133話 弾の飛ばない戦場
ドイツ ベルリン近郊
「エルヴィン、怪我の方はもういいのか?」
「お陰様で、もう治りました。その間に第7装甲師団の方の再編成も済んでいます」
「結構だ、当てにさせてもらうとしよう」
「ですが閣下、我々が向かうのは何故東なのですか?」
ロンメルに指摘されてグデーリアンは笑顔を消して答える。
「ポーランド軍が国境付近に軍を集結させている、侵攻してくる可能性が大と言うことだ」
「西部には日英軍、そしてオーストリアも宣戦を布告、北海も押さえられ、あまつさえイタリア・スペインまでも宣戦布告ですか」
「頭の痛い事だな、特にナチスの御歴々にとってはな、同じ国家社会主義を唱えるイタリア・スペインに駄目出しを食らったのだ、ムッソリーニにはナチスはイタリアのファシズムの模倣、それも出来の悪い贋作だとまで言われてしまっているからな、国民のナチス離れも酷い物だ」
グデーリアンの言葉に顔を顰めたロンメルは吐き捨てるように言った。
「我が国はこのままではどうにもなりません、何とかしなければ」
二人は大きな不満を抱えながら国境地帯へ出発した。だが事態は彼らの想像を遥かに越えていたのだ。
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スイス ジュネーヴ
永世中立国を標榜している国ではあるがそれ故に色んな立場の人間が集まる場所でもある。此処には敵味方の区別無くあらゆる勢力が交わる所であった。
「ようこそ、ジェームズ子爵それともホンゴウ中将の方がいいかな?」
「どちらでも構わんさ、俺は俺だ、そちらはラインハルト・ハイドリヒ ゲシュタポ長官で間違いないな」
「今は国家保安本部(RSHA)長官だ。だがそれはどうでも良い、私は君と君の背後に居る方との交渉役に選ばれた担当だからな」
「それで態々中立国にまで出向いて何を交渉するのやら」
「今交渉するべきは同盟国と我が国の講和、それに尽きると思うがね」
「外交担当でないあんたが? 政府に外交特使にでも命じられたのかな?」
「政府とは関係ない、いや次期政府の特使と言えばいいかな?」
「おい、それは……」
「そう、我々はナチス政府とは別の存在、ナチス政府を排除した後に成立する新政府というわけだ」
「排除! クーデターを起こす気か」
「そうだ、このままでは我が国は滅ぶ、ライン川以西を失い、同時に全方位から攻められれば精鋭部隊を多く失った我が軍では守りきれん、本土を火の海にされて終わりだ、それまでに終わらせる」
「クーデター政府を国連と同盟軍が認めるとでも?」
「其処は卿に頼みたい、悪い話ではないはずだ。ソ連との2回戦が始まるんだろう? チャーチル卿の懐刀と言われ日本の情報組織の長である卿なら判るはずだ」
「買い被りもいい所だな」
「あの統領を飼いならした奴が言う事か?」
その話を切り出され本郷は視線を逸らせた。
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話は少し前に遡る
イタリア ローマ
「統領! 御客人です」
「客人? 今日は誰とも約束していないが?」
「Ciao!(チャオ)~」
「き・貴様は! 誰がこいつを通せと言った!」
「は? 御親友だと伺いましたが?」
「馬鹿もーん!」
色々とごたごたはあったが取り合えず本郷は来た目的を切り出した。
「ドイツに宣戦布告しろだと! 中立では飽き足らないのか!」
「ドイツを追い込み早期の講和に持ち込み戦火をこれ以上拡大させない為には欧州の国々のドイツへの強力なメッセージが必要なのですよ」
「ぐぬぬ……断ると言いたいがそうも行かん……貴様等のせいで我が国は潤っているのだからな」
「ははは、気がつかれましたか」
「くそう、OTOやアエルマッキなどの業績がいいと思ったらお前等の息のかかった企業の資本が入っていたなんて、それにフィアットに手を回して軍事車両の発注をしていたとは!」
「其処まで知っておられたのなら話は早い、これは参戦に際しての謝礼です」
渡された書類を見たムッソリーニは目を見開いた。其処には大量の武器の注文が纏められており先ほど名前の挙がった企業の他にもアルファロメオやアグスタ、フェラーリなどにも発注が行われるようになっていた。
「やむを得ん、宣戦を布告しよう、だが我が国はドイツとは国境を接してはおらん、軍は動員するが……」
「問題はありません、宣戦したという事実だけが奴らへのダメージになるのですから、あ! それと盟友のフランコ殿にも付き合っていただいて……」
「判った! もう判ったから!」
結局フランコの説得もしてくれる統領であった。
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「お前さんはともかく親衛隊はどうするんだ? ハイニ小父さん(ヒムラーの仇名)はどうなるんだ?」
「ヒムラー代表には退場していただく、親衛隊は一旦解体する事になるだろうな、色々問題を起こした奴が多すぎる」
「強制収容所での事か?」
「まあ、そんな所だ、彼らは拘禁し裁判を受けてもらう事になるだろう、勿論裁くのは君たちだ」
「嫌な役回りだな、そういうのはドイツ人が自ら裁いて襟を正したほうがいいぞ」
「善処しよう」
「チャーチル卿には話しておく、後は連絡方法だが……」
こうして秘密の会談は終わり本郷は帰り支度を始める。
「一つ忠告して置こう、もう少し護衛を付けるんだな、でないと死ぬぞ」
「…… 判った、気を付けよう」
忠告をした本郷が出て行ったドアから若い男が入って来た。
「閣下……」
「ヴァルター、交渉成立だ。直ちに帰国するぞ」
「ハッ!」
ヴァルター・シェレンベルグ中佐は先程の本郷の忠告をハイドリヒに確認しようとしたが、結局切り出さなかった。彼が自尊心が強くそのような意見を具申しても喜ばないのを知っていたからである。
こうしてドイツとの戦いは誰も知らない場所で終わりを告げる第一歩を記した。だがそこからどうなるのかは話を持ち帰った者も仕掛けたものもどちらも分からないのであった。
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