第184話 孤立するフィリピン
フィリピン サマール島沖
「輸送船団を確認、距離一万、大型輸送艦一〇、タンカー四、護衛の駆逐艦は……目視で一二隻」
潜望鏡を覗いていた先任士官が艦長に報告を行う。
「雷撃戦用意! 発射管一番から六番まで二式装填! 雷撃戦深度まで上げ! 僚艦の配置は?」
「二〇分前の確認では此方です」
艦長の質問に先任士官が海図に記した幾つかのポイントを指す。
「発信アンテナ上げ! 衛星マイクロ波通信で攻撃開始を伝えろ」
「伝達終了!」
「よし、雷撃開始!」
次々と海中に発射される魚雷、その事に標的となった者たちは全く気が付いていなかった。
ストップウオッチを持つ士官が食い入るように眺めていたが針がある位置を指したときに声を上げる。
「時間!」
其の声が終わるかの時に水中を伝わるくぐもった音と衝撃が艦を揺らす。
「命中! 爆発音六! 全弾命中です!」
その後も爆発の振動が続き僚艦の攻撃も命中するのが判るのであった。
「ようし! やったぞ!」
乗り組している兵たちが沸き立つがソナー手の報告に口を閉じる。
「此方に向かってくるスクリュー音複数! 駆逐艦と思われます。数は複数である以外は不明!」
「囮射出! 射出後は急速潜航、限界まで潜れ!」
やがて再装填された一番と二番発射管より囮が静かに射出されると、艦は急速に潜航していく。
「うまく囮に食いついてくれればいいがな」
艦長の呟きは他の者に聞こえないくらい小さかった。
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南太平洋艦隊に属する護衛駆逐艦達は完全な奇襲を受けていた。潜水艦への警戒はしていたが、相手は其れを上回る攻撃を仕掛けてきたのだ。
ソナー手が気がついたときには既に遅かった。
「船団に接近する海中物体あり、極めて早い! 距離3千!」
其の報告を受けて警戒を呼びかけた時には高速で接近する魚雷は各自探知した目標に進路を変更して突入して行った。
次々に上がる爆炎の中で守るべき輸送船だけでなく守らなくてはならない駆逐艦も被弾し沈んで行く。ある者は救助に駆けつけ、ある者は敵を求めて動いた。
「魚雷を発射したと思しきポイントにてスクリュー音を感知、数2、低速で逃れようとしています」
「爆雷をお見舞いしてやれ!」
叩き込まれる爆雷攻撃が続く内、やがて油が浮いてきて其の後木切れや救難用の浮きの破片が浮かんできた。
「撃沈を確認! 次の目標を捜索に向かう!」
こうして駆逐艦達は護衛対象を失った物の敵潜水艦を幾隻か沈めたと報告する事となった。
それから数時間後、漂流者を救助した駆逐艦が引き上げた後に浮上する黒い影があった。
「水上、空中に敵影無し、僚艦も健在です」
「ふう、うまく囮が敵を騙してくれたか。換気されていたとはいえ外の空気は矢張りうまいな」
艦橋のハッチから顔を出した蒼龍型潜水艦「海龍」の艦長安久榮太郎中佐は深呼吸をしながら先任士官に答えを返した。
「流石新型だけの事はありますね。潜航時間が朝潮型(イ400)よりも長くなってますから長時間の潜ったままの待ち伏せもできますしね」
「追尾魚雷のお陰で遠距離から攻撃できるし囮魚雷のお陰で敵さんを撒く事も出来るようになったしな」
機関を始動させて充電をしながら海龍(イ703)は帰投するのであった。
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ミクロネシア ウルシー環礁
グアムに進出した南太平洋艦隊はウルシー環礁を根拠地に定めてフィリピンへの輸送作戦を開始していた。
大規模輸送作戦への試金石として幾度か小規模な船団を送り出していた。
だが結果は散々な物であった。一度もまともに輸送が出来ぬまま海の藻屑と消えていたのだ。
「このままの状態では我が艦隊は磨り減るばかりです。後方から駆逐艦と輸送艦は送られるとは言えこのまま消耗すると艦隊の練度も下がります。失った人は艦のようには戻らないのです」
キャラハン参謀長の報告にゴームレーはため息を一つ吐き椅子に深く座りなおした。
「君の意見は前哨戦の時期は過ぎたというのかね」
「そうですな、ですが現在でもフィリピンに行く必要性は感じられません。満州、インドシナ、そしてフィリピン。これらすべてを守りつつ戦うのはいかに我が国の力を以てしても辛い。我々は先ずは戦線を整理する必要があると思います」
「……」
「長官! 今こそご決断を!」
「君の意見は正しい」
「ならば!」
「だが正しいものが必ずしも容れられる世界では無いという事も君は判るはずだ」
「それは……」
「私も何度か上申はしたさ。だが返事は一日でも早くフィリピンに行けという事だった」
「……」
「我々が今まで出撃できなかったのは太平洋艦隊の練度が上がり囮を務めるまでに時間が掛かっていたからだ。だが今回の輸送作戦の失敗で尻に火がついたんだな、かなり強い調子で太平洋艦隊は出撃を命じられて押し切られたようだ。キング作戦部長は強硬に反対したがそれも押し切られた。更迭を示唆されたと言う話だ」
「そんな……そうまでして我々は戦わなくてはならないのですか?」
「そうだ、合衆国軍人である限り我々は戦わねばならない。国民の代表たる合衆国大統領の命令に従ってな」
「……承知しました。それでしたら提示していた作戦案の内、C4の作戦案を推します。あれがこの状況では最適でしょうから」
こうして南太平洋艦隊は本国の命令により大規模輸送作戦を決行する事となった。
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フィリピン マニラ コモンウエルス大統領府
「駄目だ! 駄目だ! そんな事は許されない!」
コモンウエルス(準州)大統領のマニュエル・ケソンは語気鋭く言った。
「大統領、我々には選択の余地はありません。コレヒドールのマッカーサーに気を遣うのはおやめになるべきです」
そう言ってホセ・ラウレル司法長官が彼を宥めた。
「司法長官の仰るとおりだと思います。日本軍は我が国には上陸はしないと明言してくれました。そしてアメリカからの完全なる独立をも」
ベニグノ・アキノ・シニアがラウレル司法長官を擁護する。
「セルヒオ、君もか?」
ケソンは副大統領のセルヒオ・オスメニャに尋ねる。
「マニュエル、日本は我々に米軍に対して食料の供給は認めたんだ。後の品物は民間船も全て沖合いで日本海軍に臨検を受けなくては帰港できず、武器弾薬や石油類は輸入出来ないと言えば良いだけだ」
「……だが我々はアメリカを騙す事になるのだぞ」
「仕方あるまい、日本が本気で攻めてきたらコレヒドールは簡単に落ちるだろう。その後はこのフィリピン全土で日本に対してゲリラ戦を行う事となる。このマニラも戦火に焼け落ちることになる。それならば米軍に表向きは従っている振りをするくらいどうってことあるまいよ」
ラウレル司法長官がそう言うと、力なくケソンは大統領の椅子に座り込んだ。
「判った。我々はアメリカを売るのだな」
「売るんじゃない。我々は完全なる独立の為に協力してもらうのさ。それくらいの事はマッカーサーにはしているだろう」
こうしてフィリピンは孤立する事になった。但し本当はコレヒドールのマッカーサー達だけが孤立しているのであったがそれを知る者はごく僅かであった。
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あくまで娯楽的なものでありますので政治論とかはご返事できないかも…
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