第183話 独断専行と大返し
時間はソ連軍が満州に攻め込む前まで遡る。
遼東半島 旅順要塞
「此方16号車、指揮車へ。正面より敵戦車隊接近。数12両、中隊規模と思われる。随伴歩兵を確認。戦車はM4のみ」
「指揮車了解。現状を維持し、別命あるまで待機せよ」
通信士が返事をするのを聞きながら指揮官は考える。奴らは何の考えも無しで真っ直ぐ突っ込んで来る。騎兵隊上がりが多い戦車乗りらしいと言えばそうなのだが。
「せめてもう少し捻れないものかね? 考え無しにも程がある」
「この辺りにはもう我々(せんしゃ)は居ないと思ってるんじゃないですか?大分御自慢の砲撃を食らいましたから」
部隊に通信を終えたベテランの通信士の言葉に苦笑をしながら返事をする。
「かもしれんが、あまりにうちらを舐めすぎだ、各車に伝達、距離1000で射撃開始、その後は穴から出て蹂躙する」
命令を受けた通信士は忙しく送信作業を行うのであった。
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前進を続けていたアメリカ軍はいきなりの発砲に急な対処が出来なかった。容赦なく砲撃が行われ次々と戦車が破壊されていく。戦車の上面に載っていた兵隊は我先に戦車から飛び降り、後方に向けて走り出していた。
「何処から撃っている?」 「見えないぞ! 隠れているのか?」 「後退せよ!」
錯綜する状態で次々に撃ち減らされていく戦車隊は最後の戦車が砲塔に穴を開けられて完全に沈黙した。
「凄い威力ですな、流石新型砲だけの事はあります」
「側面から入った徹甲弾が突き抜けていますな」
「本来は九式重戦車用に予定していたと聞いていたが良く投入できた物だな」
戦場に遺棄されたM4の残骸を見ながら第二十六戦車連隊の面々が感想を述べる。話題は自分たちに渡された新型戦車である、四式中戦車改増加試作車に搭載されている新型戦車砲についてである。
「聞いた話だがこの砲は技術的な問題で量産が進まなかったのだが独逸が講和した為にそれが解決したそうだ」
「そりゃまたどうして?」
「実は独逸のラインメタル社でも同様の砲の研究をしていてな、講和した事で共同で研究しましょうとなった所で問題としていた部分がお互いの技術で解決したんだとか、お陰でこいつに積む事が出来たと言うんだ」
そう言って戦車第二十六連隊々長の西竹一中佐は自分の隊の部隊マーク{丸の中に陸軍のマスコットの黒犬(のら○ろ)の足が描かれている}が描かれた砲塔を見た。其の先には105ミリL7よりも大口径の120ミリ三式四十四口径滑腔戦車砲 L11が搭載されている。
「砲撃の甲斐も無く、戦車隊は全滅で次はどう出てくるのか? いい加減にあきらめて呉れればいいんだがな」
西中佐はこうぼやいたが、米軍はそれどころではない混乱に陥りつつあった。
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満州駐留米軍 総司令部
旅順要塞攻略の命令を受けていた司令部は満州国の首都である新京から要塞に近い遼陽に移っていた。其処にソ連軍侵攻の報が入る。司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「直ちに撤収しソ連軍を迎撃しないと。満州はがら空きなのですぞ」
「だが、いま撤収すれば日本軍に追撃を受けるかもしれん、そうなれば我が軍は総崩れになってしまう」
「司令官! ご決断を!」
「う・うううむ、本国政府に確認して……」
「それでは間に合いません!」
「そ・そんな!・!!ぐハッ!」
「司令官殿! 衛生兵を呼べ! 司令官閣下がお倒れになったぞ!」
直ちに衛生兵が呼ばれ軍医の所に連れて行ったが其のまま司令官は帰らぬ人となった。
「いかがします?」
この場所に居合わせた中で最も高位の将官である陸軍参謀本部作戦部長のドワイト・D・アイゼンハワーに参謀長が問いかける。
「止むを得ない、指揮系統は異なるが私が指揮を代行しよう」
そう言って本国に報告して承認を得たアイゼンハワーは直ちに兵力を北上させるべく手を打っていった。其の中で行ったのは旅順要塞への非公式な接触であった。
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日米両軍の対峙する中間点に作られた会見場で二人の将官が向かい合っていた。
「栗林将軍、会見に応じていただき有難うございます」
「アイゼンハワー閣下も急な司令官就任とお伺いしました。御苦労お察し申し上げます」
アイゼンハワーの感謝の言葉に旅順要塞防御司令官を勤める栗林忠道少将が返礼する。其の言葉には急な司令官就任に対する労りの感情が見えた。
