幕間話 9話 ダンケルクの薔薇
「イーナ、戦闘空域に入ったわ、警戒を怠らないように、サーシャは私に続きなさい、いいこと?油断無きように戦いなさい、訓練通りにやれば大丈夫よ」
「「了解!」」
二機一組で編隊を組んで飛ぶ四機の機体の国籍標章は中から白・赤・青の蛇の目模様にペイントされていた。ロシア共和国を示す機体がこの空域を飛んでいるのは彼女たちが義勇軍として参戦しているからでありこの四機がすべてであった。
やがて彼女たちの進路上に相対する進路を飛ぶ機体が現れた。
「敵機前方左、数四機高度差無しです!」
最初に敵に気が付いたのはもう一方の編隊の長機を務めるイリーナ・テレシコワ少尉である、エカテリーナにとって頼れる副官であった。
「ありがとうイーナ、サーシャ離れないようにね、援護して頂戴!」
「了解!」
エカテリーナの僚機を務めるサーシャことアレクサンドラ・アシモフ少尉がエカテリーナ機の後ろに占位する。
「行くわよ!」
マーリンエンジンを吹かすと彼女、皆からカチューシャと呼ばれるエカテリーナ・ブラックリー中尉は敵機に向かっていった。照準器の中心に機体を捉えると引金を引く。伸びる火線が敵機体を捉えエンジンに被弾したのか煙を吹いてよろよろと落ちていく。
「先ず一機!」
最初の獲物を屠った彼女は次の獲物に向かって飛ぶのであった。
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エカテリーナの部隊は一機も欠けることなくイギリス本土の飛行場に戻ってきた。綺麗な姿勢で着陸する。彼女たちの乗る機体はロシア軍ではласточка (ラースタチュカ)と呼ばれている機体で、イギリスで川崎が作っている{飛燕}である。ロシア共和国義勇空軍の為にイギリスから供与された機体なのだ。
「これで姫様の撃墜スコアは6機です、エースパイロットの仲間入りですね」
イリーナ少尉が話すと、エカテリーナは答える。
「みんなのお陰よ、こうして無事に帰ることができたのも、みんなの頑張りのお陰だわ」
全機無事に着陸して待機所に向かおうとする彼女達の前に立ちはだかる男がいた。
「父上、どうしてこちらに?」
「それはこちらの台詞だなカチューシャ、戦場に出ることを許した覚えは無いのだがな」
そこにいるのはエカテリーナの父親でジェームズ・ブラックリー子爵、又の名を本郷嘉明中将であった。
待機所内の個室に親子は向かい合っていた。エカテリーナの後ろにはイリーナ少尉が立っている。
「イリーナ少尉、君はカチューシャを止めてくれると思っていたのだがな」
「ちょっと! イーナのせいじゃないわ、私が望んだのよ!」
エカテリーナの抗議にも本郷は動じない。
「だとしてもだ!」
「申し訳ございません、私の力不足でございます」
「イーナの責任じゃないわ! 私も自分の事は自分で出来る年になったのよ、その事で父上にイーナを責めることは出来ないわよ」
「イーナには私からだけでは無い、ニコライ2世陛下からも頼まれていたはずだ、陛下がこの事をお知りになったらどうなるか、考えたことは無いのか?」
「それは……」
体調を崩し現在王位を息子のアレクセイに譲っているニコライ2世だがこの事を知れば病状が悪化するかもしれない。彼女はニコライにとっての初孫であり、一番可愛がっていたからだ。
「ドイツ軍は手強い相手だ、お前たちの技量が高いのは知っているが、それ以上の相手がいてもおかしくは無い、向こう見ずな行動は大怪我の元だぞ」
「それは……判っています、ですが我々は祖国の為王族に連なる者としての勤めを果たしたいのです!」
「最前線で戦うのが王族の勤めではないぞ、それだけは心に留めておけ」
この日を境に彼女たちは最前線に出ることを禁止され、イギリス空軍相手に仮想敵機を勤める事になった。
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「はあーーーー」
「カチューシャ、溜息はもう5回目ですよ」
「……ごめん、イーナ…もう私たち出撃出来ないのかな?」
「それは……判りません、ですが現在の戦況は我が方にとって厳しいと聞いております、それに{大反攻}の噂も聞こえて来ています、我々を遊ばせておく余裕は無くなるかと考えます」
「そうね、それまでは戦闘技量を磨く事に専念しましょう!」
立ち直りの早さが取り柄だなとイリーナは内心思った。
その後も英国空軍相手に訓練を手伝い続けていたある日、基地に見慣れない機体を装備した部隊がやって来た。それは日本から到着した22戦隊である、新型機四式戦闘機{疾風}を引っさげて来たのであった。
「新型機ですか、空冷で二千馬力越えのエンジン搭載機、父様の国は本当に対応が早い、必要な機材を絶妙なタイミングで出してきます」
「そうですね、メッサーやフォッケ相手に今までの戦闘機では不利になってきましたからね、私たちが乗っているこの機体もエンジン以外は日本のメーカー製ですからね」
「そうね、私たちは私たちの仕事をしましょう」
彼女たちは22戦隊相手にアグレッサーとして戦闘訓練を続けるのであった。
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「ありがとう、君たちのお陰で良い訓練が出来た、これで安心してベルリンに行ける」
22戦隊の戦隊長である岩橋譲三少佐がエカテリーナと握手する。
「お役に立てて光栄です、御武運を」
そしてエカテリーナの部隊にも新たな命令が下された。
{ダンケルクに進出し、制空権確保に従事せよ}
彼女たちは再び最前線に立つ事となったのであった。
「良かったのかね?」
「仕方ありませんな、此処からが山場なのです、{大反攻}の為には持てるだけの戦力を投入せねばなりませんからな」
チャーチル首相の問いに本郷は答えた。その言葉には揺るぎが無い。
「君はもう少し引き止めると思ったのだがね」
「そうしたいのは山々なんですがあれは誰に似たのか頑固でして、これ以上は繋ぎとめられませんな」
そう言って本郷は窓から空を見あげる。
「さて、自分も出来る事を為すとしましょうか、この戦いの帰趨を決する為に」
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