144話 帰ってきた男
「決を採ることにいたしましょう」
その声に多くの者が頷き近衛と永野の笑みは深くなる。
その時……
「今決を採れば歴史に残る愚策となりますが宜しいのですか?」
鈴木は思わず声のする方を見て呟いた。
「出てくるのが遅い」
その声は周りの者に聞こえないほどの大きさだった。最も普通にしゃべっても聞こえたかどうか。それだけこの部屋には他の人物たちの声で満たされていたからだ。
「誰だ!」 「あの顔には見覚えがある」 「確か総研の所長」 「一体何用だ」 「この会議に入って来るとは不敬な!」などと口々に声を上げていたのであった。
「平賀所長、君は確か欧州にいたはずだ、何故ここに? それにこの会議は……」
「ついさっき戻ってまいりました。これが御前会議であると知っております、ご存じないでしょうが、総研の所長は御前会議に出席できる資格があります。ご確認下さい」
「それはそれとして何の用だね」
明らかに不機嫌になった近衛が尋ねると譲は飄々とした態度で返した。この態度に近衛は更に問い詰めようとするが。
「平賀所長、欧州出張ご苦労であった。彼の地はいかなる情勢か?」
陛下が口を挟んだため口を開くことができなかった。
「ハッ! ドイツは国連軍に対して講和を申しこんで来ました。その為ドイツとの戦闘は休戦という事になりました」
「なるほど重畳であるな」
にこやかに答える譲に陛下も笑顔を見せる。
「何時、休戦がなったのだ? こちらには何も入っていないぞ」
永野が吠えるようにして言ったがそれに対して譲はあっさりと答える。
「たった今さ、現地時間でこの時間に講和受け入れの声明がドイツから行われた」
「貴様が何故知っている?」
「つい2日前まであちらにいたからさ、現地の同盟軍司令部には講和受諾の話は来ていた、そうでなくては即時休戦が出来ないからね」
「僅か2日前だと! 一体どうやって日本に戻ってきたのだ……」
にこやかに答える譲に絶句するのであった。
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これより3日前に遡る
イギリス本土で一息付いていた譲の元へ本郷が珍しく慌ててやって来た。
「どうしたんだ、近年に無く慌ててるじゃないか」
「まあな、日本からの部下からの知らせがあったんだ、仕掛けてきやがったぞ」
部下からの知らせによると近衛総理の発議で臨時の御前会議が招集されたとの事であった。
「御前会議か、何時あるんだ?」
「3日後だ」
「おい! それじゃあ間に合わんぞ」
「だから急いでいるんだ、直にヒースローに向うぞ」
直ちにロンドンの西部にあるヒースロー空港に向う、対ドイツ戦前に完成したこの空港は4千メートルに近い滑走路を2本持つ空港で将来のロンドンの空の玄関となることを目指して作られた物で現在は軍に貸し出されているが本来は民間の空港である。
其処にはウォームアップ中の機体が二人を待っていた。
「零式司令部偵察機? いや……違うな」
「試作中の四型だ。 本土から試験飛行で飛んできたんだ」
「こいつはレシプロエンジンじゃ無い……ターボプロップか!」
「そうだ、本田の開発した試作エンジンを積んでいる」
「あの頑固親父本当に作っちまったな」
零式司令部偵察機 4型(長距離飛行試験機)
全長 11m
全幅 14.7m
全高 4.0m
翼面積 32平方メートル
自重 3750kg(増槽含まず)
最高速度 850km/h(6000m)
発動機ホンダHT114 3300HP×2
搭乗員 2名
次世代のエンジンの情報が欲しいと譲に頼み込んで来たのでいつか作るだろうとは思っていたが、恐るべき速さであった。実は一番素材として難しいタービンの部品はIHIにお願いして分けて貰っているのだがIHIの担当者は本田が来たと聞いて断る事をあきらめていた。以前にも別の会社から同じ雰囲気の人物が来て危険を感じて受けたのと同じ雰囲気を感じたからであった。
「まあそういう訳でこいつはテストを兼ねて欧州に来たんだ、燃料タンクの増設や大型増槽で長距離を無補給で飛べるようにね」
「じゃあこれで? もしかして本郷とか?」
「そうだよ」
「それは勘弁、オイ! 何をする!」
嫌がる譲を後席に乗せ本郷は試作司偵を飛ばすのであった。
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欧州から途中中東やインドのイギリス基地などで補給を受けながら日本に着いたのがついさっきで飛行場から車を飛ばしてやっと着いた。本当は体が固くなって痛いんだけど時間の余裕が無かったんで仕方が無い。
「アメリカに戦争仕掛けようとしていたみたいだけど、そんな事をしたら相手の思う壷だよ」
「何を言うか、首相の集めた情報に文句があるのか!」
「其れが問題なんだよね」
全くこの辺の脇の甘さは前世の時と変わらないね。
「では、その理由をお話しますよ」
さて種明かしの時間だ。
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