205話 混乱のホワイトハウス
合衆国カリフォルニア州 サンディエゴ軍港 太平洋艦隊司令部
ニミッツに呼び出された二人の提督、ハルゼーとスプルーアンスは長官室に向かいながら会話していた。
「補充の母艦パイロットが全く来ないんで怒鳴り込んだら、教育隊の奴に反対に怒鳴られたよ。教官まで引き抜いてフィリピンくんだり迄行かせてしかも殆ど未帰還にするから全く育成が追いつかないんだとね」
「やはりあの作戦はするべきではなかったという事ですね。失われた艦艇や機体があれば西海岸の防衛ももう少しマシになっていたでしょうに、いやハワイへの攻勢も夢物語では無かったはずです」
ぼやくハルゼーにスプルーアンスが答える。大統領の指示で行われた作戦が悉く裏目に出たため流石に米軍も人材不足に悩まされていた。実はフィリピンでは脱出したパイロットたちはかなりの数が日本軍によって救助されて居たのであるが当然捕虜となり収容施設に入っていた。多数の捕虜を抱えたくない日本は順次返還を行っていたがその殆どがフィリピンにて解放されておりマッカーサーが彼らを止め置いていたのも本土でのパイロット不足に拍車を掛けていた。
マッカーサーからすればフィリピンを防衛するのに一兵でも欲しい状態であるためだがそれは向こうの都合であり、日本からすれば体よく大軍をフィリピンという檻に閉じ込めて居る訳でありスプルーアンスたちからすればさっさと放棄して引き上げて欲しいのであった。
補給作戦が失敗したため武器弾薬が不足し始めており日本軍が上陸しても抵抗できるか判らない状態になってきていた。辛うじて燃料はフィリピン政府が輸入している物を買い上げて賄っていた。日本軍はフィリピンの民間船には手を出さなかったからである。それに気が付いた米軍は民間船に偽装した貨物船を用意したがどこからともなく現れる日本海軍の臨検でバレてしまい捕まってしまうために最近はフィリピン政府頼みとなっており、それも米本土の軍関係者からのフィリピン撤退の声が上がる事の原因となっていた。
「こうなっては戦力が回復するまで本土防衛に専念するしかありません。艦隊は沿岸部から離れずに敵を誘引して基地航空隊や陸軍航空隊の支援を受けて各個撃破していくしかないでしょう」
スプルーアンスが険しい顔で言うとハルゼーも頷く。
「まだるっこしいがそれしかないだろうな。それとても少し間違えれば此方の損害も増えるという事になりかねん、三賢者達は対策を考えてくれてるのか?」
海軍ではロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフ、L・スプレイグ・デイ・キャンプ の三名の事を最近は聖書に出てくる三賢人に例えていた。
「誘導弾対策については更に研究が進んでいます。こちら側の誘導弾もかなりの精度で飛ばすことが出来るようになったそうです。ハインラインが提言したのは、日本は人工の衛星を打ち上げていて、我々の頭上、遥かな高みから我々を監視している可能性が大きいとのことです。ハワイでどうして我々の位置が判ったのか謎が解けました。地上基地や工場も対策を行わないといけない。やることが多すぎて参ります」
スプルーアンスはこのところそれらの対応に追われており声には疲れが滲んでいた。
「体には気を付けろよ。貴官も三賢者も代わりはおらんのだ」
ハルゼーが気遣う声を掛けた所で長官室に着いたのであった。
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「陸軍が基地を引き払い移動すると通告してきた。私はキング作戦部長に頼んで撤回を求めたが大統領命令という事で拒否されたよ」
チェスター・ニミッツ太平洋艦隊長官はデスクの前に力なく座っていた。それをハルゼーとスプルーアンスは暗澹とした表情をしていたが、スプルーアンスは声を励まして尋ねた。
「西海岸は日本軍にいいようにやられますぞ、それでも良いとの事なのですか?」
「州兵を動員し、残った海軍の艦艇と部隊で死守せよとの事だ、日本軍が上陸作戦を行うと仮定して防衛計画を作れとキング部長は言われたそうだ。カナダ国境の状況が思わしくない、いや完全に防御線は突破されてホワイトハウス陥落も現実味を帯びているという所かな」
「そんな馬鹿な!精鋭中の精鋭を集めていたんじゃないんですかい?」
ハルゼーが問いかけるとニミッツは顔を上げて答えた。
「敵はカナダ軍ではなくドイツ・イギリス・日本の連合軍だったのだ!自慢の戦車部隊も航空戦力もまるで相手にならなかったそうだ」
「謀られたということですか」
