をして頷く。
「なにか戦局を覆す手でもあるんでしょうか?」
「核兵器しかないようですな、現在複数の爆弾の生産に成功しておりそれを使って反攻するつもりです、ですがそれをしてしまえば合衆国滅亡に繋がりかねないと私は思っています」
「その見立ては正しいでしょうな。日本は既に核兵器の生産ノウハウは完成させているとチャーチル卿から伺っています。彼らは作れないのではなく作って居ないだけなのです。そしてアメリカよりも長く確実に目標へそれを届かせることが出来る。アメリカが核兵器を使おうとすれば大統領の頭上に降り注ぐ事になりますぞ」
本郷の指摘にアイゼンハワーは同意していた。なぜそんな事が彼らに判らないのか。
「閣下、こうなればワシントンD.Cに残っている共和党の方々と協議した方が良いでしょう。もはや大統領はアメリカに、そこに住む多くの国民にとって有害な存在です」
「まさか、君は大統領を弾劾せよというのかね?」
「法に従ったやり方を望むならばそれしかありますまい、ただ閣下は軍人です、それ以外の方法も選択肢にはありますが」
本郷は暗にクーデターによる政権奪取も仄めかせたが、アイゼンハワーは毅然としていた。
「私は軍人だがその前に合衆国の一市民である。軍の力での政権奪取は有り得ない」
この発言でアイゼンハワーは覚悟を決めたのであった。
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