148話 謝罪
大磯 伊藤博文邸
「かなりの無茶をしたようだの」
「今は非常時です、大したことはしていませんよ」
「確かにな、年功序列で戦に勝てるわけではないからな、大いに結構だ」
伊藤博文は去年から床から起き上がるのが困難になり横になっていることが多くなった。医者は老衰であろうと匙を投げていると言う。それでも何かに取り付かれたかのように彼は生きていた。
「東郷起用の故事を持ち出すとはな、これでうるさ型どもも騒げないだろう、良い策だ」
「恐れ入ります。其れよりも長居しても悪いでしょう、そろそろ……」
「気にするな、お前さんが欧州から帰ってくるのを待って居ったんじゃ、直に帰るなど言うな」
「判りました」
「儂はお前さんに謝らねばならんのだ」
「原爆の件ですか?」
「知って居ったのか?」
「いえ、ある情報を見て気が付きました、 グローヴス大佐がホワイトハウスに召喚されたという情報が入ったのに特段の動きがありませんでした。其処から既に対策を取っているのだと思ったのですよ」
「そうか……原子力の恐怖を知るお前の忠告を無視して開発させた事怒っておろうな。これは儂の独断で始めた事、恨むなら儂を恨むのだな」
「……必要だからと考えられたのですね。我ながら奇麗ごとだとは思っているのですが」
「そうだ、人と言うものは因果な物でな、危険だと言って引き返す者はおらん、そして後悔するのだ。
何故止めなかったのかとな」
「度し難いですね」
「まったくじゃな、じゃが最近は其れも愛しく思えるようになったぞ」
「それは……」
「人は愚かな生き物じゃ、これからも危険な事に手を出して火傷をする事もあるだろう。じゃがなあ、そんな人と言うものが儂は好きなんじゃとつくづく思うようになったぞ」
「悟りを開きなされたか?」
「はっはっはっ、煩悩の塊のような儂が悟りを開くとは愉快な、此れだからうかうかと死んでは居れんのだよ、儂が死ぬときには芸者を侍らせて看取ってもらいたいものだ」
「前言撤回させてもらっていいですか?」
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全くあの爺さんときたら雰囲気が台無しになるな。大磯を辞去しての帰り道の車の中で思い出して呆れてしまうよ。
陛下も御爺様が注意しても女好きは治らないから好きにさせてやろうと言う位だしね。
「そう言えばいつの間に大将になっていたんだ?」
俺はそう言って同行していた本郷の方を見る。
「こちらに帰ってからだ。ちなみにお前さんもだが忙しいので言ってなかったよ」
「まあ、今更な気もするが……そういえば近衛公を取り調べたのは何で憲兵だったんだ?」
「流石に警察では手に余るし機密保持の点で無理がある。あいつらは憲兵の顔を表向き持ってるが全員が東機関の処の人間でな」
そういえば本郷が憲兵上がりだった事忘れてたわ。本来は特別高等警察通称特高のような組織の案件なんだが内務省が後藤新平に解体されてたから生まれなかったんだよな。
そういう意味では内閣情報調査室とか公安調査庁とかが出てきてもいいんじゃないか?
「そういう組織が対外的には情報機関として認識はされているぞ、東機関はそれらに属さないで本当に内密に動いているんだ」
「成程な、敵を騙すにはまず味方からか」
「そうは言っても、その状態は俺がいる間だけだな、その後はありふれた組織に改編されるだろうさ」
まあ、本郷のような奴はそんなにいないだろうからな、いやいてもらった方が困るな、どこに数カ国の情報組織を握って某国の王女を娶って子供が王位継承者って可笑しくないか?
それを言ったら本郷に「お前が言うな」と返された。失礼な! 俺は奥さん一筋だと言ってるだろうが!
そうして帰路に就いた俺たちであったが新たな戦いは間近に迫っていた。
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