「早速ですが我が軍としては此処での戦闘を終了したいのです。すなわち一時停戦です。本国政府の今後の意向は兎も角この場にての戦闘行為は終わりにしたいのです」
「なるほど、ソ連軍の事は我々も知っております。現在はハイラルで攻防が続いているとか。パットン将軍が奮戦しているようですな」
「流石に耳が早い、ですが早々に後詰をせねば彼とて危ういでしょう」
「ですが本国政府の意向を無視して構わないのですか? 閣下が罪に問われるのでは?」
「大局を見れば此処でソ連を止めなければ満州国は終わります。もしそれが罪だと言うのなら私は敢えて受けましょう」
其の言葉を聞いた栗林はアイゼンハワーの事を後に{信頼できる人物、彼ならば満州を守りきるだろう}と述べるほど彼に好意を持った。
停戦はなり二人は握手した後に敬礼を交わして会場を後にした。
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会場を後にしたアイゼンハワーは司令部に戻り引き上げの指示を出す。
そこに通信参謀がやってきて耳打ちをする。
「ロシア軍から非公式の打診だと?」
「はい、満州に侵攻しているソ連軍を叩くのに協力したいと、航空機による援護だという事ですが」
「受けると返事しろ」
「ですが本国の指示を待たないと。司令部をここから後退させるのもまだ許可が出ていないのですぞ」
「許可を待っていたら満州はソ連に席巻されてしまうぞ。今は使える物は何でも使えだ。日本軍が申し出ても受けるつもりだぞ」
「判りました。お供いたします」
こうしてロシア軍はエカテリーナ達航空部隊を満州の戦場に派遣し、ソ連軍をチチハル郊外で叩くことに成功する。足の速い部隊からチチハルに向かわせたアイゼンハワー達がチチハルに入ったのはその五日後であった。
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パットンは深い眠りから揺り起こされた。
「煩いな、朝っぱらからなんだ?」
そこで彼は戦場に居たことを思い出した。
「ここは何処だ?戦闘はどうなった?」
「閣下、意識が戻られましたか! 」
「俺は何故寝てるんだ。戦場に居たはずだが?」
枕元に居た副官が医者を呼ぶなど大騒ぎが収まった後改めてパットンは問う。
「此処はチチハルの野戦病院です。ソ連軍は援軍のロシア空軍の爆撃で壊滅し後退しました。現在旅順から引き返した第8軍と機甲師団が守っております」
「閣下は乗っていた戦車が攻撃を受けて擱座しその時に破片を全身に受けられたのです。その時に気を失いそのままこの病院に入院されたのです」
副官の説明に軍医が言葉を継ぐ。
「破片を取るのに手術は10時間にも及びました。そして2週間も意識不明だったのです。そしてこの回復ぶり、閣下はまさに不死身ですな」
「不死身か、良い響きだ。俺が死んだら墓に刻んでもらうか」
(そもそも死んだら不死身じゃないでしょ)
副官はそう突っ込みたかったが我慢した。
「それにしても、あれは夢だったのか。俺はカルタゴのハンニバルになっていて戦象でローマ軍の歩兵の陣を真っ二つにしていたんだ」
「は? はぁ?」
「ローマ軍がソ連軍に変わっても俺のやることは変わらない。敵ならば切り裂く。それだけだ。副官! 部隊の再編は進んでいるか? いつ動けるようになる?」
「閣下! 部隊の事よりご自身のお体の事を先に心配してください!」
何て事を言うのだろう。副官は呆れた。
「ベッドで休んでなんか居れん! 直ぐにでもソ連軍を満州から叩き出してやる」
「それくらいにしておけ」
病室の入り口から別の人物の声がして皆振り返る。
「司令官閣下……」
副官と軍医は慌てて敬礼をする。それに答礼しながら、満州国駐留軍司令長官代理を務めるアイゼンハワーが入ってきた。
「全く、命を拾ったと聞いたらもう出撃の話をしているのか? お前さんの部隊は全滅判定が出るほどで当分再編どころじゃない。代わりに機甲師団をつけてやる。現在、奴とは小競り合いを続けているが新京で準備している部隊が一月程で此方に揃う。其の時までに動けるようにしておけ」
「判った! 早速今日から動けるように訓練するぞ! 」
そう言って張り切るパットンに苦笑いをするアイゼンハワーであった。
こうして満州の危機は山場を越える。しかしアメリカの試練はまだ続くのであった。
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あくまで娯楽的なものでありますので政治論とかはご返事できないかも…
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