146話 運の良い男
近衛文麿が死んだ。
憲兵隊の事情聴取を受けて家に帰った時彼の顔は土気色だったそうだ。家族は付いて来た憲兵に精神状態が不安定の為に気を付ける様に言われて監視していたが隙を見て青酸カリを仰いだと言う。
知らせを受けた本郷率いる憲兵隊は死体を収容し、救急車を仕立てて病院に担ぎ込み、首相の急病を発表させた。無論御前会議の事は秘匿され、急遽総理大臣代理を拝命したのは東条英機大蔵大臣で兼任して勤める事になった。
「当面は脳出血という事で入院させて頃合いを見て病死と発表するしかあるまい。だが影武者は大丈夫なのか?」
翌日鈴木貫太郎侍従長は譲や本郷と今後の事で話し合いをしていた。
「問題はありません、元々何かあった時の為に用意していたのです、病室で寝ているだけならバレませんよ」
本郷が断言する、東機関の工作員に変装させて近衛として入院させているがバレることはなさそうであった。
「それよりも、もう一度御前会議を招集しなくてはなりませんな」
譲の言葉に頷く鈴木であった。
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数日後に御前会議が再度招集された。
近衛を始めとして幾人かの大臣が健康上の理由から身を引き、総理大臣代理の東条を始めとして兼任等でポストを埋めている。
「近衛君は残念だった。彼の回復を願う所だが厳しい様だ」
鈴木侍従長が沈痛な表情で報告する。この人も中々の狸だ。そうでなくては侍従長や枢密院議長等務められないはずだよな。
「そこで今後の対応についてだが、欧州から帰還した総研の所長からの提案がある」
鈴木侍従長の発言に米内防衛大臣が怪訝そうな顔をして発言をした。
「今回のアメリカとの戦争は向こうの謀略でしたので、白紙撤回になったのでは?」
「実はそう言えない事情があります。ここで戦争回避を模索しても、ルーズベルトとしては振り上げた拳の持って行き処を失くしてしまいます。そうなれば次回の大統領選で勝つことは出来ません。彼は野心家です、これまでアメリカ大統領は二選以上務めた人物はいません、特に法に定められている訳でないのですが慣習のような物です。ですが彼は三選目も努めたい。その為には我が国との戦争で優位に立ち国民の支持を上げねばならないのです。ですから我々が努力しても報われないでしょう」
俺がそう答えると閣僚は東条総理代理を含め苦々しい顔になった。
「だが、我が国だけで戦うのは非常に困難だ、前にも言ったが国力は以前よりは差が縮まったがそれでも二倍は離れているだろう。イギリスなどが動けない今は辛い」
東条総理代理の懸念はもっともな話だ。だが。
「自分は国に帰る前にチャーチル卿と非公式に会談をしております。イギリスは日本がアメリカと戦争になるときには同盟に基づき足並みをそろえて参戦すると言って下さいました」
「何と!」 「信じられん」 「無謀すぎないか」
居並ぶ閣僚からは否定的な言葉が上がる。
「不可能では有りません。ルーズベルトはやってはいけない事をしました。其の為にイギリスは参戦するのです。それだけでは有りません……」
俺は其の事情を説明する。そうして会議は大きく流れが変わることになったのであった。
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宮城内会議室
閣僚達が退出した後陛下と鈴木侍従長、米内国防大臣だけが譲と共に残った。海軍の空席になった後の人事を話し合うためだ。鈴木が先ず口火を切った。
「更迭した永野の後任は長谷川清大将になったが山本の後任の連合艦隊司令長官だが所長には意中の候補が居るそうだが誰なのかね?」
「そうですね、……ですがいかがでしょうか?」
「! 馬鹿な、序列も何も無いではないか? どうして彼なのだ?」
驚愕した米内が譲に尋ねる。
「それは……」
答えようとした譲に其の時まで一言も口を開かなかった天皇陛下が口を開く。
「平賀所長、彼を選んだ理由が聞きたい」
「はっ、彼は大層運の良い男です」
「運が良いか……それは喜ばしい」
陛下の顔がほころび、譲も又微笑を返す。嘗て同じ言葉を発した男がいた。そして其の言葉を受けた方が居た。
発した男は山本権兵衛、受けたのは明治天皇、推挙した人物は東郷平八郎。
そして新たな連合艦隊司令長官を推挙した男は同じ台詞を口にした。
「彼は運が良い男です」
そして新しい連合艦隊司令長官が選ばれる。
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