幕間話 12話 戦闘無き戦い
※ この回は震災を扱っております
ご不快を感じる方はパスして下さい
1935年 岩手県 田老村
1933年にこの地方を襲った大津波で壊滅的な被害を受けたこの村に今槌音が響いていた。集落を護るための防波堤と急遽敷設が決定した八戸から宮古を経て釜石に向かう鉄道線が建設されていたからだ。
堤防を建設していたのは鹿島や大倉・竹中などを中心とする建設会社による共同企業体であったが鉄道を作っていたのはいささか毛色の違う集団であった。
「秋山少将、いささか疑問点があるのですが宜しいでしょうか?」
「どうされたかな?」
「鉄道線の軌道を頑丈に作ると言うのは理解できるのですがあまりに過剰なのではないでしょうか?」
「ほう、どの辺りでしょうか?」
陸軍工兵師団鉄道連隊の指揮を執っている秋山徳三郎少将は同行していた共同企業体の代表を務めている建設会社の技師の言葉に答える。
「本来であればここは高架にすれば良いはずです、ですが地下深くまで杭を打って築提にする必要があったのでしょうか?まるで集落を囲うようになってしまいます」
「流石に判りますか、そうです、そうなるように作っているのですからね」
「?」
疑問を投げかける技師に秋山はこの鉄道のもう一つの意味を語るのであった。
「この地は明治にも津波が押し寄せて民家が流される被害があり、今回も大きな被害が出ました。幸いに避難訓練などに力を入れていたお陰で明治の時ほどの人的被害は低かったのですが、逃げ遅れて多くの人たちが亡くなったのは記憶に新しいところです。このような悲劇を繰り返さないためにあそこで堤防工事が行われています」
「確かに、あの堤防は海面から10メートルを超え、総延長は2キロを超えます、あれならば住宅地を護ることが出来るでしょう」
「確かに、並みの津波であればそうでしょう、ですが自然というものは我々人間の想像を遥かに超えるのですよ」
「それは……」
絶句する技師に秋山はある研究機関から与えられた資料の事を話すのであった。
「後藤内閣の時代に決まった災害基本法に基づいて全国で過去の地震被害について調査が行われているのは知っての通りですが、特に津波に関しては過去数千年以上遡って調べるために考古学者や地層学者まで動員して古い地層を調査した所、決まった周期に極めて規模の大きい地震が起きて大津波が各地に押し寄せているのが判ったのです」
「そのような事が……どのくらいの周期なのでしょうか?」
「約千年前後だというのが学者たちの見立てですな、ここの他にも南海での調査報告を纏めているそうだから正式発表はまだ先らしいが……」
うかつに発表すれば大変なパニックになる為慎重に扱われなければならない物なのだ。
「そこで話は戻るが約千年前に起こった地震の規模は明治や今回よりも大きいという事が判っている、その規模の地震が次にいつ来るかは今後の研究を待たねばなるまいが来てしまっては遅い、その為にこの工事があるのです」
「つまりこれは只の鉄道線ではなく……」
「そう、この築提はあの堤防を越える津波が起こった時にここで食い止めるための最終防衛線だ。この築提の中に逃げ込めば助かる様にな」
「そうだったんですか、それで態々この高さに」
築堤の高さは海抜15メートルは越えていて二線提としては十分な高さである。駅も高台に作られておりそこを切り開いて新たに役場などの施設や住宅街が作られることになっていた。
「そういう事だ、そしてこれからは君たちにこの工事を委ねたい」
技師はこの場に自分が呼ばれたことを悟った。
「閣下……」
「我々は再編成される第三軍に組み込まれることになった。恐らく緊迫した情勢の欧州に派遣されることになるだろう。ここの完成を見ずして立つのは忍びないが、後の事はよろしく頼む」
「判りました、後は我々が引継ぎ完成させます、閣下と師団の皆様の武運長久をここで祈っております」
「ありがとう」
招集された第一工兵師団は欧州に渡り各所でその技能を生かし戦局に寄与していく。
その後引き継がれたこの事業が完成し、全線が開通したのは実に昭和24年の事であった。
それから約60年後この築提はその真価を発揮する。
その時人々はこの工事の真実を知ることになったのであった。
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