スプルーアンスが尋ねるとニミッツは皮肉な笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、お笑い草だ。欧州の戦況が落ち着いているんだ。兵を回す余裕があると何故考えなかったのか…フィリピンなんぞ捨て置けば良かったのだ、最も大統領はグローヴス少将の作戦がうまく行けば全て解決すると思っていたようだが完全に失敗したしな」
「グローヴス少将も戦死したとか」
「アダック島の基地に居た所を攻撃を受けてな。恐らく彼の所在は向こうに筒抜けだったのだろう、我々はまたしても謀られたという訳だ。早速国際連盟の安全保障理事会で非人道的な核兵器を使おうとしたとして我が国に対して非難決議が出された所だ。我々は国際的に更に孤立を深めることとなった。今まで友好や中立を保っていた国も手のひらを変えて我が国を非難することとなるだろう」
「なんてこった。我々は悪役という訳ですかい」
ハルゼーがぼやくとニミッツはため息をつきながら答える。
「その通りだな、悔しいが」
「いずれにせよ作戦の立て直しが必要です。幾つかの犠牲は止む無しとして最小限に止める為の手を打たねば」
「更に悪い知らせがある。ハワイへ強行偵察にでた機体が真珠湾の偵察に成功した。湾内には多数の艦艇が集結していた。しかも上陸作戦用の艦艇も多数識別された」
ニミッツが机の上に幾枚かの写真を投げ出した。
「これまで一度も成功した事の無い偵察が成功したのは罠ですな」
スプルーアンスの指摘にニミッツは頷く。
「西海岸に兵力を釘付けにしようとする策だと考えられているが…果たしてそうなのか?」
「そう迷わせるのが策なのでしょう、ですが上陸作戦は行われる可能性はあります、大規模ではないにせよ牽制として行われるかもしれません」
「戦力的には心許ないが州兵の動員も急がせないとな」
こうして太平洋艦隊司令部は守勢を取ることを代償として封じ込められることを余儀なくされたのであった。
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ワシントンD.C. ホワイトハウス
「何故だ! 何故止められぬ、陸軍は何をやっているのだ!」
フランクリン・ルーズベルト大統領は声を荒げて陸軍長官を怒鳴りつけた。
「ドイツ軍など敗残の軍ではないか! それにすら歯が立たんとは何のために最新の兵器を与えられているのか判って居ないのではないか?」
「お言葉ですが、彼らは合衆国最良の部隊です。但し実戦経験はあちらの方が上です。その差が出ているのです」
「それすら我が方の質と量で補えると言ったではないか! このままではこのホワイトハウスさえも攻撃対象となるのだぞ!」
激しく机を叩きながら大統領が指摘すると陸軍長官は黙り込んだ。代わって国務長官のコーデル・ハルが口を開く。
「大統領、その事ですがこのままここに居るのは危険です。南部のルイジアナ州のニューオーリンズかテネシー州のナッシュビルに移動されてはどうかと」
「馬鹿なことを言うな! 大統領が敵を恐れて逃げたと言われてみろ、議会で共和党の奴らに何を言われるか分からん! 大統領弾劾裁判を起こされかねん!」
「ですがニューヨーク州は完全に占領され既にペンシルベニア州迄攻め込まれております。ここに攻撃があれば各州の動揺を招きますぞ!」
「ええい! 黙れ! ともかく陸軍は何としても敵を押し返せ! 海軍も手をこまねいてないで支援しろ!」
ルーズベルトの一喝で長官たちは部下たちに命令を伝えるために大統領執務室から退室した。
その夜、自宅でハルはベッドで寝付けぬ時間を過ごしていた。どうしてもこのままでは最悪の事態になりかね無いと心配で堪らなかった。
そこにいきなり電話が鳴り、彼は胸騒ぎを覚えつつ受話器を取った。
「国務長官! 大統領が倒れました!」
「なんだと!」
大統領付の補佐官から語られたそれは衝撃をハルに与えた。ルーズベルトは夕食を終えた後就寝しようとしたがその時倒れ直ぐに医者を呼ぶ嵌めになった。その為ハルに連絡したのだと言う。
「副大統領は? どちらに居られるのだ?」
「遊説の為南部に出かけておられます。テキサスかオクラホマに居られる頃でしょうか?」
「直ちに連絡してルイジアナ州のニューオリンズにて待機してもらえ! そこから全国に通信が出来るように手配を! 私は直ちにホワイトハウスに向かう!」
「判りました!」
だがハルがホワイトハウスに着いた時には大統領はその生涯を終えていた。
ハルが出来るのはルーズベルトが急病で入院し、代わりに副大統領のヘンリー・A・ウォレスが代行するという発表を行う事であった。
そして直ちに閣僚や政府関係者を南部へ避難させる準備をするのであった。
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